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異世界チートを期待したはずが【世界崩壊前】  作者: 中一モクハ
第2章(後半):ヨルド公国
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第38話:海竜

 ソノ(・・)存在を一言で表すとしたら、巨大な蛇の姿をした偉大な生物としか言葉が見つからない。


 人間が本能的に忌避(きひ)する蛇の外観にも拘らず、その姿は見る者全てを魅了する美しさと佇まいを有していた。アクアマリンの宝石の如く碧い輝きを放つ表皮に300m(メートル)以上はある巨大な体躯(たいく)。人間では生み出すことができない、正に自然の神秘の集合体が飛鳥達の目の前に現れた。


 ただ、気になる点が一つだけあった。

 瞳の紅色だけがあまりに人工的に見え、その部分だけが見る者に違和感を与える。

 まるで神の祝福を受け洗礼された美の造形に、人が手を加えたように感じるのだ。


海竜(リバイアサン)

 世界を守護する神獣の守護者にして、自然を統べる調停者。

 〝水“属性を支配する伝説の幻獣―――(ドラゴン)である。


『グォオオオオゥーン!!』


 海竜(リバイアサン)が大きな咆哮を上げた。

 鼓膜を突き破らんとする雄叫びに思わず飛鳥は耳を塞いでしまう。


(な、なによ、アレ!―――東京タワーと同じ大きさじゃないの!)


 自分の記憶を照らし合わせて、海竜(リバイアサン)の大きさを比較する飛鳥。

 〝海竜の塔“から海竜(リバイアサン)のいる沖合まで、およそ2km(キロメートル)離れているにも関わらず、けたたましい咆哮が〝海竜の塔“を揺らす。


 咆哮が収まった海竜(リバイアサン)は、海竜の塔―――正確に言うと、ミーアと飛鳥、そして飛鳥の膝下で倒れているルアーナへと視線を向けた。

 直後。


「へっ! ちょっと、なにこれ!」

「小娘! 何をした! くっ、近づけん!」


 海竜(リバイアサン)がミーア達に向かって、無詠唱で水の防御魔法を唱えた。

 巨大なシャボン玉の形をした水球に包まれたミーア、飛鳥、ルアーナは、そのまま海竜(リバイアサン)の方へと引き寄せられる。


「えっ! なにこれ! どうしよう!」


 あまりに予期せぬ事態が続き飛鳥が水球の中で混乱していると、


「飛鳥ぁあああ!!」


 下から志の声が聞こえた。

 飛鳥は後ろを振り返り、離れつつある海竜の塔へと視線を向けると、


「志! 美優! メルディウスさん! トッティ!」


 四人の姿が見えた。

 必死に四人に向かって叫ぶが、飛鳥達と志達の距離はドンドンと離れていき、やがて見えなくなった。


 ……………

 ……

 …


 少し時間を遡る。

 飛鳥が海竜の塔の頂上でヒチグ達と激闘を繰り広げていたとき。

 志達は海竜の塔の入口に来ていた。


「あっと言う間だったね」

「本当すごいですね……この空間魔法(ゲート)って魔導具は」


 志と美優がコーネリアス作成の魔導具の凄さに驚いていた。


 つい最近ミーアや飛鳥と一緒に海竜の塔へピクニックに来たことがあった二人。

 そのときは馬車を使ってほぼ半日の時間を要していた。

 それがモノの一瞬で到着するのだから、大した魔導具だと二人は思った。


「……それにしても、随分静かだし、あと暗いね~今何時だい?」

「今は―――おかしい! 時刻が十二時を超えている!」

「なんだって!」


 トッティの疑問にメルディウスが時間を確認すると慌てた声が返ってきた。


 志達は夜九時に宮殿の空間魔法(ゲート)の魔導具を通った。

 従って、夜九時にこの場所に着いていなければおかしいのだ。

 これでは飛鳥が既に海竜の塔に到着している恐れがある、と志はひどく動揺した。


「ねえ~うっすらとだけど、上から戦闘音が聞こえる気がするんだけど……これってまずいんじゃない」


 普段、おちゃらけた振舞いをするトッティの声に真剣さが宿る。

 トッティの言う通り、頂上からガチャガチャと金属音や人の悲鳴が聞こえてくる。


「まさか、飛鳥は既に塔に……」

「早く行きましょう! 急いで飛鳥さんとミーアちゃんを助けないと」


 飛鳥とミーアを心配し、美優が急いで海竜の塔へと入る。

 志、トッティ、メルディウスも慌てて美優の後へと続く。


 海竜の塔は五階建ての構造であり、志達は戦闘音が聞こえる頂上に向かって必死に走った。

 途中、騎士甲冑を着た男達がいたが、縄で縛られ動けないようにされていた。

 騎士達の甲冑は弾丸にぶつかったかのようにへこんでおり、水で濡れていた。


(飛鳥だ。間違いない。くそ! もうすでに来てたなんて!)


