第32.5話:ミーアの思い(ミーア視点)
わたしはミーア。
元ヨルド王国のお姫様だったみたいですけど。
国が無くなった今は、みんなと同じ普通の女の子です。
今、わたしはパパ達の家から離れて、とある場所に向かっています。
もう誰も巻き込まないために。
そして、
「カイお兄ちゃん。無事でいて」
わたしを命がけで救ってくれたお兄ちゃんを救出するためです。
カイお兄ちゃんは、わたしより十歳年上の優しいお兄ちゃんです。
親衛隊の中で一番年下だったお兄ちゃんは、良くわたしの遊び相手になってくれました。
わたしのワガママにも困った笑みを浮かべながら聞いてくれるお兄ちゃんは、どこかパパに似ているところがあります。
……あれ? 逆かな。パパがカイお兄ちゃんに似ているのか。
半年前までは、ママも周りの親衛隊の人達も、わたしにとても優しくしてくれました。
しかし、そんな生活が突然終わりを告げました。
わたしに突如、狐の尻尾と耳が生えたのです。
瞳も赤色と水色の二色になり、わたしは急な体の変化に戸惑いました。
そんなわたしにカイお兄ちゃんは最初見たときは戸惑っていましたが、すぐに「大丈夫です」と優しく励ましてくれました。
亜人になったことで生活は大きく変わりました。
ママや大人達は私に手を上げるようになり、その行為はドンドンひどくなっていきました。
唯一、わたしを庇ってくれたのはカイお兄ちゃんだけでした。
そんな辛い日々が続いたある日。
「ミーア様、この家を出ましょう」
カイお兄ちゃんに連れられて、わたしは住んでいた家から逃げ出しました。
暗い夜道の中を二人で走っていて、怖い気持ちもあったけど、カイお兄ちゃんと一緒なら怖くない。そう思って必死に逃げました。
カイお兄ちゃんとの逃亡生活は大変だったけど、とても楽しかったです。
だって、ここにはわたしを殴って喜ぶ人がいないから。
大好きなカイお兄ちゃんと一緒なら大丈夫。
わたしはそう信じていました。
だけど。
わたしの不注意で、親衛隊の人達に見つかってしまいました。
カイお兄ちゃんと必死に逃げましたが駄目でした。
すぐさま、わたし達は追手に取り囲まれてしまいました。
絶体絶命の中、カイお兄ちゃんはわたしに言いました。
「……ミーア様。ここでお別れです」
「カイお兄ちゃん!」
「ミーア様、私は貴方に仕える騎士であり、本来ならこんな言葉を言ってはいけないのですが……本当の妹のように思っていました。私はどこか貴方を亡くなった妹と重ねていたのでしょう」
「どうして、今そんなことを言うの!」
カイお兄ちゃんの言葉から、どうしても嫌な予感が頭の中をよぎりました。
「ミーア様。これから先、辛いことがあってもどうか諦めないでください。生きてください! 貴方が生きていること。それだけが私の希望なのです」
涙を浮かべながらカイお兄ちゃんがわたしの両肩を掴んで話す。
何か話さなければ、カイお兄ちゃんがどこかにいなくなる。
そんな嫌な予感が頭の中をよぎりました。
「【守護の水壁―――発動】」
カイお兄ちゃんが巻紙を取り出し、わたしに守護の水魔法を放ちました。
わたしの身体はすぐさま巨大な水球に包まれました。
「これで巻き込まれることはありません。後は―――」
続けざまにカイお兄ちゃんは追手に向かって何やら呪文を唱える。
カイお兄ちゃんが呟く呪文の詠唱を聞いていた追手の人達は、突如慌て出しました。
『【魔力開放】だと!』
『馬鹿な! 死ぬ気かあいつ!』
「―――! 駄目だよ。カイお兄ちゃん! 死んじゃうよ!」
【魔力開放】は、魔法を扱う者であれば誰でも簡単にできる魔法です。
大気中のマナを自分の身体に急速に取り込み、そのまま開放するだけでいいのですから。
使用者の体内に魔力爆発を起こすこの魔法は―――そう、自爆魔法なのだ。
わたしは必死に水球を叩くが、びくともしない。
