第128話(3/3):ティナ達 VS ピスケス達
「カハッ!」
「ジェネミ! ガーナ、すぐに治療を!」
「は、はい!」
何とか逃げ出せたジェネミ達だったが、メルディウスの奇襲で受けた傷は相当なものだった。特に、ジェネミの状態は酷く、顔色が真っ青な状態になっていた。
ガーナが腹部から流れる血を布で止血しようとするが、止まる気配は見られない
「このままではまずい! ジェネミ! こういう時の場合の回復薬などはないのか!?」
「あ、あるわ。私の私室に」
「私が取りに行きます!」
「いや、俺が取りに行ったほうが早いだろう。ジェネミ、どこだ!?」
「……私の部屋は、この城の制御を司る部屋でもあるから、アナタの魔法でも、侵入は不可能よ」
「ならば行ける範囲で教えろ! あとは直接入る」
「わかったわ。場所は―――」
たどたどしい様子でジェネミが部屋までのルートをアリエスに教えた。
「わかった! 良いか、絶対に死ぬな! お前はまだ計画に必要なんだ。こんなところで死んだら今までの苦労が台無しだ」
「……わかっているわよ。アリエスも、なんて顔してるのよ」
「お前がそうさせているのだろうが」
痛みで苦しいにも関わらず、ジェネミは何とか笑い返すよう努める。
メルディウスの【闇幕突】を受けて、アリエスの仮面の一部が破損していた。隙間からはアリエスの表情が見え隠れしている。
「ガーナ! すぐに戻る! それまでの間、彼女を頼む!」
「わ、わかりました!」
アリエスは【空間魔法】を開いて、ジェネミの私室へと向かった。
「ジェネミ様! どうか気をしっかり持ってください!」
「フフフ、まさか、こんなことになるなんてね。これなら、あの時アナタに、回復魔法を教えておくべきだったわ」
「ジェネミ様!」
以前、アリエスの身体の崩壊を知ったガーナは、唯一癒しの魔法を施せるジェネミを頼ったことがあった。
その際、ガーナの身体の構造上、教えるのは不可能とジェネミは判断し、ガーナの懇願を一蹴した。
「……これも運命、というところかしら。ゼロの気配も薄れていく。このままじゃ、ゼロが―――ッ」
「ジェネミ様! 喋らないでください! 血が!」
一向に止まる気配のないジェネミの出血を何とか止血しようとするガーナ。
その姿をぼんやり見ながらジェネミは尋ねる。
「ねえ、アナタにとって、アリエスってどういう存在?」
「えっ! こんなときに何を!?」
「良いから、答えて」
「は、はい」
ジェネミの必死な形相を見てガーナが質問に答える。
「アリエス様は私にとって恩人であり、お慕いするとても大切なお方です」
「……そう、よね。あれだけ、私に懇願するところから、アナタにとって重要な人だとは思うけど、じゃあ聞くわ」
「はい」
「もし、二人の内どちらかが死ぬっていう場面になったら、アナタはその命を差し出すかしら」
「はい、差し出します!」
「……即答ね。まあ、わかっていたけど」
下位の存在であり欠陥品のガーナに対して、ジェネミは特段何も思うことはないが、ガーナのアリエスへの一途な思いにだけは、密かに共感を覚えていた。
(私にとって一番大切なのはゼロ。そして……フフフ、あのバカ。私がいなくなったら少しは悲しむ素振りを見せてくれるのかしら)
ジェネミが思い返すのは、一緒にいた二人との楽しい一時。
自分が歪な心の持ち主であり、他の人達と在り方があまりに異なることをジェネミは理解していた。だが、最近気づいたこともあった。
自分が密かに抱えている思いが、実は散々見下してきた人達と同等の願いを持っていたことを。人形である自分が人並に誰かを想える心があったのだと。
走馬灯のように思い出が頭の中に流れた同時に、ジェネミは決断を下す。
「……ガーナ。アナタに私の精神を移すわ。それで、私の身体を……ゼロを救ってあげて」
「ジェネミ様!」
「アナタにとっても、決して悪い話ではないはずよ。私がアナタの身体に入れば、アナタはアリエスを治療する術が手に入る。私はゼロを助けることができる。ねっ?」
「……良いのですか? ジェネミ様」
思いがけないジェネミの提案にガーナが驚愕した表情でジェネミを見つめる。
