第23.5話(1/2):旅の道中(飛鳥視点)
私は戸成 飛鳥。
○×高校二年三組のクラス委員長にして、異世界の勇者をしている。
うん。わかってる。
客観的に聞いていても意味不明なことに。
でも、残念なことに、これは現実なのだ。
今も私は意味不明な状況に出くわしている。
巨大イワシの群れが尾びれを使ってピョンピョンと跳ねて、こちらに向かって来ているのだ。
「おっ! あれは『ウオガシラ』じゃの」
馬車を運転するガイネルさんが前方に見えた魚の大群について説明する。
「危険度Eランクの魔物だが、実際の力はFランクの魔物よりも弱い……じゃが、厄介なことに常に群れで行動するため討伐がめんどくさい生き物なんじゃ」
「へえー」
ガイネルさんの説明を聞きつつ、私は迎撃の準備をする。
私の神具――杖を頭の中にイメージする。
すると、私の手にアクアマリンの輝きを放つ杖が現れた。
「【水の壁―――展開】」
私の頭上に10m程度の大きさの水壁が出現する。
私は水壁を『ウオガシラ』の群れに向けて放った。
大量の『ウオガシラ』達は巨大な水壁に潰され、水の中に呑まれていった。
しかし、
「うーむ、『ウオガシラ』は水属性を持つ魔物じゃから、嬢ちゃんの魔法は効果が薄いのう」
ガイネルさんの言う通り、『ウオガシラ』達は水壁の中で元気に泳いでいる。
さてどうしようか。
そう考えていたところ、
「何の音ですか?」
「敵ですか!」
後ろの荷台にいた剛田 志と波多野 美憂が顔を出す。
この二人を見て、私は戦闘中にも拘らず、一瞬気まずくなる。
私はここ最近彼らから距離を置いている。
理由は、志が私に好意を寄せているということに気づいたからだ。
たまたま、トパズ村で美優と志の話を立ち聞きしてしまったのだ。
以降、私はあまり志に近づかないように気を張っている。
正直、志が私のことを好きだと聞いて嬉しい気持ちはある。
なんというか、志は生意気だけど気のいい弟のような存在だと勝手に思っている。
しかし、それ以上に親友の美優に対する申し訳なさが上回ってしまう。
そして、何より私には好きな人がいる。
木原 勇也さんという私の命の恩人が。
だから、私は志の好意に応えることはできない。
私のことを諦めるよう、ここ最近ワザと嫌な行動をとるようにしているのだ。
「僕も手伝うよ」
「私もです!」
志は馬車から飛び出し自身の神具――大剣を構えようとする。
美優も志の後を追うように自分の神具――弓を構えた。
仲良さげな友人の二人を見てると、複雑な気持ちになる。
この頃、志と美優は二人で共に行動することが多い。
というか、私がそうなるよう仕向けているから当然だった。
志の誘いにもすげなく断り、美優と二人きりになるように仕向けた。
そして、私はなるべく二人と話さず、ガイネルさんやメルディウスさんの近くにいるようにした。
結果、遠くから見ても二人の仲が良くなっているのがわかる。
お互い笑いあって友達然、いや、もしかしたら恋人に見えるぐらいに仲睦まじく話をするようになった。
これで良かったのだ。
志にとっても、美優にとっても、私にとっても、このやり方が最も効果的な手段だ。
そう頭では思っているのだが、私の心中はとても苛立っていた。
あの中に自分がいないことに、私は猛烈な違和感を覚えていた。
……自分らしくもない!
