第3話:ベルセリウス帝国
『おい、起きろ、小僧、小娘!』
声が聞こえる。
『ちっ! おい、この者達を起こせ!』
『ハッ!』
途端、大量の水が僕達に勢いよく浴びせられた。
「うわっ!」
「何よ! 一体!」
「あれ? ここは……どこですか?」
目を覚ました僕は、周りを見る。
隣にクラスメートの二人―――戸成飛鳥と波多野美優がいた。
二人はずぶ濡れの状態でキョロキョロと周りを見ている。
さらに、黒のフードとコートを着た人達や中世ヨーロッパに出てきそうな鎧を身に着けた騎士達が僕達を囲んでいた。
そして、
「ようやく、目覚めおったか。余を待たせるとは、良い度胸だ。異世界人」
目の前に、王様がいた。
きらびやかな服装を身に着け、王冠を被り玉座に座っていた。
年齢は四十代ぐらいだろうか、くすんだ金色の髪に強い意思を感じさせる赤色の瞳。
偉そうな言葉使いだが、不思議と似合っていた、そう感じさせる風格がこの男にはあった。
「……あのー、ここは一体どこなんでしょうか?」
僕は目の前の人を怒らせないよう尋ねた。
そうしないと、危険だと感じ取ったからだ。
戸成さんと波多野さんも目の前の男の危険性を感じたのだろう、様子を窺っている。
「ふむ、少しは自分達の状況がわかったらしいな……それは行幸だ」
ニヤリと口元を開き、気分よく目の前にいる王は、僕達が今いる状況を語り出した。
どうやら、目の前の男はベルセリウス帝国の皇帝らしい。
近年、ベルセリウス帝国の近辺に強力な魔物が出現するようになり、帝国は他国との戦争の準備のため兵を割くことが難しい状況だった。そんなとき、教会から近々〝勇者召喚“の儀が執り行われるとの知らせを受けた皇帝は、この場所に勇者が召喚されるよう準備を行った。
そして現在に至る。
「さて、一応確認しておきたいのだが……お前達、〝神具“を使うことができるのか?」
ベルセリウス皇帝が僕達に尋ねてきた。
咄嗟に〝神具“が使えるかと尋ねられて、僕の頭は真っ白になった。
そんなの分からない、というかそもそも〝神具“ってなんだよと、心の中でつぶやく。
「皇帝様。質問に返すようで、大変恐縮ですが、〝神具“とはどういったモノでしょうか? 正直、私達のいた世界では〝神具”というモノを扱ったことがありませんので、わからないとしか回答できません」
僕が答えを考えていたら、代わりに戸成さんが正直に答えた。
「ふむ、確かに急にこの世界に転移したばかりでは、わからんのは道理か……オイ、ピエロ、この者達が〝神具“を使えるかどうか確認するためにはどうすればいい?」
皇帝は玉座の隣にいるフードを被った人物に問いかける。
すると、ピエロと呼ばれた人はフードを脱ぎ、僕達の前にその素面を露わにした。
「なっ!」
僕は思わずギョッとした。
なぜなら、その人は、僕達が知るピエロの仮面をかぶっていたからだ。
こんな緊迫した空気の中で、一人ピエロの仮面をしている。
正直、目の前の人物を不気味に感じた。
そんな僕の考えが伝わったのか、
「どうも、すみません。勇者様達。この仮面は僕の趣味なので、どうか慣れてください」
「ふん、だから前から言っているであろう。その薄気味悪い仮面。早く外せ!」
「そうは言われても、これは僕のアイデンティティですから~」
皇帝に外せと命令されているにもかかわらず、軽口で対応するピエロ。
周りの人達も皇帝の前で緊張しているのにもかかわらず、このピエロという人はまったく緊張した様子がない。
「で、えーっと、〝神具“の確認方法ですね……うーん、では、こういうのはどうでしょう」
ピエロは懐から黒光した石を取り出し、何やらブツブツと言葉を発する。
突如、閃光が奔り一瞬目の前が見えなくなった。
閃光がなくなり、再び目を開けると、目の前に巨大なトカゲが現れた。
「『ラサータアグリ』―――初級の魔物使い(テイマー)が扱う魔物です。見た目は、猪サイズのトカゲですが、肉食で特に人間の女性の肉が好みですね、この子は」
仮面で表情までは読めないが、ピエロは楽しそうに話す。
このタイミングで凶暴そうな生き物を出したということは、つまり、
「まずは勇者様達にピンチになってもらいましょう……【魔物操作魔法―――襲】!」
……ピエロは僕達にラサータアグリと戦わせるつもりだ!
