第128話(1/3):ティナ達 VS ピスケス達
十二星座のうお座を意味する―――『ピスケス』の称号を付けた人魚族の少女。
少女には名前がなかった。
深い海底で静かに生活する人魚族は、互いを名前で呼び合う習慣などない。
地上の人々との親交もなく、限りなく閉鎖された村の中では、名前が無くても問題はないた。
ただ一人、好奇心の少ない種族にも拘らず、有り余る好奇心と魔法の才能に恵まれた少女は、地上への進出を目指した。
その少女は、人魚族の村の中で特に恐れられていた。
まず、考え方があまりに異端だった。
地上に憧れを持つ少女は、村を地上の近くに移し、地上の人達と交流を深めようと進言した。
村の人達は当然反対した。
静かで穏やかな暮らしを好んでいた彼らにとって、生活環境が変わること。
それは恐怖以外の何物でもなかった。
次に、少女には天賦の魔法の才能があった。
水属性の魔素に愛された少女は、まるで息を吸うように自然と強力な魔法を唱えることができた。
人魚族にとって、水魔法をどれだけ自由自在に扱うことができるか。
これが人魚族の地位に直結する。
少女の才能は歴代の村長達よりも卓越した魔力と魔法の持ち主だった。
だからこそ、みな少女の存在を恐れた。
異端な考えを持つ次期村長の地位にいる危険な少女。
村人達は、幼い少女を村から追放することを決めた。
少女はそんな変わろうとしない村人達に愛想を尽き、諸手を振って村を離れた。
寂しいという感覚などなかった。
あるのは狭い村を離れ、未知の新世界へと羽ばたく好奇心のみ。
未知というあやふやな物も、少女からすれば自分の人生を面白おかしくするモノでしかない。そんな感覚だった。
少女は地上へとやって来た。
そして、“世界”を知った。
面白かった。
毎日見る物、全てが新鮮で、“世界”が輝いているように少女には見えた。
人魚族という珍しい外見を持つ少女を捉えようとした悪人も何人かいた。
しかし、少女の力の前には路傍の石でしかなかった。
少女は各地を旅した。
そして。
『ほう。珍しいな。人魚族がこんなところにいるとは』
「あっ!? その耳と背中の羽! あなた魔族ね!?」
人界では恐怖の象徴の姿をした魔族リベラと出会ったのだ。
その後、リベラの推薦により力を認められた少女は、ピスケス(・・・・)と名乗り、世界各地を暗躍している。
少女が求めるのはただ一つ。
好奇心のみ。
………
……
…
「あーもう! ワンコとの戦い……あ・き・た!」
「!」
不満を零したピスケスの感情に比例するようにティナの目の前で突如、水蒸気爆発が起きた。
ティナは咄嗟に回避するが、避けた際に左肩に熱い水蒸気が掠り、表情を曇らせる。
「もっと強い奴と戦いたい~ねえ、あのクミって子は来ないの!?」
「やっぱ、こいつ、つぇええ!?」
自然に息を吸うように、強力な水魔法を瞬時に放つピスケスの強さにティナが慄く。
狼族特有の俊敏さを持つティナでも、ノータイムで魔法を放たれれば回避する術はない。
得意の近接戦に持ち込もうと、何度もピスケスの懐へと飛び込もうとするが多彩な魔法を放つピスケスへ近づくことはできなかった。
「むぅ~ワンコ。もう諦めなよ。ワンコとボクじゃあ力に大きな差があること、とっくに気付いているでしょう」
「……ああ、わかってるさ」
「あら? 意外だね? あっさり認めるなんて」
「仕方ねえだろう。お前の言う通りなんだからさ」
ピスケスの挑発にティナは素直に頷いた。
無詠唱で次々に強力な魔法を放つピスケスに対して、ティナは身体能力を活かして果敢に攻め込むことしかできない。
その俊敏さを活かした攻撃もピスケスには全く通じていないことなど、地下水路で最初にピスケスと戦った時から感じていた。
圧倒的な戦力差を前にしても、ティナの心は折れない。
「だがな、それでも勝つのはオレ達だ!」
「ぶー! 何を言っているのか意味不明なんだけど!?」
諦めの悪いティナにピスケスが頬を膨らませる。
「なあ? お前は何で教会に味方してんだ?」
「いきなりなによ? 時間稼ぎのつもり?」
「そんなんじゃねえ。ただ、何となく聞いてみたくなっただけだ」
「なによそれ。でもまあいいわ。ボクが教会に味方するのはね、単純に楽しいからだよ!」
「……だと思ったよ」
「はあ~」とピスケスの答えにティナがため息をついた。
「なによ! せっかくワンコの質問に答えてあげたのに」
「……お前は昔のオレだ」
「はあ?」
「ただ目の前の楽しいことに浮かれて何も見ようとしない我儘な子供。大方、今まで自分の思い通りに何でも上手くいってたんだろ!?」
「なによ! それが一体どうしたのよ。悪い?」
ティナの言葉に図星を突かれたピスケスが怒りの声を上げる。
「いや、子供のままならそれでいいと思うぜ……でもな、人はな。いつまでも“子供”のままじゃいられない」
ティナの脳裏に浮かぶのは、未熟な自分を叱咤激励した父親兼母親でもあるヴィルゴの姿だった。
ヴィルゴに守られ教えてもらった。
自分のなすべきことを。戦う意味を。
そして、多くの人達に支えられてようやくその答えを導き出した。
「お前は可哀そうな奴だよ。導いてくれる人が周りに誰もいなかったんだな」
「なによ! その眼は。ボクを憐れんでいるの? 弱虫のくせに」
「ああ、オレはお前よりもよええ。でもな、それでもオレ達は負けない。なぜなら、オレ達はお前とは違って戦いに掛ける覚悟が違うから―――なあ、ミユねえ!?」
「はい! 木魔法―――【大樹創生】」
さっきまでティナ達と反対方向でアリエスと戦っていた美優が、いつの間にかティナ達の直ぐ傍まで近づいていた。
美優はティナの視線に気づき、ピスケスに向けて【大樹創生】を放った。
ピスケスの足元に突如生えた巨大樹は、枝を伸ばして小柄なピスケスを捕えた。
「えっ! ちょっと! 卑怯よ! こういう場合は1対1でしょ!」
しかし、ピスケスはすぐさま無詠唱で拘束する枝を水魔法で切断する。
「それが甘いんだよ!」
「―――ッ!」
だが、それもティナの予想の範囲に収まる。
正確に言えばティナではない。
ここまでの道筋は全て、この場にティナ達が残されたときに瞬時に策を練った少女の頭脳によるもの。
「アスねえ! チェンジだ」
「了解!」
別の場所でスコーピオ(=メルディウス)を足止めしていた飛鳥が、方向転換してピスケスの元へと向かう。
それを見てピスケスはようやく飛鳥達が仕掛けていた罠に気付いた。
(ボク達を個々で戦わせて分断させていた!? まさか狙いは!?)
