第23話:飛鳥の異変
近頃、飛鳥の様子がおかしい。
ヨルド公国へ向かう旅の途中、僕はそう感じていた。
例えば、
道端で少し休憩していたとき――
「飛鳥! あっちに綺麗な池があったからみんなで見に行かない?」
「――で、メルディウスさん。他にヨルド公国って――(僕と視線を合わせない)」
「おーい」
「うるさいわね! 私は忙しいから美優と一緒に行きなさいよ!」
僕と目を合わせないまま、飛鳥はメルディウスと話を続ける。
そんな僕を少し不憫に思ったのかメルディウスが飛鳥に話しかける。
「アスカ殿。なにもそこまで怒らなくてもいいのでは」
「いいんです。私はメルディウスさんと真剣な話をしているんですから……剛田君は美優と二人で遊びに行きなさいよ」
いつの間にか、〝志“から〝剛田君”に呼び方が変わっている。
「あれ? 飛鳥、呼び方が変わって――」
「何かしら剛田君!」
「いえ、何でもないであります!」
ギロッと睨みつける飛鳥を見て、思わず飛鳥に敬礼してしまった。
結局、僕は美優と二人で近くの池に遊びに行ったのだ。
他にも、
僕、飛鳥、美優の三人で夕飯の準備をしていたとき――
「美優、そっちの野菜適当なサイズに切っといて」
「わかりました」
「……」
「美優、スープができたから味見してくれない?」
「わかりました――あっ、とても美味しいです!」
「本当! 良かったわ(ニコッ)」
「はい。あっ、志くんもどうですか?」
「うん、もらうよ―――ズズー(スープを飲む音)。確かに、これは美味しいよ、飛鳥」
「……チッ! 別に(イラッ)」
「「……」」
飛鳥の急な態度の変化に僕と美優が思わず無言になる。
……というか、「別に」なんてセリフ、久しぶりに聞いたよ。
沢○エ○カ様ばりに迫力があって怖かった。
その後、出来上がった料理を食べたけど、味見したときには感じていた美味しさが全く感じられなかった。
また、
食料調達のため僕、飛鳥、美優の三人で野営近くの池で釣りをしていたとき――
「「「……」」」
釣りを始めてから一時間が経過した。
魚の当たりもなく、先ほどから不機嫌そうに釣りをする飛鳥に、僕と美優は声をかけることができず無言の状態が続いていた。
「釣れないですね」
この険悪な空気を何とかしようと美優が飛鳥に喋りかける。
実を言えば、様子がおかしい飛鳥と僕の関係を見て、美優が僕達を釣りに誘ったのだ。
最初は断っていた飛鳥だったが、何度も美優に懇願されたため一緒に釣りに出かけることなった。
「そうねえ。おっかしいな、私、結構釣り得意なんだけどなあ」
そう言って、飛鳥は釣り竿を池へ振る。
しかし、一向に当たる気配がない。
というより、飛鳥から放たれる不機嫌オーラが水中に伝わっているのではなかろうかと推測してしまう。
その証拠に、
「ガハハ。またヒットじゃ!」
「さすが、ガイネル様! おっ、私もです!」
反対側で釣りをしているガイネルとメルディウスは順調に魚を釣っていた。
その様子を遠くから眺めるボウズの三人。
……正直、悔しい。釣れないこともそうだが、何より楽しそうだ。
このままじゃいけない、折角美優が作ってくれたチャンスを無駄にしないために僕は、
「どうしたんですか、志くん?」
「……」
竿を肩に当て後方へ距離をとる僕を見て気になった美優が僕に尋ねる。
飛鳥も僕の行動を横目でチラリと見るが、すぐに自分の竿に意識を向けた。
「反対側のほうに魚が沢山いるみたいだからね。だから――――ソイッ!」
助走をつけて反対側に向かって思いっきり竿を振った。
すると、
「キャッ!!」
飛鳥の悲鳴が聞こえたので、思わず振り返った。
そこには、パンツ丸出しで地面に倒れている飛鳥の姿があった。
どうやら前方に投げる際、釣り針が飛鳥のローブに引っかかり、勢いそのままに脱げたみたいだ。
飛鳥のローブの下はミニスカートと半袖の服装だったみたいだから、そりゃ見えちゃうよな。
なんてことを頭の中で考えていると、
ゴゴゴと漫画ジョ○ョに出てくるような威圧感が飛鳥から発してくる。
「ねえ、志」
……あっ、剛田君から志に呼び方が戻った。そのことは嬉しいのに、ヤバイ。先ほどから冷や汗が止まらない。
地面に倒れている飛鳥の表情は僕の位置からは見えないが僕にははっきりとわかる。
そう、彼女は今とてつもないほど怒っているのだと。
「歯食いしばれ!!」
「ムギョ!」
飛鳥渾身の右ストレートが僕のお腹に炸裂し、僕はそのまま池の中央にまで吹き飛ばされた。
……そこは歯が関係する場所じゃない気がするッス。
「ちょっと! 飛鳥さん! 駄目ですって! 神具はまずいです!」
「いいの! ここでアイツの息の根を止めることが世のためなのよ」
「無茶苦茶です! 落ち着いてください」
どうやら飛鳥は神具――杖を構えて、僕に止めを刺そうとしているみたいだ。
それを何とか美優が必死に止めている。
さすが良識人の美優だ。助かった。
「しかも、見られたのよ! 私のパ――」
「飛鳥さん! 志くんはここから5m離れたあの位置にいます」
……ええ! 美優が僕の位置を危険人物に率先して教えている。
その後、神具から放たれた水球と弓矢により、釣り場は瞬く間に崩壊した。
そして、僕達はメルディウスにこっぴどく怒られてしまった。
…………
……
…
といった感じに、飛鳥と上手く話せないまま既に十二日が過ぎた。
現在、僕はガイネルと二人で馬車の先頭にいた。
(こんなとき、勇也ならどうするだろう?)