追手達も止めさせようとカイお兄ちゃんに近づこうとするが、暴走している巨大な魔力の風に煽られて近づくことができない。
詠唱を完成させたカイお兄ちゃんはすぐさま「【―――発動】」と唱えた。
瞬間―――全てが白い閃光に包まれました。
爆風に吹き飛ばされたわたしはどこか遠くへ飛ばされました。
幸いなことに、カイお兄ちゃんの魔法により怪我はありませんでした。
そして、わたしの周りには誰もいなくなっていました。
白い閃光に包まれる前、カイお兄ちゃんが「さよなら」という言葉が聞こえました。
「カイおにいちゃぁああんーーー!!」
わたしはいなくなったカイお兄ちゃんに向けて叫ぶことしかできなかったです。
…………
……
…
「ハア、ハア、着いた」
目の前には見覚えのある大きな屋敷が見えます。
外観は少しくたびれていますが、住んでいたときとあまり変わっていません。
そう、ここはわたしが生まれてからカイお兄ちゃんと逃げるまでずっと住んでいたお屋敷です。
わたしは恐る恐る屋敷の中へと入り、中央にある広間を目指します。
広間の扉からは明かりが漏れており、中から複数の人の声が聞こえます。
震える足を我慢して、わたしは広間の扉を開けました。
「……ミーア!?」
中には実のママであるルアーナと甲冑に身を包んだ騎士達が数人いました。
全員知っている人達です。
小さい頃からわたしとママを守ってくれたヨルド王国の親衛隊達です。
ママはわたしがこの場にいることにひどく驚いているように見えました。
(この場所にわたしを呼んだのはママなのに?)
困惑しているママから視線を外して、わたしは大切な人を探します。
「……カイお兄ちゃんはどこですか?」
「あの愚か者なら、そこだ」
元ヨルド王国親衛隊隊長のヒチグさんが答えました。
五十前半の年齢のはずですが、鍛えられた肉体はとても老人とは思えません。
ヒチグさんの視線の先を見ると、カイお兄ちゃんが倒れていました。
全身は火傷でボロボロの状態で、所々に手当がされていました。
「カイお兄ちゃん!」
すぐにカイお兄ちゃんのもとへ駆け寄りました。
カイお兄ちゃんは火傷の状態がひどくて上手く話せないようです。
「ミ……さ、ま。ご、無事……」
「うん! 無事だよ! カイお兄ちゃんのおかげだよ」
「す、みま、せん」
「なんで。カイお兄ちゃんが謝るの!? カイお兄ちゃんは悪くないよ。わたしを命がけで救ってくれたんだから」
「……ミ、アさ、ま」
ボロボロのカイお兄ちゃんを見つめていると、
「ソイツは今はかろうじて生かしておるが、ワシらが治療を辞めればすぐにくたばるだろう」
「……ヒチグさん」
半年前まではわたしをお姫様と言って優しくしてくれたヒチグさん。
今はまるで虫ケラを見るような目でわたしを見ています。
「奴を死なせたくなければ、ワシらの言うことを聞いて貰おう」
「……わかりました」
「ミ、ア……さ、ま!」
カイお兄ちゃんが「駄目だ」と叫ぼうとしているのはわかったけど、その言葉を聞き入れることはできないです。
カイお兄ちゃんはあのとき、自らを犠牲にしてわたしを逃してくれたのだ。
だから、次はわたしの番です。
「……ただ、一つだけお願いがあります」
「なんだ?」
「パパ――志さん達に手を出さないでください。お願いします」
わたしはママから受け取った手紙をバッと広げたまま必死に頭を下げました。
ママからの手紙にはこんなことが書かれていました。
『一人で以前住んでいた屋敷に来い。さもなければ、カイの命はない』
そして、見覚えのあるカイお兄ちゃんの髪の毛が中に入っていました。
『断っても無駄だ。屋敷内には、爆破魔法を至る所に仕掛けた。断ればお前の大好きなパパとママ達が吹き飛ぶことになるだろう』
手紙の内容はここまででした。
手紙を渡されたわたしは、ママの顔を見ると、ママは何事もなかったようにコクリと頷きました。
