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異世界チートを期待したはずが【世界崩壊前】  作者: 中一モクハ
第5章:天空城
275/293

第131話:志 VS 勇也

 天空城の別室。

 四方20mの立方体の区画内には、十字架の祭壇以外に入口も出口も見当たらない。

 この部屋の外壁や床は、激しい戦闘が繰り広げられることを想定したジェネミが、現存する鉱石を用いて最大級の耐久度で造り上げていた。

 ところが、上級魔法にも対応可能な外壁は現在所々穴が開き、破壊されていた。


「ハァアアアアッ!」

「セイッ!」


 中央で、激しく衝突する黄金色の炎と雷撃。

 衝突の激しさを物語るようにぶつかり合う衝撃が頑丈な壁面をグラグラと揺ら付かせる。


「勇也!」

「!?」


 黄金色の炎の放出を急に止めたと同時に、志はクルリと空へと飛翔し勇也の後方へと移動する。

 気付いた勇也は、すかさずその場を撤退する。

 同時に志が大剣を繰り翳し巨大な炎を勇也へと放つ。


 一瞬のスキを突かれた勇也の背中に、黄金色の炎がぶつかろうとする。


「【疾風迅雷】!」

「!?」


 勇也にぶつかる手前、志の視界から勇也が消えた。

 勇也は雷光の如き速度で瞬時に飛翔する志の背後を取り、そのまま刀で一閃。


「くっ!?」


 志はすぐさま反転し勇也の攻撃を回避する。

 同時に、勇也の身体にしがみ付くと同時にバックドロップの要領で勇也を地面へと叩きつける。さらに急落下する勇也目がけて猛スピードで追撃をかける。


「―――ッ!」


 地面に叩きつけられる手前、勇也は向かってくる志に目掛けて天魔法―――【雷刃(サンダーブレード)】を無詠唱で放つ。

 常人なら一瞬で黒焦げにする高圧電流が志とそして地面にいる勇也に降り注ぐ。


 勇也自信を巻き込んでの天魔法に対し、志は再びクルリと回転し降り注ぐ雷撃をいなす。

 さらに下にいる勇也に雷撃が当たらないよう丁度傘のような形になっている。

 ―――志が下にいる勇也を傷つけないようにするための配慮だった。


 回転し若干降下する速度が遅くなったことを見て、勇也は空中で体勢を整え地面へと着地する。そして、向かってくる志に合わせるように居合い切りの構えを取る。


「【紫電……】」

「―――ッ!」


 勇也の技の構えに気付いた志は慌てて、両手を持つ大剣に炎を宿す。

 互いの獲物に黄金色の輝きが収束すると同時に。


「【一閃】!」

「【紅蓮一閃】!」


 再び互いの雷撃と炎が激しく衝突する。


 雷撃と炎のせめぎ合いが一瞬続くが、事前に勇也が放った【雷刃(サンダーブレード)】が志の背中の炎翼をかすめる。

 一瞬の痛みによる気の遅れ。加えてコンマ1秒にも満たない時間で先に技を放った勇也に軍配が上がった。

 勇也の【紫電一閃】の光は志の【紅蓮一閃】を呑み込み、そのまま志へと向かい爆発した。


 ―――ゴォオオオオーンと、頑丈な室内が激しく揺れ出し、飛び散る雷撃が壁面を次々に破壊していく。


 直撃を受けた志は天井へと叩きつけられたまま気を失う。

 そのまま自重で地面へと落下していく志に、勇也は切っ先を向けてそのまま跳躍する。


 無防備に落下する志の首に向かって、勇也は刀を振り翳した。


 瞬間、カッと目を開いた志は紙一重で勇也の一振りを回避したあと、体勢を立て直して勇也の脇腹を蹴りつける。

 勇也の身体は勢いのまま地面へと激しく衝突した。


 何とか気を取り戻した志は、息を乱しつつもそのまま地面へと降り立ち、勇也の動向を探る。勇也は黒鎧に身を包まれていたせいか、何事もないように立ち上がり志へと刀を向ける。


