第30.5話:素材集め(美優視点)
私は波多野 美優。
ただいま、豪華な屋敷の中で可愛らしいメイド服を着ています。
……ううぅぅー、とても恥ずかしいです!
原因ははっきりしています。
全てはビーグルさんというオカマの人の仕業だということです。
私とメルディウスさんは指令書にあった『巨大マナギの肝』を入手するために、志くん達と別れヨルド公国の場外にある湖に来ていました。
本当は志くん、飛鳥さん、ミーアちゃんと一緒にいたかったのですが、メルディウスさんのことを考えると仕方がありません。
ルーブル大河の冷たい水が流れ込む湖は透明度が高く、湖底が見えるほど透き通っています。いくつか魚の姿も陸から確認できますが、マナギ――ウナギの姿をしているそうですが――の姿は見当たりません。
本当に現れるのか不安に思っていたところ、
「それではミユ殿。少し痛みますが、血を分けていただけますか?」
メルディウスさんが声をかけてきた。
私はメルディウスさんが用意した短刀に指を当て切り口をつける。
切りつけた箇所からうっすらと流れる血をメルディウスさんが小瓶に回収する。
「はい。もう十分です。すぐに手当てをします」
「ありがとうございます」
テキパキと私の指にガーゼを巻き手当をしてくれるメルディウスさん。
……本当にできる女の人って感じです! 本人は可愛らしいゴスロリ服を着ていますが……勿論似合ってますよ。
「さて、さらに私の血も併せて……よし! 完成です」
メルディウスさんが小瓶の中に色々なモノを入れてブンブンと上下に振る。
小瓶を開け、中から出て来たのは、星型クッキーを模した魔物の餌である。
これでマナギを釣り上げるのだ。
ちなみに、この小瓶はメルディウスさんの兄――コーネリアスさんが作成したその名も『簡単錬金瓶』である。
……そのまんまのネーミングです。
メルディウスさんが竿を用意し糸に先ほど作成したマナギの餌を取り付ける。
そして、竿を肩に置き投げる態勢に入る。
「ミユ殿。恐らくですが、このエサを投げ入れた途端、私達は大量のマナギ達に襲われることになりますが……覚悟は良いですか?」
「大丈夫です!」
本当は不安ですが、メルディウスさんの足を引っ張りたくない私は落ち着いた様子で神具――弓を構える。
「それでは行きます――セイッ!」
メルディウスさんが湖の中央に向かって竿を大きく振りました。
釣り針は湖の中央にポチャンと入りました。
「……」
「……」
湖に特に変わった様子は見られません。
しばらく、そのままの状態で待機していると、ゴゴゴと湖が突然揺れ始めました。
「えっ? なんですか?」
「来ます! 構えてください!」
竿から強烈な当たりを感じたメルディウスさんが思いっきり竿を振り上げました。
すると、大量の巨大なマナギが湖から飛び出てきました。
「うそぉおお!」
陸に上がったマナギ達の大きさは私の二倍いや三倍の大きさでした。
そんなマナギが大量に陸へと上がり、こちらに向かってこようとしているのです。
私は思わず狼狽えてしまいました。
「大丈夫です。マナギは水中ではCランク相当に匹敵する魔物ですが、陸に上がれば唯の雑魚です。ミユ殿はいつも通り距離をとって狙撃してください」
「わかりました」
メルディウスさんの指示通りに矢を放ち、次々とマナギ達を葬っていきます。
途中、取り囲まれたメルディウスさんがマナギに食べられた時は焦りましたが、「【雷鳴斬】」とお腹の中からマナギを掻っ捌いて現れたのでほっとしました。
全てのマナギを倒し終えると、マナギ達は魔石を残し姿を消していきました。
そして、
「ありました! マナギの肝が。数は一、二……」
無事、ドロップ品の中にマナギの肝がありました。
どうやら大量のようです。
魔石とドロップ品の回収を終えた私達はしばらく湖で休みをとりました。
私はメルディウスさんにどうしても尋ねてみたいことがあったので思い切って聞いてみました。
「メルディウスさんはどうして私達のことを大切にしてくれるのですか?」
「いきなりどうしたのですか、ミユ殿?」
突然、尋ねられ回答に困るメルディウスさん。
でも、ずっと思っていたことでした。
この人は本来なら帝国騎士団の騎士であり、帝国のことを第一に考えなければならない。
