第24話:ヨルド公国
ヨルド公国。
正面は鉄壁の城門、左右には嶮しい山々に囲まれた天然の要塞。
後方には晴れ渡る青空と同じ色をした見渡す限りに広い海が見える。
首都の中心部には民の憩いの場となっている中央広場があり、この国の象徴である〝海竜の鐘“が設置されている。
外観に西洋の竜が施された青色の大鐘は、高音に鳴り響く綺麗な音を奏で人々に正確な時間を告げてくれる。
中央広場を中心に、東部には城門、西部には港、南部には軒並み連ねる家々、そして北部には小高い丘の上に壮大な佇まいをした宮殿がある。
港から城門までの道筋には、露店や様々なお店が立ち並んでおり、多くの人で賑わっている。反対に、北部は閑散としたように静かである。
それもそのはずである。
北部は元ヨルド王国の王族、貴族が住んでいた場所であったが、帝国の支配下に置かれて以降、王族と貴族達は軒並み処刑されたため住人がいなくなったからだ。
従って、現在、宮殿はベルセリウス帝国騎士団が在中し、ヨルド公国を監視する領事館として使われている。
そして、その宮殿で僕達を出迎えてくれたのが、ヨルド公国の実権を事実上担っている―――
「ようこそヨルド公国へ。この度の派遣、ご苦労であった」
ベルセリウス帝国騎士団 団長ユリウス・シュバルツだった。
少しくたびれたような灰色の髪に、メルディウスと同じ青色の瞳。
年齢は恐らく四十代ぐらいだろうか。ガイネルより若干若く見える。長身細身の体型だが、隙の無い彼の佇まいを見れば思わず身体が緊張してしまう。
「おう、ユリウス只今戻ったぞ」
「父う……いえ、失礼しました。団長。只今まかり越しました」
自分より立場が上にも関わらず、ガイネルは砕けた口調でユリウスと話す。
反対に『父上』と呼びかけようとして、ユリウスに睨まれたメルディウスは少し緊張した様子で話す。
「うむ……で、そこにいるのが――」
「剛田 志といいます」
「戸成 飛鳥です」
「波多野 美憂です」
ガイネルの後方で控えていた僕達に視線を向けたので、取りあえず自己紹介を行う。
「異世界の勇者達よ。遠路はるばるご苦労であった。そなた等の活躍を期待している。それにそなた等にも少し関係のある話だからな」
威風堂々とした態度でユリウスが僕達を歓迎してくれた。
話し方が横柄に聞こえるが、ユリウスつまりシュバルツ家はベルセリウス帝国貴族の中で一、二位を争う名門の家系である。そのため、こういう口調が染みついているらしい。
「それにしても、ワシらを急に呼びつけるとは一体何事じゃ?」
「うむ。実を言うとな……来月に控えた『感謝祭』にオーラル王国のイデント宰相が参加するらしい」
「なんじゃと!」
オーラル王国という不穏な単語を耳にし、ガイネルが不快な表情になる。
「奴らのことだ。十中八九、ワシらとの戦争を再開するために何か仕掛けてくるに違いない! 何故、奴らの入国を許可したのじゃ!」
「〝教会“からの圧力だ……政治に介入しないという話はどこにいったのか。陛下も受けざるを得なかったようだ」
「やはり、現在の教会はオーラル王国と繋がっていると見て間違いないようじゃな」
ガイネルとユリウスが真剣な表情で話をしているが、異世界から渡ってきた僕達は話について行けず、ただただポカンとしていた。
「そんな馬鹿な! 教会は絶対的な中立の立場のはずです! 〝南北戦争“の際も教会の仲裁により停戦条約が結ばれたではありませんか!」
「メルよ。お前のその真っすぐさは美徳ではあるが、もう少し世界を広く見据えよ。情勢は刻々と変化するものだ」
「しかし――」
「まあ、クリスチャンであるメルが教会を疑うなんて無理なことかもしれんがのう」
団長の言葉に言い返そうとするメルディウスをガイネルが宥める。
「だが、最近、教会とオーラル王国が裏で、きな臭い動きをしているという情報が多く寄せられておるのじゃ」
「そんな……」
「お前もおかしいと思わんか? 最近、このベルセリウス帝国の空に『天空城』の姿を見かけたか?」
