第33.5話:飛鳥の思い(飛鳥視点)
志が走り去った方角に向けて頭を下げ続ける。
…………。
…………。
どうして、こうなるのだろう。
いつもそうだ。
何でも優雅にこなせる優等生。望めば何でも手に入るお嬢様。
それが私。
そう周りから思われているかもしれないが、そんなことはない。
私はいつも一番欲しかったものが手に入らないのだ。
もしかして呪われているのだろうか、私は。
……今度、死んだらあの女神様に聞いてみよう。
自分を受け入れてくれる居場所が欲しかった。
ただそれだけなのに。
両親。
実際には、自分達の理想を好き勝手に子供に押し付ける親だった。
挙句の果てには無理心中を企むような人だったし。
友達。
友達の彼を傷つけていた。
知らなかった。
志のことを勇也さんと比較したことなんて一度もなかったのに、彼が劣等感に苛まれていたことに私は気づけなかった。
本当に申し訳ないと思うし、気づけなかった自分が不甲斐ない。
中学三年生のとき。
私はオタク趣味であることを当時親友だった女の子にばらされたことがあった。
両親が膨大な借金を背負う数カ月前の頃だ。
アニメやラノベというジャンルは低俗だという、ただそれだけが理由で周りの同級生達は私を仲間外れにした。
……何故、アニメやラノベを低俗だと決めつけるのか、今だに理解できないけど。
私に聞こえるよう遠くから悪口を言って嘲笑したり、ボロボロにしたアニメ雑誌を私のロッカーに入れたり、机の上に「キモい、死ね」と書かれるなど、精神的な嫌がらせが続いた。
それらを率先的に行っていたのが、当時親友と呼んでいた人だった。
正直嫌がらせよりも、親友に裏切られたことが私はショックだった。
中学校で受けた心の傷は、高校で美優に出会えて少しづつ解消されていった。
友達も増え、特に最近では志やメルディウスさんといった信頼できる仲間ができたのに。
それも、先程の件で、間違いなく崩壊したと思う。
可愛い娘。
出会って、まさか母親になるなんて思っていなかったけど、ミーアが私の娘になってから、私の中で世界が変わった気がした。
ミーアに会うまでは、私は美優や志といった親しい人との繋がりが薄れるのが不安で仕方なかった。
私の足元が無くなるみたいで。
でも、そんな不安はミーアと一緒に生活して無くなっていた。
私はこの子とこれからも一緒にいるのだと、そう信じていたのに。
現在、行方がわからないミーア。
ねえ? 呪われてない私。
本当、何でこんなことばかりが私の身に起こるのだろう。
頭を下げていたら、ポタポタと地面に水滴が落ちている。
雨だろうか。
でも私の身体は濡れていない。全く不思議である。
「―――ほら、これで涙をふきなよ」
美優でも志でもない声が聞こえ、頭を上げると、
「大丈夫? アスカ」
カウボーイハットをかぶった少年―――トッティがいた。
…………
……
…
トッティからハンカチを受け取り涙をぬぐった。
涙が止まるまでトッティは何も喋りかけてこなかった。
ただ、私の隣にいてくれた。
そのトッティの気づかいがありがたかった。
「ごめんなさい。綺麗なハンカチをぐちゃぐちゃにして」
「いいよ~。『泣いている女のことは絶対に助けろ』という家訓に従っただけだから。そのハンカチはむしろ本望だと思うよ~」
「プッ! なによソレ」
トッティの軽口に思わず吹き出してしまった。
「……良かった。少しは元気になったみたいだね」
「おかげさまでね。ありがとう、トッティ」
どういたしまして、とカウボーイハットを取り、優雅に微笑むトッティ。
……子供なのに凄く様になっているのが不思議だ。
「それより、アスカはもしかしてミーアちゃんを探しているの?」
「――! どうしてそれを!」
トッティの言葉に思わず私は取り乱してしまった。
「……その反応を見ると、やっぱりそうか。アスカ、少し落ち着いて聞いてほしい」
真剣な面持ちでトッティは今日見かけたミーアのことについて話をしてくれた。
「つまり、ミーアは元ヨルド王国の騎士達と一緒に〝海竜の塔“って場所に向かっていたのね!?」
「おそらくね。海から、その軍勢を見たんだけど、集団の中にミーアちゃんの姿があったから驚いてね」
トッティが海上で沈没船をサルベージしていた際に、遠くの崖の上で騎士甲冑を来た軍勢が海竜の塔に向かっているのを見たそうだ。濃い霧でハッキリとは見えなかったが、その中にミーアの姿があったらしい。
「ココロやアスカの姿が無かったから気になったんだけど、なに? 誘拐でもされたの?」
トッティが心配そうに尋ねて来たので、私はつい先日のことをトッティに話した。
「なるほどね。まあ、ミーアちゃんがどうして元ヨルド王国の親衛隊達と一緒にいるのかは分からないけど……ミーアちゃんは今とても危険な状況にあると思うよ」
「どういうこと!?」
「あいつらは、過激派のヤバイ連中らしいんだ。帝国に対して度々テロ活動を行ってる危険な集団なんだ」
「そんな! すぐに助けに行かなくちゃ」
私はすぐさま立上り、〝海竜の塔“へと向かおうとするが、
「ストップ! 少し落ち着いて」
トッティに腕を掴まれ思わず動きを止めてしまう。
「離して! 早く行かないとあの子が!」
「落ち着くんだよ。アスカ。今キミが一人で行ったところで、何も変わらないよ。それより、キミも危なくなる」
「だから、何よ! あの子が無事ならそれでいいわ!」
「はあ~キミのそういうところは魅力的だが、いいかい。とにかく落ち着いてくれ」
「……わかったわ」
トッティに言われ、焦る気持ちを何とか抑えようとする。
「とにかく、このことをすぐさま帝国側に伝えればミーアちゃんのことは無下にはしないだろう。メルさんもいることだしね。ボクはこれから宮殿へ行って事情を説明してくるから、キミはココロ達を探してくれ」
テキパキと指示を与えていくトッティ。
とても子供とは思えない状況判断能力に私は正直驚いていた。
そして、
「ボクも彼女を助けたい気持ちは同じだよ。必ず助けよう」
そう言ってトッティは一人宮殿へと向かった。
その後ろ姿をただぼんやりと眺めている私。
「……」
しばらくトッティが走り去った方向を見ていたが、私はくるっと回って西部のほうへ足を向けた。
〝海竜の塔“のある方角だ。
一度、皆でピクニックに出かけたこともあるから、道はわかる。
「ごめん。トッティ」
トッティがミーアのことだけでなく私の事も心配していることは伝わった。
本当に感謝している。
でも、
「……わからないよ、トッティには」
大人の理不尽に振りまわれてきた私とミーア。
もううんざりだ。
これ以上、大人の身勝手な都合に振り回されるのは沢山だ。
また、あの子が何か大人の良からぬ企みに巻き込まれそうになっている。
なら、私が助けないと。
同じ痛みを知り、そしてあの子の母親でもある私が!
「あの時の勇也さんみたいに、私がミーアを助けるんだ!」
マンションから飛び降りた後、薄れゆく意識の中で私は勇也さんを見た。
必死な顔で私を「死ぬな!」と励ます彼を見て、とても嬉しくかったことを覚えている。
両親は私の死を望んでいたのに、彼は私に生きてほしいと願ってくれたのだから。
(ごめん。志。私はやっぱり勇也さんのことが好きなの)
自らの気持ちを整理して、私はミーアのいる〝海竜の塔“へ向かった。




