第137話(1/2):希望の光 そして
真赤な夕日が地上を照らす。
本来であれば、空は真赤な夕焼け空を見せていただろう。
だが、志達の視界に現れた光景は、その常識を悉く破壊した。
無数に地上へと散らばる閃光は広がる夕焼け空を真っ白に切り裂く。
空に浮かぶ上下逆さまの大地。パラパラと地上へと落ちていく物体達は、細々とした色合いを空に映し出す。
不規則に蔓延る歪な亀裂は、見る者全てに“崩壊”という二文字を連想させる恐怖を与える。
崩壊する様は空だけじゃなかった。
大地は炎や煙を上げ燃え広がる箇所があれば、所々から現れた水流に巨大な建物が流される光景。
海はある境目で突如切り取られたように真下へと流れていく。その下がどこに繋がっているのかなど誰もわからない。海面に燃え広がる不気味な炎など、常識では考えられない現象が次々に志達の視界に飛び込んでくる。
「……俺の言ったことがわかったろ? どのみち、アレを真っ先に止めないことにはどうにもならないんだ」
地上の壊れる様を見て、真っ青な顔で言葉を失った志達に、アリエスが説明する。
「……アレは、一体なんなの?」
固まったままようやく絞り出せた志の質問。
志達が載るスペースシップからでも確認できる―――この異常な光景を現在進行形で創り出している虹色の丸い物体を恐る恐る志は指さす。
「封じられた“破壊神”の力の一部らしい。見ろ。あそこに神獣の姿を模した7体がいるだろう?」
アリエスが指さす方向。
地上にいる“影”を黒い糸で操るかのように、七体の『神獣モドキ』が力を与えている。“影”は近くにいる≪魔皇城≫と≪神花≫の総攻撃を受けているが、止まる気配は全く見えない。
ガイネルやキルリア達が総出で、“影”をこの場に足止めしている姿が見える。
修羅のように“影”に攻撃するガイネルの姿を見て驚く志達だったが、地上のあまりの惨状に喜べる状態ではなかった。
地上の戦いに志達が注視している中、アリエスは話を続ける。
「見ての通りだ。このままじゃジリ貧だ。奴を止めるには、あの物体を攻撃しても意味がない。狙うのは、奴の力の根源であるあの七体だ」
「じゃあ、早く下にいる皆に伝えないと!?」
「伝えても駄目だ。下にいる彼らは“影”の足止めに手一杯な状態だ。少しでも彼らの攻撃の手が緩めることになれば、影”が再び暴れ出す。そうすれば、間違いなく世界は終わりを迎えるだろう」
原から聞いた“破壊神”の力と、【空間魔法】で具に地上の状況を見ていたアリエス。これ以上の破壊を食い止めるため、アリエスは志達を天空城から急ぎ脱出させたのだ。
「つまり、私達で何とかしなきゃいけないってわけね……トッティ、話は聞いた?」
「久実ちゃん。この場にいるみんなに飛翔魔法を付与できますか?」
「うーん。全員分は無理……だけど可能な限りやってみる」
『ちょっと待って、クミちゃん。キミの魔力を温存するために、スペースシップで可能な限り近づいてからにしよう』
甲板にいた飛鳥、美優、久実がすぐに動く。
操舵室からアリエスの話を聞いていたトッティも船員にすぐに指示を出す。
「志、いけそうか?」
「雄二……うん。大丈夫。僕はまだ戦えるよ」
連戦続きで明らかに疲弊の色が見える志に雄二が心配そうに話しかける。
天空城の連戦-――特にアンネムとの戦いで志の気力、魔力はとうに限界を迎えていた。
いや、志だけではない。
天空城へ潜入した雄二、飛鳥、久実、ティナは勿論のこと。
