第123.5話:世界会議(教会側)
全世界にリセット宣言をしたアンネム達は天空城へと帰還したのち、今後についての話し合いを始めた。
尤も、女神アンネムは細かな些事は全てリベラに任せると言って、勇也を連れて自室へと帰ってしまった。
今広間にいるのは、十二星座の長であるリベラ、天空城を守護するサジタリウスとアクエリアス、聖女にして天空城全体の制御を司るジェネミ、人魚族の天才少女ピスケス、黒兜により意思を剥奪されたメルディウスことスコーピオ、ピエロの怪しい仮面をつけたアリエスの7人。
さらに、教会の協力者として、原貴士とアリエスの付き人のガーナの二人がそれぞれジェネミとアリエスの後ろに控えていた。
「ねえ、リベラ。カプリコーンとキャンサーは?」
この場にいない二人の所在をピスケスがリベラに尋ねた。
「わからぬ。あの二人ならそろそろ天空城に戻っていてもおかしくないのだが」
「向こうに捕まったとか?」
「あの二人がか? 竜人の力を得たカプリコーンと我らの中で最強のキャンサーをか。ありえないだろう」
「うふふ。じゃあ、あの二人が私達を裏切って向こうと手を組んだとか?」
「バカなことを言うなジェネミ。新参者のカプリコーンはともかく、キャンサーが裏切ることはまずありえないだろう」
クスクスと笑うジェネミの言葉を、リベラが遮る。
「あら、どうしてかしら? キャンサーといえど、しょせんは人間。情にほだされて心変わりしてもおかしくないと思うわ」
「ありえん。キャンサーは普段やる気がない素振りを見せるが女神に心からの忠誠を捧げておる……ヴィルゴならその可能性は捨てきれんが、キャンサーが我々を裏切ることはまずない」
「随分とキャンサーを信頼しているのですね~リベラは」
「まあ長い付き合いだからな。騎士としての在り方を常に考え、神聖騎士団に規律を齎した立役者でもあるしな。実際、奴が団長になってから騎士達の力が飛躍的に上昇しおったわ。それも奴の本質が愚直なほどに真面目というところに尽きる。だから、我々を裏切ることは無い」
「そういうものですか」
「奴についてはそうだ……まあ、私や女神に受けた恩もあるしな(ボソッ)」
「ん? 今何か言った?」
「いや何でもない。そんなことより、私は空中庭園でキャンサーが異世界人と互角に戦っている姿を見たときは驚いたぞ」
「わたしも少ししか見てなかったたけど、あんなキャンサー初めて見たよ! やっぱ剣聖とあのユウジって子を二人相手にするのはしんどかったんだね」
「ああ~異世界人の彼ですか。確かに彼と【剣聖】二人を相手にするのは大変ですね。私なら一目散にその場から逃げますよ」
「ええぇ! アリエス情けなさすぎ。こんな面白い戦いから逃げるなんて何考えてんだよ!」
「戦闘狂の貴方と一緒にしないでくださいよ。私は勝てる闘いしか勝負しない主義です」
ブーブーと不満を垂れるピスケスに、アリエスはさも呆れたようにため息をつく。
会話に参加しないサジタリウスとアクエリアスは、呑気そうに欠伸を上げる中、ジェネミがリベラに尋ねた。
「ヴィルゴの回収はどうします? 確かリベラの報告では【鬼人】を止めるため甲冑になったそうじゃない」
「ああ。初めて見た魔法だったよ。あの魔法の解除方法については、教会の技術をもってしても今のところ手立てが何も見つかっておらん……ヴィルゴはもう戻らんと思え」
「そっか……まあ負けちゃんだからしょうがないよね」
「ピスケス。もう少しヴィルゴに対して言葉とかあるでしょうに」
「うん? そんなのないよ。ボクの興味は強い相手と戦い勝利すること。ヴィルゴは負けたんだ。だから弱者。ボクは弱者には興味ないよ」
別にヴィルゴとピスケスの仲が悪いわけではない。
天空城にいる間、ヴィルゴはピスケスの遊び相手にもなったし、服の着せ替えなどをして遊んだこともある。
ただ、戦うことに喜びを見出すピスケスにとって勝利こそ全てであり、敗北者となったヴィルゴに関心を失くしただけのこと。
「ねえ、そんなことよりこの場でボク達を集めた理由を早く話してよリベラ」
「ふむ。カプリコーン達が来てから話すつもりだったが、まあよかろう。議題はすなわち―――下界の者達に対しての我々の防衛についてじゃ」
「下界の者達って、リベラもひどいわね。下にはアナタの同胞がいるんでしょう?」
