第29話:観光
「こっち、こっち!」
前を元気よく走るミーアが僕と飛鳥に向かって大きく手を振る。
「そんなにはしゃがないの! 転ぶわよ」
「元気だな〜」
そんなミーアをハラハラした様子で見守る飛鳥とのん気そうに構える僕。
今、僕達はヨルド公国首都の中央広場に来ていた。
目的は司令書にあったコーネリアスの猫―――コーネの捜索ということにしているが、実際は少しずつ元気になっているミーアを外に連れて来たかったからだ。
ちなみに、美優とメルディウスは『巨大マナギの肝』の素材集めに出かけているため、ここにはいない。
「ねえ、あの屋台から良い匂いがするです。行こう、行こう!」
「あっ、ちょっと引っ張らない。待ってって!」
飛鳥の腕をグイグイと引っ張って、ミーアが屋台へと向かう。
「お兄―――パパも早く!」
元気にはしゃぐ娘を見ていると、幸せな気分になる。
これが子を持つということなのか、少し不思議な気分だ。
でも悪くないと思う。
…………
……
…
メルディウスの提案により、ミーアを自分達の子供にすることを決心してから、僕、飛鳥、美憂の三人はミーアのもとへ向かった。
部屋に入ると、ミーアはベットの上に座って、ボーッと外を眺めていた。
そして、僕達に気づくと、
「お兄ちゃん! お姉ちゃん!」
僕達に飛びついてきた。
「こら、こら! そんなに動いたらまた倒れるわよ」
「うぅぅ……だって、起きたらお兄ちゃん達がいなかったから……」
「「「ウグッ!」」」
涙を浮かべ上目遣いで僕達を見上げるミーアを見て胸が苦しくなる。
……この上目遣いは反則だ! 抱きしめたくなるじゃないか!
誘惑をグッと堪えミーアをベッドに戻してから、僕達はミーアが置かれている現状について説明した。
僕達の子供になると聞いて、ミーアは驚いた表情になったが、「お兄ちゃん達の家族になれるの! やったー!」と、喜ぶミーアの姿を見て僕は正直ホッとした。
ミーアは本当に聞き分けの良い子だと思う。
僕だったら出会って間もない人に、いきなり「今日から僕がパパだ」なんて言われた日には、僕の最終兵器が火を吹いていたことだろう。
……最も、最終兵器なんて一回も使ったことが無いけど。
僕達の子供になるということを了承したうえで、今度はミーアが自分の事について話してくれた。
ミーアは十年前に、この国で秘密裏に生まれた。
当時のヨルド王国の国王が処刑される前に、手を出した平民のメイドがミーアの母親になる。
ミーアの母親は、ミーアを大切に育てた。
母親の他にミーアの周りにはヨルド王国の王族に忠誠を誓っていた親衛隊達が一緒だった。
ミーア達は帝国の目から隠れて生活していたが、ミーアはとても幸せな日々を過ごしていた。
だが、そんな幸せな日々に変化が生じたのは半年前だった。
人間だったミーアに突然、狐の尻尾と耳が生えたのだ。
このことには誰もが驚いた。ミーアが〝亜人”へと変わってしまったからだ。
突然、人間が亜人になるという話はごく稀に起こるらしい。
と言っても、百年に一度あるかないかと言われている。
ミーアが亜人になったと知るや、今まで優しくしていた母親と親衛隊達は怒り狂ったようにミーアを虐めだした。
理不尽な暴力を受け、白い綺麗な肌に青痣がいくつも刻まれた。
食事も残飯といった物へと変わり、キーアは泥水をすすりながら、牢のある部屋で生きながらえていた。
急に変貌した周りの大人達に、ミーアは心の底から恐怖した。
外見は亜人の姿だけど、わたしは何も変わっていない―――なのに、どうして?
