第35.5話:海竜の塔(ミーア視点)
わたしはミーア。
今、わたしは〝海竜の塔“の頂上にいます。
天井がない広々とした空間の中に、ポツンと置かれている祭壇。
周囲に大きな四本の柱で囲まれたこの場所が、わたしの定位置になっています。
雲一つない夜空を見上げると、綺麗な満月が見えます。
少し前までは、感謝祭初日に行われる神輿担ぎで使用される〝海竜の大鐘“が鳴り響いていて、首都から離れているこの場所まで祭りの賑わいが伝わっていました。
今は、夜の静寂さと周囲の緊迫とした緊張感が辺りを包み込んでいるように感じます。
『おい、本当に大丈夫のなのか?』
『……さっきから何も起きないぞ!』
少し離れた場所でわたしを監視する元ヨルド王国の親衛隊の人達。
彼らは計画通りに事が運ばれていないのか、動揺した様子が伝わってきます。
唯一、親衛隊隊長のヒチグさんだけは目をつぶったまま落ち着いた様子でいます。
この場所に来るまでに、ヒチグさんとオーラル王国の黒仮面の人が話をしているのを盗み聞きしました。
どうやら、わたしは『竜の巫女』という珍しい種類の亜人のようです。
……それ以外のことは何もわかりませんでしたが。
とにかく『竜の巫女』がこの塔の祭壇にいることが重要みたいです。
「なあ、ミーア。暇だぞー。オレと向こうで遊ぼうぜ」
今朝会った狼の亜人の子がわたしに話しかけてきました。
周囲はピリピリとした緊張感に包まれているのに、この子は全く気にしていません。
年齢はわたしと同じくらいなのにすごいです。
えーっと、名前は
「ティナちゃん。そう言ったって無理ですよ。動いちゃダメってわたし言われてますし」
「なんだよ~、暇なんだよー」
「遊べよー、もっと構えよ~」と、口を尖らせるティナちゃんの無邪気な姿を見て、思わずホッとしてしまいます。
ティナちゃんとは、ここに来るまでたくさんお話をしました。
…………
……
…
「おー、お前が護衛対象か。オレはティナってんだ、よろしくな」
「は、はいです」
早朝、海竜の塔に向かう前、わたしはティナちゃんと屋敷の前で初めて会いました。
真っ赤な赤い髪にあどけない雰囲気が残る女の子。
好奇心旺盛を現すかのようにピョコピョコと動く耳が何とも可愛らしいです。
ティナちゃんは握手を交わした後、グッとわたしに顔を近づけきました。
そして、
「なあよ〜お前。ココロって兄ちゃんの娘って本当なのか?」
「―――!!」
ビックリしました。
ココロの兄ちゃん―――すなわち、ティナちゃんは志の知り合いなのだと気づきました。
パパとティナちゃんがどういう関係なのか気になり、何と答えようか迷っていると、バコンとティナちゃんの頭にゲンコツが落とされました。
「いってぇええ!」
「こら! この子は護衛対象なんだから口の聞き方には注意しなさい」
「殴ることはねえだろう! オッサン」
ティナちゃんにゲンコツを落とした男性(?)―――女性用の白いビスチェと赤いハイヒールを履いているので思わずどちらか迷ってしまいました―――がティナちゃんと取っ組み合いを始めました。
「アンタみたいなバカ娘は殴って聞かせないとわからないでしょう!」
「誰がバカだ! ビーグルのオッサンこそ、また似合わねえ服着てんじゃねえよ」
「なんですって!」
ティナさんとビーグルさんがわたしを無視して、お互いの頬を引っ張り合っています。
そんなやり取りを見て、不思議とこの人達は周りの人とはどこか違う気がしました。
海竜の塔に向けて、ティナさんとビーグルさんはわたしの専属の護衛として、わたし達は出発しました。大きな荷物を馬車に積んで、ひたすら険しい山道を歩きました。
道中、嶮しい山道に足が止まりそうになりましたが、ティナちゃんとビーグルさんに励まされ何とか中腹部までたどり着きました。
そこで、一端休憩を取るということになり、地面に座って身体を休めていました。
チラリと周りを見ると、元ヨルド王国の親衛隊と私の実のママ―――ルアーナさんがいます。
彼らからはどこか緊迫した様子で海竜の塔に向かって進行していました。
ただ、彼らは事あるごとにわたしに向かって、嫌みな言葉を何度もかけてきました。
反対側には、黄金甲冑に身を包んだオーラル王国の騎士達と仮面をつけた人物が二人いました。