でも、トパズ村の時も命を張って私達を守ろうとしたり、今回のミーアちゃんの件にしてもそう。私達の意向を第一に考えて、ミーアちゃんが死なないよう動いてくれました。
後でガイネルさんに話を聞いた限り、ミーアちゃんの処刑を回避するため随分無茶をしたみたいです。どうやら帝国の偉い人達と色々と揉めたそうです。団長のユリウスさんが色々と皇帝に掛け合った結果、無事処刑は回避されたらしいですが。
あと、少し残念な話も聞きました。
コーネリアスさんは、ミーアちゃんが私達の子供になることを最初反対したそうです。理由は私達があまりに若いからということらしいですが。私達のことを考えての事だと思いますが、少し残念に思ってしまいました。
「だって、いつも身体を張って私達のことを守ってくれるじゃないですか。それにミーアちゃんの件も、かなり無茶したってガイネルさんから聞きました」
そのことをメルディウスさんに告げると、少し困ったような表情を浮かべました。
「最初、皆さまにお会いした時に、私はこう言いました。『貴方達を守る』と」
「―――!!」
確かにトパズ村で出会ったとき、私達を守ると言ってくれました。
でも、正直ここまで私達のことを考えてくれるなんて思っていませんでした。
メルディウスさんはさらに続けて話をします。
「私は小さい頃から『光の勇者物語』という本が好きでした。巨悪をくじき、弱き人達を助ける勇者様が。勇者様に憧れて私はしょっちゅう剣ばかり振っていました」
当時のことを思い出したのか、メルディウスさんが苦笑いを浮かべます。
「幸い幾分かは剣の才に恵まれていたため、憧れていた帝国騎士団に入隊することができましたが……たまに疑問に思うことがありました」
「それって?」
「私は皇帝陛下の命令に従い、力を持たない平民達の村を焼き落としたり、無実の人を犯罪者として処刑したりしてきました。その度にいつも疑問に思っていたのです。これが私が成りたかったモノなのか」
「―――!!」
こんなに優しいメルディウスさんがそんな非道に手を染めていたことに驚きました。
「ベルセリウス帝国に古来より伝わる伝統―――〝強ければ正義“という考えが、私にはどうしても受け入れることができなかったのです。結果、迷いを持った私は任務を達成できないことが多くなり騎士団ではお荷物になりました。腕は立つが任務を遂行できないバカな女としてね」
「ひどい!」
「いえ、事実ですから。仕方がないことなのです。そんな私をガイネル様が副団長補佐という形で拾っていただけました。『お前の好きにやれ』と豪快に笑って、私が騎士団の命令に背いてもガイネル様は私をいつも守ってくれました。だから、あの方には感謝しきれないくらい御恩があります」
目をつぶりながら当時ガイネルさんに救ってもらった時のことを思い出しているのでしょう。メルディウスさんは柔らかな笑むを浮かべている。
「貴方達を見ていると、どこか当時の私を思い出して、つい手を差し伸べたくなるのです」
「メルディウスさん」
こちらに視線を向けて話すメルディウスさんは、いつも以上にとても綺麗に見えました。
「さて、そろそろ休憩は終わりにして兄上のところに戻りましょう。これでこの忌々しい服装とはおさらばです」
「ふふ、そうですね。でも少し残念な気もします。その姿、とても可愛かったのに」
「ミユ殿。あまり大人を揶揄わないでください」
苦笑いを浮かべメルディウスさんが立ち上がります。
私も一緒に立ち上がり、
「じゃあ、帰りましょうか」
「はい!」
必要な品を揃えてコーネリアスさんが待つ屋敷へと戻りました。
…………
……
…
「おかしいな? いないみたいです」
メルディウスさんがコーネリアスさんの私室ドアをノックしましたが、中から返事がありません。
「兄上? いないのですか?」
メルディウスさんがドアを開け、中へズカズカと入っていく。
……良いのかな? 勝手に入って。
ドキドキしつつ、コーネリアスさんの私室へお邪魔する。
「うわぁあー!!」
周囲を見渡し、思わず驚嘆の声が出てしまう。
山、山、山、所狭しと本と紙の山があちらこちらに置かれています。
机の上には、綺麗な色を放つ魔石やフラスコが無造作に幾つも散らばっています。
一言で表すなら、とても散らかった理科室という雰囲気です。