「そんなことは知らぬよ。我は魔族を捨てた身。今さら同胞など思う気持ちはもうないわ。むしろ、私が作った過去の遺物を速やかに破棄したいものだがな」
「ボク見たよ! スゴイよねあの飛空艇! あれもリベラが作ったの?」
「いや、あれはオーラル王国の遺産だろ。なぜ、魔族と協力しているかは謎だが、確かに興味深い物であった。可能であれば分解してみたいが」
「駄目だよ! あれボクも欲しいもん!」
「新しいのを私が用意するとしてもか?」
「じゃあいいや」
「ピスケス。意見を変えるのが早すぎますよ!」
自分の欲求に付き従うリベラとピスケスにアリエスがツッコミを入れる中、今まで会話に入らなかったサジタリウスとアクエリアスが口を開いた。
「リベラ。そんなことより城の防衛について」
「奴らが向かってくるとしたらあの飛空艇でしょ。私達がいれば大した脅威にはならない」
「ああ。サジタリウス君の言う通りだ。君達二人には城の正門を守護するようお願いするつもりだ」
「それさえ聞ければ十分」
「私達は門の警備に戻る」
リベラの回答を聞いてすぐに、門の守護へと戻る二人。
二人の使命は、天空城の警備であり、それ以外のことなどどうでも良かった。
あっという間に部屋からいなくなった二人の後姿にジェネミがため息をついた。
「あの子達ももう少し愛嬌ってものがあればまだ可愛げがあるのにね」
「まあ、人形達にとって主の喜びこそが全て。そういう意味では実直に主の役に立とうとするあ奴らは実によくできた作品だ」
リベラの言葉にジェネミは「そうね」と笑いながら話をする。
内心では、「あくまで物扱いなのね、私達人形は」と憤っていた。
同様に、アリエスも仮面の下の形相は怒りで満ち溢れていた。
(誰が人形だ! 俺達はお前らの道具じゃない!)
「アリエス様」
そんなアリエスを心配そうに見つめるガーナ。
「厄介なのは創世主の力を持つ坊や(ココロ)と仲間の4人。それに剣聖と魔王の対策も必要ね」
「剣聖と魔王については恐らく問題ないとは思うが、ふう。やはり、キャンサーとカプリコーンが帰ってこなければ話にならんな。私の計画では、剣聖と魔王にキャンサー達を当てたいと思っているのだが」
「坊やはどうするの? 純粋な力だけで言えば最も危険よ」
「少年にはレオを当てればいいだろう。女神様に不満を言われるが、こればかりは仕方がない。あとの異世界人達は私達で対処する形だ」
「本当!? じゃあ、クミは私が相手するからね、リベラ」
満面な笑みを浮かべ真っ先に手を上げたのはピスケス。
空中庭園で圧倒的な強さを見せつけたクミにピスケスはとても興味を持っていた。
「ならば風の少女への対策はピスケスに任せよう……だが、尤も彼らが天空城に潜入できるかどうかは保証しないがな」
「ピスケス。アナタ忘れているかもしれないけど、天空城の防衛はサジタリウスとアクエリアスの二人なのよ」
「あぁあああああ!?」
ジェネミの指摘を受けピスケスががっくりと肩を落とした。
最強の矛と盾を持つサジタリウスが城の外を警備している。
今だかって誰一人の侵入者も許したことがない二人の力を知るピスケスは深く肩を落とした。
そんなピスケスにアリエスが話しかける。
「……落ち込むことはないかもしれませんよ。案外、あっさりサジタリウス達が破れることも考えられますよ。それほどまでに、彼らは手ごわい」
「ほう。アリエスはサジタリウスが敗れるとみているのか?」
「あくまで可能性の話ですよリベラ。勿論、私自身サジタリウス達が勝利するのは間違いないと思いますが、油断してはいけない」
「私もアリエスの意見に賛成ね。あの坊や達は一筋縄ではいかない。そのことはアナタが一番わかっているんじゃないリベラ?」
「ぬぐっ!」
ジェネミの言葉にリベラが苦々しい表情を浮かべた。
先日、リベラは策略を用いて魔都ヘイムダルを滅ぼそうとしたが、志達の思いがけない抵抗を受け、結果宝珠の回収には成功したが、魔族ごとヘイムダルを滅ぼすには至らなかった。
完璧主義者を掲げるリベラにとって、ヘイムダルの一件は痛恨の痛手となっていた。
「ですからピスケス。入念な準備を持っておいても無駄ではないと思いますよ」
「そっかそうだよね! うーん。早く当日にならないかな~」
「……まあ万が一のことを想定する必要もあるか。まあいざとなれば私が作成した最強の生物兵器もいるしな」
「ええぇえ!? リベラ、アレ(・・)を使うの? ボク、正直あの魔物嫌い」
