第34話:突きつけられた選択
「志くん!」
「……美優か、ごめん。急にいなくなったりして」
今、僕は港の桟橋に来ていた。
僕に謝る飛鳥から逃れるため、わけも分からず走り続けていたら、いつの間にかこの場所にいたのだ。
美優には申し訳ないが、今は誰とも顔を合わせたくなかった。
「……心配かけてごめん。でも、しばらく―――ッ!」
パンと、突然頬を叩かれた。
顔を上げ、美優を見ると
「何をしているんですか! 今はミーアちゃんが行方不明なんですよ! こういう時こそ、親である私達がしっかりしなきゃいけないでしょう!」
美優は叩いた右手を左手で抑え、辛そうな表情で僕を見ていた。
「でも、僕は―――」
「勇也さんじゃない、ですか!?」
「―――!!」
美優に先回りされ、僕は思わず言葉を失った。
「私と飛鳥さんがいつ志くんに勇也さんと同じになるよう言いましたか? 言ってませんよね。そんなバカなこと」
「なっ、バカって」
「バカですよ! 超が付くほどの大バカですよ! 志くんは」
普段、人の悪口を言わない美優からバカという単語を聞き思わず驚いてしまった。
「確かに勇也さんは凄い人ですよ。頼りになるし、どんな問題もすぐに解決してくれます。欠点なんて何一つ見当たらない完璧超人な人だと思いますよ! 私も勇也さんに助けられましたから、勇也さんのことをとても尊敬していますし、感謝もしています! でも、勇也さんと同じくらい、いえ、それ以上に私は貴方のことを大事に思っています!」
「―――!!」
美優の言葉を聞いて、僕は何も言えず呆然と美優を見つめる。
「だから、そんな悲しいこと言わないでください……志くんは志くんでいいじゃないですか」
呆然と佇む僕を美優が優しく抱きしめる。
美優の温かな体温を黙って感じていると、目から涙が零れた。
「……ご、ごめん」
涙が止まらず、しばしの間、僕は美優の腕の中で泣いていた。
…………
……
…
「大丈夫ですか?」
「うん、その、ありがとう」
美優にしばらく抱きしめられて、ようやく落ち着いた僕は気まずい気持ちで一杯だった。
美優も先ほどのことを思い出したのか、顔が赤くなっている。
そんな気まずい雰囲気がしばらく流れていたとき、
「ここにいましたか。二人とも!」
「メルディウスさん?」
メイド姿のメルディウスが後ろから現れた。
普段落ちついている彼女だが、今は心なしか取り乱しているような、そんな表情を浮かべていた。
「どうしたんですか? そんなに焦った様子で?」
「ミーアを発見しました。とにかく一度宮殿のほうに来ていただけませんか?」
「本当ですか!?」
「ミーアちゃんは無事なんですか!?」
思わぬ報告に僕と美優は喜ぶ。
しかし、メルディウスの表情は暗いままだった。
何があったのか気になるが、メルディウスに言わるまま僕達は急ぎ宮殿へと向かった。
…………
……
…
宮殿に到着し、団長室へと通されると、
「あれ? ココロとミユだけ? アスカは?」
「トッティ? どうしてここに?」
トッティがいた。
「トッティ殿がミーアの情報を教えてくれたのです」
「そっか。ありがとう、トッティ」
「いいよ、そんなこと。ミーアちゃんとは一緒に遊んだ仲だしね。当然だろ」
にっこりと笑うトッティ。
いつもと変わらない姿を見て少し心が落ち着く。
「それに、まだミーアちゃんを救い出したわけではないからね」
「それってどういうこと?」
ミーアがどこにいるのか、トッティに聞こうとしたとき、
「そこからは私が説明しよう」
颯爽とマントを翻し、帝国騎士団団長のユリウスが部屋に現れた。
後ろには、副団長のガイネルとメルディウス、アナベルの姿も見える。
「現在、ミーアは元ヨルド王国親衛隊と共に〝海竜の塔“に潜伏している。これが証拠だ」
ユリウスが手元に持っていた鳥獣新聞の姿絵を僕と美優に見せた。
新聞の紙面には、確かにミーアと思わしき女の子の姿があった。
「元ヨルド王国親衛隊と一緒にいるって……ミーアは大丈夫なんですか!?」
元ヨルド王国の親衛隊と言えば、ルアーナと一緒にミーアに虐待を行っていた危険人物達じゃないか。何でそんな危険な人達と一緒にいるのか、不安で仕方ない。
「それはわからない。ただ、あの過激派思想の奴らのことだ。危険な状況であることは間違いない」
「そんな!」
冷静に事実を伝えるユリウスの言葉に、美優が少し取り乱す。
落ち着くようにと、ユリウスは僕と美優の肩にそっと手を置いた。
「……次にこれを見てくれ」
ユリウスが用意した別の新聞を見る。
黄金色に輝く鎧を身に着けた騎士達と仮面を被った人物の姿絵があった。この騎士達は先ほどの新聞でも見た元ヨルド王国の親衛隊達と何やら話をしているようだった。