本棚には分厚い本がいくも並べられています。植物図鑑というタイトルの本が気になりましたが、今はコーネリアスさんを探します。
「兄上! どこです――あっ、いました!」
メルディウスさんが奥にいたコーネリアスさんの後ろ姿を見て話しかけました。
しかし、
「……」
返事がありません。
「おや? 兄上! 聞こえていますか! 兄上!」
メルディウスさんがコーネリアスさんに向かって大声を上げる。
すると、
「……うるさいな。って、なんだ、メルじゃないか」
コーネリアスさんが後ろを振り向きました。
そのとき、コーネリアスさんの顔を見て私達は思わず「キャッ!」、「あ、兄上! 大丈夫ですか!」と心配して声をかけました。
それも当然です。
なぜなら、後ろを振り向いたコーネリアスさんに顔がなかったのですから。
「どうしたんだい、二人とも?」
顔のないコーネリアスさんは気にした様子もなく私達に話しかけてきます。
「あ、兄上! 顔をどうしたんですか! まさか、実験で顔を吹き飛ばしたんですか!」
「顔? ああ、そうか。ごめん、ごめん。今接続を解除するよ」
コーネリアスさんが「解除」と言った瞬間、ガクッとコーネリアスさんがその場に膝をつき動かなくなりました。
そして、
「どうだった? この『遠隔魔導具ドールくん二号』は」
何事もなかったように別の場所から、コーネリアスさんが何事もなかったようにヒョッコリと顔を出しました。
…………
……
…
「つまり、あれは兄上が作った魔導具だと?」
「ああ、そうだよ。その名も『遠隔魔導具ドールくん二号』だ。こいつは実に画期的な魔導具でね。自分の魔力をこの人形に与えることで、遠距離でこの人形を操作することができるんだ」
「それはすごいですね!」
日本にいた頃に見たVR技術を用いた遠隔操縦に似ていると思いました。
災害時に人が入れない場所にロボットを送り込み、遠隔操作で救助活動を行うとか。
遠隔魔導具の有用性をコーネリアスさんに話すと、
「そう! その通りだよ! いやあ、この魔導具の有用性に気づくなんてミユさんは実に頭が良い! それに比べて騎士団の脳筋連中達は『我々がいるから大丈夫だ』なんて馬鹿な発言しかしなくて本当面倒くさいんだよ。研究費の予算はくれないし――――」
コーネリアスさんが帝国騎士団に対する不満を次々と漏らす。
その不満を帝国騎士団であるメルディウスさんが聞いているのに。
メルディウスさんが申し訳なさそうな顔をしている。
「―――と、これは失礼。つい本音が出てしまったよ」
「大変なんですね」
冷静さを取り戻し私に謝るコーネリアスさん。
「まあ仕方がないよ。画期的な発明というのは頭の固い連中には中々受け入れられないモノなんだよ。しかしそれでも私は諦めないよ。私が制作した魔導具が世界を変える。これが私の夢だからね」
子供みたいだよねと、苦笑いを浮かべるコーネリアスさん。
「そんなことはありません、真剣に夢を追いかける姿はとてもカッコいいと思います」
「そうですよ、兄上」
私とメルディウスさんに言われ照れくさくなったのか、コーネリアスさんが話を変えようとします。小声だったけど「ありがとう」って聞こえた気がします。
「この『遠隔魔導具ドールくん二号』は、まだこの部屋の中でしか遠隔操作が行えないが、接続範囲を広げて、いつかどんな遠くの場所からでも操作できるよう改良していくよ」
素人の私から見ても難しそうな課題だと感じました、どう解決しようかと、楽しそうに話すコーネリアスさん。
本当に魔導具研究が好きな人なんだと思います。
「他にもね……こんな物なんか作ったんだよ! どうかな? 是非、ミユさんの話を聞かせてくれないかな? この『コーネちゃん美顔器』に『コーネちゃん専用おトイレ』……」
「兄上! 落ち着いてください」
「……コーネちゃんのことばかりですね」
猫のことで興奮したコーネリアスさんは、しばらくコーネちゃんのために作った魔導具を延々と私とメルディウスさんに説明してくれました。
話の中に『コーネちゃん探知機』も作ったと聞いて、『それを使ってコーネちゃんを捜索したら良いのでは』と、提案したところ、『その通りだ! さすがミユさん頭が良い!』と褒められました。
……うーん、天才って頭のネジがどこか抜けているところがあるのでしょうか?
