SS1-6話(2/2):そして、俺は竜と一万の魔物の群れと戦うことになった。
続きます。
セリス達が緊急招集のために屋敷を後にして三時間が過ぎた。
山から朝日が差し込んできた頃。
セリス達が屋敷に帰ってきた。
「おう。おかえ――!」
セリス達の絶望的な表情を見て、思わず声をかけるのを躊躇った。
「……ユウジ様。先ほどの会議で決定した内容をお伝えします。急で大変申し訳ございませんが部屋にある荷物を持って港まで来ていただけませんか?」
「……ああ」
俺は何も言うことなく黙ってセリスの指示に従った。
真っ青な顔色のセリスに俺がかけられる言葉なんて何もなかったからだ。
…………
……
…
「俺達が殿を務めろって! 一体どういうことだ!」
セリスの報告を聞いて、いの一番に怒鳴りつけてしまった。
俺達はセリスの指示通りに、急いで支度を済ませ港に行き、そのまま船へと乗った。船はすぐさま出港し、ヨルド公国を離れた。
前方には、行きで見かけたオーラル王国の巨大船が二隻先行している。
何も知らされず船に乗せられた俺は、甲板でセリス、クリス、トーマスから緊急招集で起きた話を聞いていた。
セリス達の話はこうだ。
オーラル王国、ベルセリウス帝国、グランディール王国、ヨルド公国の四か国で今回の自然災害についての緊急会合が行われた。
オーラル王国からは、イデント宰相。
ベルセリウス帝国からは、【剣聖】の二つ名を持つ帝国騎士団団長ユリウス・シュバルツ。
グランディール王国からは、次期女王とされるセリス・グランディールと王子のクリス・グランディール。
ヨルド公国からは、代表を務める蜥蜴の獣人オーリン。
以上五名の他に、付き人を含めた計十人で緊急の会合が執り行われた。
会合の冒頭。
「今回の騒動はベルセリウス帝国が起こした人災だと聞いたが、その点について、ユリウス殿はどうお答えいただけるのでしょうか?」
「……どうとは?」
イデント宰相がにこやかな笑みを浮かべユリウスに質問を行う。
質問されたユリウスは眉間に皺を寄せたまま、睨みつけるようにイデント宰相を見る。
「おやおや、質問に質問で答えるとは愚か者がなさる所業。【剣聖】と名高いユリウス殿にしてはいささか間が抜けておりませんか?」
「ふむ。だとすると、最初の問い自体があまりも愚かすぎて理解できなかったとも思われますが、その点はどうですかな?」
両者に見えない火花が飛び交う。
そんな中、
「……互いの牽制に時間を割くのは止めませんか。時間の無駄です。それよりも有意義のある意見交換の場と致しませんか?」
「……うむ。グランディール王国の姫君の言う通りじゃ。今は責任の有無の問題より、これからどうするかを考えるべきじゃ」
グランディール王国代表のセリスの言葉に、ヨルド公国代表のオーリンが支持する。
そんな二人を見て、
「確かにそうですね。今は責任の所在は置いておくとして、これからのことを考えましょう。ユリウス殿?」
「……そうですな」
イデント宰相とユリウスが納得した。
(元々この場で責任問題について議論することなど考えておらんくせに!)
先ほどのやり取りがイデント宰相の戯れだと分かっていたが、止めることができなかったことにユリウスは内心苛立っていた。
オーラル王国で最も厄介な人物とされているイデント宰相。
国家同士の会議で度々ベルセリウス帝国に絶妙な駆け引きを行う手腕に、正直ユリウスは手も足も出なかった。
今回のオーラル王国がヨルド公国の感謝祭に参加した理由も、教会の力添えの他に、イデント宰相の話術があったことをユリウスは皇帝陛下に聞いていた。
(つくづく厄介なやつめ!)