それは、ガーナが喉から手が出るほどに望んでいた物だった。
「ええ。このままゼロを死なせることになるなら、私は喜んで自分をアナタに差し出すわ。ただ、わかっているとは思うけど。私がアナタの中に入れば、アナタの意識がどうなるかは私にもわからない。それは理解できている?」
「……はい。他のシスターならば一時的に精神を受け渡す形と聞いていますが、私の場合、ジェネミ様は私の身体から出れなくなる。それはすなわち、私の意識と融合するということですよね?」
「恐らくそうね。だから当然、私の意識もどうなるかわからない。これはある意味賭けよ。どうする? それでもアナタは―――」
「やります! ぜひお願いします」
迷う様子もなくガーナはジェネミの提案を呑んだ。
少しでも愛する人が長く生きてくれればと。
そして、アリエスがどうか世界への憎しみを捨て、自由になることをガーナは心の底より願っていた。
(そのための時間をアリエス様に捧げられるのなら! 私は)
「ふふふ、迷いはないみたいね。じゃあ、行くわよ。手を、私の手を握って」
「はい」
血まみれのジェネミの手をガーナは優しく握る。
「じゃあ行くわよ……【精神介入魔法】!」
(……どうかお元気でアリエス様)
ジェネミの詠唱と共に二人は巨大な光に包まれた。
………
……
…
「ガーナ! ジェネミの様子は!?」
ジェネミの私室から回復薬を入手したアリエスが、ジェネミ達の元まで戻ってきた。
そして、アリエスはジェネミの傷を癒すガーナの姿を見て驚愕した表情で足を止めた。
「ガ、ガーナ。君は一体」
「……」
「おい、ガーナ! 聞いているのか!? 君は一体何を」
呼びかけても全く返事をしないガーナの態度に、焦燥感を覚えたアリエスはガーナの肩を叩き強引にこちらに向けさせる。
しかし。
―――パーンと、ガーナがアリエスの手を弾いた。
「なっ!」
「……邪魔をしないでください。今はゼロの治療をしなければいけないの」
「き、君は誰だ!?」
普段のガーナの態度とはかけ離れた仕草に、アリエスが詰め寄る。
三つ編みが解かれ前髪がガーナの表情を隠しているため、本人の表情が良く見えない。
だが、先ほどから自分の身体に発する寒気が、アリエスの焦燥感を駆り立てる。
ガーナ(?)は戸惑うアリエスを気にすることなく、地面に付しているジェネミ(ゼロ)の身体に回復魔法を宛がう。
出血も抑えられ、ジェネミの顔色も少しずつ良くなっているのがわかる。
「おい、聞こえているのか!? ガーナ」
「……ここまで回復できればゼロの治療は大丈夫。あとは-――」
手を止めて、くるりとガーナ(?)がアリエスへと体勢を変える。
ようやくガーナと目が合ったアリエスは、ガーナの変化に戸惑いを隠せなかった。
雰囲気がとても柔らかく落ち着いたように感じた。
どこか抜けていた雰囲気が一変して、まるで母性を感じさせる、そんな眼差しをガーナ(?)はアリエスに向けている。
「アリエスの治療ね。ただ、ごめん。この身体では、アナタの身体の崩壊を食い止めるのがやっと。完治は難しいと思って」
ガーナ(?)は先ほどジェネミ(ゼロ)同様にかけていた回復魔法をアリエスへとかける。
「こ、これは!?」
「……動かないで。じっとしていて」
崩壊寸前で身体の感覚が少しずつ薄れていたアリエス。
ガーナ(?)の手のひらから齎せれた温かみを感じ思わず身動きするが、ガーナ(?)に止められる。
徐々に身体の感覚が戻っていることを実感するアリエスだったが、よく見ればガーナ(?)が苦しそうに顔を歪めている。
「ガーナ!? どうした」
「ごめん。ここまでが限度みたい。でも、これじゃあアリエスは……あら? そう。お互い覚悟はできているわけね……いいわ」
「おい! 一体誰と話しているガーナ!?」
何やら独り言を話し覚悟を決めたガーナ(?)を見て、アリエスに今まで感じたことがない不安が頭の中によぎる。
「……アリエス様。ずっとお慕い申しておりました」
「ガーナ!?」
それまでのガーナ(?)の雰囲気が変わった。
