第35話:出した答え
「……」
真っ暗な暗闇の部屋の中で、僕は一人考えていた。
これからどうすればいいのか。
オーラル王国との戦争回避のために、ミーアを諦めることを飛鳥に伝えた場合、間違いなく彼女は僕達に激怒して戦いを挑むだろう。
飛鳥はそういう女の子だ。
強くて、誰よりも優しく、そして、やると決めたら最後までやり遂げる。
周りから間違っていると罵られても、自分が信じた道を突き進む。
それが、戸成 飛鳥という女の子なのだ。
「―――あっ」
不意に自分の小指が視界に入り思わず声を上げた。
以前ミーアと指切りをしたときの指だった。
あのとき、僕とミーアは約束を交わした。
〝皆で感謝祭を一緒に回る“と。
頭の中でミーアやみんなと過ごした楽しかった日々の思い出が走馬燈のように駆け巡った。
同時に、ミーアを娘として迎えると決めた当時の気持ちを思い出した。
ガチャリと何かのピースが僕の中ではまった。
…………
……
…
「どこに行くんですか? 志くん」
団長室。
ひっそりとした暗い部屋の中で、空間魔法の魔導具だけが明るい色を発していた。
出発時間まで誰もいないはずの部屋に、一人待ち構えている人がいた。
「答えてください。志くん」
美優だった。
美優は神具――弓を構えたまま僕を見ている。
「……やあ、美優。時間でもないのに、こんなところでどうしたの?」
「それはこちらのセリフです。志くん。もう一度聞きます。どこに行くんですか?」
誤魔化そうとしたが、真剣な面持ちで僕を見つめる美優を前にして嘘をつくことができなかった。
「……僕は、今から飛鳥のところに行くよ。そして、飛鳥と一緒にミーアを助けるよ」
「それが、多くの人を犠牲にしてもですか? ガイネルさんやメルディウスさんも、ユリウスさんやアナベルさんにしてもそうですが、彼らが今まで私達に優しく接してくれた行為を全て無為にしてもですか?」
「ああ、本当に師匠達には申し開きもないけど……それでも決めたんだ」
美優に正直に自分の心内を告げた。
僕はガイネル達の期待を裏切って、ミーア達を助ける道を選ぶのだと。
その結果、多くの人が犠牲になることを選択したのだ。
僕が選んだ選択は多くの人からすれば間違った選択だと言うだろう。
僕の身勝手な行動で、この世界の大勢の人々が不幸になるかもしれない。
全体の和を重んじる日本人とか関係なく、理詰めで考えれば全人類の幸福を考えなければいけない。
それも十分にわかってる。
だけど、
「僕は行くよ。友達を……家族を失いたくないんだ」
僕は自分の傍にいる少数の大切な人達の幸福を選んだ。
「……そうですか。それが志くんが選んだ道なのですね」
「えっ!」
美優は弓を構えた状態を止めて、神具を体内に戻した。
そしてニッコリと美優は僕に笑いかけた。
「試すようなことをして本当にごめんなさい。でも、志くんの本当の気持ちをどうしても聞きたかったから」
「美優……」
「覚えていますか? トパズ村で私が告白したときのこと。貴方は私にこう言いました。『一緒に頑張ろう』って。私はこの言葉の中に、どんな苦しいことがあっても共に一生懸命生きていこうと、そう捉えていました。違いますか?」
確かに美優にトパズ村で『一緒に頑張ろう』と話をした。
しかし、そこまでの意味はなかったと思う。
あのときは、報われない気持だとしてもそれを持ち続けることはとても尊く誰からも否定されるものではないのだと、そういう意味で僕は伝えようとしたのだが。
「ええ。私は志くんの話を曲解して捉えているのかもしれません。ですが、これが私の中の真実です」
僕の表情を見て、僕の考えを読み取ったかのように美優が話す。
「あのとき、私は自分の中で誓ったのです。たとえ報われなくても貴方とどこまでも共にいようと」
「美優……」
どうして、彼女はここまで、こんな僕に好意を向けてくれるのだろう。
自分の娘を守ることができず、勝手に勇也に嫉妬し、好きな女の子に自分の劣等感をぶつけ、挙句の果てには、お世話になった異世界の人達を裏切ろうとしている、こんな僕を。
「一緒に行きましょう。飛鳥さんや志くんだけじゃないんですよ。私もミーアちゃんの母親なんですから」
優しく微笑む美優の姿に、僕は心を奪われていた。
僕と美優がしばらく見つめ合っていたら、
「おいおい、そんな面白そうな話。ボクには内緒なのかな?」
「……すみません。ミユ殿、ココロ殿」
後ろからトッティとメルディウスが突如現れた。
「えっ!」
「な、何で」