「―――!」
スコーピオも飛鳥の意図に気付き追いかけようとするが、ティナが放った【風咆哮】により足が止まる。
「! これは、まずいですね!?」
見ていたアリエスは、【空間魔法】でピスケスの元へ移動しようとするが。
「させません」
「おっと!」
【大樹創生】の枝が伸びアリエスの詠唱を中断させる。
美優はそのまま矢の照準をピスケスへと向ける。
同様に、ティナと飛鳥も仲間から切り離されポツンと一人中央にいるピスケスへと照準を定める。
「ちょっと!? もしかして初めからボク狙い!?」
「ええ、アナタがメルディウスさんに洗脳をかけている張本人でしょう? だったらアンタを先にぶっ飛ばしてメルディウスさんを取り戻す!」
「ティナちゃんからアナタの性格は聞いていました。アナタは自分の力に慢心して周囲を見ないって!」
「ピスケス! これでしめぇえだ!」
ティナは再び大きく息を吸い込む。
美優と飛鳥はそれぞれの武器を持ち技の構えをとる。
「くらえ! 【風咆哮】」
「弓技―――【生命樹】」
「棍技―――【星光爆裂波】!」
「くっ! キャァアアア!!」
ティナ達が放った三つの技を咄嗟に水の壁で防ぐピスケスだったが、勢いを抑えきれず直撃を受け後方の壁に叩きつけられた。
「ぐ、うぅううう」
「どうだ? 侮っていた奴に負ける気分は!?」
「ま、負けてない。1対1なら」
「ああそうだ。1対1なら正直お前の足元に及ばねえよ。でもな、これは“戦”なんだ。自分が持つ全ての力を使って戦うんだ。そこには当然オレの仲間がいる」
「私達は絶対に負けられないの。大事な人を取り戻すために」
「だから、アナタのような中途半端な覚悟を持って戦う人に私達が負けるはずがありません」
「な、なんだよ、それ。ふざけんな!?」
激痛が身体中を走る中、ゆっくりとピスケスが立ち上がった。
先ほどまで天真爛漫な表情をしていたピスケスが怒りの表情でティナを睨みつける。
「中途半端ってなんだよ!? ボクは、ただ自分の望みを、叶えているだけ」
「ああ、でもお前のその望みが周囲の人を不幸にする。お前、本当にわかってんのか。世界を滅ぼすってことがどういうことなのか!?」
「わかってるよ! 新しい世界が生まれるんだろう! この世界はもう見飽きたから、だから別の世界を―――」
「ふざけてんじゃねぇええええ!」
「!?」
怒鳴り声を上げながらティナがピスケスに猛スピード突っ込んだ。
ティナの怒涛の拳打がピスケスを襲う。
ピスケスは何とか回避しつつも、いくつか拳が身体に当たり始める。
距離を取ろうにも足が動かないため、ティナの得意とする間合いで戦わざるを得なかった。
「なにが見飽きただ! なにも見てねえくせに! お前が見ていた“世界”ってのは全部、お前にとって都合の良い世界だけだろが! 自分の都合の良い部分しか見ようとしない! だから教会の連中達に良いように利用されているんだろうが!?」
「う、ウルサイ、ウルサイ! リベラや女神様は約束してくれたんだ! 協力したらボクが望む世界をたくさん用意してくれるって」
「じゃあよ。お前の望む世界ってなんだよ?」
「そ、それは!?」
ティナの問いにピスケスが言いよどむ。
ピスケス自身にも不明確であり、今だに自身が何を望んでいるのかはっきりとわかっていないからだった。
「強敵と戦うのが好き? だったら、女神様に凶暴な魔物を大量に造ってもらって、どっかの無人島で一人戦っていれば良いだろうが!?」
「違う! それはなんか違う! 全然面白くなさそう……」
「ならなんだ!? 自分の力を振り翳して弱者を蹂躙することか? だったら今の世界で十分やってんだろうが!」
「違う! ボクは弱い者虐めは嫌いだ!」
「じゃあ、なんで教会に加担している! 結局はそういうことだろうがぁああ!!」
「ガハッ!」
ティナの左ストレートがピスケスの腹部を捉えた。
完全にピスケスの動きが止まる。
「世界を変えるとかほざく前に、まず今の自分を変えようと足掻きやがれ! このバカァアアアア!」
「―――ッ!?」
ティナの右ストレートがピスケスの顎へと当たり、ピスケスは後方に吹き飛ばされた。
ピスケスは立ち上がる気配もなく、完全に白目をむいたまま気絶した。




