第136話(1/4):破壊神の影
数時間前。
神獣達の封印を終え、散らばっていた精霊達を全て殲滅し一息ついていたときだった。
天空城の後方に聳える巨大な魔法陣に変化があった。
陣内にいた竜7体の身体が、魔法陣から切り離され地上へと落下を始めた。
落ちる竜達の内、海竜の体格は300mを優に超えている。
他の竜もそれに近い体格を有している。
そんな竜達が突如地上へ振ってくるのだから、地上にいたセリスは眼を見開くと同時にすぐに指示を下す。
『! ≪神花≫にいる皆さん! 直ちにそこから離れてください!?』
『千里眼』で見ていたセリスは、急ぎ通信魔法で≪神花≫内の人々に逃げるよう指示を出す。
巨大な体格を持つ竜の落下地点は、≪神花≫の近くだった。
迫りくる巨大な物体を前に、国内にいる人々は慌てて逃げようとするが、恐怖のあまりパニックを起こした民衆達の避難は思うように進まない。
先ほどまで、国内で防衛に司っていた義勇軍(自由の風、帝国、王国連合の協力組織)は、城内に設置してあった『魔導砲』を放ち、落下する竜達の軌道を反らそうと試みる。
しかし、被弾するものの効果はいま一つのようだった。
多くの人が落下する竜達に怯えている中。
「魔王殿!」
「わかっておるわ【剣聖】!」
帝国騎士団団長ユリウスと魔王が動く。
『魔剣カラミティ』を携え落下する竜達に向けて冥属性の剣技を放った。
「剣技―――【重力可変剣】!」
空に向けて斬り払ったユリウスの剣閃が、竜達の身体をかすめた。
瞬間、勢いよく落下していた竜達の速度がゆっくりと落下するようになった。
「風魔法―――【暴風竜】」
さらに巨体な竜達の質量が0になった状態で、魔王が風の上級魔法を唱える。
巨大な竜巻は竜達を≪神花≫より遠くの場所へと移動させる。
竜達を運び入れた先は、延々と広がる平原地帯。
特徴的なのは、中心線が引かれたように平原を真っ二つにする谷底になっている。
深い谷底の向こう側には“魔大陸”の姿が見え隠れしている。
神獣の封印が失敗した時のことを考え、戦っても周囲に影響が出ない広い平原地帯をセリスは用意していた。
もっともセリスが想定していた以上に、神獣の力は脅威的、かつでたらめであったため、この場で神獣と戦っても周囲に十分影響を与えることにはなっていたが。
―――ズォオオオオーン!
セリスのいる≪魔皇城ベルセリウス≫からかなりの距離があるにもかかわらず、竜達の落下の衝撃に≪魔皇城≫が激しく揺れた。
付近で待機していた騎士達は、地震の規模に立つのも困難でその場にしゃがみ込む。
先ほど戦っていた神獣との防衛線で消費した回復薬や魔導具を準備していたにも関わらず、この衝撃により荷台に積んであった荷物は全て崩れてしまった。
『被害状況を報告してください』
『こちら、≪神花≫西部。被害状況は―――』
『大変です! ≪魔皇城≫正門。被害状況は―――』
セリスの呼びかけに、各地に配置されていた隊長達が自分達の管理する区域の被害状況をセリスへ報告する。報告には、グランディール王国が開放した通信用魔導具を使用していた。数十人規模の報告が一斉にセリスへと向かい、セリスは報告を聞きながら迅速に指示を出す。
『ユリウス様! 魔王様! そちらはどうなっていますか!?』
『砂煙で良くは見えませんが、竜達はどうやら落ちてきただけみたいです。落下直後は何も動きはありません』
『ふむ。先ほどと魔力反応も変わっておらぬ。封印術式はまだ健在しておるのう』
既に竜の落下地点へと移動していたユリウス、魔王からセリスは報告を受ける。
『ミーアさん! そちらで何か変化はありましたか?』
『そ、それが今まで静かに眠っていた竜達の意識が突然覚醒して! その後何度呼びかけても反応しないんです!?』
≪魔皇城≫の空中庭園で、神獣封印のための術式の鍵となっている『竜の巫女』のミーアがセリスの声に慌てふためきながら答えた。
各神獣の核を『竜』達の体内へと閉じ込め鎮静化したはずが、ミーアの言葉に全く反応を示さない。ミーアは胸騒ぎを覚えた。
『ユリウス様、魔王様、最大限の警戒を!』