「ハァアアアア!!」

「ウォオオオオ!!」


 再び両者が激しくぶつかり合う。


「……規格外にもほどがあるだろ」


 その様子を遠くから見ていた原は、志と勇也の戦闘をただ見ていることしかできなかった。

 原の目的は、志と勇也が衝突し消耗しきったところに“ソウルイーター” で止めを刺し、創世主の能力を獲得することだった。

 そのために、ジェネミの能力で志を仲間たちと分断させ、こうして勇也と戦わせているというのに。


(レベルが高すぎて全く介入できん! それに、奴らはまだ余力を残している。これでは、アイツらの隙をついて力を奪うなんて不可能だ)


 全く衰える気配のない二人の闘いを前に、原は焦燥感を募らせていた。

 勇也と志を戦わせるために、原とジェネミが女神に提言し、このような状況をどうにか整えることに成功したはずが、二人の力がこれほどのものとは知らなかった。


 二人の闘いを見ているのは、原だけではなかった。


『あぁあああ! あぁあああ! 実に素晴らしいわ。私を狙う危険極まりない悪党から勇也が身体を張って守ってくれる! ああ! なんて心躍るのかしら!?』


 別空間から、原の視界を介して、志と勇也の闘いを覗き見一人興奮する女神アンネム。

 女神の目として原がこの場にいる理由の一つだった。


『タカシ! さあ、もっと近くで勇也の活躍を私に伝えるのです』

「女神様……これ以上の接近は二人の闘いの妨げになります。それは女神様の本意ではないはずです」

『確かにそうね。良いわ、その位置で良いから勇也の勇姿をもっと私に見せてね』

「ハッ!」


 原は女神の命令に従順に答える。

 そこには裏表などない、純粋に女神アンネムを信仰する信者のような姿だった。

 だが、これは事前にジェネミの精神魔法を受けて原が心を別に分離した姿。

 女神に自身の思惑を察知されないよう心をジェネミに調整してもらっていた。


(とにかく今は慎重に事を進めなければいけない。必ず機会は訪れるはずだ)


 原は激闘を繰り広げる志と勇也の戦闘を真剣な面持ちで観察していた。


 一方、原や女神の思惑など知らず勇也の洗脳を解こうと足掻き続ける志はというと。


(駄目だ! これじゃあ、空中庭園の時と同じ。勇也を救う手立てが見つからない)


 打開策が見つからないことに焦りを感じていた。


 今日に至るまでの間、志は創世主の力を制御するため訓練を続けていた。


 今まで勇也へと放っていた炎は、全ての魔法効果や洗脳を解除するイメージを投影していた物。だが、先ほどからその炎を度々勇也へぶつけているが、効果のほどは全くと言っていいほど出ていない。


 単純に言えば、創世主としての力が女神アンネムより劣っていることが要因だった。

 この世界を造り出したのは、あくまで女神アンネムの力と木原勇也の創造力。

 木原勇也の別人格の剛田志では、二人に太刀打ちできないのは当然のことであった。

 だがそんな不利な状況も志は薄々感じとっていた。


 パーンとふいに志は自分の頬を叩いた。

 弱気になった自分を奮い立たせるための行為。


(弱気になるな! 救うって決めただろう! 勇也と約束したんだ! できないことを考えるな。成功させる手立てだけを考えろ!?)


 目の前で猛威を振るう勇也の攻撃を捌きながら、志は必死に思考を繰り返す。

 風を切る勇也の一振り、間髪入れず襲い掛かる雷撃の数々。

 所々さばき切れず、志の頬や身体にかすり傷が積み重なる。


(僕の力で勇也の洗脳を解くのは無理……なら、術者を倒せば!)


 決めてからの行動は素早かった。


 中央で勇也と接近戦を繰り広げて矢先、志は突如上空へと飛翔する。

 追随しようとする勇也だが、志は身体に纏わりつく炎を光らせ勇也の視界を一瞬奪う。

 勇也との距離を一気に開けたあと、志は背中に生える炎翼を天井いっぱいに大きく広げた。黄金色の鱗粉を地上に振りまいた。


 散り散りと降り注ぐ小さな炎が、ふわりふわりと落下していく。

 そして、志は同時に勇也以外の他の気配を探索する。


(見つけた! ここから十時の方角!?)


