第22話:旅立
連続投稿です。
『行ってらっしゃい!』
『気をつけてな!』
『村を救ってくれてありがとう!』
後ろから僕達に向けて、大きく叫ぶトパズ村の人達。
その中には、特にお世話になった大将と女将さん。そして、娘のリカちゃんが大きく手を振っている。
「お元気でー!」
その姿を見て馬車から顔を出し手を振る戸成 飛鳥。
水色のローブにポニーテールの綺麗な黒髪がなびいて、その姿を見ると思わず胸がドキドキしてしまう。
「さようならー!」
反対の窓から飛鳥と同じように手を振る波多野 美優。
緑色のローブに小動物のような可愛らしい顔立ちをした少女。
先日、僕を好きだって言ってくれた少女を見て、飛鳥とは違う意味で胸が苦しくなる。
そんな二人を見て悶々としていると、
「ココロ殿。どうかしましたか?」
帝国騎士団副団長補佐であるメルディウスに尋ねられた。
輝かしい金色の髪と青空のように澄み渡る青い瞳。
細身で端麗な彼女のゴスロリ姿は、とても魅力的であり破壊力抜群だ。
思わず見惚れてしまう。
「……あっ、いえ、特には――ハッ! 美優、何もないよ。見惚れてなんかいないよ!」
「どうしたんですか。志くん? 何かやましいことでも考えていたんですか?」
美優は笑顔を浮かべているが、その顔からは強烈な威圧感を感じる。
……どうしよう? 最近、僕の友達がとても怖いのだが。
「おーい、坊主共。少し馬車が揺れるから手すりに摑まっとけよ――ハッ!」
馬車の先頭で手綱を持ち、馬に加速を促す帝国騎士団副団長のガイネル。
筋肉隆々の太い腕で馬に強烈な鞭を浴びせている。
馬が嫌がらないのか心配になるが、『ヒッ、ヒッヒィ―――ん♡』と悦んでいるので無視することにした。
ちなみに、この世界の移動手段は主に馬車になる。
魔法が存在する世界だが、魔法を使用することができる者は少なく、また空を飛べる魔法は魔法大国グランディール王国にしか存在しないらしい。
そのため、どの国でも馬車を引く馬――『魔法馬』が重宝される。
『魔法馬』は魔力感知に優れ、魔物の気配を察知すればすぐに危険を知らせてくれる大変優れた動物だ。さらに劣悪な道や重い荷物を運ぶことを生きがいとしており、鞭を与えることで悦ぶおかしな馬だ。
……魔法ではなくマゾではなかろうか。僕の異世界語翻訳機能はおかしいのではないか。
僕達はザナレア大陸北部のベルセリウス帝国内中部のトパズ村を出発し、ベルセリウス帝国内南西部にある〝ヨルド公国“に向かっている。
向かう目的は三つある。
一つ目は、ガイネルが帝国騎士団団長の突然の召集を受けたからだ。
何やら厄介な仕事を引き受けなければいけないらしい。
二つ目は、先日倒した盗賊の頭アシルドの本拠地を調査することだ。
今回の黒幕と思われる武器商人ビーグルの手がかりが残っていないか調べるつもりだ。
三つ目は、メルディウスのゴスロリ服――【魔封じのドレス】の解呪だ。
トパズ村防衛の際、メルディウスはビーグルにより魔法が封じられた。
解呪のため、帝国内で魔法が詳しいメルディウスの兄のもとを尋ねるつもりだ。
「師匠、ここからヨルド公国まで大体どのくらいかかるんですか?」
「うーむ、大体二週間ぐらいかのう。途中、あの土地特有の霧が発生しなければもう少し早く着けるが」
「土地特有の霧?」
「そう言えば、すみません。ヨルド公国ってどういった場所ですか?」
これから向かうヨルド公国について何も知らない僕達はガイネルに尋ねる。
すると、ガイネルは「そう言えば説明するの忘れておったわ」と言って、ヨルド公国について説明してくれた。
『ヨルド公国』