『ハッ!』
『うむ!』
『こちらは直ちに『ファミリア』の方々と、可能な限りの人員をそちらへ向かわせます。各隊長の方々―――』
一大事と判断したセリスは、最優先で竜の落下地点に兵を送る準備を始めた。
竜が落下した平原地帯。
「魔王殿、どうだ?」
上空から竜達の様子を観察するユリウス。
目の前でピクリとも動かない巨大な竜達を前に判断がつかないため、隣にいる魔王の判断を頼る。
魔王は感知魔法を展開し、竜達に動きが無いか警戒しながらユリウスの質問に答える。
「全くわからぬ。竜達は今も眠りについておるみたいだが……そもそも、この状態が正常なのかどうかも判断がつかぬ。我が分かるのは、今も竜達の体内に神獣の存在を感じる。それだけじゃ」
「単純に考えて、上空の魔法陣が竜達の重さに耐え切れず落ちてきたとかは?」
「それこそありえん。奴らが念入りに準備を済ませてきた神獣降臨の魔法陣じゃ。そんな初歩のミスを行うとは到底思えん」
リベラの高い魔法技術を知る魔王だからこそ、ユリウスの推測はあり得ないと思えた。
「ではどうしますか? 目覚める前に先に仕掛けますか?」
「……下手に刺激して竜達が目覚めるほうが厄介じゃ。今は援軍が来るまで様子を見よう」
「わかりました」
ユリウスと魔王はセリスの援軍がこの場に来るまで待機しようとした。
そのときだった。
「魔王殿!?」
「なんじゃ、これは一体!?」
竜達の口から、漆黒の煙がモクモクと吐き出された。
特に、冥竜から吐き出される煙は他の竜達よりも、禍々しいものだった。
吐き出された煙は、やがて空中で一つに混ざり合い、巨大な雨雲を形成した。
雨雲は平原内を覆いつくそうとドンドン横に広がり続ける。
そして、地上に向けて黒い雨を降らせた。
「なんだ? 一体何が起きている!?」
「気を付けろ【剣聖】! この雨、途轍もないほどの負の力が凝縮されておる!?」
雲はモクモクと巨大化して、ユリウスと魔王がいる場所にまで雨の範囲を広げる。
黒い雨の危険性に気付いた魔王は、ユリウスに触らないよう注意する。
各属性の特徴的な色彩を放っていた竜達の皮膚は、黒い雨に打たれて黒く染まっていく。
言いようのない不安にユリウスと魔王が駆られていると。
「状況はどうなっていますか!?」
「キミ達か!?」
「見ての通りじゃ! 何が起こっているのか我にもわからん! 警戒を怠るでないぞ」
『ファミリア』の長姉キルリアが、騎士達を連れてこの場へとやって来た。
騎士の数はかるく1000は超える。
先ほどの地震の被害の対処と魔大陸から溢れる魔物達の防衛に人員が割かれ、どうにか派遣できるギリギリの人数だった。
上空には、『ファミリア』のマリーとトイトスが、火鳥形態のフリートの背中に乗ってやって来た。
さらには、
「竜さん達は大丈夫ですか!?」
「ミーアくん! キミも来たのか!?」
「竜さん達のことはわたしが一番よくわかります! だからお願いします! わたしも一緒に戦わせてください!」
ミーアは、全く反応を返さない竜達を心配して、キルリア達に無理を言ってこの場へと連れてきてもらっていた。
少しでも皆の役に立ちたいと想う少女の真剣な面持ちを見て、ユリウスは溜息をつきながらミーアの気持ちを汲んだ。
「……わかった。キミの同行を許可する。だが、いいかい? 私の許可無しに不用意に竜達に近づいてはいけない。それだけは約束してくれるね?」
「は、はい」
ミーアの熱意に負けユリウスは、仕方なくミーアの同行を許した。
ヨルド公国でたまにミーアと会っていたユリウスは、彼女の頼みには弱い面があった。
それに、ミーアが言っていたことも事実であり、今は竜達の情報を知る手がかかりは多いほうが良いとユリウスは考えていた。
「なに、この雨は?」
「キルリア、触れてはならん! この雨は猛毒ぞ! 触れれば精神汚染される危険性がある!」
「!?」
「皆もこの雨に決して触れてはならない! いいな!?」
「「「ハッ」」」
間近で降り注ぐ雨を触ろうとしたキルリアを魔王が止めた。
ユリウスはこの場にいる騎士達に雨に触れないよう号令を出す。