命令を受けて、ラサータアグリがこちらに向かって走ってくる。騎士甲冑を着た人達やローブを纏った人達も、魔物を見て僕達から距離をとり始めた。
「逃げろ!」
突然の出来事で動けない戸成さんと波多野さんに向けて叫ぶ。
冗談じゃない。
こんなの倒せるわけがない。
自慢じゃないが、近所で良く吠える犬にすら、びびる僕だぞ。
無茶すぎる。
せめて小説みたいにチュートリアルを用意しろ、と思わず怒鳴りつけたくなった。
僕は無様に叫びながら全力で逃げた。
戸成さん、波多野さんも同じように必死に走って逃げる。
それを追いかける魔物。
だがこの状態がしばらく続いて、おかしいことに僕は気づいた。
そう僕達は今全力で走っているのだ。
にもかかわらず、まったく息が切れていないのだ。
さらに、明らかに僕達よりも俊敏そうなトカゲがさっきから僕達の全力疾走に追いついていないということはとてもおかしかった。
戸成さんもそのことに気づいたのか、冷静に状況を確認し始めた。
波多野さんは目をつぶったまま、必死に僕の服を掴んだまま走っている。
「なるほど……身体能力は強化されていると」
「そうみたいですね、身体能力強化は伝承の通りになりますね……では、次は」
皇帝とピエロが僕達の様子を観察していた。
「えーっと、そこの彼、お名前なんていいますか?」
「えっ! 剛田 志です」
いきなりピエロに名前を尋ねられ、僕は素直に答えた。
「ココロさんですか、わかりました。それでは、ココロさん。今、追いかけてくる魔物に立ち向かうために頭の中で〝武器“をイメージしてください」
ピエロに言われた通りに僕は頭の中で武器の形をイメージした。
あの魔物を見ていると、勇也達とやっていたアクションゲームを思い出した。
僕はそのゲームで〝大剣“を使っていた。
大剣は、一撃の攻撃力が高く、ガードも可能、さらに力を溜めて斬る―――〝溜め斬り”という強力な技もあり、僕には使いやすかったのだ。
そんなことを思い出していたら、突然、僕の手元に一対の巨大な剣が現れた。
大剣は僕の背丈と同じくらい大きく、神々しい光を放っていた。
「ココロさん、その剣こそが、〝神具“です。魔物に向かって、思いっきり振りかざしてください」
ピエロに言われ、大剣の柄を思いっきり握りしめたまま、後ろを振り返る。
ラサータアグリは走り疲れたのか、『ゼェ、ゼェ』と激しい息遣いをしながらこちらに向かってくる。
その迫力に思わず後ずさるが、
「剛田君!」
「剛田さん!」
僕の後ろには、不安そうに僕を見守る戸成さん、波多野さんがいた。
(勇也がいれば!)
なんてつい、ここにはいない頼りになる兄貴分のことを考えてしまったが。
……今、ここには僕しかいなんだから!
ゲームと同じように、力を剣に溜めるイメージで……そこから一振り!
「【紅蓮一閃】!」
ゲームでは技名がない〝溜め斬り“だが、ついいつもの癖で僕が勝手につけた技名が口から出てしまった。
途端、大剣から、紅蓮色に輝く巨大な炎が現れた。
炎はラサータアグリ、さらには後方にあった壁を瞬く間に蒸発させた。
紅蓮の閃光により石壁が蒸発したため、室内は煙に覆われて全く見えなくなった。
『おい、見えないぞ!』
『一体どうなったんだ!?」
と、兵士達が慌てる声が聞こえる。
(今しかない!)
