第33話:崩壊の兆し
「志! 起きて! ミーアが何処にもいないの!」
飛鳥の声を聞き、僕はすぐさま起き上がった。
「いないって、どういうこと!?」
「だから、いないのよ! あの子! 屋敷の中をくまなく探したけど、どこにもいないの!」
ミーアを心配する飛鳥。
いつものような余裕はなく顔色も悪いように見える。
「とにかく、もう一度探そう。美優にも言って」
「わかったわ」
飛鳥はすぐさま部屋を出ていき美優のもとへ向かう。
「……ミーア」
昨夜を思い返すと、ルアーナが帰ってからミーアはいつも以上に元気に笑っていた気がする。
(もしかして……)
僕は直ぐに着替えて屋敷内をくまなく探した。
後で美優と飛鳥と合流して屋敷内を探したが、ミーアはどこにもいなかった。
…………
……
…
「どうしよう、いないわ、あの子」
「飛鳥さん、落ち着いてください」
不安げな飛鳥を美優が優しく宥めようとする。
しかし、美優の表情もどこか硬い。ミーアのことが心配で仕方がないのだろう。
僕は屋敷を捜索していて、気になったことがあった。
「ねえ、ミーアがルアーナさんから貰った手紙をどこかで見た?」
「いえ、見てないわね……って、もしかして!」
「うん。やっぱり、あの手紙に何か書かれていたんだと思う。それでミーアは……」
「そんな!」
ルアーナを魔導具によって縛ったこともあり、僕達はどこか油断していた。
(せめて、あの手紙を読んでおけば! くそ! 僕のミスだ)
実の母親からの最期の手紙ということもあって、僕達も読むのはさすがにためらってしまったのだ。それに、久しぶりに明るい雰囲気に戻った空気を壊したくなかったという理由もあった。
「とにかく、捜索活動を広げよう。屋敷にいないなら街にいるかもしれない。メルディウスさんやコーネリアスさんにもお願いしよう」
暗い表情で落ち込む二人を見て、何とか言葉をかける。
……勇也ならもっと違う言葉で、彼女達を元気づけたのだろうか。
二人は頷いて、急いで街へと向かった。
僕は出かける前にメルディウスさんとコーネリアスさんに声をかけておいた。
コーネリアスさんは不在だったが、メルディウスさんは直ぐに捜索するよう帝国騎士団に話をしてもらった。毎度のことながら、本当に頼りになる人だと思う。
…………
……
…
「……その様子じゃ、いなかったみたいね」
「ごめん」
「すみません」
時刻は夕暮れ。
僕達は中央広場の〝海竜の鐘“の前にいた。
この日は、ちょうど感謝祭の一日目ということもあり、街は大勢の人達で溢れていた。
そのため、中々思うように捜索が上手くいかなかった。
結局、一日中、街でミーアを探したが、どこにもいなかった。
それどころか目撃情報すらも得ることができなかった。
「なに謝ってんのよ。志と美優が悪いわけないじゃない」
笑いかける飛鳥だったが、赤く腫れた目元を見れば、それが無理した笑顔であることは一目でわかる。
……僕は何もできないのか。こんなに自分の娘を心配している女の子に。僕は何も。
目の前で困っている女の子に何もしてあげられない自分が心底嫌になる。
無力感に苛まれていた僕。
さらにミーアが行方不明という状況で心の中に余裕というものがなかった。
だから、このときの僕は本当にどうかしていた。
「……こんなとき、勇也さんがいてくれたならなあ」
飛鳥から零れたこの言葉に、僕は思わず声を荒げてしまった。
「ふざけるなぁああ!!」
「えっ――!!」
「志くん!」
突然ブチ切れた僕を見て飛鳥と美優が驚いた。
「なんだよ。結局、勇也なのかよ。僕じゃあ、役に立たないからね。そうだよ。何もできない僕じゃ、お荷物だよね」
「ちょっと、志。落ち着いて」
「うるさい! 僕だって必死にやってたんだ。こんなとき、勇也ならどうするかって、必死に勇也になろうとしたよ。なのに、なんで認めてくれないんだよ! 勇也はここにはいないんだ」
「志くん! 落ち着いてください」
抱えていた不満が二人に向かってボロボロと零れる。
「そうだよ。勇也がいれば、ミーアだってすぐに見つかる。いや、ミーアがいなくなるなんてことなかっただろうね。勇也は天才だから、僕が勇也に勝とうなんて天地が逆らったって無理だもんね」
「そんなことありません。志くん!」
「そうなんだよ! 僕じゃ勇也には敵わないんだよ!」
「……志」
僕の不満が全て表へ出てしまった。
ずっと心の中で隠していたことだった。
勇也のことは本当に尊敬している。
どんな時でも助けてくれる無敵のヒーロー。
コンビニでのクレーマーにしても、美優のストーカー事件のときもそうだ。
彼はいつも不可能な状況を、まるで魔法を使ったみたいに華麗に解決してしまう。
そんな勇也に僕は憧れていたのだ。
しかし、いつからだろう。
そんな憧れの気持ちと同じくらいに、僕は勇也に嫉妬していたのだ。
無力な自分に一時期は諦めていたこともあったが、この世界に来て僕は変わった。
僕はこの世界で、〝神具“という無類の強さを手に入れたんだ。
その力で盗賊団を撃退し皆を救ったんだ。
凶暴な魔物にだって、僕は戦える。
僕は強いのだと。何でもできるんだと、心のどこかでそう思っていたのだ。
しかし、結局好きな女の子が困っている時、僕は何もしてあげることができないんだ。
抱えていた僕の不満を全て口にし、思わずうつむいてしまった。
美優は何と声をかけていいか分からず、不安そうに僕を見ている。
そして、
「……そっか、ごめんね。志」
飛鳥は綺麗にお辞儀をして僕に謝った。
気が強く、素直じゃない飛鳥が僕に向かって真摯に謝ったのだ。
その姿を見て僕はさらに泣きたくなった。
(こんな彼女を見たかったわけじゃない!)
「志くん!」
僕は飛鳥の謝罪する姿を見たくないあまりに、この場から逃げ出した。
…………
……
…
――――美優SIDE――――
「志くん!」
どうしよう。
志くんがこの場から去っていく。
飛鳥さんは頭を下げたままで、上げようとしない。
「飛鳥さん! 志くんがどこかに行っちゃいます!」
「……ごめん。美優。でも、私は志にひどいことばかりしてたみたいだから……志に謝る以外に何もできないよ」
「……飛鳥さん」
飛鳥さんも、そして志くんだって悪くないはずなのに。
どうしてこんなことになったのだろう。
ミーアちゃんの行方も気になるし、何でこう悪いことばかリが次々と降りかかってくるのだろう。
(――そうじゃない! ここで私が落ち込んだら駄目だ!)
「とにかく、私は志くんを追いかけます。飛鳥さんは、ミーアちゃんの行方をお願いします」
まだ頭を下げ続けている飛鳥さんにお願いしたあと、私は志くんの行方を追った。