目の前には、今まで一緒に居たガーナの存在をアリエスは感じた。
「勇者様の代替え品とアリエス様は自分を蔑んでおりますが、私にとってアリエス様はただ一人。だからお願いします……どうか自分にもう少し優しくしてあげてください」
「!?」
「アリエス様は本来とてもお優しい方なのです。欠陥品の私に居場所を与えてくれました」
「違う! 別に俺は君を救おうとしたつもりでは-――ッ」
ただ捨てられそうになっていた人形を拾っただけだ。
別に感情移入していたわけではない。
アリエスの頭の中には、ガーナの言葉を否定する自分がいる。
だがそれと同じくしてガーナと過ごした日々が頭の中を駆け巡り、思わず胸が痛くなる。
「鈍感になっているのですよ。自分を保つために無理して頑張り続けて……だから、もういいんです。無理に自分に嘘つく必要なんてないんですから」
ガーナがアリエスの顔に手を当てる。
アリエスの顔に一部残っていた仮面が全て剥がれ落ちた。
そこには、木原勇也と同じ顔をし、泣きそうな表情を浮かべる青年の姿があった。
「どうかもう自分を偽らないでください。そして本当にアナタが望む未来に向かって真っすぐ生きてください! ……世界を終わらせるなんて悪魔のような所業は、優しいアリエス様には似合いませんから」
ガーナの中にあるアリエスという青年は、対外的なところでは、社交的であえて人にバカにされるような態度を見せて、迎合するような振る舞いを見せている。
それは、アリエスがつけていたピエロの仮面と同じように、道化を演じていたから。
本当のアリエスは、子供ぽく、皮肉屋で素直になれない不器用な青年。
他人の愛を求めている一方、与えられることに極端に怯えている弱い人だった。
でも、アリエスのそういうところがガーナは愛おしかった。
「おい、どうしたガーナ! なぜ、魔力を一点に集めだす。それじゃあ、【魔力開放】を引き起こすぞ!」
話しているうちにガーナ(?)の身体が淡く光りだしていることに、アリエスは気づきガーナを止めようとする。だが、ガーナ(?)は止まる気配はない。
「……アリエス様の身体を完治させるには、女神が付与する魔力を大量に浴びせること。大丈夫です。アリエス様の身体は私が治しますから」
「そんなこと俺は望んでいない!」
子供のように狼狽えるアリエスに、ガーナは笑いかけた。
光がガーナの身体に収束し、極限にまで光輝く。
「そんな顔をしないでください……ねえ、アリエス様。もし生まれ変わったら、今度は別の世界で-――ッ」
「ガーナァアアア!?」
真っ白な閃光が辺りを包む。
爆風を受けアリエスの身体が弾き飛ばされる中、温かい風がアリエスの身体を包み込んだ。身体中に溢れんばかりの魔素を受けて、アリエスはそのまま気を失った。
………
……
…
しばらくして、アリエスは目を覚ました。
「こ、ここは? そうだ! ガーナ!? どこにいる!?」
辺りを見渡すが、ガーナの姿はどこにも見たらあない。
ガーナがいた場所は、少しの窪みが残っているだけで、離れた場所にはゼロがスヤスヤと眠っている。
「ガーナ?」
アリエスはおぼつかない様子で立ち上がり、フラフラとガーナの姿を探す。
しかし、ガーナはどこにも見当たらない。
……わかっている。
「頼む……嘘だと言ってくれ」
……崩壊寸前で動きづらかった身体の調子が、いつの間にか良くなっている。
「そうだ。ゼロの中に君が」
アリエスはゼロへと近づき、ガーナの面影を探そうとする。
だが、無邪気な様子で眠るゼロにガーナの面影を感じることはなかった。
伸ばしかけた手で、思わずゼロの頭を撫でる。
撫でられたことが気持ちよかったのか、眠るゼロの顔がほほ笑む。
その笑顔を見て。
ガーナと同じ顔をしたゼロの笑顔を見て。
「……そうか」
ようやくガーナがいなくなった現実をアリエスは認識した。
そして。
「……本当にバカだよ、君は」
アリエスは立ち尽くしたままその場で呆然とする。
ぽっかりと心に大きな空洞ができたかのように、心の内側に冷たい息吹が通り抜け寒さと息苦しさを感じる。
アリエスはしばし呆然と立ち尽くすだけだった。




