第30話:トッティ
「さーて、まだまだイジメ足りないな~」
カウボーイハットにブカブカのロングコートを着た小柄な少年が酒場から出て来た。年齢はミーアと同じ十歳ぐらいだろうか、太々しい態度が印象的だった。
帽子からはみ出して見える金色の髪に、青色の瞳。
この世界ではよく見かける風貌だが、コートの後ろに特徴的な尻尾が見えた。
(あれは……タヌキ?)
尻尾の特徴から僕はそう判断した。
少年はスタスタと僕達の目の前を通っていくさい、チラリと僕と飛鳥の方を見た。少し驚いた様子だったが、少年はそのまま倒れている男達のもとへ向かった。
「てめえ! 何しやがる!」
倒れていた男が少年に向かって怒鳴りつける。
少年よりも遥かに体格が大きく、さらに凶悪そうな面構えをした男達が凄みを利かせて睨んでいるにも関わらず、少年からは全く怯えた様子が見えない。
「キミ達がボクを亜人と蔑み馬鹿にするから少し痛い目を見せたってわけ」
「ふざけんな!」
「八つ裂きにしてやる!」
男達が立ち上がり、ナイフを構えた。
だが、やはり少年は全く動揺する素振りを見せない。
全く動じない少年に苛立った男達は、ナイフを握りしめ、ついに少年へと駆け出した。
だが、
「ガハっ!」
「なっ!」
「ば、ばかな……」
パーンと響き渡る銃弾の音とともに、男達はその場で倒れた。
気づけば少年はいつの間にか手に持っていた銃で男達を狙撃したようだ。
「安心しな。麻痺弾だから死ぬことはないよ~」
クルクルと銃を回し、腰元に着けていたホルスターにしまう。
喧嘩が終わったと知り、集まっていた野次馬達は徐々に解散していった。
少年も酒場の方へ戻るのかと思いきや、僕達の前で急に足を止めた。
そして、僕と飛鳥の顔をじっと見つめだした。
「あの、何かな?」
視線に耐えられなくなった僕は少年に話しかけた。
すると、
「お兄さん達って、もしかして異世界人?」
「「―――!!」」
少年の問いかけに僕と飛鳥が驚いた。
別に僕達が異世界人だということは秘密ではないが、ベルセリウス皇帝以外に言い当てられたのは初めてだったからだ。
「その反応、やっぱりそうなんだね! いやぁ、初めて見たよ。黒髪に黒瞳。伝承通りだ」
「伝承?」
「ねえ、異世界ってどういうとこ? どんな物があるの? お兄ちゃん達以外もやっぱり髪や瞳は黒いの? あと――」
「ストップ! ストップ!」
矢継ぎ早に質問が来るので、一度少年を落ち着かせる。
「ああ、ごめんね。ボク、興味が湧いたら何でも知りたがる性格でね~」
両手を頭に組み、楽しそうに話す少年。
「あっ! 自己紹介まだだったね。ボクはトッティ。海を縄張りとするトレジャーハンターさ」
こうして、僕達はトレジャーハンターのトッティと出会った。
トッティに誘われ、僕達は酒場へと入った。
ミーアの教育上あまりよろしくないと思ったのだが、酒場から流れる匂いにミーアがつられたことと、ランチメニューがあるということで納得した。
美味しそうにシーフードピラフを食べるミーアを見ながら、トッティに視線を向ける。
「かわいい子だね! 妹さんかな?」
「娘です!」
「ミーアは渡さんぞ!」
「……二人とも顔が怖いよ~落ち着いてよ」
トッティに諭されて僕と飛鳥は落ち着こうとする。
……いかん。トッティがミーアを狙っていると思った途端、変なセリフを口走ってたわ。
「まあ、キミ達の年齢でそんなに大きな子ができるとは思えないから、色々と事情はありそうだけど……聞かないことにするよ」
トッティがニコリと微笑む。
……大きな子って! お前もミーアと同じぐらいの年だろうと、思わずツッコミを入れたくなった。
「それよりも、キミ達の世界のことについて話を聞かせてよ!」
「その前に一つ良いかしら?」
飛鳥がトッティに尋ねる。
「アンタは私達が異世界人だってことをどうして見抜けたの? あと、伝承って何?」