 狙いを定め急降下する志。

 志が向かう先は、特段目視で何も見当たらない。

 だが、志が放った“炎”は、そこで自分達の闘いを観察している人物を特定していた。


「先生!」

「―――ッ!」


 志の右手が原の顔面を掴み、そのまま後方の壁へと叩きつけた。


「ガハッ!」

「言え! 女神アンネムはどこだ!? 僕をアンネムの元へ連れていけ!」


 一歩でも原が刃向う素振りを見せれば、志は右手に宿す炎で原の肉体を焼き尽くす算段だった。原も志の眼を通して、志の覚悟が伝わり抵抗できずにいた。


「―――ッ! もう来たか」


 志を追いかけてきた勇也が、背中を見せる志に斬りかかる。

 志は間一髪勇也の攻撃を上空へと避ける。

 勇也は原を背中にしたまま、上空にいる志へと視線を向ける。


「先生! いや聞こえているんだろう、この色ボケ女神!? 勇也を僕達の元へ返せ!」


 志が室内全体に聞こえるよう大きな声で叫んだ。

 だが何の返事もない。

 志はさらに続ける。


「いいか色ボケ女神! アンタがいくら勇也に好意を抱いていても、アンタじゃあ飛鳥には逆立ちしたって絶対に適わない! 勇也に相応しいのは飛鳥以外にありえないんだよ!?」

『―――ッ!』


 志の言葉に一瞬、室内の空気が凍り付いた。

 だが志は気にせず挑発を続ける。


「所詮、オバサン(・・・・)が叶う相手じゃないんだよ。そもそも女神って言ってたけど、年いくつだよ。千歳以上のオバサンが十代の勇也を狙うなんて犯罪の臭いしかしないね!?」

「おい、その辺にしておけ! さっきから感じないのか、この威圧感を!?」


 ドンドンと凄みが深まる威圧感を受けて、原が慌てて志の暴言を止めようと叫ぶ。

 だが志の暴言は止まる気配がない。


「いいか、何度も言う。お前に勇也は相応しくない! 勇也が欲しければまず弟の僕を通してからにしろ!? この阿婆擦れ女神が!」


 瞬間、志達がいた室内の空間に突如大きな亀裂が入り、視界が一瞬真っ白に包み込まれた。

 次に、志達の視界に現れたのは、上空に真っ青な青空が見える広い空間。

 初めて志達がこの世界に訪れた最初の場所。

 ―――女神の間。


 そして。


「勇也の弟だから甘く聞き流してあげたけど……ずいぶんな言いようね弟くん」

「アンネム!」


 志の目の前に現れたのは、人並みの等身大サイズの女神アンネムがいた。

 人を一瞬にして魅了する見目麗しい美貌に、背中に生えた真っ白な翼は、清らかな天使を連想させる。


 だが、志の視点からはようやく表れた宿敵の姿にしか見えない。

 志はアンネムの姿を目にした途端、すぐさま大剣を突き立てて突貫する。

 移動の影響のせいもあり、原と勇也が一瞬志から気を抜いた。


 女神アンネムは微笑んだまま微動だにしない。

 ただ、女神の額に現れた第三の目が輝きを放つ。


(いける!?)


 志はそのまま女神アンネムの左胸を貫く。

 そして、


「勇也を返せぇええええ!!」


 貫いた箇所に魔力を込めて女神の身体を爆破させた。

 爆発の影響で志の身体が上空に吹き飛ぶが、空中で体勢を整え、爆発の煙に包まれている女神の動向を探る。


(感触はあった。手ごたえは十分……なのに!?)