飛鳥との仲が上手くいかなくなって、不意に自分の頼りになる兄貴分のことを思った。
きっと僕なんかが想像できないことを思いつき、簡単にやり遂げてしまうのだろう。
そう考えると、つい勇也に対して嫉妬の念が浮かんでしまう。
(―――!! なに、馬鹿なことを考えているんだ! 僕は!)
過った疑念を捨て去るように頭をブンブンと横に振る。
しかし、今この世界にいて、飛鳥達の隣にいるのは僕なんだ。
そして、この前のトパズ村で美優や飛鳥を助けたのは紛れもなく僕である。
この世界では、僕には力があるんだ。
勇也にも負けないくらい強い力が。
そんな思いが頭の中を駆け巡る。
自分自身の気持ちと葛藤していたとき、空から紙が一枚ヒラヒラと落ちてきた。
その紙を手に取り、ガイネルは読み上げる。
「おっ、『鳥獣新聞』の号外か。なになに――『オーラル王国に光の勇者が降臨』だと!――やはり奴らも動き始めよったか」
真剣な面持ちで紙面を読むガイネル。
すると、空から大きな翼を羽ばたかせ、鳥が降りてきた。
「毎度、『鳥獣新聞』ッス! ガイネル様、どうッスカ。この記事気になりませんカ!? 今ならより詳しい情報もありまッセ?」
梟のようにまん丸な眼をした鳥人がバックから紙を取り出し、ガイネルに見せる。
ベルセリウス帝国では奴隷制度が廃止されて以降、獣人族の鳥人達による『鳥獣新聞社』が結成された。鳥人は世界中の鳥達と話をすることができ、その能力を使って各国の動向を調査し新聞として売り出しているのだ。
「うーむ、仕方ないが買うしかなかろう……うん? どうした小僧? そんな怖い顔をして」
嶮しい顔で号外を見つめる僕にガイネルが声をかけてきた。
「そのー、〝光の勇者“っていう部分が気になって……その、誰なのかなって?」
「ふむ。小僧達と同じタイミングでこちらの世界に来た勇者達ということか……じゃが、小僧達は黒髪に黒の瞳だろう?」
「ええ」
この世界に召喚された僕達のクラスメート(まあ一人先生もいたけど)は、全員よく目にする典型的な日本人だ。別に誰か髪を染めているという人はいなかったはずだ。
「なら違うかもしれんな。この姿絵を見る限り、この勇者は金髪碧眼の男性だ」
「――!!」
金髪碧眼の男性と聞いて、すぐに木原 勇也を連想してしまった。
(もしかして、勇也もこの世界に来た?)
そう思った僕は慌ててガイネルから号外の記事を見せてもらった。
そこには、王様に膝まずく光の勇者の絵が描かれていた。
しかし、絵だけで勇也と判別することはできなかった。
「まあ、ワシらの世界では『光の勇者』と言えば伝説的な存在だからの」
ガイネルが光の勇者について説明してくれた。
曰く、聖女の導きにより教会から遣わされた至高の存在。
曰く、透き通る金髪に、青く輝く瞳。
曰く、刀と呼ばれる武器で魔物を蹴散らす圧倒的な剣技を有す。
曰く、天の魔法を巧みに操り、時には大自然さえも破壊するほどの魔法を放つ。
曰く、助けの声を聞けばどんなところからも瞬時に駆けつける。
通常、世界の未曽有の危機の際――魔王と呼ばれる魔族の長が魔大陸からザナレア大陸に進行して来たとき――教会は『光の勇者』をこの世界に召喚していた。
つい最近だと八年前――つまり、南北戦争でベルセリウス帝国と王国連合が戦争中のときだった。
魔王襲来の報告が教会から告げられ、両国は戦争を一時中断し停戦状態となったのだ。
その後、魔王は召喚された光の勇者の活躍により滅ぼされた。
魔王を倒した勇者は役目を終え、再び天へと戻ったとのことだ。
「気がかりなのは、今回は教会ではなくオーラル王国が『光の勇者』を召喚したということじゃ。果たしてこの勇者が本当に『光の勇者』なのか気になるところじゃのう」
顎に手を当ててガイネルが呟くが、僕の頭の中にはハッキリ流れてこない。
(この世界に勇也がいる?)
浮かんだ疑念が頭の中にずっと過っていた。