大事な友達に対して似つかわしくない考えを抱いた私は、
「余計なことはしないで!!」
志と美優の提案を跳ね除ける。
断られたことに驚いた二人が私の方に視線を向ける。
その視線を無視して、私は目の前の『ウオガシラ』に意識を向ける。
「【沸騰】!」
苛立つ気持ちと共に、フヨフヨと浮かぶ水壁に向かって魔法を唱える。
すると、水壁内の水面がボコボコと気泡を発し、やがて沸騰し始めた。
水中にいた全ての『ウオガシラ』は熱さにやられ、プカプカと水面に浮かんでいく。
やがて、『ウオガシラ』の身体は粉々になり、水色に輝く魔石や目玉、ヒレなどの体の一部が水中に残っている。
魔物は死ぬと核である魔石を残して身体が粉々に消滅する。
しかし、たまに魔物の体の一部に魔力が籠り、現物として残ることがある。
魔物素材は貴重で、素材によっては高く売れることで知られている。
「ほう、上手い手じゃ」
私のやり方を見てガイネルさんが感心の声を上げる。
「アスカ殿の神具は応用性に優れていますからね。温度変化の他に、形態変化、属性付与といった様々な効果を水魔法に込めることができる――大変便利な能力です」
メルディウスさんが馬車の高台から話しかけてきた。
「メル、ご苦労じゃった。やはり周辺に『グリムベアー』がおったか」
「はい。『ウオガシラ』の匂いに連れられて『グリムベアー』がこちらに向かって来ていたので、殲滅しました」
メルディウスさんが、ガイネルさんに緑色に輝く魔石を見せた。
袋にぎっしり積まれていることから、相当な数の『グリムベアー』がいたはずだが、メルディウスさんに疲れた様子は全くなかった。
メルディウスさんは現在魔法が使えないため、剣技のみで相手にしたのだろう。
……すごい人だ。
メルディウスさんの強さに呆れつつ、私は大きめの袋を構える。
そして、水壁を袋の上に移動させてから、「【解除】」と唱える。
水壁がなくなり、袋の中に大量の魔石と素材が落ちてくる。
「大量♪ 大量♪」
ウキウキ気分で回収する。
先日、とある池で全く釣れなかったので、久しぶりに釣り気分を味わった。
同時に忌々しい記憶(後に志達の間でパンツ事件と語られる)を思い出し、思わず顔をしかめてしまう。
……志。毎度毎度、何で私にトラブルばかり起こすのよ! そういう役目は美優にして!
内心で友達を売ってしまったが、お互いWin-Winだからいいだろう。
「はい、これ」
「うむ、ご苦労」
回収した魔石をガイネルさんに預け、再び馬車の前方に座る。
そんな私の様子をポカンと見ていた志と美優。
「そういう訳で、魔物は大丈夫だから。アンタ達は後ろでゆっくりしてなさい」
何か言いたそうな二人を無視して、馬車は再びヨルド公国へ向け出発した。
…………
……
…
その日の夜。
夕食を終え、私達は順番で見張りをする。
今はガイネルさん、次は私の番だ。
私は馬車の荷台を下りて、高台へと上った。
「交代です」
「おう、ご苦労」
見張りをしているガイネルさんに声をかけた。
ガイネルさんは、片手にグラスを持ってお酒を飲んでいた。
「……ガイネルさん。お酒を飲んで、見張りの意味あるんですか?」
「ガハハ、気つけ代わりじゃ。まあ、この程度のお酒なら酔ったことにはならんよ」
そう嘯くガイネルさんだが、彼の足元には空のボトルが二本転がっている。
……本当に大丈夫なのだろうか。まあ、ガイネルさんと戦って、この人の力は身をもって知っているので、問題ないとは思っているけど。
「それに、一応小僧の魔物避けの炎もあるから大丈夫だろう」
「……まあ、そうなんですけど」
馬車の周りには、志の魔物避けの炎が囲んでいる。
〝魔の森“のような魔物の数が少ないこの街道なら襲われる心配もあまりないのだろう。
ただ、念には念を入れて私達は見張りを行っている。
絶対なんて世の中にはないのだから。
「それじゃ、後は私が見張るんで―――」
「……ところで、嬢ちゃん。小僧達と何かあったのか?」
「――!」
不意にガイネルさんに尋ねられた私は思わず狼狽える。
「な、な、なにがでしょうか?」
「おいおい、落ち着け。別に叱りつけようとするわけでもないしのう。ただ、メルがお主達のことをとても心配しておるから気になってな」
落ち着いた笑みを浮かべて、ガイネルさんは私を見つめる。
「まあ、お主達は若い。喧嘩したりすることもあるじゃろう」
「別に、喧嘩したわけじゃ――」
「だがのう、いつ別れるかわからんぞ。この世界では」
「――!!」
ガイネルさんの言葉を聞いて、思わず背筋がゾクッとする。
美優、志と別れる!?