 どうにも手の震えが止まらない。


 煙が無くなりようやく女神アンネムが志の視界に入る。


「ケホケホ。埃をまき散らして一体何を考えているのかしら?」

「……全然、効いてない、だと」


 女神は全くの無傷の姿で現れた。

 確かに女神の肉体を貫いたはずなのに、女神の身体にはどこにも傷跡など見当たらない。


「部屋を汚した罰よ」


 スッと志に向けてデコピンの構えをアンネムは取る。

 そして、「バーン」と指を弾いた途端。


「グハッ!」


 志の腹に途轍もない衝撃波が発生した。

 瞬く間に天井のガラス窓に叩きつけられ、志はそのまま地面へと倒れた。

 天井のガラスは壊れた様子など何も見えないが、志が受けた衝撃は深刻だった。

 あまりの衝撃に、志の口から吐血が見える。


「あらこの程度でお終いなの? 勇也の別人格にしてはお粗末にもほどがあるわね」

「くっ! アンネム!?」


 何とか立ち上がろうと足掻く志。

 しかし、


「羽虫には地に付す姿がお似合いよ」

「グァアアアアアア!」


 アンネムが高重力の空間を立ち上がろうとする志に押し付ける。

 そのせいで、志は立ち上がることができず悲鳴を上げたまま横たわる。


「あら、羽虫の分際で悲鳴だけは一人前みたいね。中々そそるじゃないその声」

「グゥウウウウ!」


 アンネムはそのまま横たわる志の頭部を素足で踏みつける。


「私ね。正直なことを言うとアナタのことが嫌いなの。アナタのせいで勇也はこちらの世界に来なくなった。私と勇也の大切な時間をアナタが奪ったのよ!」

「だから、と言って、飛鳥の両親を人質にするしか、勇也を連れて来れないなんて、ずいぶんな嫌われようじゃないか」

「口の減らない坊やねッ!」

「ガァアアアア!」


 アンネムは踏みつける力をさらに強めた。


「あの頃の勇也は疲れていたのよ、アナタのせいで。だから間違ってあんな娘を選んでしまったの。まあ私は寛大な心を持つ女神ですから、夫の不義理を許すぐらいの懐は持っているのです」

「……勝手に嫁を、気取るんじゃないよ。僕は、お前みたいな身勝手な奴を、勇也の嫁になんて絶対に認めないからな!」

「坊やに認められなくても結構。大事なのは私と勇也の気持ちなんだから。ねっ、勇也?」

「……」


 アンネムの手招きにより、勇也が女神アンネムの元へと静かに向かう。

 アンネムは勇也の首に両腕を回し抱き着く格好を見せた。


「勇也に、触るな!」

「ッ! この子! 私の足を!?」


 志は首をずらして、アンネムの素足に思いっきり噛みついた。

 噛みつかれるなど思っていなかった女神は、痛みのあまり後方へと下がる。


「本当に鬱陶しい虫ね!」

「グァアアアアアア!!」


 志の身体を縛り付ける重力をさらに強める。

 ミシミシと志の肉体から、骨や筋肉がきしむ音が聞こえてくる。

 苦しむ志の姿を見て、アンネムが高笑いをあげる。


「ふん。いい気味。いい? 勇也は私の物なの。私が心から愛する可愛い可愛い子。だから、絶対誰にも渡さない。勇也は私のために生き、私のために死ぬの」

「グァアアアアアア!!」


 そんな女神と志やり取りを黙って見るこしかできない原。

 あの志ですら女神の力の前では足元に及ばないのだ。


(どうする!? まさか女神がここまでの力を有していたとは! 隙なんてものは何もないではないか)