そんなことを考えつつ、ユリウスはポーカーフェイスを貫く。
「まず初めに、ヨルド公国を中心とした自然災害についてですが、現状どのようになっておりますか?」
互いを牽制する大国に議長を任せらないと判断したセリスは、自ら議長役を買って出た。
「火山の噴火は既に収まった。近隣の村人は既に避難を完了しておる。海上に現れたタイフーンについても上陸することなく消えたそうだ。突如発生した地割れについてだが……一つの村が呑みこまれ村人達は行方不明となっている。現在、急いで捜索をさせておる。あと突然変異した巨大樹についてだが……大きな被害はなかったそうじゃが、厄介なことに周辺地域が砂漠化しおったわい」
「……報告ありがとうございます。地割れに巻き込まれた村については、私達のほうからも人手をお出しします」
「むろん、帝国からも当然だ」
「ありがとうございます」
セリス、ユリウスが積極的な支援を行うことを約束した。
イデント宰相は何も答えず、ただ微笑んでいるだけだった。
「あとの問題は海上に出現した竜ということですが、何か情報はありますか?」
「……恐らくあの竜は海竜でしょう。ヨルド公国を守護する伝説の幻獣です」
「……そうですか。ちなみに、現在、海竜は何をしているのでしょうか?」
「海竜自体は出現した場所から動いておりません。少し前に、【大魔息】と呼ばれる巨大な魔力波が〝海竜の塔“を吹き飛ばしたとの情報が入ってきましたが、それ以降、海竜に目立った動きは見られません。しかし―――」
オーリンが苦々しい口調で話を続ける。
「海竜の周辺で、多数の魔物が加速的に増殖しているそうです。その数は……一万と推測されます」
「なっ、い、一万……」
「……」
「これまたとんでもない数ですね~」
圧倒的な魔物の数を聞き、セリスが口を噤んだ。
無言で報告を聞くユリウスに対し、イデント宰相は軽い口調でのん気に感想を述べる。
「魔物達は海竜の近くにいますが、あの大群がいつ我が国に襲いかかるか分からず民は怯えております! どうか、皆様のお力添えを」
オーリンが席を立上り、各国の代表者に向けて頭を下げる。
その声に一番早く反応したのが、
「むろん、当然だ! 貴国は我が国の領土でもあり、守るべき大事な帝国民でもある。我らの力を貸すことを約束しよう」
「……ユリウス様。ありがとう、ありがとうございます」
帝国騎士団団長のユリウスだった。
ユリウスの言葉を聞いて、オーリンはさらに深々と頭を下げる。
「当然、グランディール王国も――」
「ふむ。帝国が参加するというなら、オーラル王国とグランディール王国は撤退することにしましょうか」
「「「―――!!」」」」
グランディール王国代表のセリスも協力を宣言しようとしたとき、イデント宰相の突然の言葉に遮られた。
(急に何を!)
言葉を遮られたうえ、さらにはヨルド公国を見捨てると宣言したオーラル王国代表のイデント宰相の言葉にセリスは憤りを覚えた。
しかし、
「おや、どうしましたか? グランディール王国のお姫様。私はオーラル王国の宰相―――すなわち南部を統べる王国連合の代表国の宰相なのですよ。その私の判断を疑うのですか?」
「いえ、そんなことは……しかし、これではヨルド公国の民を見捨てることになります! それでよろしいのでしょうか!?」
「おやおや、何を言っているのでしょうか。ここはベルセリウス帝国の領土なのですよ。昔は我が国と親しい関係を築いてきた兄弟とも思っていた大切な国でしたが、今ではベルセリウス帝国の傀儡となった裏切りの国家ですよ!? そんな国を我々王国連合が命を賭して守る価値が果たしてあるのでしょうか?」
「……貴様!!」
イデント宰相のあまりの発言に周囲がざわつく。
ベルセリウス帝国の付き人で会合に参加していた帝国騎士団副団長のガイネルが鬼のような形相でイデント宰相を睨みつけていた。
「イデント宰相! 恐れ多くも進言させていただきます。確かにヨルド公国は現在ベルセリウス帝国の領土内にありますが、この緊急の状況では敵も味方もないと存じ上げます! どうか何卒再考のほどをお願いいたします」