この場にいる十二星座のアラン、メルディウス、そして助け出した勇也もまた疲労困憊の状態だった。
トッティは残りの魔力を全て使ってスペースシップを動かしており、乗っていた魔族の船員達の支援が無ければ飛行を維持することさえも難しい状況だった。
地上で“影”と激しい激闘を繰り広げている中、スペースシップは7体の『神獣モドキ』の元へと向かった。
………
……
…
「フンガァアアアア!!」
『―――』
“影”の身体から照射される無数の閃光を掻い潜りながら、ガイネルが“影”の身体に拳をぶつける。
ゴォオオオーンと凄まじい衝撃音が辺りに響き渡るが、“影”に効いている素振りは見えない。
だが、ガイネルを危険人物と認識しているせいか、≪魔皇城≫や≪神花≫への攻撃よりも、近くで飛び回るガイネルを執拗に狙い続ける。
「しまっ!」
一瞬、判断を誤ったガイネル。
“影”の閃光がガイネルの胴体を貫こうとする。
しかし。
『キルリア! フリート!』
「「了解!」」
ヴィルゴの指示を受けて、キルリアとフリートが閃光に魔法を放つ。
二人の強大な魔力がこもった氷と炎が閃光を相殺する。
ガイネルはその隙に再び“影”に接近し拳を振るう。
ガイネルが纏う『甲冑』が本体となり、思念体を飛ばしてキルリア達の傍にいるヴィルゴは、このようにガイネルのサポートを迅速に行う。
思念体として全体を俯瞰できる視野と外ヴィルゴの多大な戦闘経験から基づく冷静な判断は、ガイネルや周囲で“影”を攻撃するキルリア達ファミリアや騎士達の命を救っていた。
「皆さん、なるべく相手の広範囲にぶつけてください! あの閃光の発動を阻止できます!」
『『『撃てェエエエ!』』』
セリスは、≪魔皇城≫の空中庭園から、≪魔皇城≫と≪神花≫の両陣営で戦う騎士達に指示を出す。その指示を忠実に聞く騎士達は、絶えず砲撃の嵐を“影”へ浴びせていた。魔法が使えなくなった魔王と魔族達も、自身の魔力を魔導具に込めて、“影”へ攻撃する。
益々激しさを増す地上。
“影”の直ぐ傍で後方に控えていたミーアは、ふと上空を見上げた。
「スペースシップ! パパ達だ! パパ達が帰ってきたんだ」
「「「!?」」」
ミーアの言葉に、ガイネル、ヴィルゴ、キルリア達が一瞬上空を見上げる。
そして、スペースシップが高度を維持したまま“影”を上空で操る7体の神獣モドキの元へと向かう姿を見て、志達の真意をすぐさま悟る。
「わかっているな、お前ら!」
『わかっているわよ。さっきから、私とセリス王女がどんだけ苦労して、スペースシップへ攻撃が行かないよう気を張っていたと思っているのよ』
ヴィルゴとセリスは、ミーアが気付く前にスペースシップがこちらに向かっていることを察知していた。そして、志達のやろうとしていることに気付き、“影”の攻撃が可能な限り上空にいる志達に向かわないよう調整していた。
そのため、スペースシップは今のところ“影”に攻撃されるずにすんでいた。
突如、上空から現れたスペースシップ。
その姿を見て、『いける! いけるぞ、みんな!?』と、地上で戦う人々の士気が向上する。
まだ自分達の希望の光は消えていないのだと、誰もが上空に浮かぶ飛行艇に願いを託す。壊滅的な地上の惨状の中、アンネムが残したいくつかの空中モニタに、“影”の上空に現れたスペースシップの姿を見て、希望の光を灯す。