コーネちゃんの自慢話が終わり、ようやく一息がつきました。
そのタイミングを見計らってメルディウスさんがドンと机の上に大量の『マナギの肝』を置きました。
「兄上。これが依頼の品物です」
「うわぁあ……こんなに沢山集まるとは。これならメルの解呪に使っても十分余りが出るよ」
渡した『マナギの肝』の数を見てコーネリアスさんが喜びます。
「でも、あんなに大量に出てくるなら私達だけでなくても良かったのではないでしょうか?」
「いや、キミ達以外の人があの湖にいればマナギは姿を現さなかっただろう。マナギは自分達の餌である清らかな人間の乙女が来なければ、湖の底に隠れて姿を見せないんだよ」
「何というかメンドそうな生き物ですね」
……ピンポイントなご飯しか食べないなんて、とんだグルメ家だと思います。
「うん。とにかくご苦労様。解呪の魔法陣の準備は出来ているから、少しそこで待っててくれ」
メルディウスさんからマナギの肝を受け取ると、コーネリアスさんは別室へ移動しました。しばらくその場で待ち続けていると、
「準備が出来たから、その巻紙にある魔法陣に手を翳してくれ」
不気味な液体が入ったフラスコを持って、コーネリアスさんが姿を現しました。
メルディウスさんがスクロールに手を翳したのを確認してから、フラスコに入っていた液体をメルディウスさんに振りかけました。
すると、メルディウスさんの周辺がバチバチと光り出しました。
「グッ!」
メルディウスさんが苦しそうな表情を浮かべました。
「少しきついが我慢してくれ。後は【解呪】」
巻紙に記載していた魔法陣をコーネリアスさんが発動しました。
メルディウスさんの周囲からモクモクと白い煙が発生し、室内は何も見えなくなりました。
「兄上! 大丈夫なのでしょうか!?」
「――たしかに成功したはずなのだが……うん? なんだこの魔力は?」
「メルディウスさん、コーネリアスさん、大丈夫ですか!?」
煙が薄れて視界が少しずつハッキリとしてきました。
すると目の前には、
メイド姿のメルディウスさんがいました。
「ミユ殿、無事……ミユ殿、その姿は一体?」
「えっ……えぇええええー!!」
メルディウスさんに言われて自分の服装を確認すると、私もメイド服を着ていました。
メルディウスさんは白黒を基調とした可愛らしい服に黒の二―ソックスのミニスカート。
私は藍色の可愛いらしい服に、同色のロングスカートを着用していました。
さらに、私とメルディウスさんの頭の上には同じヘッドドレスがされていました。
「メル、ミユさん、無事ですか……って、なんだメル、その格好は! ミユさんも!」
私とメルディウスさんがメイド姿になっていることにコーネリアスさんが驚きました。
「兄上! これは一体どういうことなのですか!」
「……解呪の魔法陣は作動したはずなんだが……少し待ってくれ」
コーネリアスさんはメルディウスさんのメイド服を触りながら何やら調査を始めました。
しばらくして、
「こいつは参った……解呪は確かに成功したみたいだけど、このオカマ、解呪後にも服装を変化させる魔法を用意していたみたいだ」
「なんですって!」
「しかも、さっき発生した白い煙に包まれれば女性限定でメイド服になるという仕様……この術者は天才的な魔法センスを持っているのだろう。実に素晴らしい」
「だから、私もメイド姿になったのですね」
コーネリアスさんも白い煙に包まれたのに、元の服装のままだった。
「こんな魔法は見たことがない!」と興奮した様子でコーネリアスさんがビーグルさんを称賛しています。
……ビスチェを着たオカマの変態さんなんですが。
「――? して、兄上。これは解呪されるのですか?」
目を輝かせ未知の魔法に興奮しているコーネリアスさんを見て、メルディウスさんが不思議そうな顔を一瞬覗かせた後、自分の服装を指差しながら尋ねました。
「ああ、時間がたてば服装も解除されるだろう。実際、今の状態でも魔力は通せるだろう?」
「……ええ、少しだけなら魔力操作が可能みたいです」
コーネリアスさんに言われて、メルディウスさんが体内の魔力を操り問題ないことを確認した。
「まあ、しばらくはそのままの格好で過ごすことになるけど……」
コーネリアスさんがメルディウスさんを見て、
「ブハハハ! ゴスロリ服の次はメイド姿って! メル、お前どれだけ私を笑わせれば気が済むんだよ」
「兄上!」
爆笑するコーネリアスさんを怒りの表情をしたメルディウスさんが追いかけます。
そんな二人の姿を見ながら、
「……志くん達になんて説明しよう」
思わず溜息をついてしまう私だった。