 縛られた騎士達を見て飛鳥の仕業だと理解した志達は、さらに頂上へと向けて足に力を()める。

 全力で階段を上り、ようやく頂上に到着した志達が見たものは、


「ミーア!」

「飛鳥さん! それにルアーナさんも!」

「おいおい~なにあの大きいの……」

「あれは……まさか(ドラゴン)!?」


 飛鳥、ミーア、ルアーナの三人が巨大な水球に包まれ巨大な(ドラゴン)のもとへ向かっている姿だった。

 周辺を見渡せば、出現した巨大な(ドラゴン)を見て興奮している騎士達と静観している黒仮面と白仮面の人物の姿があった。

 そして、


「おい! 兄ちゃん。大変だ! ミーアが(さら)われちまった!」

「って、ティナ! 何でこんなところに」


 狼亜人のティナが慌てた様子で志のもとにやってきた。

 良く見れば、動かない仮面の人物達の近くにビスチェを着た見覚えある変態が志に向かって手を振っている。


(あれはビーグルさん! どうして! これもあの人の仕業なのか!)


 トパズ村で起きたアシルド襲撃事件。

 トパズ村を襲撃したのはアシルドの意思によるものだが、その後の籠城戦(ろうじょうせん)ではビーグルが実験と称して裏で手を引いていたことをガイネルが推測していた。

 今回も彼らが何か企んでいるのかと、志の頭の中で一瞬考えが過った。


「おい! 兄ちゃん。何グズグズしんてんだよ。ミーア達がいなくなるぞ!」

「―――!!」


(そうだ! 今はビーグルさんのことを考えている場合じゃない。早くミーア達を助けなきゃ!)


 神具―――大剣を取り出し、塔から離れようとする水球に向かって志が懸命に声を掛けながら走る。水球との距離は少しずつ縮まっていく。


(このままの勢いで飛べば―――届く!)


 そう志が確信し飛ぼうとしたとき、サーンと鍔切り音とともに志の左頬がスパッと切れた。


「クッ!」


 志は飛ぶ直前、不意をつかれた攻撃に気づき、体勢を逸らすことで躱したのだ。

 しかし、


(クソっ、加速の勢いが―――これじゃ、届かない)


 志は唯一水球に届く最後の機会を失ってしまった。

 遠ざかっていく水球に焦りの感情が(つの)る志に、


「志くん! そこから逃げて!」


 白仮面の人物が刀を構え志に攻撃を仕掛けた。

 志は美優の言葉に反応すると、すぐさまその場から離れた。

 志が離れた直後、美優の放った【爆弾草(リーフボム)】が白仮面の足元に刺さり爆発した。


 白仮面は矢が地面に触れた瞬間、信じられない速度でその場から離脱する。

 そんな白仮面に向けて、


「おっと、そうやすやすとは逃がさないよ~」


 トッティが銃を構え白仮面に向けて狙撃する。

 タイミングは完璧だった。


 しかし、キン、キンと金属音が鳴り響き、白仮面はそのまま地面に着地した。

 着地と同時に切り裂かれた銃弾の破片が地面に落ちる。


(銃弾を斬った! どういう動体視力と反射神経をしてんだ、コイツ!)


 漫画やアニメなどで、よく剣士が飛んでくる銃弾を切断するシーンを見ることがあるが、実際は不可能な芸当である。誰が800~1000m(メートル)/s(セック)の速度の銃弾の軌道を一瞬で把握し、薄い剣の刃で10mm(ミリメートル)程度の小さな弾を切断できるというのだろうか。


 もしそんなことが現実でできる人間がいれば、その人は間違いなく人間という枠を超えた超人という言葉が相応しい。

 白仮面のあり得ない強さを見て志の背中に戦慄(せんりつ)が走った。


「まだです!」


 続けてメルディウスが白仮面に追撃を仕掛けた。

 だが、


「剣技―――【風神乱舞(フウジンランブ)】」

「クッ!」


 白仮面の前に現れたヒチグの剣技に邪魔され、メルディウスは一歩後ろに下がった。


「大丈夫ですか、『光の勇者様』! 御身になにかあれば一大事ですぞ!」

「……問題ない」


 白仮面を心配するヒチグに対し、白仮面は何事もなかったように志達に向けて刀を構える。

 その姿を見てホッとしたヒチグは志達に相対する。


「貴様ら! 我らの悲願を邪魔しようとは、一体何者だ!」


 ヒチグが志達に威圧するかのように怒鳴り声をあげ威嚇する。

 だが、志は別のことに気を取られていた。


(『光の勇者様』ってオーラル王国のあの? ということは、もしかして―――)