人々が期待に膨らみ願いの声を高らかに上げる中、一人ユリウスは眼を瞑ったまま、その時を静かに待っていた。ユリウスは先ほどから“影”に攻撃することなく、右手で魔剣を握りしめ、その場で深く呼吸を繰り返していた。
「……」
時折、ユリウスに向けられる閃光はガイネルとキルリア達が防ぐため、被弾することは無い。だが最強の剣士である【剣聖】ユリウスは先ほどから攻撃することなくその場に立ち尽くすだけだった。しかし、そんなユリウスに周囲は何も言わない。
いや、言えなかった。
―――ユリウスから発せられる凍り付く剣気に、ユリウスが何か凄いことを行うのではないかという期待を寄せていた。
だから、ガイネル達は精神統一を行い続けるユリウスの邪魔をしないよう戦い続けた。
………
……
…
“影”の上空。
取り囲むように円状で姿を現す7体の神獣の影。
その中心に向かってスペースシップが上空から猛スピードで突っ込んでいく。
『!?』
上空から飛び出してきたスペースシップに気付いた神獣モドキ達は迎撃に向かう。
“影”に力を送る黒い触手をスペースシップに解き放つ。
『みんな!? 振り落ちないようにしっかり捕まっていてね!』
操舵室にいるトッティが甲板にいる志達に向けて伝令を送る。
『きみ達もキツイだろうけど頼んだよ!』
「「「任せてください」」」
スペースシップを動かすエネルギー室にいるリムル達の手下の魔族達に向けて、トッティは激励を送る。スペースシップという巨大な船を動かすほどの魔力を絶えず与えていた彼らもまたギリギリの状況。それがわかっていながらも、トッティは無茶な指示を送るしかなかった。
彼らはトッティの指示に笑って応える。
その気持ちに感謝の気持ちを述べながら、トッティは眼前にあるモニタに集中する。
舵を握る手に力がこもる。
トッティの眼前に見えるのは、スペースシップを執拗に狙う黒い糸や塊。
スペースシップに備わる解析装置から、向けられる黒い物体には禍々しいまでに凝縮した魔力と負の感情が込められていることがわかった。
実体がないせいなのか、時折スペースシップの装甲を掠るが船が破損するようなことは無かった。だが、掠った途端スペースシップの機動性が著しく低下するとともに、魔力供給を行う魔族達が悲鳴を上げる。
―――スペースシップを動かす魔力を吸収しているのだ。
さらに厄介なことは、
「うっ!?」
「なに、これ!」
「雄二! ティナ! 触れちゃだめだ!?」
甲板にいるティナと飛鳥が向かってくる黒い物体を迎撃しようとしたが、二人の武器が触れた瞬間、二人は思わずその場に膝をついた。
纏わりつくような黒い泥が二人の身体を覆いつくそうとしたところ、間に入った勇也が刀で一閃する。
「この黒い物体に直接攻撃しても駄目だ! 力を吸い取られるだけだ。やるなら魔法で迎撃するしかない!」
アリエスが【空間魔法】を巧みに使い、黒い物体を別の場所へと移動させる。
アリエスの言葉に従い飛鳥、美優、久実は魔法を放ち、黒の物体を船に近づけないようにする。
しかし、“影”を中心に広がっている“魔法無効化”の影響を受け、三人の魔法は通常時に比べ威力は低いものだった。
「勇也!」
「わかっている! 俺達で何とかするぞ」
創世主の力を持って、志と勇也は相対する黒い物体の除去に挑む。
黄金色の炎と雷が、無限に襲い掛かる黒い物体を焼き尽くしていく。
「二人にばかり、任せるわけにはいかないわ!」
「志くん。勇也さん。今援護を―――」
飛鳥、美優が前線で戦う志と勇也の支援を行うと魔力を込めようとする。