「けど、このままだとこの雲。お城のほうにまで広がるわよ!」
「わかっておる。だから、今その対策を考えておるところじゃ」
広がり続ける黒い雨を見て、キルリアと魔王が対策を考える中。
「……試してみるか」
「「えっ!?」」
ユリウスが『魔剣カラミティ』を鞘から取り出し、黒い雨を降り続ける巨大な暗雲に向けて剣を向ける。
「お、おい【剣聖】。ま、まさか」
「皆の者少し離れてくれ……剣技―――【雷鳴斬】!」
キルリア達が自分から距離を取ったことを確認すると、ユリウスがは天属性の剣技を暗雲に向けて放った。雷を帯びた閃光が暗雲を真っ二つに引き裂いたと同時に、雲全体に雷が散らばり雲が消滅していく。
ユリウスの一振りで、瞬く間に消え去った暗雲を見て、その場にいる全員が「ウソだろう!」と声を大にして驚いた。
「む?」
一方、ユリウスは【雷鳴斬】を放った際に感じた違和感から『魔剣カラミティ』の刀身を見入る。思った通り刃先が少し欠けており、微かに刀身にヒビが生えていた。
(陛下が込めた魔力も残りわずかか……頼む。あともう少しだけ、私に力を貸してくれ)
『魔剣カラミティ』は、代々ベルセリウス皇族に伝わる神器であり、際限なく魔力を吸収し蓄える性質を持つ。
ベルセリウス皇帝ルドルフは、その性質を利用して、体内に埋め込んだ宝珠を通して魔力を『魔剣カラミティ』へと供給していた。さらに、王国連合や教会から大量に奪った魔力の一部を『魔剣カラミティ』へと流し込んでいたこともあり、皇帝の死後も残っていた魔力を使って、ユリウスは尋常な力を発揮していた。
だが、無限の魔力というわけではない。使い続ければ、どんな物でも摩耗し壊れる。
それは『魔剣カラミティ』も同じことだった。
皇帝を失い魔力供給ができない状態で、ユリウスは際限なく力を振るい神獣達の『砲撃』を防ぎ世界を守りきったのだ。その代償が、『魔剣カラミティ』という切り札の崩壊だった。
これからの闘いで存分に『魔剣』を振るえないことに、危機感を覚えるユリウスにキルリアが恐る恐る話しかける。
「本当に規格外の人ですね。ユリウスさんは」
「……私の力ではない。全ては陛下の力だ」
「何を謙遜しておる【剣聖】。どれだけ優れた剣でも、使い手が弱ければこれほどの威力出せるはずもなかろう」
歴代の魔王の記憶を継承する魔王から見ても、『魔剣カラミティ』を持つユリウスは異常な強さだった。内心、光の勇者である勇也よりも強いのではないかとすら疑っていた。
(なんだ? いくら何でも手ごたえがなさすぎる!?)
暗雲が吹き飛び人々の顔から笑顔が広がる中、ユリウスだけは警戒したまま前方を睨みつける。
「皆の者、油断するな……どうやら、まだ終わりではないようだぞ」
「えっ!?」、「むっ!」
「みんな!」
ユリウスに促された方向をキルリアと魔王が見る。
その先にあるのは、倒れている七体の竜。
黒い雨に打たれた竜達の身体は黒い泥のようなものに全身を覆われている。
竜達の異変に気付いたミーアは竜達に心配の声をかける。
ミーアの意識には、竜達の苦しむ声が聞こえてきたのだ。
それは、怨嗟の声。
妬み、恨み、憎しみ、嫌悪、後悔、絶望、殺意、苦しみ、悲しみ。
尽きるほどの無いどす黒い感情が竜達の精神を汚染し苦しめていた。
今も苦痛に悲鳴を上げる竜達のことが心配で仕方がなかった。
「なに、あれ?」
「マリー、トイトス! いったん、離れるぞ」
竜達の口から黒い靄が上空へと勢いよく噴射された。
上空で警戒していたフリート、マリー、トイトスは警戒して黒い靄から距離を取る。
地上にいるユリウス達は、何が起きても対応できるよう最大限の注意を向ける。
上空に浮かんだ漆黒の靄の7つは、吐き出された竜達の属性と同じ色を帯び始めた。
火竜は赤、海竜は水、風竜は青、土竜は橙、木竜は緑、天竜は黄、冥竜は紫。
靄は、山羊、鮫、蛇、天使、悪魔など、顕現した神獣の姿形へと変化していく。
だが、最初に現れたときに感じた威圧感や威厳というものは感じられない。
体格も竜に比べ一回りも小さい。