「質問が二つになってるよ、お姉さん~。まあ、別に良いけど」
トッティが飛鳥の問いに答える。
「ボクの一族では古より伝わる伝承があるんだ。その伝承によると、異世界人がこの世界にやってきて強大な文明を築いたらしいんだ。当時の文明レベルは、今の文明よりもはるかに上なんだ。例えば、空を自由に飛ぶ金属船や魔法馬のような動物を使わず自動で走り出す鉄の塊、遠距離の相手と直ぐに連絡をとることが可能な魔導具など……ねえ、スゴイでしょう!」
目を輝かせて話すトッティの話に僕は思わず、
(飛行機、車、電話ってところかな)
それらがなんであるかを思い浮かべた。
確かに、この世界に来てそのようなモノを見たことがなかった。
「その反応だと、やっぱりキミ達は見たことがあるんだね! いいなぁあ。羨ましい~」
「まあね」
「でも、私達は知ってるだけよ」
「それでも十分さ! ロマンじゃないか」
キラキラした目で尊敬のまなざしを僕達に向けるトッティ。
……別に僕達がすごいのではなく、作り上げた先人の人達がすごいのだが。
ちなみにトッティが持っていた銃も一族から受け継がれた物だった。
この世界で銃を見たことがなかったし、持っているのは自分だけだとトッティは言っていた。
「その伝承の中に、異世界人の特徴として黒髪、黒瞳っていう記述があるんだよ。だから、キミ達を見てピーンときたわけ」
「なるほどね」
トッティの回答に飛鳥が納得する。
確かに、この世界に来て黒髪、黒瞳は僕達だけしか見かけなかった。
「だからさ~、お願い! 異世界の話を聞かせてよ!」
トッティが手を合わせてお願いしてくる。
僕と飛鳥は、どうしようかと、迷っていたところ
「わたしもパパやアスカママ、ミユママの世界、聞きたい!」
「私達の世界はね――」
ミーアにせがまれた瞬間、飛鳥がすぐさま僕達の世界のことについて話を始めた。
……本当、親ばかだ。まあ、僕も人のことは言えないのだけれど。
話はとても弾んだ。
興味深く色々なことを質問するトッティとミーア。
飛鳥はこの世界にはないテレビの話や料理の話を中心に話した。
特にトッティは宇宙船に興味を持った。
お肉が大好物であるミーアはカツ丼の話を聞いて涎を垂らしていたが。
話に夢中になり気が付けば夕暮れになっていた。
「―――っと、あらっ、そろそろ時間ね」
辺りが暗くなったことに気づいた飛鳥が会話を止める。
「えぇー、まだ良いじゃないか!」
「だーめ。そろそろメルディウスさんと美優も戻ってくる時間だから、私達も戻らないとね」
「チエッ!」
ブーブーと文句を言うトッティ。
気づけば彼とはかなり仲良くなっていた。
今ではため口で話をしている。
「まあ、その子もいるから仕方ないよね。うん、また今度にするよ」
飛鳥に膝枕され眠っているミーアを見てトッティは諦めた。
……だから、お前も同い年だろとツッコミを入れたくなる。
ミーアを背中におぶった僕と飛鳥は、トッティに別れを告げる。
「ああ、今日はありがとう。とても楽しかったよ! キミ達は暫くこの国に滞在するのかな?」
「ええ、少なくとも『感謝祭』が終わるまではね」
「それは良かったよ。なら暫くはこの国で会えるね。ボクはこの酒場にいることが多いから。また一緒に来て色々話を聞かせてよ~」
「わかったわ」
トッティと再会の約束をして、僕達は家路へ向かう。
現在、僕達はメルディウスの兄―――コーネリアスが住んでいる屋敷でお世話になっている。コーネリアスに強く勧められた結果だが、広い屋敷に美味しい食事をいつも用意してくれるため、僕達にとってとてもありがたかった。
ミーア、飛鳥と一緒にコーネリアスの屋敷へと帰った。
すると、そこには――
「お、おかえりなさい」
「おかえりなさい、お二人とも」
何故か、メイド服を着た美優とメルディウスがいた。