「……勇也なのか? お前?」


 志の声を聞き、白仮面がここに来て初めて動揺する素振りを見せた。

 ピクっと反応した後、志を睨んだ白仮面は、


「しゃぁあああ!!」


 声を荒げて斬りかかってきた。


「―――!!」

「志くん!」


 急に態度が変貌した白仮面に志は思わず戸惑う。


 先ほどとは打って変わって荒れた剣戟を仕掛けてきた。

 白仮面の剣からは、強烈な怒りが伝わってくるのを志は感じた。

 必死にいなす志に、後方から美優が弓矢で懸命にサポートを行い何とか均衡状態を保っていた。


 思い通りに進まない現状に苛立った白仮面は、


「……オマエを殺す……【神気開放(シンキカイホウ)】!」

「なっ!」


 掛け声とともに白仮面の姿が突如変化した。

 仮面からはみ出していた金色の髪が白色に、瞳の色が輝きだし、黄色から黄金色に姿を変えた。


 美優、トッティ、メルディウスがその変化に驚きの表情を見せる中、志は誰よりも目の前の白仮面の変化に驚いていた。


神気開放(シンキカイホウ)』―――

 キーワードとともに、使用者の深層意識の中に現れる扉に鍵を差し込むことで得られる能力。

 その力は、自分の力を何倍にも高める不思議な能力。

 ただし、代償として理性(・・)を失う。

 そのとき、感じていた感情を優先する、それは正にケダモノと呼ばれてもおかしくない、そんな衝動が使用者を突き動かすのだ。


「―――グルゥウウウウ――ガァアアアア!!!」


 理性を失った白仮面はケダモノの如き声を上げる。

 鬼気として伝わる白仮面の気迫に志と美優が一歩後ずさる。


「―――なっ!」


 志が瞬きをした瞬間だった。

 志の首筋からポタリと血が流れた。


(見えなかった―――ッ!)


 どうやって斬られたか分からなかった志だが、誰が自分の首の皮を斬ったのかは明らかだった。

 いつの間にか、志の後ろへと移動していた白仮面。

 誰が斬ったかなど、状況証拠としては十分だった。


「死ねぇええ!」


 叫び声を上げて白仮面が志へと襲い掛かる。

 凄まじい速度で志に切りかかる白仮面。

 そんな白仮面に向かって、


「やらせないよ」

「セイッ!」


 志の後方からトッティ、美優が援護射撃を放つ。

 飛び交う銃弾と弓矢を前にして白仮面の動きが一瞬静止する。

 その隙をついて、


「―――はぁあッ!」

「―――ッチィ!」


 志が大剣を振りかざす。

 紙一重で大剣を躱し後方へと下がる白仮面。


 トッティ、美優、志の三人でようやく白仮面と互角の状況を保つことができていた。

 メルディウスはヒチグと、ティナは囲まれている元ヨルド王国の親衛隊、オーラル王国の騎士達を相手に戦っていた。


 両陣営の必死な攻防がしばらく続く中。

 その間、志は迷っていた。

 自分も【神気開放(シンキカイホウ)】を使うかどうかを。

 使えば白仮面と互角に近い力を出せるはずだったが、志は【神気開放(シンキカイホウ)】の制御がまだ完全にはできていないことに自信がなかった。


(もし、皆に襲い掛かったら……クソッ! どうすれば!?)


 焦れた衝動が志の方針を迷わせる。

 そのときだった。


「ほう。神具をここまで自在に扱うとは……実に興味深いな君達は」


 黒仮面の人物―――カプリコーンが突如動き始めた。


「ふむ、これからの実験としては最適な相手ともいえるだろう―――海竜(リバイアサン)! 【大魔息(ブレス)―――蓄積(チャージ)】だ」


 黒仮面(カプリコーン)が右手を振り払う。

 すると、遠くで先ほどからじっとしていた海竜(リバイアサン)の口元に巨大な魔法陣が浮かび上がった。その動作を見た騎士達は、慌てて戦いを中断し黒仮面(カプリコーン)に言い寄った。


『カプリコーン様! やめてください! まだ我らがここに!』

『せめて退避の時間を我らに!』


 元ヨルド王国の親衛隊達とオーラル王国の騎士達が、黒仮面(カプリコーン)に向かって必死に命乞いを始めた。


「何を言っている。貴様らも本望であろうが。国のために死ねるというのは……貴様らの命はこれから始まる戦争の引き金としても、とても重要なのだよ」

「そんな!」

「お待ちください! カプリコーン様!」


 黒仮面(カプリコーン)の冷徹な言葉に騎士達が慌て出す。


「じゃあ、さらばだ。お前達―――【大魔息(ブレス)―――発動(ファイヤー)】」


 黒仮面(カプリコーン)の言葉とともに、海竜(リバイアサン)の口から放出された巨大な魔力の閃光が海竜の塔の頂上を包み込んだ。



 閃光が消え、五階建ての塔だった場所は―――

 二階より上は姿形もなくなり、先ほどまで頂上にいた大勢の人達の姿はどこにも見当たらなくなっていた。


次回、SSを一話挟みます。


※1.修正しました。毎回、変な文章を残して本当にすみません(更新日:5/16)。

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