第23.5話(2/2):旅の道中(飛鳥視点)
後半です。
私はお金持ちのお嬢様として生まれた。
成績優秀、習い事もやれば常に優等生、容姿端麗のお嬢様な私。
当然のことながら、周りは私をもてはやした。
私は親や周囲の人に勧められるまま、様々なことにチャレンジした。
ピアノにバイオリンといった音楽は勿論、書道、華道、茶道、日本舞踊、乗馬、ボランティア、ディベートなど挙げればきりがない。
どんなことでも普通の人より才能ある評価を得られる私は瞬く間にセレブの中でも有名となった。それは、外国の有名な大富豪の人までもが、子供の私を嫁にしたいと言ってきたほどだ。
……まあ、最もその人はお爺ちゃんなので普通にお断りしたけど。
勉強や習い事、さらには社交といったものに忙殺され、休むという概念が無かった私。
あの時は、必死に目の前のことをこなすことで精いっぱいだった。
必死の努力もあってか、周囲は私を常に高く評価していたため、より一層頑張らなければならなかった。
そんな日々が中学三年生の時に終わりを告げた。
ある日、親の会社が突如倒産したのだ。
結果、お金持ちだった私達の立場は一転して貧乏へと転落した。
すると、今まで勝手に私達家族の周りに集まっていた人達は次々と離れていった。
……最も倒産の前に、私の周りには誰もいなくなっていたのだけれど。
倒産し後先が無くなった両親の態度は大きく激変した。
昔は上品で落ち着いた口調で優雅に話す両親だったが、
『ふざけるな! その話は断った―――なに、お前の言うことなんか誰が聞くもんか!』
『お願いします! ほんの少しだけお金を―――そんな! どうか助けてください』
毎日のように、荒げた声を電話に向けて話すようになった。
生活レベルも大きく下がった。
当たり前のように食べていた一日三食の食事回数が、一日一食に。
あるいは、食べることさえできない日が何日も続いたこともあった。
ガスが止められたため、寒い季節にも関わらずお湯が出ず、冷たい水で身体を洗ったりもした。
まあ、その後、水道も止められて水浴もできなくなったけど。
当たり前のように明るかった家が、電気がつかず真っ暗闇の状態の日々が続いた。
……正直、お金が無いとはいえここまでひどくなるものなのか、今になって不思議に思う。
家も差し押さえられ、私達家族はついに一文無しの状態で外に放り出されてしまった。
幽霊のようにげっそりとした両親の背中を見ながら、私は何も考えずフラフラとついて行った。
気が付けば十階建ての古いマンションの屋上に私達はいた。
「パパ、ママ?」
「……仕方ないんだ。もう、どうすることもできないんだ」
その言葉と両親の何もかも諦めたような態度を見て冷や汗が流れた。
これから両親達がやろうとしていることを察知してしまったからだ。
「もう私達は終わりだ。このまま生きていてもどうにもならない―――なら」
「飛鳥ちゃん。私達と一緒に逝きましょう」
そう言って、両親は屋上の柵の向こう側を見つめる。
やはりそうだ。
―――無理心中だ。
「いや、嫌! 私、まだ死にたくない!」
私は必死に抵抗する。
(冗談じゃない。私はまだ何もしていないのに! こんなところで死んでたまるか!)
親友と呼んでいた人に裏切られ、学校でいじめられるようになった。
さらにお嬢様から貧乏人に転落した私だが、それでも死にたくなかった。
「『お前のためなんだ』。これは」
「大丈夫よ。いつも言っているでしょう。『私達に任せなさい』って」
両親が言うお馴染みのセリフが私の耳に流れた。
両親はいつも私にこのセリフを言ってきた。
毎日のように習い事と勉強で休日というものがなかった私。
止めたいと言っても、親は『お前のためなんだ』の一言で私の話を全く聞いてくれなかった。
むしろ、両親の要求はエスカレートして、ドンドン両親の期待を押し付けられてきた。
もっと上品に。
もっと優雅に。
もっと頭が良く。
もっと運動神経良く。
もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと――――――――――――――
頭がおかしくなる! 私は貴方達の人形じゃない!
そして、貴方達について行った結果が――無理心中か!
