第37話:竜の巫女
祭壇の前で、大量の血煙が宙を舞う。
青いドレスは赤く染め上がり、地面に倒れたさいに白い彼女の髪が真っ赤に染まった。
「ママーー!!」
ミーアがその女性に向かって必死に呼びかける。
「な、なんでよ……なんで、アンタが私を助けたの!?」
突き飛ばされた飛鳥は、地面に座ったまま、今起きた出来事を理解できなかった。
いや、理解することを拒否していた。
「答えなさい! ルアーナ!!」
血まみれの状態で飛鳥の前に倒れている女性―――ミーアの実母であるルアーナ。
凍結魔法が解かれたヒチグの剣が飛鳥に振り落とされた際、ルアーナは飛鳥に体当たりを行い、身を挺して飛鳥を庇ったのだ。
「ガハッ!」
ルアーナの口元から大量の血が零れた。
彼女を一目見れば瀕死の状態だと誰もが分かる。それほどの致命傷を負っていた。
「チッ! やはり、裏切りおったか! この愚図が!」
ヒチグは倒れているルアーナと飛鳥に剣を向けた。
先ほど凍結魔法が解かれたとはいえ、体力はまだ完全に回復していないヒチグ。
剣を持つ手が微かに震えている。
「ルアーナ! ちょっと、返事をしなさい」
飛鳥は状況が分からないまま、最も自分を混乱させているルアーナに必死に呼びかける。
(どうして私を助けたの!? 何で!? あんなに、ミーアのことを嫌っていたこの人がどうして!?)
飛鳥は混乱していた。
そんな飛鳥に向かってルアーナは、
「に、にげて……ミーアと、一緒に……お願い」
パニックで慌てふためいている飛鳥の顔に手を伸ばそうとする。
まるで、迷子の子供を落ちつかせようとする優しい母親の姿がそこにはあった。
「ママーー! アスカママーー!!」
ミーアは二人のママの危機に対して泣き叫ぶことしかできない自分の無力さを恨んだ。
無力だと思った。情けないと思った。
(何でわたしはなにもできないの!?)
カイお兄ちゃんのときもそう。
奴隷となり、地下室の牢屋で助けを求められたときもそう。
そして……今もそうだ。
(結局、わたしには何もできないの!?)
『――――ソンナコトはナイ―――チカラがホシイか?』
ミーアの心からの叫びに、耳を傾けたモノがいた。
(―――だれ?)
『ワタシは神獣様を守護スル竜のイッカク――海竜』
(竜!)
頭の中に語り掛ける存在が伝説の幻獣である竜だと知り、思わずミーアは驚いた。
『ソナタの悲痛な声に反ノウし呼びかけた』
ミーアの頭の中で、片言のように聞こえていた言葉が少しずつ流暢になっていく。
短期間の内に、竜の言葉をミーアが理解していく。
『古の盟約により、我らはソナタの願いに応えましょう―――力が欲しいですか?』
(欲しいです! ママを皆を守れる力が欲しいです!)
ミーアはすぐに海竜の問いに答えた。
『承知した―――古の盟約により……誰だ!』
海竜が突如、鋭い声を上げた。
すると、
『ふふふ、アハハ、ブハハハ! ああ、成功だよ! 実に素晴らしい。ああ、申し遅れてすまないね。私はカプリコーンという。どうも初めまして、伝説の竜よ』
カプリコーンがミーアと海竜の意識の中に突然入りこんできた。
『貴様! 我らの同調意識に入り込むとは一体何者だ!』
『何者とは失礼な。これから君達の主となる人に向かってその言い方はないんじゃないかな?』
『なんだと!』
荒ぶる海竜の威嚇に平然とした態度でカプリコーンが話を続ける。
『君達が崇める〝竜の巫女“には私が開発した特殊な魔導具を取り付けていてね。簡単に言えば、私はその魔導具を介して君達を操ることができるのだよ』
『馬鹿な! ただの人間風情にそんな真似ができるわけ……まさか!』
『おっと! それ以上の推察は私が許さないよ。それじゃあ、実験第二段階スタートだ』
『ぬぉおおおおおー!!』
(えっ! きゃぁああああー!!)
カプリコーンの言葉が終えた途端、ミーアと海竜の意識に激痛が走った。
あまりの痛みに、ミーアと海竜の意識はそこで途絶えた。
…………
……
…
ミーアの変化はミーアの内側だけでなく外の世界にも影響を与えていた。
「な、なに! ミーア! どうしたの! 返事をして」
「……これが『竜の巫女』の本来の力なのか」
飛鳥とヒチグが驚愕した目でミーアを見つめる。
ミーアが飛鳥とルアーナに向かって叫んだ後、塔がいや世界が大きく揺れたのだ。
それはまるでミーアの声に反応するかのように。
燃え盛る火山が突如噴火したり。
穏やかだった海が突如荒れだしたり。
突如、海上にハリケーンが現れたり。
とある場所では地響きが起き、大地に巨大な地割れが発生したり。
穏やかに生えていた木々達が突如養分を根こそぎ吸い上げ大きく成長したり。
自然がミーアの声を受けて暴れているようだった。
光の柱に包まれたミーアの身体に大きな変化が見られた。
一つしかなかった尻尾が七本に増えた。
それぞれ赤、水、青、橙、緑、黄、紫の七色を帯びている。
「ミーア!」
「……」
飛鳥が必死にミーアに向かって叫ぶが返事がない。
意識が無いのかミーアはうつろな表情でただ飛鳥とルアーナを見ている。
そして、巫女は祝詞を読み上げた。
「【古の盟約に従いその姿を現せ―――海を統べる母にして伝説の竜―――出でよ海竜】」
ミーアが祝詞ともに両手を天へと翳す。
すると、
「ちょっと……な、なにあれ!」
「ふはは、素晴らしい。これこそが『竜の巫女』。我らの主たるヨルド王国王族のみに伝わる選ばれし者の力だ!」
「「おおぉおおお!!」」
飛鳥、ヒチグ、そして氷が解けた元ヨルド王国の親衛隊達やオーラル王国の騎士達が、そろって遠くの海を見ている。
そこには―――光り輝く巨大な魔法陣とともに、巨大な竜が姿を現したのだ。