しかし、7体からの『神獣モドキ』から発する負のオーラに、この場にいる誰もが戦慄を覚えた。
「魔王殿!?」
「うむ! 皆の者。急ぎ上空の七体を迎撃せよ!」
「「「おう」」」
魔王の指示の下、各々の騎士達は上空の『神獣モドキ』に向けて攻撃魔法を放つ。
炎や竜巻など各属性の魔法が神獣モドキを直撃するが、効いている様子はない。
「【剣聖】、魔王。あの化物一体なんなのよ!?」
キルリアが【氷雨】で防御しながら、ユリウスと魔王の元へ近づく。
だが、ユリウス達にしても上空にいる神獣モドキについて何もわからなかった。
「魔王殿。アレをどう見る?」
「我にもわからないことだらけじゃ。だが、アレからは神獣以外に神の気配を感じる」
「となると、女神の仕業か?」
『魔剣カラミティ』の使用を控え、ユリウスは別の剣を持って上空にいる『神獣モドキ』に向けて剣技を放つ。隣にいる魔王も強力な魔法を放ち『神獣モドキ』を迎撃する。
歴代の魔王の記憶を受け継ぐ魔王ですら、こ『神獣モドキ』については何もわからなかった。
「“破壊神”の封印が解けた……もう抑えきれない!?」
「ミーアくん!?」
「お主わかるのか!?」
ただ一人、ミーアは竜達を通して朧気ながら把握することができた。
ミーアは頭の中に流れ込む竜達の声をユリウス達に伝える。
「は、はい! 竜さん達の声が聞こえて……どうやら封印していた“破壊神”の力が完全に解除されて、その力が抑えきれないそうです!」
「となると、あの靄は“破壊神”の力の一部ということか!?」
「神獣様の次は神様ってわけ? さすがに冗談が過ぎるわよ!」
ミーアの報告を聞き、ユリウス、魔王、キルリアの三人は事態が再び危険な状況に陥っていることを理解した。
「待ってください! どうもアレ自体が“破壊神”というわけではないみたいです。神本体と乖離した“破壊神の影”。それがあの靄の正体みたいです」
苦しみながらも情報を伝えてくれる竜達の声を頭の中でまとめながら、ミーアがユリウス達に竜達から得た情報を伝える。
“破壊神の影”。
この世界の“創造神” である女神アンネムが倒されたことで、“破壊神”の封印が完全に解けた。本来なら、“破壊神”がそのままこの世界に顕現するはずが、“本体”と“核”の部分がどこかに切り離されたために、残った力は暴走状態へと陥った。
―――それが“破壊神の影”の正体だった。
“破壊神の影”は、元々汚染していた神獣さらには竜の身体を通してこの世界に現れようとしていた。
“影”の行動理念は、ただ一つ。
破壊衝動。
それだけだった。
「“影”は神獣達の力も取り込んだ大変危険な存在だそうです! 今は竜さん達が頑張って力を抑え込んでくれていますが、抑えきれなかった力が今あのような形で溢れだしているみたいです」
上空に浮かび上がった7つの靄は、汚染した神獣の核そのもの。
今度は、その7つの核から各々の属性を帯びた靄が一か所に集まり形を作る。
そして、虹色の巨大な球体が現れた。
『―――-』
『球体』(便宜上、“影”と名付けられた)はフヨフヨと浮かんだままゆっくりと前進を始めた。
『お、おい! なんだよ。ただのこけおどしか!?』
上空にいる神獣モドキ達に魔法を放っていたある騎士は、攻撃の手を一瞬止め、現れた球体をせせら笑う。
他の騎士達も同様に攻撃の手を緩める。
それほどまでに、出てきた“影”の外観はあまりに奇抜すぎた。
どんな化物が現れるのか警戒していたユリウス達ですら、一瞬呆気にとられた。
だからこそ、“影”が上空に突如、虹色の強大な光を繰り出したとき、誰も止めることはできなかった。
光は凄まじいスピードで雲を突き破ると、上空で弾けた。
そして、無数の星々となって地上へと降り注いだ。
範囲は、ユリウス達がいた平原に留まらず、北はベルセリウス帝国、南はアグリ王国の果てまで。ザナレア大陸全土に光の隕石が降り注いだ。
「!? た、退避ィイイイ!」
降り注ぐ光に尋常な魔力を感じ取った魔王が周囲に向かって叫ぶが、時すでに遅し。
光に包まれた魔王は、真っ白に染まる光と共に意識を失った。