その振舞いは、自分の立場が分かっただろうなと、わたしに無言で警告しているように感じました。
ママは最後にわたしに言いました。
「もう会うこともないですから、最後に一言だけ―――あの人達と一緒にッ……いえ、何でもありません」
何かを懸命に話そうとして、
「さようなら」
と、別れの言葉をかけて立ち去って行きました。
何故だか、あのとき口ごもったママはとても辛そうに見えました。
そんなことを思い出していると、
『亜人がなに人間様に要求してんだ!』
『立場を考えろ!』
「ふん。この亜人が! 人間に―――」
「亜人の癖に、なに人様に要求なんかしてんのよ! この下等生物が!」
親衛隊達やヒチグさんがわたしを殴りつけようとしたそのとき、ママがわたしの頬を叩きました。
ママは怖い顔をして、わたしの頬を次から次へと叩きます。
「おい、止めろ!」
「―――! チっ!」
気の毒に思ったのかヒチグさんに止められ、ママは苦々しい顔でわたしを睨みつけます。
やはり、この人にとってわたしは嫌悪するだけの対象でしかないことを痛感しました。
それでも、どこか期待していたのだと思います。
あの優しかった頃のママに戻ってくれるのではないかと。
でも、駄目なようです。
だから気にしません。
なのに、どうしてでしょうか。
先ほどから私の眼からポタポタと涙が零れてしまいます。
「アンタが亜人なんてならなかったら、全てが上手くいくはずだったのよ!」
ママだった人から恨みの言葉をもらう。
……はは、わたしはどこに行っても恨まれるのかな。
「他の王族達は全て処刑されて、唯一の国王様の血を受け継ぐアンタがいれば、私は王族として迎えられる。そうすれば、この国のトップになることができたのに!」
ママの計画では、ヨルド王国の国王が自分の血筋を残すため、メイドだったママに自分の子孫を残すようにしたそうだ。平民ということでベルセリウス帝国の粛正から逃れるための方法だったらしい。
ママは平民から王族にのし上がる千載一遇の好機と考え、ヨルド王国国王の話に乗っかった。
そして生まれたのがわたしだったみたいだ。
「アンタをどれだけ面倒を見たと思うの! ビービー泣いてうるさいし、本当いるだけで迷惑よ!」
今まで溜めていた不満を爆発させたかのように、わたしに向けて話をする。
「チッ! おい! この女を向こうに連れていけ!」
「「ハッ!」」
ヒチグさんの指示を受け親衛隊の人達がママを別室へと連れ出そうとする。
「ちょっと! なによ! またわたしが悪いっていうの! わたしはちゃんと言われた通りにしたわよ。亜人になったのはわたしのせいじゃないわ!」
錯乱したかのように話すママを、親衛隊の人達が別室へと連れて行った。
「……」
「ル、ア……な……」
うるさかったママがいなくなり、広間はしばらく無音になった。
今部屋にいるのは、わたしとヒチグさん、カイお兄ちゃんの三人です。
カイお兄ちゃんはママが喋っているとき、ただただ呆然と見ていました。
カイお兄ちゃんとしても、ママのあまりの変わりように頭が追いつていなかったのだと思います。
優しかった頃のママは、カイお兄ちゃんのことも自分の息子のように大切に接していましたから。
「ふん。錯乱しおって、あのバカが」
ヒチグさんがママを毒づきながら、わたしに視線を戻します。
「さて、お前の要望についてだが―――お前次第だ」
「……どういうことですか?」
「お前がワシらと一緒にとある場所へ行き、ある儀式を行ってくれれば、ワシらはお主の両親達に手を出さんと約束しよう」
「……絶対ですよ」
ヒチグさんから何とか約束を取り付けることに成功した。
良かった。これであとはカイお兄ちゃんだけだ。
「明日夜明けとともに、ここを出立する。勿論、お前はワシらに付いてくるのじゃ」
「わかりました」