「いや、ここは僕達に任せて」
「飛鳥や他のみんなはその間、力を温存してほしいんだ……アレを倒すためになッ!」
魔法を放とうとした飛鳥と美優を止め、志と勇也が黒い物体を次々に切り捨ていく。
黒い物体を切り捨てながら、志と勇也は“黒泥”、そしてそれを解き放つ“神獣モドキ”の存在を感じ取っていた。
周囲に聞こえないように小声で志と勇也は話をする。
「志、アレの正体。わかってるな?」
「……うん。あの神獣達にはそれぞれ“核”がない。だから、彼らには実体がない」
「触れれば強烈な負の感情が精神に流れ瞬く間に人の精神を崩壊させる厄介極まりない奴らだ。実体がないから攻撃手段は技や魔法に限られる。アイツらを消滅させるには―――」
勇也は志の顔を見つめ申し訳なさそうな表情を浮かべる。
志はすまなそうにする勇也に笑いかける。
「わかってるって。僕は大丈夫だから。勇也だけに全てを背負わせるなんてさせないよ。だって僕達は兄弟なんだから」
「……すまない。志」
「ただ、みんなはきっと怒るだろうな」
これから勇也と二人で行うことを考えたときに、仲間達は間違いなく怒るだろうと志は思った。だが、この手段を取ることができるのは創世主の力を持つ自分と勇也しかいない。
そのことがわかっているから、志は勇也の想いを呑み込むほか無かった。
「さあ、アイツらの元まであと少しだ! 頑張ろう勇也!」
「ああ!」
覚悟を決めた二人は止まらない。
縦横無尽にスペースシップの周囲を飛び回り、“黒泥”を排除していく。
―――大事な仲間を守るため。
その想いを旨に志と勇也が躍進し、スペースシップは『神獣モドキ』達の元へと向かう。
ただ、この時二人は分かっていなかった。
「「「……」」」
二人がそう想うのと同じくらいに、二人を見ていた人達もまた同じ想いであることを。
………
……
…
『―――着いたよ。みんな!』
志と勇也の活躍により、スペースシップは『神獣モドキ』の直ぐ傍にまで近づくことができた。トッティの声と共に、スペースシップの甲板デッキのフレームが外れ、外に飛び出していける構造へ変化する。
「それじゃあ……久実お願い」
「ん。風魔法―――【妖精の羽】」
久実の【妖精の羽】が、久実、飛鳥、美優、雄二、ティナ、アラン、アリエスに付与される。志は【神炎】の炎翼を、勇也は【疾風迅雷】の雷の衣を身に纏い、いつでも飛び出せるよう準備を整える。
「すみません。こんな時にお役に立てず」
「本当にごめん」
『聖女の呪い』に蝕むメルディウスと魔法が使えないリムルが志達に謝る。
二人はこんな時に役立てない自分の不甲斐なさが悔しくて仕方なかった。
「大丈夫です。メルディウスさん、リムル。二人はここまで十分に戦ってくれたんだから」
「あとは私達に任せて休んでいてください」
「ココロ殿。ミユ殿……すまない」
「みんな無茶しないでね」
「「「おう」」」
二人の悔しい気持ちを引継ぎ、志達にさらに気合がこもる。
飛鳥、美優、久実、ティナはメルディウスとリムルに別れを告げると、空へと飛び立った。その後ろにはアラン、アリエスも続く。
「あっ! メルディウスさん。危ないからQちゃんを頼みます」
『Q! Q!』
「……わかりました」
志は肩の上にいたQちゃんをメルディウスに渡した。
Qちゃんは強く嫌がる素振りを見せるが、強引にメルディウスの手に収まり抜け出すことができない。