セリスが懸命にイデント宰相に頭を下げた。
セリスの行動を見てユリウスを含め、誰もがこの少女の立ち振る舞いに思わず圧倒されていた。
幼い彼女の姿。しかし、民を守ろうとする立派な王の姿だと誰もがそう感じたからだ。
だが。
「くどいですよ。お姫様。私が下した決断は絶対です。再考する余地などございません」
「ですが!」
「それに、貴方達は我々の殿を務めるのですから、無駄に兵力を割けるわけにはいかないのですよ」
「……えっ?」
イデント宰相の切り返しに理解が追いつけず、思わずセリスは「どういうことですか」と尋ねる。
「? わかりませんか? 我々オーラル王国は自国の船を使って撤退する。そして、グランディール王国は海竜の注意を引き付けるための餌となってもらうということですよ」
「ねえ、簡単でしょう!?」と、イデント宰相は悪びれる様子もなく笑顔のままセリスに説明する。
まるで聞き分けの悪い子供に先生が優しく教えるかのうように。
真っ青な表情のセリスの代わりに、
「ふざけるな、宰相! それでは我々グランディール王国はオーラル王国のために死ねと言われているようなものではないか!」
怒りの表情を浮かべたクリスがイデント宰相に怒鳴りつけた。
そんなクリスに対して、
「? おやおや、言われているではなく、そう言っているのですよ」
淡々と自分の中でとうの昔に決まった決定事項を述べた。
「一つ勘違いをしていませんか? 我々オーラル王国の民は貴方がたとは、人としての素養が異なっているのですよ。貴方がたのような下等生物が私達に貢献できることは、とても栄誉のあることでしょう?」
イデント宰相は当たり前のことを言わせないでほしいと言わんばかりに、呆れた口調でクリスに説明する。そのあまりの自然さに誰もが口を閉してしまった。
「勿論、私の命令に背けばどうなるかわかっていますよね? 貴国など簡単に滅ぼすことなど可能なのですよ」
「―――!!」
悪意ない笑顔で微笑むイデント宰相にセリスとクリスは心の底から恐怖した。
特に、セリスは重傷だった。
『心眼』でイデント宰相の心をのぞき込んでいたがゆえに、彼が心の底からそう思って発言しているのだ。
こんなに怖い人間をセリスは初めて見た。そして恐怖を覚えた。
「おや? お姫様。どうしたんですか?」
震えるセリスを見て、にこやかな笑みを浮かべたまま魔物が近づこうとした瞬間。
「もう止めい!」
「……その辺にはしてはどうかな」
ベルセリウス帝国のガイネルがイデント宰相の腕を掴み、ユリウスがセリスとイデント宰相の間に割って入った。二人の表情からはイデント宰相に対する怒りで溢れていた。
「おやおや。これは帝国からの宣戦布告と取って構わないのでしょうか?」
「幼い子供を虐めるのを止めよと言っておるだけじゃ! それとも、オーラル王国の人々はこんな年端のいかない子供を虐めるのが趣味なのか?」
「だとしたら、とんだ選ばれた存在だな、貴国は」
ガイネルとユリウスがイデント宰相を睨みつける。
そんな二人の凄みに、
「わかりました。お遊びはここまでとしましょう」
イデント宰相が手を上げて降参の意を示した。
「ただし、この国からオーラル王国とグランディール王国が撤退するのは決定事項ですので、皆さま御周知のうえお願いいたします。では、お姫様、王子様。行きましょうか」
イデント宰相は震えるセリスとクリスを引き連れその場を後にした。
…………
……
…
「……少し出かけて来る」
「落ち着いてください! ユウジ様」
全てを聞き終えた俺は、取りあえず諸悪の根源であるイデント宰相の抹殺を第一に考えた。
「止めんな、爺さん! 何でアイツらがここまで追いつめられなくちゃいけねえんだ! ふざけんじゃねえ!!」
「お気持ちは十分わかります。ですが、どうか、どうか怒りを抑えてください!」
トーマスが必死に俺をこの場に止めようとするが、悪い爺さん。
俺の怒りはリミッター外れてるわ。
……マジで殺してやる!