「えっ!」
「あっ!」
僕は後ろにいる戸成さんと波多野さんの手を引っ張り、穴が開いた壁のほうへ走った。
そして、そのままの勢いで穴へと飛び込んだが、
「えっ、うそー!」
「「きゃあああああー!」」
着地する先に地面がなかった。
自由落下していく僕、戸成さん、波多野さん。
どうやら、先ほどまで僕らは塔の最上階にいたみたいだ。
高さで例えるなら、マンションの十階の高さに位置する。
「この馬鹿!! ちゃんと確認してから逃げなさいよ!」
「お義父さん、お母さん、ごめんなさい。先立つ不孝を許して」
落下している最中でもしっかり文句を言う戸成さんと諦めたように両手をたたみ親に謝る波多野さん。
「ええい、ちくしょう!」
もう一度、僕は〝神具“―――大剣を手元に取り出した。
そして、地面に接触する前に、大剣を地面に向かって大きく振りかざした。
すると、大剣から発生した衝撃波で地面が爆発した。
その爆風に巻き込まれて、僕達は遠くの森まで吹き飛ばされた。
…………
……
…
〝魔の森”へと飛ばされる志達を、塔の最上階から眺めている人達がいた。
「どうやら、〝神具“は本物みたいだな……実に、素晴らしい力だ!」
「そうですね。しかも、彼は〝神具“との適正もかなり高いみたいですね。初めて使う〝神具”でここまでの力を発揮させるとは……」
皇帝とピエロだった。
志の【紅蓮一閃】で爆炎が巻き上がり、煤などが室内を蔓延していたにもかかわらず、皇帝とピエロにはまったく汚れた様子はなかった。
二人は〝神具“の力が伝承通りであったことを見て喜んでいた。
「それで、彼らはどうしますか?」
「ふむ、あまり余が干渉してしまうと、奴らと敵対する恐れがあるからの。なるべく、穏便に過ごさせ、必要な時に奴らの力を使うという形が理想だが」
「はい。あと、なるべく彼らを〝ベルセリウス地域“で戦わせることもですねぇ。彼らが戦えば戦うほど……」
「わかっておる。奴らが〝神具“を使って敵を倒せば倒すほど、余の力は強くなるのだからな」
皇帝は自身の右手に目を向けた。
そこには赤く輝く宝石のようなものが埋め込まれていた。
「〝神具“は倒した相手の〝マナ”を吸収し、その〝マナ“を〝宝珠“へと送る、ですか」
「お前が教えたことだぞ。その証拠に奴が倒したラサータアグリの〝マナ“が確かに余へと流れてきたわ」
「……無事、実験も成功したみたいですね。あと、他の二人にも〝神具“があるはずですから、陛下のお力はますます強くなっていくことでしょう」
ピエロは皇帝の左手と胸元を見る。
皇帝の左手には、緑色の〝宝珠“、胸元には水色の〝宝珠”が埋め込まれている。
「酔狂なお前の提案だったから、最初疑っておったが、まあ問題はなさそうだな」
「私、信用ないですねぇ、本当、残念です~」
まったく残念がっていないピエロにフンと答える皇帝。
「それで、どういたしますか、彼らを?」
「しばらくは、監視をつけて自由に行動させるつもりだ。こちらも色々と準備が必要だからな」
「かしこまりました。では、私はこのことを上に報告することにいたしますか」
ベルセリウス帝国の今後の方向性を確認したピエロは懐から魔石を取り出した。
その魔石は先ほど、ラサータアグリの〝召喚魔法“に使った魔石よりも、巨大で真っ黒に輝いていた。魔石を握りしめたまま、ピエロはブツブツと呟く。
すると、ピエロの前の空間が割れて、突如ゲートが開いた。
「では、私は一度帰還いたします。何かご用命がありましたら、いつでもご連絡ください」
「ふん。一流の人間は、言われる前に先の手を打つとのことだが」
「すみません~私は、このお仕事に関して一流ではないので、わかりかねます~」
皇帝の嫌みにもまったく応じないピエロは、そのままゲートへ入り、姿を消した。
「ふん。本当に読めん奴だ」
そう呟いた皇帝はもう一度、志達が飛んで行った方角に目を向けた。
そして、手を掲げ、何やら呪文を唱えた。すると、緑の閃光が志達のほうへ向かった。
「勇者達よ、精々余のために、励むがよかろう。余はお前達の力を使い、さらなる高みへと到達してみせる!」
決意を新たにした皇帝は、近くにいた部下達に今後の指示を出した。
※2018/6/30:誤字脱字等を修正。