 仮に隙を見せたとしても、女神を果たして本当に殺すことができるのか、あまりの力の差に原はなす術を失くしていた。


 そんな時だった。


『……タカシ、ごめん』

「ジェネミ!」


 ふいに原の耳にジェネミの声が聞こえた。

 周囲を見渡すが、重力波に押しつぶされ苦しみの表情を浮かべる志と女神、勇也以外に誰もいない。しかし、原にはしっかりとジェネミの声が聞こえていた。


『少し失敗しちゃってね。私もうダメみたい』

「おい、何を、何を言っている」


 原の視界が、突如女神の間から、血だらけで床に倒れるジェネミと目を瞑りジェネミの手を握るガーナが見えた。


「ジェネミ!? これは一体!」

『御覧の通りのあり様。私はゼロを救うために、これからこの子と融合し一つになるの』

「そんな!? それじゃあお前はどうなる!?」

『わからないわ。だから今のうちにタカシに言っておきたいことがあったの』

「ジェネミ!」

『……ゼロをお願い。私の、私の大事な妹なの。私はどうなっても良い。でもあの子だけは』

「おい、まだ諦めるな! 僕が今すぐ向かうから」

『ダメよ。タカシにはやらなきゃいけないことがあるでしょう?』

「しかし!?」

『お願い。私はここで終わるけど、だからこそ、私達の願いを果たしてほしいの』

「くっ!?」


 少しずつジェネミの声色が小さく弱弱しいものへと変化していく。

 その声を聞くたびに、原は今まで感じたことが無かった激しい感情に揺さぶられた。


『タカシの顔……おかしいわね。私達にも人並みに誰かを想う気持ちが芽生えるなんてね。本当に信じられないわね』

「僕は別に悲しんだりなど!」

『説得力ないわよ。そんな顔じゃね』

「違う! 僕が、この僕が、そんな感情など、絶対に認めない」

『ふふ、本当素直じゃないんだから。でも、そんなところが気に入っていたわ、タカシ。……ごめん。もう時間がないから最後に一言だけ』

「ジェネミ!」

『タカシ、愛していたわ……だから、私のことは忘れて』

「ジェネミィイイイ!!」


 ジェネミの言葉を最後に、原の視界が女神の間へと切り替わった。

 原の視界には、相変わらず志を苦しめる女神アンネムの姿があった。


 本人としては無意識の内に叫んでいたはずが、アンネム達には届いていなかった。

 どうやら先ほどのジェネミとの会話は、意識同士だけの会話のようだった。

 それは、天空城を制御下に納めていたジェネミの能力なのか、あるいは二人の絆によるものなのか、誰にも分らなかった。


 原はガクッとその場に膝をつき、先ほどのジェネミとのやり取りを反芻する。


「何を馬鹿なことを。これはきっと彼女達の、そうだ悪戯に違いない」


 自分で言っておいて、それが一番ないことを原は分かっていた。

 だがそう思わずにいられないほど、先ほどのジェネミとのやり取りを受けて原はショックを受けていた。


「……わかっている。彼女がそんな馬鹿な真似なんてしないこと」


 思い出すのは、初めてジェネミと出会った日のこと。

 教会の聖女として、オーラル王国に来た彼女。

 初めは、胡散臭い笑みを浮かべる気持ち悪い女と言う印象しかなかった。

 正直、適当にやり過ごすはずだった。


 なのに、彼女はなぜか4人いた勇者の中で、自分に良く話しかけてきた。

 そして、少しずつ自分が心の奥底に隠していた愉悦に気付かせてくれた。


 正直、原は自分がこんなに心が汚れた人間であることを認めたくなかった。

 自分が人を苦しめることに快感を覚える存在だということを。

 だから無理して隠していたはずだった。

 だが、ジェネミは原の本性に気付いた。

 その上で、原貴士という一個人の存在を認めてくれた。

 心がとても軽くなったことを覚えている。

 自分に初めて居場所ができたのだと実感できた。

 生まれて初めて自分の在り方を認めてくれた女性。


 ―――そんな彼女がもういない。


 その考えが原の頭を過ったとき、原が誰もが驚く行動を取った。


「【神気開放(シンキカイホウ)】!」


 宝珠を無くしても“破壊神”とのパスが顕在の原は、その身に神の力を宿した。

 そして。


「ウォオオオオオ!!」

「アナタ! 一体何を」


 原は白銀の剣―――ソウルイーターを出現させ、女神アンネムに斬りかかったのである。

 不意をついた原の一振りは、女神の腕を掠り一瞬仰け反らせた。


 原はさらに女神に向けて、振り翳そうとするが、間に勇也が入り刀で受け止める。


「せ、先生?」


 目の前の光景に、志は戸惑う以外の選択肢が無かった。

 まさか、あの原が自分を助けるなんて。

 信じられるはずがなかった。


「剛田ァアア!! 何をグズグズしている! さっさとそこの女神を倒せ!」