「こいつらは、感謝祭に来たオーラル王国の者達だ。状況から察するに、恐らく連中は共謀していると思われる」
「……オーラル王国って、確か!」
「そうじゃ。ザナレア大陸南部の王国連合を取り締まる代表国家であり、ワシら帝国を目の敵にしとるあの国じゃ」
聞いたことのある国名に戸惑っていると、ガイネルが横から説明してくれた。
(思い出した! ヨルド公国を帝国が占領したことを理由に帝国に戦争を吹っ掛けて来た大国だったはず! 確か、この前光の勇者を召喚したって記事を見たっけ)
記事を見て、もしかしたら勇也かもしれないと推測したこともあった。
「このことを踏まえ、帝国騎士団はミーアの捜索を打ち切ることにした」
突然のユリウスの発言に、僕と美優は時が止まったかのように固まってしまった。
「えっ!?」
「そんな! どうしてですか!?」
「時期があまりにも悪いのだ。今、帝国がミーアを救出するために動けば、オーラル王国はそれを理由に開戦を迫るだろう。それが一番まずいのだ」
「そんなのわからないじゃないですか!?」
「……いや、ユリウスの言う通り十中八九そうしてくる。奴らはワシらと戦争がしたくて仕方のない連中なのじゃ」
「でも、だからと言って、それじゃあ、ミーアちゃんを見捨てるってことですか!?」
「そうだ」
頷くユリウスの姿を見て、頭の中が真っ白になった僕は、
「ふざけるな! 市民を守るのが騎士の務めじゃないんですか!」
ユリウスに怒号の声を上げた。
「では、君は帝国とオーラル王国との間で戦争が起きてもいいと思っているのか?」
「―――!!」
ユリウスの問いかけに、思わず息が詰まる。
「あれは本当に地獄だぞ。十年前に起きた南北戦争で、帝国国民の半数は死に絶えた。帝国を守るため若者や老人が志願兵となって次々と死んでいったよ。非戦闘員は少ない食料も我々に与え、餓死していく人達が多数出た。あるいは敵国に辱められ殺されていった人達もいた―――こんなことを聞いて、君はそれでもミーアを助けるために動けるか?」
「そ、それは―――」
戦争の悲惨さを淡々と話すユリウスに僕は慄き、何も答えられなかった。
ミーア一人のために、大勢の人を犠牲にする。
つまり、そういうことだとユリウスは僕に言っているのだ。
「すまないが、私は帝国国民全体の幸せを求める。ミーア、一人の命を天秤にはかけられない」
ユリウスの言葉に誰も何も言えなかった。
耐えるように目をつぶるガイネルと顔を下げ辛そうな表情を浮かべるメルディウス。
帝国騎士団の中で答えは出ているのだろう。
「……ミーアのことは諦めるしかない」
「―――!!」
ユリウスから残酷な言葉を告げられた。
「わかっているかもしれないが、君達だけでミーアを救出に行くことも絶対に許されない……その意味はわかるね?」
帝国騎士団に所属していないとはいえ、僕達はガイネル達と共に行動していたこともあり、周囲に僕達は帝国騎士団の関係者であることは知られていた。
「ココロ達―――帝国の関係者がオーラル王国の騎士に剣を向ければ、それだけで開戦の口実にはなるというところか……相変わらず、最低な国だな、あそこは」
黙って聞いていたトッティがやれやれと溜息をつく。
「さらに、悪い知らせだ―――アスカ君がどうやら一人で海竜の塔に向かったそうだ」
「なっ!」
「―――!!」
ミーアが海竜の塔にいる話を聞いて、飛鳥は一人で助けに向かったそうだ。
飛鳥は塔にオーラル王国の騎士達がいることを知らない。
もし、飛鳥がオーラル王国の人達に手を出せばオーラル王国が帝国に戦争を仕掛ける口実を作ることになる。
状況は最悪だ。
「我々はアスカ君を捕縛するために動く。そこでだ。君達には彼女を説得してほしいのだ。説得が無理なら、最悪の場合、我々は彼女を殺さなければいけない」
もう何が何だかわからくなった。
ミーアの救出を諦め、さらには飛鳥を殺す?
……もうやめてくれ。
「門番の話から、彼女は夕刻頃に出かけたはずだから、到着は夜になるだろう。我々は、コーネリアスが作成した空間魔法の魔導具を使い、海竜の塔へと瞬間移動する……これが、その巻紙と魔石だ」
呆然と立ち尽くす僕達の手に、巻紙と魔石が手渡される。
「その二つを持って、この門を通れば海竜の塔にすぐに行くことができるのだが……急に、決断しろと言われても難しいだろう。しばらく考えてくれ」
そう言い残し、ユリウスは部屋を後にした。
続いてガイネル、メルディウス、アナベルもその後を追った。
残っているのは、僕、美優、トッティの三人だけだ。
僕は、どうしたらいいか自分の手元にある魔石を見ながら悩み続けた。