怒りで頭一杯の俺にトスンと何かがぶつかってきた。
「……クリス、セリス」
二人が俺に抱き着いてきた。
「ユウジ。ありがとう。その気持ちで十分だ」
「ユウジ様。私達のためにそこまで怒ってくれてありがとうございます」
「―――クッ!」
二人は泣きながら俺の身体をギュッと握りしめる。
(こんな小さい身体の癖なのに、重てえ物ばかり背負いやがって)
俺がオーラル王国に殴り込みに行けば、オーラル王国とグランディール王国の関係が壊れるのは誰が見ても明らかだろう。だから、二人は身体を張って止めようとしているのだ。
そして、
「頼む。ユウジは私達のそばにいてくれ」
「お願いします。私達はユウジ様がそばにいてくれるだけで十分幸せですから」
俺のことを心の底から心配しているのが伝わってくる。
……ちくしょう。コイツらのほうがよっぽど俺なんかより大人だぜ。
二人の体温を感じながら、湧き上がっていた怒りが少しずつ抑えられていく。
同時に、冷静になった俺は双子の今までの行動パターンを思い出した結果、嫌な予感が頭の中をよぎった。
(船に乗船した直後、セリスは急いで小型船を用意させていた……どうしてだ? 皆でこの大型船で戦えばいいはずだ)
セリス達を抱きしめたまま、俺はセリス達に尋ねた。
「……なあ、そんなに言うならお前らはずっと俺と一緒にいるんだよな? 一緒にグランディール王国に帰るんだよな?」
「―――!! あ、ああ。も、もちろん、そうだ」
「え、ええ、むしろ私達がお願いしているのですから」
不意をつかれ慌てるクリスと気まずい表情で早口で喋るセリス。
その瞬間、俺はこのバカ共の考えていることを直ぐに察知した。
(はい。決定……この死にたがりのお人よしが!)
俺は双子達を抱きしめていた力をさらに強める。
「おい! ユウジ! 強いぞ! 息が……(ガクッ)」
「うぅうう。ユウジ様! まさか! ……(ガクッ)」
クリスとセリスが俺の腕の中で気を失った。
「……おやすみ。クリス、セリス」
その一部始終を見ていたトーマスが騒ぎ出した。
「ユウジ様! 一体何を」
「……爺さん。セリス達が用意していた小型船は俺が使う。爺さん達はこの馬鹿どもを連れて直ちにこの海域から離脱しろ!……後のことは俺が全てやる」
「―――!! ユウジ様。何故、セリス様とクリス様が考えられていたことを……」
「バカにすんじゃねえ。自分の命なんて考えず、常に他人を守ることばかり考えているコイツらをどんだけ見てきたんだと思ってんだ! どうせ、王族である自分達が残って殿を務めたということにして、ここにいる乗員達と、そしてグランディール王国を守ろうとしているんだろう!」
「―――グッ!」
俺の読みは正しかったのだろう、口うるさいトーマスが俺に言い含められて何も言えずにいる。
「しかし、それではユウジ様が!」
「大丈夫だ、爺さん。なんたって……」
俺は自分の腕に着いているミサンガを見つめる。
あの時自分の中で誓ったのだ。
この二人が憧れ続ける自分であろうと。
「俺はこいつらを守る騎士なんだぜ」
…………
……
…
そうだ、そうだ。
思い出した。
そんなふうにカッコつけた俺は小型船に乗って魔物連中の囮を務めたんだっけ。
無数の魔物達を屠ったせいで、大量の魔物の血液を全身に浴びていた。
だから、気が付かなったみたいだ。
自分の身体のあちこちに、大量の血液が流出していることに。
(やべえ、少し血が足りねえか……どうりで頭がボーッとしていたわけだ)
少しでも血液を得るため、顔に付着した魔物の血をペロッと舐めて前を見据える。
(敵は、百、二百、三百……ああ、メンドくせえ! 全部殺す!)
無数の魔物の群れを前に、思わず笑みをこぼした俺はそのまま群れの中へと飛び込んでいった。