「……」
白仮面の人は無口で誰とも話さない人物です。
一方、
「……気をつけろ。その道具はお前よりも遥かに貴重なモノだ。大切に扱え」
「す、すみません!」
オーラル王国の騎士が手荷物の魔導具を落としたのを見て、黒仮面の人が厳しく注意しました。声を聞くと、人とは違う奇妙な感じの声がします。不思議な人です。
白仮面の人はわたしにあまり関心がない様子ですが、黒仮面の人はとても冷たい人のように感じます。ママや親衛隊の人達がわたしに向ける嫌悪感とは違って、まるで実験動物を観るような、そんな目をわたしに向けます。
……正直、とても怖いです。
わたしが周りの大人達の雰囲気に圧倒されかけていると、
「てい!」
「ひゃぁああ!」
突然、ティナちゃんに脇腹を擽られ、思わず変な声が出てしまいました。
変な声を上げたことで何事かと思いわたしに注目が集まりました。
しかし、周りの目など気にせず、わたしはティナちゃんに向かって思わず叫んでしまいました。
「いきなり何するんですか!」
「おっ! いいねえ~少しは肩の力抜けたか?」
どうやら、わたしの緊張をほぐそうとしてくれたみたいでした。
それはありがたいんですが、こんなに注目を浴びるのは怖いと思っていると、
「なに、こんな辛気くせえ奴らにビビってんだよ~こんな連中大したことねえだろう!?」
「何だと貴様!」
「亜人の癖に生意気な!」
「オーラル王国の客人だからと言って偉そうにするな! 分をわきまえよ」
数人の親衛隊の人達がティナちゃんの言葉に大きく反応しました。
彼らはティナちゃんに向けて剣を抜きましたが、
「あっ、そう……立場ってもんがわかってないなら―――オレが教えてやるぜ」
わたしの頬に風が通り抜けた同時に、
「ぐわっ!」
「ガハっ」
「ガッ!」
瞬く間に彼らは地面に倒れました。
どうやら全員ティナちゃんの攻撃で気絶させられたみたいです。
……わたしには全く見えませんでした。
気絶した人達の中には、ママの姿もありました。
いまだに、あの人を見るととても複雑な気持ちになります。
……ただ、何故そんなに亜人を。そして、わたしを憎むのか。それがとても気になってしまいます。
「おい! 何をやっている!」
親衛隊達が倒れたことを見て、オーラル王国の騎士達がこの場にやってきました。
「何って……あいつらに教えてやったんだよ! 社会の礼儀ってやつをな」
「なんだと!」
ティナちゃんの振舞いに、プライドの高いオーラル王国の騎士達が怒り出しました。
ティナちゃんと会う前から、オーラル王国の騎士達と親衛隊達の様子を見ていましたが、力関係はオーラル王国の方にあるように感じました。
オーラル王国の人達は、親衛隊の人達に偉そうに命令をする姿を何度も目撃していたので。
オーラル王国の騎士の人達もティナちゃんに向かって剣を抜こうとしました。
ティナちゃんも、腰を低く構えてオーラル王国の人達に向かって飛び構える姿勢を取りました。
すると、
「止めろ! 貴様ら何をやっている!」
黒仮面の人が間に割って入りました。
「しかし、カプリコーン殿! あの亜人が我らを侮辱したのですぞ」
「そうです。あの亜人に制裁を――」
カプリコーンと名乗る黒仮面の人物の話を聞こうとせず、オーラル王国の人達が騒ぎ出しました。
そのときでした。
サーンと鍔切り音が辺りを響きました。
そして、
「うわぁあああ! う、腕が!」
「ガッ! あ、あぁあああ!」
騒いでいたオーラル王国の騎士達から大量の鮮血がほとばしりました。
悲鳴を上げ、痛みに苦しんでいるオーラル王国の人達の中心に、気が付けば白の仮面の人がいました。手には普通の剣とは少し違う細長い剣を持っていました。
「カプリコーン殿の指示を最優先にするようにと、イデント宰相様より仰せつかったのを忘れたか」
白仮面の人が初めて喋りました。
「あ、その、申し訳ありません。『光の勇者様』!」
「す、すみませんでした!」
白仮面の人物に向かって、オーラル王国の騎士達が一斉に謝り出した。
腕を斬られ痛みに苦しんでいる人達もだ。
そんな光景を見つつ、わたしは気になる言葉を聞きました。
(『光の勇者様』っておとぎ話に出てくるあの伝説の!?)