「いえ、ここ三年は見かけておりません」
『天空城』ってなに? と思っていたらガイネルが説明してくれた。
『天空城』
教会の本拠地とされている名前の通り天空に浮かぶ巨大な城のことである。
世界各地を自由に移動しており、人々は天空城を見ると祈りを捧げる。
教会で選ばれた者だけしか入城することはできない神聖な場所だそうだ。
「天空城はザナレア大陸の南部――つまり、王国連合の周辺をずっと移動しているそうじゃ。そして、これはまだ確定ではないが、どうも教会の一番上の〝教皇“がオーラル王国に滞在しているそうじゃ」
過去一度も教皇が天空城から下界に降りたという例はなかったそうだ。
それだけに教皇が、あのオーラル王国と一緒にいる事態にガイネルは警戒しているみたいだ。
「とにかく、そんな情報もあるため我々はオーラル王国を警戒している。そして、今回の『感謝祭』についても、何か起こる可能性がある。そこで、貴殿達に来てもらったのだ」
ユリウスが僕達に向けて話す。
「君達には今からいくつかの指令を与える。その指令を果たしてほしい。案内人として、アナベル!」
「ハッ!」
ユリウスの傍らに控えていた騎士の一人が一歩前に出た。
茶色の髪に優しそうな雰囲気を匂わす男性だ。恐らく僕と同じぐらいの年齢だと思う。
「帝国騎士団団員のアナベルです。勇者様、これからよろしくお願いいたします」
アナベルが僕達に向かって挨拶してきたので、僕達も挨拶した。
「後のことはアナベルに聞くといい。では、すまないが私はここで失礼する」
「おう。頑張れよ」
「……何を他人事みたいに。お前はこっちだ!」
部屋から退室しようとしたユリウスに、エールを送ったガイネルが腕を掴まれた。
「おいおい、ユリウスよ。こりゃどういうことじゃ! ワシは小僧達と――」
「お前は副団長なんだぞ。やるべきことは山ほどあるんだ!」
「しかし、ワシには陛下から貰った護衛の任務というものが……」
「私が説得した。大体、私に大量の仕事を押し付け自分は気ままに旅をするとは、随分な御身分ではないか」
「うっ!」
ユリウスに痛いところをつかれ、押し黙るガイネル。
「大体、お前はいつもそうだ。何かにつけて帝都を飛び出し、中々帰ってこない。その仕事の面倒を見る私の身にもなれ!」
「……書類仕事はワシの性に合わんのじゃよ」
「だからと言って逃げて良い理由にはならん!」
言い訳するガイネルにユリウスが叱る。
ユリウスの剣幕にガイネルがめんどくさい奴に捕まった、というような表情をしている。
……というか、あんなに怒られているガイネルを初めて見た。
「お前には港の警護任務に就いてもらう予定だ―――そうだ、この機会に今まで溜まっていた仕事も全て片付けてもらおう」
「そ、そんな!」
嫌がるガイネルを、ユリウスが引きずるように引っ張っていく。
「メル! 助けてくれ!」
「すみません。団長の命令は絶対です。諦めてください」
「おい! くそー! じゃあ、小僧、嬢ちゃん達。ワシを助けんか!」
「「「無理です。諦めてください」」」
「何じゃと!」
いや、何の権力もない僕達に助けることなんてできるわけがない。
というか、仕事を全て押し付けてきたガイネルが明らかに悪い気がする。
「お前ら、覚えてろ!」
三下が良く口にする捨て台詞を吐きつつ、ユリウスに引きずられ、ガイネルは部屋を後にした。
「「……」」
しばらく部屋は無言の状態となった。
「そうだ、そうだ。メル。報告には聞いていたが……その服装、中々に似合っているではないか」
「――!」
ユリウスが扉からヒョッコリ顔を出し、メルディウスの現在の服装――ゴスロリ服を褒める。突然、父に褒められたメルディウスは顔を真っ赤にしている。
「お前は確かに行き遅れているが、容姿は十分綺麗なのだぞ。もっと、そんな可愛らしい恰好をしたほうがいい。そうだ! 帝国騎士団の女性騎士は皆その格好に――」
「父上! 皆が見てます! やめてください」
仕事から離れれば、メルディウスにかなり甘々のユリウスだった。