「先生、どうして!?」

「うるさい! 僕には時間が無いんだ! 一刻も早く女神の力を僕の物にしなきゃいけなんだ!」


 勇也とのせめぎ合いに力を入れ、原は勇也を仰け反らせた。


「いけ! こいつは僕が抑える。その隙に早く女神をやれ!」

「はい!」


 原が勇也を抑える間に、志は大剣を出現させ女神アンネムの元へ突貫する。


「全く学習しない坊やね……坊やの攻撃は私には―――ッ」


 大剣で斬りつけようとする志を見て、女神アンネムはヤレヤレと言った様子で躱そうとする気配すらなかった。

 だからこそ、志が突如大剣を消して、無防備な女神アンネムの首に噛みつくという行いには噛まれた本人が一番理解できなかった。


「イギャァアアアアアア!!」

「ウゥウウウ!」


 アンネムが痛みのあまり絶叫を上げた。

 噛まれた箇所は血が滲み、激痛が女神の身体を襲う。

 だが、志は手をいや噛む力を緩めない。


「離せぇえええ! この下郎が!?」

「チッ!」


 首元に噛みつく志を振りほどくために、女神アンネムは身体を大きく変化させた。

 あっという間に、100m近い体格へと変貌を遂げたアンネムは、振りほどいた志を苦々し目で睨みつける。


 志もまた、女神のかみちぎった女神の肉をペッと地面に吐き捨てながら、巨人となった女神を睨みつける。


「私に噛みつくなど……なんと野蛮な行い!?」

「僕だってお前みたいな奴に噛みつきたくなんてないよ。でも、僕の剣が通じない今、お前にダメージを負わせる手段がコレしかないなら、僕は何でもお前に噛みついてやる!」


 重力波に押し付けられ身動きが取れなかった際に、志がアンネムの素足に噛みつき痛がる素振りを見て、志はこの手を考えた。


「でも、どうして原先生の剣はアンネムにダメージを?」

「ちっ! 僕の剣はそこの女神から譲り受けた物。言うなれば神器に近い物だ。お前達の神具とは違う存在だからだ!」


 志の疑問に、遠くで勇也を抑える原が応えた。


「タカシ! 私達を裏切るつもり!?」

「しれたことか! お前の力を僕の物にし、僕が新たな神となる!」

「この身の程知らずがぁあああ!」

「くっ!」


 原に向けて女神が志にかけた重力波を放った。

 原はバタンと地面に叩きつけられ身動きが取れなくなる。


「先生!」

「僕に構うな! それより、女神の額にある眼から身を隠せ!」

「は、はい」

「タカシ! 余計なことを!」


 原の言葉を通りに、アンネムの視界から志は身を隠すように動く。


「その女神の能力だそうだ! あの眼の視界に捉えた物象を全て意のままに操ることができるらしい」

「そうか! だから、僕の剣が利かなかったのか!?」


 志が女神を剣で突き刺した際、アンネムは能力を使い突き刺されたことが事実を操作した。そのため、アンネムは無傷でいた。

 だが、アンネムの視界に入らなければ、女神を傷つけることは可能だと、原はジェネミに教えてもらっていた。


 志は女神アンネムの視界に入らないようスピードを上げて身を隠す。


「ちょこまかと本当に鬱陶しい蠅ね! 勇也!」

「ハッ!」

「くっ、勇也!」


 天魔法―――【疾風迅雷】を唱え、その身に雷を宿した勇也は、高速飛行する志を追いかける。


「僕もいるぞ!?」


 重力波を抜け出した原が、アンネムへ剣を向ける。

 それを見たアンネムは、すぐさま原の周囲を変貌させ近づけさせないように能力を使う。


 床の大理石を両断可能な黒い影が原を襲う。

 まっ平らな地面に突如落とし穴や巨大な岩壁が出現する。


 だが原はそれらを全てソウルイーターで両断していく。


「なっ! どうして私の力が効かないの!?」

「油断したな女神! 創世主の力はお前だけのものじゃない! お前のほかにもこの世界には別の神がいるだろうが」

「アナタ、まさか破壊神(あのこ)の力を!?」


 アンネムは苦々しい様子で原を睨みつける。


「女神! その首貰ったぁああ!」


 原が女神の首を一刀両断しようと剣を大きく振りかぶる。


「調子に乗るなぁあああ!!」


 アンネムが飛びかかって来た原を左手で払いのける。

 振り払われた原は、上手く体勢を整えて地面へと着地した後、アンネムの視界に入らないよう動き回る。


 空中では、勇也と志が互いの武器度押しをぶつけ何度も激突を繰り返している。

 志は勇也を自分に引きつけつつ、アンネムの視界に入らないよう調整しながら戦っていた。


「めんどうな坊やたちね、本当に!?」


 志と原。

 女神アンネムと勇也。


 互いの思いを込めて激闘を繰り広げる。


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