突然現れた二人に、僕と美優は驚いた。
「なに、水臭いこと言ってんの~行くんでしょう? ミーアちゃんとアスカのもとへ。力になるよ」
「是非とも私の力をお役立てください」
「でも――」
これから僕達が行うことがどういうことなのか、二人はわかっているのだろうか。
トッティはともかく、帝国騎士団であるメルディウスなら僕以上にわかっているはずなのに。
それなのに、
「言ったはずです。『私はこの剣に誓って貴方達を守る』と。私の誓いを嘘にさせないでください」
柔らかく微笑むメルディウスの姿に僕は思わず見惚れてしまう。
なんて真っすぐな人だろう。
最初に会って交わした言葉を、今もこうして覚えているなんて。
交わした本人すら覚えていなかったのに、それでもメルディウスはその約束を愚直に守ろうとしている。僕が理想とする正に騎士の姿を姿を体現した人だった。
「いや~、すごいね。メルさんのような外見もそして心も美しい女性は初めて出会いました! もしよろしければ、今度二人で夕食でも—――」
「子供は黙っていなさい」
メルディウスの厳しいツッコミにトッティが「こりゃ厳しい」と苦笑いを浮かべる。
「あのー、本当に良いのですか?」
そんな二人に美優が尋ねる。
これから行うことはある意味ではベルセリウス帝国を裏切ることになるのだから当然と言えば当然だ。
しかし、
「ボクは別に帝国の人間じゃないから問題ないと思うよ。なにより、友人を見捨てるなんて行為をしたらボクの先祖様に怒られちゃうよ~」
「貴方達の行動は甘く愚かだと周りからは見えるかもしれませんが、私にはとても眩しく見えます。だから、そんな貴方達を守らせてください」
二人は迷うことなく僕達と一緒に行くことを決めた。
やばい。
この頃、情緒不安定な日々が続いて涙腺が崩壊しやすいのに、駄目だ。
二人の、いや三人の優しさに思わず涙が零れてしまう。
泣き出したい衝動を堪えながら、僕は皆に目を合わせた。
「じゃあ、行こう。僕達でミーアと飛鳥を助けよう」
…………
……
…
志、美優、トッティ、メルディウスが空間魔法の魔導具を通り、いなくなったあと。
「やれやれ、こんなところで隠れる必要なんてあったのかのう」
「……仕方が無かろう。私達がいれば彼らの出立の妨げになるからな」
「ワシは関係なかろう!」
「むしろワシも一緒に行きたいくらいじゃ」、と話すガイネルを宥めながらユリウスは志達が通った空間魔法の魔導具を眺める。
表情からは自分もあの場所に一緒に行って志達を助けてあげたい、そう願い子供を見守る大人の姿がそこにはあった。
「なあ、ユリウスよ。何故、こんなメンドクサイことをする? ワシらが行けば、それで全て片が付くのではないか?」
「確かにそうだろうな。だが、私やお前が行けば間違いなくオーラル王国との戦争は免れんだろう。私とお前はあの国にとって悪い意味で有名人だからな」
「ふん。めんどくさいのう、この肩書は」
【剣聖】と【鬼神】の二つ名を持つユリウスとガイネルは帝国騎士団で最強の騎士と名高い実力者であり、他国から恐れられている存在だった。
(まさかあの真面目なメルが一緒に行くとは驚いたが、子は親の予想を超えて成長するものだな)
ユリウスは先ほどメルディウスが志達に向けて宣言した時のことを思い出す。
【疾風の妖精】の二つ名を持つメルディウスが一緒に行くことは、予想外であり、団長としては絶対に止めなければいかなかったのだが。
あの笑顔と覚悟を見たとき、止めることができなかった。
むしろ、父親という立場で自分の娘が成長した姿を見て微笑ましくなったのだ。
仕方がないだろう。それが親というものなのだから。
「なんじゃ。随分嬉しそうな顔をしておるの!?」
「いや、若者が成長する姿というのは実に嬉しいものだとな」
「……そうか」
はた目から見たらユリウスは無表情のままのだが、ガイネルにはユリウスが嬉しそうに笑っていることが分かり、思わずニヤリと笑ってしまう。
「それじゃあ、ワシらも動くとするかのう」
「ああ、これ以上、この帝国の領土をあの傲慢な豚共に蹂躙されるのは耐えられん。なにより、未来ある若者をこのまま切り捨てるのは大人として、いや人として見過ごすことはできない―――アナベル! 準備は良いか!?」
「ハッ! いつでも大丈夫です」
傍に仕えていたアナベルが敬礼をして答える。
「見ていろ。オーラル王国の豚共め。簡単にお前らの思い通りになると思ったら大間違いだ」
マントを翻しユリウスは団長室を後にした。