ベルセリウス帝国内南西部は、嶮しい渓谷が連なる盆地で、西端は海に面している。
そのため気候の影響により、頻繁に濃霧が発生する土地柄である。
また、海に向かって流れるベルセリウス地域の中で最も巨大な河川――ルーブル大河の最下流ということでも知られている。
十一年前までは、〝ヨルド王国“という国名だったが、ベルセリウス帝国との戦争に敗れ〝ヨルド公国”と名を変えた。その際ヨルド王国の王族、貴族は軒並みに全員処刑された。
現在はベルセリウス帝国の支配下の下、人々は生活をしている。
主要産業は、漁業といった水産の他に他国との貿易になる。
ベルセリウス帝国内で唯一の貿易港ということもあり、商人や冒険者達の往来も多く賑わっている。
「……王族や貴族を処刑って、そこまでする必要があったの?」
処刑と聞いて嫌そうな表情を浮かべる飛鳥がガイネルに尋ねる。
「まあ、そもそも仕掛けてきたのはヨルド側の方じゃからのう。その責任を取る必要はあるじゃろうな」
「それに、当時のヨルド王国は南部のオーラル王国と同盟を結んでいましたから。そんな国が近くにあるのは大変危険なことです」
ガイネルが説明した後、メルディウスが補足する。
オーラル王国はザナレア大陸南部の王国連合をまとめる代表国家とのことだ。
大陸の覇権をかけて、十年前に帝国と〝南北戦争“が勃発した後、平和条約が結ばれ停戦している。
だが、いつ開戦が始まってもおかしくない、それくらいに両国の緊張は高まっているそうだ。
「それに、言い訳になるかもしれんが、ヨルド王国の王族連中はひどい者ばかりじゃぞ。ワシらが攻め入った時には、平民達はむしろ歓迎してくれたわい」
当時のヨルド王国の王は暴君で有名だった。
自分の思い通りにならないと癇癪を起し、自分に反対する家臣は軒並み処刑するそんな人物だった。
民に無茶な税を重くかけたり、自分を支持する貴族達のみが優遇される法律を制定するなど、あまりに民を蔑ろにする国政を行ってきた。
その悪政により、多くの平民が貧窮あるいは理不尽な命令により命を落とした。
平民達はなす術もなくただ耐えるだけの生活で、明日を生きる希望さえなかった。
そんな中、ベルセリウス帝国で内乱の噂が広がった。
それを聞いた王はその隙をつき、ベルセリウス帝国に宣言することなくいきなり戦争を仕掛けた。兵士達は皆、強制的に集められた平民や奴隷の亜人、獣人達で構成されていた。
彼らは死兵として、帝国に特攻するよう命令されていたのだ。
「まあ、それを知った皇帝陛下が彼らを無力化した後、ヨルド公国へと攻め入ったという流れじゃ。戦争終了後は無力化した兵達は無事に返したよ」
「……意外、あの怖そうな皇帝がそんなことするなんて」
「私もです」
「まあ、奴にも色々あるんじゃ」
ガイネルから皇帝の話を聞き、飛鳥と美優が驚く。
「今のヨルド公国は国民の代表者が政治を行う民主制となっておる。まあ、一応帝国の代表と皇帝には逆らえん仕組みにはなっておるが。ヨルド公国の国民達も納得しておるわ」
「ですので皆さんもご安心してください。帝国の関係者だからと言って、石を投げられるなんてことはありませんから」
「むしろ、熱烈な歓迎―――いや、何でもないわい」
ヨルド公国に着いたときのことを考えた途端、ガイネルがげんなりした表情を浮かべる。
そんな様子が気になり、こっそりメルディウスに尋ねる。
「ああ、ガイネル様は戦争時にヨルド公国に最初に入り民衆を助けた英雄ですからね。人気者なんですよ。本人はそのことが嫌みたいですけど」
メルディウスは苦笑いを浮かべる。
そんな話をしつつ、馬車は僕達を乗せてヨルド公国へと向かっていく。