それは駄目だ。そんなことは認めない。
だって、だって、彼らは私の――
「ワシは騎士団に所属して多くの戦場で戦ってきた。昨日会った気のいい仲間が次の日には、何も喋らない遺体となって帰ってきた姿や大切に育てた部下達が戦場で散る様を何度も見てきた」
「……」
何も話せず黙ってガイネルさんの話に耳を傾ける。
「小僧からお主らの世界について、少し聞いたことがあるのじゃが、争いのない平和な世界なのじゃろう?」
「……えーっと」
私達の世界は確かにこの世界に比べ争いは少ないと思う。
だが平和な世界と聞かれると回答に困る。
日本では戦争やテロといった争いの声は聞こえないが、日本から離れた遠くの国では様々な争いは行われている。
私達は当時者ではないから、戦争というものを意識することは少ないが、時より祖母から聞いた戦争の悲惨さを思い出すと、戦争というものは取りあえずしてはいけないという程度にしか認識できていない。つまり、その程度しか私は自分の世界を認識できていないのだ。
「ベルセリウス帝国では、魔法適正の高い子供がいれば五歳のときに帝国騎士団に強制徴兵される。そして、帝国のために戦う先兵として育てられる。メルもそうじゃ」
さらにガイネルさんは話を続ける。
「ベルセリウス帝国の国民は常に争いの中に身を投じておる。帝国騎士ではない一般の平民にしてもそう。王国連合の干渉により、我々は常に命を脅かされておるからのう」
十年前に起きた『南北戦争』。
その発端となったのは〝ヨルド王国“を帝国が占領したことが理由であるが、王国連合の干渉はずっと昔からあった。
その度に帝国は甚大な被害を出しながらも王国連合と対立してきた歴史がある。
帝国国民は王国連合に屈しない。
この不文律は帝国では絶対的なものなのである。
「自国の誇りを守るために戦う。その結果、未来ある子供達を巻き込んでも――それは、狂信的な考えなのかもしれん。実際、死んでいった人達は名誉ある死を遂げたとして、英雄として扱われるからのう」
「――間違っています!!」
今まで黙っていた私だが、ガイネルさんの言葉に思わず声を荒げてしまった。
「大人達が自分達の都合の良いように考えたシステムを子供に押し付けるのはおかしいです!」
『お前のためなんだ』、『私に任せなさい』と言って、大人達は平気で嘘をつく。私はそのことを身をもって知っている。結局は自分達――大人のための癖に!
「私達は大人の道具じゃない!」
私はガイネルさんを睨みつけながら叫ぶ。
そんな私に対して、ガイネルさんは落ち着いた雰囲気のまま話す。
「……嬢ちゃんがそんなに感情的になった姿を見たのは初めてじゃのう。いつも、感情豊かに喋っていながらも、どこか演技めいたところがあったからのう」
「―――!!」
核心をつかれた私は思わず狼狽えてしまった。
「それが嬢ちゃんの抱えている闇か……なあ、良かったら話してくれんかのう」
子供の私が怒鳴りつけたにも関わらず、ガイネルさんの表情は穏やかなまま私を見てくれる。
志と美優のことで疲れていた私はガイネルさんの表情を見て、思わず自分の過去について話した。
話が長くなりすぎたので、途中で区切りました。