突然の事態に頭が真っ白になっていると、
「ケッ! あぶねえぇな~オレごと斬る気だったな。てめえ?」
ティナちゃんが白仮面―――光の勇者様に話しかけました。
しかし、
「……」
光の勇者様は沈黙を貫いたまま、どこかに歩いて行きます。
「おい! 待てよ! てめえ、勝負しやがれ」
ティナちゃんが光の勇者様の後を追いかけようとしたとき。
バコンと再びどこかで聞いた音が聞こえました。
「まーた、アンタは面倒起こして……少しはじっとしていられないの!」
ビーグルさんがティナちゃんの頭に落とした拳骨音でした。
「いってぇえええええ! おい! あんま頭ばっかり殴んな! バカになるじゃねえか!?」
「もう、アンタ十分バカでしょう。そんなの今さらでしょう!」
「なんだとてめぇえ!」
「やんのか! アホ娘! 上等だ、この野郎ぉおお!」
再びビーグルさんとティナさんが取っ組み合いの喧嘩を始めました。
ビーグルさんとティナさんによって、殺伐としていた空気が有耶無耶になりました。
気絶した親衛隊の人達は別の隊員に介抱され、腕を斬られたオーラル王国の人達は魔療士によって治癒の魔法がかけられていました。
誰も近づこうとしないティナちゃんとビーグルさんの喧嘩に、一人足を向ける人がいました。
黒仮面の人―――カプリコーンさんです。
「おい、ヴィルゴ。そこの娘の手綱はしっかり握っておけ」
「あら、それを言うならあの暗い親衛隊の方を何とかしてほしいものだわ……アタシ達の護衛対象に向けて嫌みたらしいことばかり言って。正直、ムカついてたのよ。このアホ娘が動かなかったらアタシが先に動いていたわよ。あと、その呼び名は止めて」
「ふん。めんどくさいやつだ。その子は唯の実験対象―――『竜の巫女』だぞ。何を考えている?」
「別に~アタシは可愛いもの全ての味方なの」
「……胡散臭いやつめ」
話を終えたカプリコーンさんは踵を返し、元の休憩場所に戻っていきました。
わたしは今の言葉を聞いて、ティナちゃんとビーグルさんがわたしを守るために、騎士の人達に喧嘩を吹っ掛けたことにようやく気が付きました。
「ティナちゃん、ビーグルさん。あり――」
「おらぁああ! どうじゃ、オッサン!」
「なっ! 卑怯よ。アタシが喋っている隙に後ろからドロップキックなんて!」
「うるせぇえ! やったもん勝ちじゃ!」
「上等じゃ! こらぁああ!!」
感謝の気持ちを伝えようとしたけれど、二人は再び争いの場へと戻ってしまいました。
……本当に、凄くて頼りになる人達だと思います。
…………
……
…
「―――おーい。ミーア、起きてるか?」
「――はうっ!!」
どうやら今朝のことを思い出していたら、眠っていたみたいです。
「こんなところで良く眠れるな」と呆れた様子で見つめるティナちゃん。
……うう、恥ずかしいです。
「にしても、本当不思議な格好だな、ソレ?」
「そうですか? 似合いませんか?」
ティナちゃんが不思議そうにわたしの服装を観察する。
今、着ているのは黒仮面―――カプリコーンさんが渡してくれた服と髪飾りをしている。
上は真っ白の衣に、下は赤くて長いスカートのようなものを履いています。
そして、頭には櫛のような形をした飾りをつけた状態だ。
これらは貴重な魔導具らしく、頂上に上ってから着替えるよう指示を受けました。
「いや、似合ってるよ」
「ありがとうございます」
ティナちゃんに服装を褒められて、つい嬉しくなる。
アスカママやミユママと一緒にお店に回って色々な服を試着して楽しんだことを思い出してしまう。
(本当、楽しかったな)
そんなことを考えていると、
『ゴーン』
と大きな鐘の音が聞こえてきた。
昼間に聞いた海竜の鐘の音だと思ったそのときだった。
『ドクン』
わたしの身体が脈を打ち始めたのだ。
「えっ? な――!」
再び『ドクン』と脈が大きくなり、思わずその場に膝をつく。
そんなわたしを見て、
「おい! 大丈夫か!? しっかりしろ」
心配したティナちゃんがわたしに近づこうとする。
「大丈夫」と声をかけようとするが、上手く声を発することができない。
そんなアタフタしているティナちゃんとわたしを遠くから見ていたカプリコーンさんは、「始まったか」と喜々とした声でわたし達を見つめている。
親衛隊達やオーラル王国の騎士達も離れた場所でわたしをじっと見ている。
その中には、真剣な表情でわたしを見るママの姿もある。
(体が熱い! 頭がはちきれそう! 何? これは言葉?)
制御不能のわたしの体に、見たことも聞いたこともない文字が無数に浸透していく。
月の光がわたしと下にある魔法陣に降り注ぎ、天に向かう光の柱が現れた。
わたしは、ただなす術もなくその柱の中で浮かんでいた。
そして、いよいよ意識が保てなくなったその時だった。
「「ミーア!」」
わたしを呼ぶ誰かの声が聞こえた。