中々、言うことを聞かないQちゃんに志と勇也が話しかける。
「大丈夫。すぐに戻るから。ねっ」
「おう。Q坊はこの船を……みんなを守ってくれよ」
『Q!』
志と勇也がQちゃんの頭を軽く撫でると、その場で飛翔し空で待つ飛鳥達の元へと向かう。志達を心配するQちゃんの声が辺りに響いた。
………
……
…
「ごめん。お待たせ」
「大して待ってないわよ」
先行していた飛鳥、久実、雄二、美優、ティナに志が謝る。
仲間の優しい気遣いに気持ちが嬉しくなる志。
勇也はさらに先に行く二人―――アランとアリエスに声をかけた。
「お前達は本当に良いのか?」
「……今さらだろう。もう女神はいねえ。だが俺のやるべきことは神聖騎士団団長としての務めを果たすのみだ」
「俺もタカシと約束したからな。そのためなら、お前達と共に世界を守ることぐらいなんてこともない」
お互い十二星座の立場で志達と戦った身。
それぞれに思惑はあるが、今は呑み込んで共に戦う姿勢を見せる。
「わかった。ならもう何も言わない。頼む。アナタ達の力を俺達に貸してくれ」
「ああ」
「ふん」
勇也の言葉にアラン、アリエスは頷く。
「みんな。作戦はわかっているね」
スペースシップが到着する前に、事前に打ち合わせした内容を志は皆に確認する。
「はい。私達が離れている7体を一か所に集約させる」
美優、飛鳥、雄二、久実、ティナ、アラン、アリエスで、それぞれ1体ずつの神獣達を技・魔法により中心地へと集める。
一か所に集まったところで、志と勇也が創世主の力を持って敵を消滅させるというシンプルな作戦内容だった。
この作戦の鍵を握るのは。
「本当にあとは大丈夫なんでしょうね?」
「ああ。そもそも、飛鳥達だってあいつ等をここまで運ぶのに手加減なんてできる状態じゃないだろう?」
「うぐっ! そ、それはそうだけど」
志と勇也のおかげで、どうにかここまで力を温存できた飛鳥達だったが、連戦続きで全力の技と魔法は1回が限度の状況だった。
そのことがわかっているからこそ、飛鳥達は志と勇也が提案した本作戦に了承せざるを得なかった。
「志くん。本当に大丈夫なんですよね?」
「うん。僕と勇也に任せてよ!」
美優も飛鳥と同様に志を心配する。
状況が状況だけに美優も本作戦が最も成功率が高いのはわかっている。
だが、どこか納得できない気持ちが胸の中にあった。
それはずっと共にいた美優だからこそ気付けた違和感。
「それよりも、僕としては美優達のほうが心配だよ。やっぱり【神炎】の力を分けたほうが良いと思うけど」
「いや、止めを刺すためには志達の力が絶対条件だ。力を分散させるのは悪手だ」
「ああ、そうだな。お前ら大将はドーンと構えていればいいんだよ」
美優との会話を聞いていたアリエスとアランが志の提案を却下する。
「嬢ちゃん。恋人の心配は仕方ねえが、俺達も課題は山積みだぞ」
「同じタイミングで、同じ位置にあいつ等をぶっ飛ばさなければいけないんだ」
一番確実なのは、アリエスの【空間魔法】で7体を移動させるのが尤もな方法だが、今のアリエスでは1体を移動させるのがやっとな状態。
さらに、不安要素は続く。
「おい、お前顔色悪いぞ。大丈夫か!?」
「ティナ。大丈夫?」
「……大丈夫だ。やるしかねえんだ」
別の場所では、久実と雄二が顔色を青くするティナを心配する。
ティナは冷静に自分の状態を分析していた。
―――この中で自分が一番弱いことを。
(本当に役目を果たすことができるのか!?)