もう耐えられなかった。
この場から逃げようと、私は屋上の入口に向かって走ろうとした。
しかし、
「……どこに行くんだい、飛鳥」
「飛鳥ちゃん。これも貴方のためなの。わかってね」
両親に捕まり、私はフェンスまで連れていかれた。
「いや! いやぁあああああああああああ!!!!」
泣きながら必死に抵抗する。
しかし、両親は嫌がる私を強引に引っ張りフェンスの外へと連れて行く。
そして、
「……すまない、飛鳥」
「……ごめんね。本当にごめんね」
「――――――――ッ!」
私達は十階建てのマンションから転落した。
…………
……
…
「――その後、気が付いたら私は病院で眠っていたの。どうにか一命を取り留めたわ」
何故、十階建てのマンションから飛び降りたにも拘らず私とパパとママが生きていたのかは、その時はわからなかったけれど。
「だから、私は子供のためと偽って自分のエゴを押し付けようとする大人が嫌い」
「……そうか」
私が喋っている間、ガイネルさんは一言も話さず黙っていた。
「大変じゃったのう、と安易に労えんが、それでも……大変じゃったのう」
「―――ッ!」
同情した様子で話しかけるガイネルさんを見て、複雑な気持ちで旨が一杯になる。
「じゃがのう、一つだけ言わせておくれ。自分のエゴを押し付けるというのは、今の嬢ちゃんが小僧にやってることと一緒ではないか」
「ち、違うわ!」
「一緒じゃよ。お前さん、小僧に嫌われようと振る舞っておるじゃろう!? ミユ坊のために」
「なっ、何でそのことを!」
「ミユ坊が相談してきおったわ。『ここ最近飛鳥さんの様子がおかしい。多分、志くんの気持ちに気づいた飛鳥さんが、ワザと嫌われて私と志くんを近づけようとしている』、『でも私達の関係が以前と比べてギクシャクして全然違っている。どうすればいいでしょうか』とな」
「……美優」
私の行動はどうやら親友には筒抜けだったようだ。
「問題が恋愛だから部外者が口を挟むのは間違っておるから、ワシは何も言えん。何も言えんが、ただ、これだけは覚えておけ。明日も無事に過ごせると思うなということだ」
「……」
「気になることがあるなら口に出せ。しっかり相手と話せ。意見が合わなくても良い。それでも相手に自分の気持ちを伝え、相手の気持ちを知る努力をしなさい」
「……それでも上手くいかなかったら?」
「そん時はそん時じゃ! ただやらない後悔より、やって後悔せい」
「……難しいですよ」
ガイネルさんの無理難題に思わず苦笑いを浮かべる。
すると、ガイネルさんはガハハと笑って、
「沢山悩め。そして自分で考えなさい。他人に押し付けられた答えや希望ではなく、嬢ちゃんが導き出した答えなら、少なくとも嬢ちゃん自身は必ず納得できるはずじゃ」
グラスの中の酒を全て飲み干したガイネルさんは、立上り高台から下へ降りようとする。
私はガイネルさんの背中越しに向かって、
「あっ、ありがとうございます」
お礼を言った。
正直、ガイネルさんの話に全て納得した訳ではない。
だけど、ガイネルさんの善意はとてもよく伝わった。
ガイネルさんは、振り返ることなく「おう」と手を上げて、下へと降りて行った。
「……はぁ~」
その後ろ姿を眺めながら、私はガイネルさんに話さなかったとある記憶を思い出した。
…………
……
…
マンションから飛び降りた直後、
「あ、あッ」
痛みはなく、全身からスッと力が抜けていく感じがした。
周囲を見渡せば血まみれで私と同じように変な方向に身体が曲がっているパパとママがいる。
酷い状態なのに、その表情からは痛みに苦しんでいる様子は見られなかった。
痛みはなかったけど、徐々に寒くなってきた。
ああ、このまま死ぬんだろうなあと、そうぼんやり考えていたときだった。
『頼む! 死なないでくれ!』
私達に向かって誰かが必死に呼びかけている。
顔は見えないが、不思議とつい最近どこかで聞いたことのある声だった気がした。
その後、不思議なことが起こった。
呼びかけている彼が私達に向かって何やら呪文のような言葉をかけると、流れていた血が止まり身体が暖かくなったのだ。
結果、私と両親は何とか一命をとりとめた。
ただ、両親は今も意識が戻らないまま病院で眠っている。
病院の人から話を聞いたところ、私達を助けてくれた人物の名前を知ることができた。
その人の名前は、木原 勇也というらしい。
不思議なことはまだ続いた。
両親があんなに苦しんでいた借金が嘘のように返済されたのだ。
どうやら、私にプロポーズしたお爺さんが借金を返済してくれたそうだ。
以降、お爺さんが私の後見人として、生活の全てを援助してもらえることになった。
突然のことに、慌ててお礼を言いに行ったのだけれど、何故かお爺さんは会ってはくれなかった。
身体の治療、そしてリハビリに約一年かかった。
そのため私は一年浪人した形で高校受験に挑んだ。
お嬢様学校はコリゴリだったので、家の近くにある高校を選んだ。
あと、何故だろう。この○×高校の名前を聞いたとき行きたいと思ったのだ。
無事○×高校に入学することができた私は、入学式の日。
教室に向かう途中、私はとても目立つ三人とすれ違った。
オールバックの背の高い男子と小柄な美少女。そして、金髪碧眼の少年。
その顔を見て私の中の薄れていた記憶が繋がったのだ。
(この人だ! あの時、私を助けてくれたのは)
運命だと思った。
たまたま私が行こうとした高校に命の恩人がいたのだ。
これが運命と言わずに何というのだろう。
私は、この日から木原勇也さんに恋をしたのだ。
「……そう言えば、最後にパパとママが私に何か言っていた気がするんだけど、なんて言ってたっけ?」
ガイネルさんに昔のことを話している内に、ふと思い出してしまった。
マンションから落ちた後、血だまりの中で両親が勇也さんに向かって何か言っていた気がするのだけれど、良く覚えていない。
あんな両親のことだから、あまり気にしていなかったけど。
何故か気になってしまった。
「まあ、いいか」
気持ちを切り替えて、私はガイネルさんに言われたことを反芻しつつ見張り業務に勤めた。