訳も分からないまま、ミーアは大人達の理不尽にずっと耐え忍んでいた。
そんなミーアを救ったのは、親衛隊に所属していた一人の青年だった。
彼はミーアのことを妹のように接していて、ミーアもまた彼のことを兄と親っていた。
彼は今回の件について、親衛隊の人達に何度も抗議した。
しかし、彼の要求は受け入れられず、ミーアの虐待はさらにエスカレートした。
日に日に弱っていく妹を見て、彼は遂に決心した。
ミーアを連れて逃げ出すことを。
たまたま親衛隊が屋敷からいなくなった隙をついて二人で逃げ出したのだ。
追手に追われながら、彼は必死にミーアを守った。
しかし、多勢に無勢。さらに、ミーアと彼はあまりも若かった。
親衛隊隊長の罠に捕まり、ミーアと青年は絶体絶命の状況に追い込まれた。
青年は自らを犠牲にして、ミーアを何とかその場から逃げだすことに成功した。
大好きな兄を失い一人となったミーアは、何も考えられずポツンと座っていたところを、アシルドの手下に見つかり、以降、奴隷として生活していたそうだ。
ミーアが全てを話終えると、飛鳥がガバッとミーアを抱きしめた。
「大丈夫! もう大丈夫だから! アンタは私が絶対に守るから」
僕の位置から飛鳥の表情は見えないが、涙を堪え大事そうにミーアを抱きしめていることが分かる。
「私もです! ミーアちゃんは私達の娘なんですから」
瞳に涙を浮かべながら、美優が優しくミーアに語り掛ける。
勿論、
「ミーアを苦しめる人達は僕が全て倒すから。だから安心して」
僕もだ。
こんなとき、勇也ならきっとこんなセリフを言うだろう。
前の世界の僕なら決して言えなかったセリフだけど、今の僕ならしっかりと言えた。
「うぅぅ、グスッ――――うあぁあぁあぁああああーーー!!」
ミーアが感極まり、号泣した。
そして、僕達は家族になった。
…………
……
…
「パパ? どうしたの? 痛いの?」
「ちょっと! 志、アンタ、何泣いてんのよ!」
「――!! ごめん。少し目に埃が入っただけだよ」
あの時の事を思い出し、涙が出てしまった。
……いかん。いかん。父親らしく毅然とした態度でいなくては。
ミーアの親となって既に五日が過ぎた。
僕達の関係は今のところ至って良好だ。
ミーアは素直で聞き分けが良いし、僕、飛鳥、美優もミーアのことをとても大事にしている。
メルディウスはミーアを僕達の養子にするため、色々と骨を折ってくれたそうだ。
本当に頼りになる人だ。
先ほど買った串焼きをミーアと一緒に頬張りながら、僕達は港町をブラブラと観光する。
服屋に行ってミーアに洋服を着せたり、匂いにつられフラフラと屋台に向かうミーアに呆れつつも商品を買ってあげたり、道端の大道芸を見てはしゃぐミーアを見て蕩けたり。
……あかん。ミーアのことばかり考えている。でもうちの娘が世界一可愛いと思うよ!
横をチラリと見ると、飛鳥もミーアを見てデレデレした様子だった。
この頃、飛鳥とも仲良く喋るようになった。
話題はミーアのことばかりだが。僕もミーアの可愛さを語りたいので全く問題ない。
まるで、昔に戻ったみたいに飛鳥と打ち解けている。
……あれ? 昔っていつだ? いつ、飛鳥とこんなふうに喋ったっけ?
ふと頭の中に疑問が過ったが、
ドカーンと、扉が吹き飛ぶ音を耳にして、忘れてしまった。
「なんだ! 何が起きた!」
キーアの無事を確認してから、扉が飛んできた方へ目を向ける。
すると、屈強な体格をした男達が三人、酒場のドアから放り出された。
そして、
「ボクに喧嘩を売るなんて十年早いね~ 出直しな」
バキューンとガンマンのような気障なポーズを決める少年が現れた。