ティナは尋常なプレッシャーに苛んでいた。
志達が走行している間にも、作戦の決行時間は近づいていた。
開始のタイミングは、地上にいるガイネル達からだった。
………
……
…
地上。
スペースシップからの伝令を受けたセリスとヴィルゴは、すぐさま志達が作戦に動けるよう地上にいる騎士達に指示を下した。
セリス達の務めは、“影”の足止め。
特に、巨体な“影”の身体から放たれる閃光は、四方八方に飛び回るため、上空で待機している志達に攻撃の手が向かわないよう気を引く必要があった。
最前線で“影”の注意を引き付けるのは、
「皆の者! もう少しだ! 踏ん張れェエエエ!」
仲間を鼓舞しながら、身体一つで“影”を殴り飛ばすガイネル。
「マリー! 行くわよ!」
「はい!」
氷狼状態のキルリアの背に乗るマリーが、苦無を放ち“影”に攻撃を仕掛ける。
“影”の中段の位置には、攪乱するようにトイトスを背中に乗せた火鳥もいる。
そして。
「ユリウス! まだか!?」
“影”の正面に構えるユリウスに向けて、ガイネルが叫ぶ。
上空の戦いの鍵を握るのが志と勇也ならば、地上の戦いの鍵を握るのはユリウスだった。
「ハァアアアアアア!」
ここまでの間、ため込んでいた気力をユリウスは静かに開放する。
研ぎ澄まされた剣気はオーラとなり、周囲の地面をぐらつかせる。
『私が“影”を少しの間、完全に封じ込める。その隙に上空の7体を頼む』
スペースシップとセリスのやり取りを聞いていたユリウスは、すぐに自分の考えをセリス達へと進言した。
「七聖剣技」
右手に『魔剣カラミティ』を握りしめたまま、ユリウスは腰を少し落とす。
今からユリウスが放とうとする技は、ユリウスが編み出した最強の剣技。
―――瞬間、ユリウス以外の全ての時が止まった。
皆が静止している中、ユリウスは“影”へと一気に距離を詰めると。
「火剣技―――【爆炎剣】」
強大な紅蓮色の炎を纏った剣閃が“影”を一刀両断する。
“影”を焼きつかさんとばかりに燃える炎だが、“影”は時が止まったかのように微動だにしない。
「水剣技―――【凍牙絶氷衝】」
地面に魔剣を突き刺したと同時に、地面から巨大な氷柱が“影”を串刺しにする。
「風剣技―――【落葉】」
ユリウスの身体が巨体な“影”の身体を透過する。
同時に“影”の身体の内側、外側から数えきれないほどの鎌鼬が現れ、“影”の身体を切り刻む。
「土剣技―――【土身御供】」
ユリウスの身体が三つに分裂する。
三人のユリウスは“影”を三方向に囲むように広がる。
「木剣技―――【生命月】」
背後に回ったユリウスが剣を地面に突き刺す。
途端、地面から無限の木の根が“影”を串刺しにし、魔力を吸い留める。
左右にいるユリウスは、
「天剣技―――【雷鳴斬】」
「冥剣技―――【重力可変剣】」
天、冥属性の剣技を交差するように同時に放つ。
黄金色の雷と巨大な黒い球体の中に“影”が包み込まれ、大きく爆発する。
―――ここまでの間、現実世界では1秒も経過していない。
そして、“影”がダメージを感じる間際。
再び一人に戻ったユリウス。気が付けば魔剣が鞘に納められていた。
「秘技―――【次元斬り】!】」
ユリウスが鞘から魔剣を抜き出しだと同時に、“影”を一刀両断で切り捨てる。
あまりの早さに、ユリウスが鞘から魔剣を抜き出したことは誰にもわからなかった。
いや、そもそもユリウス以外の人達からすれば、ユリウスが「七聖剣技」と発した瞬間、巨大な“影”の姿がどこにも見当たらなくなっていたのだから。
上空の『神獣モドキ』と繋がっていた黒い糸はバッサリと断ち切られユラユラと揺れている。
「な、何が起きた!?」
突然、目の前から“影”の姿が消えたことにガイネルやキルリア達が驚いている中、ユリウスは完全に刀身が折れ色を失った魔剣カラミティに別れを告げる。
(今までありがとう)
【七聖剣技―――秘技・次元斬り】
精神統一をし、七つの属性を同時に発動することで可能になる秘技。
ユリウスは魔剣カラミティが持つ全ての魔力を使い、“影”を次元の彼方にまで切り捨てたのだ。
役目を果たした愛剣を地面に突き刺すと同時に。
「あとは頼んだぞ」
ユリウスは上空で戦う志達を見つめた。
 