取りあえず、わたしはこれからのヒチグさんの指示に従わなければいけないようだ。
頑張るしかない。
そんな決意を内に秘めていたところ、
「……一つ聞きたい。何故、そこまでする?」
「?」
ヒチグさんの質問の意味が分からず、思わず戸惑ってしまった。
「お前が養子となった両親は、まだ会って一カ月も満たないのだろう? 何故、そこまでして彼らを守ろうとする?」
ああ、そういうことか。
ヒチグさんの質問の意図を理解した。
一緒に長くいたカイお兄ちゃんのためにわたしが命がけで行動するなら、恐らくヒチグさんも理解できたのだろう。しかし、一カ月も満たない時間でできた仮初の家族のために、どうして自らの命を懸けてまで守ろうとするのか、ヒチグさんの質問はそういうことなのだろう。
こんなの簡単だ。
「パパ達はわたしのヒーローですから」
わたしは胸を張って答えた。
奴隷として売られた後、貴族の屋敷の地下牢に連れて行かれたとき、わたしはもう駄目だと諦めていました。
それでも、ここで死んだらカイお兄ちゃんの命がけの行為が無駄になる、そう思い必死に生き続けました。
地下牢にいた同じ境遇の人達に、食べ物をよこせと、罵声を浴びせられても。
助けを求める声に耳を傾けつつ何もできない自分を蔑んでも。
そんな声もやがて聞こえなくなって、体も動かなくなったとき。
わたしの前にヒーローが現れてくれました。
パパとアスカママです。
パパはわたしがどんなに叩いても開けることができなかった牢屋をいとも簡単に開けました。
アスカママは、わたしが欲しかった水を簡単に出して、優しく飲ませてくれました。
本当に感謝しているのです。
さらに、王族ということで処刑されるはずだったわたしを、自分達の子供にすることで救ってくれました。年は八つほどしか違うのに、パパ達の年齢で自分を子供にするなんて、どんなに大変だったことでしょう。
本当に優しい人達です。
パパはいつもわたしに優しく話をしてくれます。
アスカママとの言い合いに、戸惑いながらも困った笑顔を浮かべるパパはカイお兄ちゃんと似ていて、とても安心します。
アスカママは、とにかく元気で明るい人です。
でも、本当は気丈に振る舞っている強く、そして儚い女の子なのです。
アスカママの記憶を覗かせてもらったとき、そう感じました。
アスカママも自分の両親の勝手な都合に悩み、死にかけた過去がありました。
きっと、アスカママは恐らく自分と同じ経験をしているわたしを何としても助けたかったのだと思いました。だから、わたしはアスカママのことが一番大好きです。
ミユママは、いつも優しそうな笑みでわたしを見守ってくれます。
食べることが好きなわたしに、頑張って苦手な料理を練習して食べさせようとしてくれました。
……結局、食べれませんでしたけど。でも私のために一生懸命頑張ってくれた姿は忘れられません。
メルディウスさんは、わたしがヨルド王国の王族だと知っているにも関わらず黙ってくれました。
そして、わたしを守るため帝国の偉い人達と色々掛け合ってくれたそうです。
最初出会ったときはゴスロリ服だったのが、ミユママと同じメイド姿になった姿を見たときは思わず笑ってしまいました。
リンとしている大人の女性が、こんなに可愛いらしい一面を見せるなんて。
本当にお姉ちゃんって感じの人です。
「わたしは、色んな人に支えられて今ここにいます。だからこそ、次はわたしが支える番なのです!」
ヒチグさんは「……そうか」と答えた後、黙ったまま何やら考え事をしている。
そして、
「変なことを聞いた。もう遅い。早く眠れ」
ヒチグさんはカイお兄ちゃんを背負い別室へと移動した。
誰もいなくなった広間にわたしだけがポツンといる。
「パパ、アスカママ、ミユママ、メルディウスさん、カイお兄ちゃん……大丈夫。わたしが絶対守ってみせるから」
窓から見える星空にわたしは誓った。