「あくまで保険としてだ。まあアレを使う機会などないと思うがな」
「あら、二人だけで話して。私はそんな魔物知らないわよ?」
天空城の全体を管理するジェネミが知らない魔物。
今後の計画のこともあり、ジェネミがリベラ達から聞き出そうと動く。
「そう言えばジェネミに言っておらんかったの。アンネム様の命令で、城内に万が一の事が起きた場合に備えて、お主の『サブ』を用意しておるのだ」
「……なによそれ。私は全シスターを操ることができるのよ。この肉体が無くなっても、予備が―――あっ!?」
「ジェネミお前忘れておったのか……シスター達は全て回収し、この城に凍結させたであろうが。今動いておるシスターは、お主とそこにいるガーナだけだ」
次の新しい世界に備えて、各地に配属していたシスター達は、全員この天空城へと連れ戻されていた。今は、別室にて全てのシスター達が仮死状態で眠っている。
ジェネミはそのことをすっかり忘れていた。
「一応、この城はアンネム様の重要な住まい。念には念を入れてのことだ」
「……わかったわ。あとでその魔物のこと教えなさいよ」
「わかった。まあピスケスには不評だが腹黒のお前は好むかもしれんな」
「……一体、どんなゲテモノだって言うのよ……ったく」
リベラの悪趣味な魔改造を思い出し、思わずため息をつくジェネミ。
「話がそれたな。とにかく、今は侵入者への対策だが―――」
その後リベラは、志達が城に侵入した場合の対処方法について各員に指示を出した。
やがて。
「―――よし。城内の警護は以上の通りとする。各自、全力を尽くして対処するように」
「「「ハッ!」」」
城内の警護について話合いが終わり各自がそれぞれ持ち場へと向かう。
………
……
…
「首尾はどうだ?」
「今のところ計画通りだ。そっちは?」
「ようやく馴染んできたよ。ただ宝珠を宿していた時に比べて、少し感覚がずれている気がするが……まあ問題ない。上手く使いこなして見せるさ」
「タカシ。怪我の具合はどう?」
「問題ない」
「本当? タカシは変なところで強がるから心配だよ」
「だから問題ないと言っているだろうゼロ。僕は意外に頑丈なんだよ。そんなことより、例の計画についてだ」
ゼロに切り替わったジェネミを無視して、原は室内にいるアリエス、ガーナに視線を向ける。今この場にいる4人は秘密裏に会合を設けてこの場にいる。
「実際問題レオの洗脳は完全ではない気がした。妹に手をかける際、僕の命令を無視するといったこともあった。一応、ピスケスとリベラが洗脳を強化するとは言っていたが……不十分だと思う。レオを駒として計画に使うのは不確定要素が大きすぎる」
「リベラとピスケスから色々聞きだしてみたけど、二人も女神の力を十分にわかっていなみたいね。多分、二人は何も知らないわ」
「やはりレオを女神にぶつけるのは難しいか。なら当初の計画通り、タカシの生徒達に期待するしかないか。実際問題どうだ?」
「不愉快だが……想像以上だったよ。初めは剛田以外は使えないと思っていたが」
空中庭園で飛鳥と雄二に追い詰められたことを思い出した原。
舐めていた生徒に敗北を喫したばかりなのだ。
今後、有用な駒として期待できる一方で原は複雑な気持ちを抱いてしまう。
「天空城から見ていたけど、ミユとクミって子も凄かったわよ。まともに戦えばまず勝てないわね」
「“神獣の加護”によるものなのか、それともあの子達が持つ元々の力なのか、まあ今は有用な駒が現れたことに喜ぼう」
飛空艇の甲板からオーラル王国の障壁に向けて、“技”を放つ美優達の光景を思い出したジェネミ。明らかに美優と久実が常人離れした力を有していることはすぐにわかった。
「キャンサー、カプリコーン、ヴィルゴの不在もありがたいわね。三人とも音信不通みたいだし、最悪キャンサー達から連絡が来たとしても、私が城内へ入れないよう仕向けるから安心して」
「となると、残る厄介者はリベラとピスケスか。ピスケスはどうにかなるとしても、問題はリベラだ。長だけあって奴は強敵だぞ」
「あら、サジタリウスとアクエリアスもいるわよ」
「あの二人なら剛田達でどうにでもなるだろ。それ以外に、レオとスコーピオの対処も考えなければならないだろう。レオは女神、スコーピオはピスケスの管理下に置かれているのだから」
「可能ならスコーピオの洗脳を解いてあげて、ココロと一緒に女神へぶつけるのも手ではあるわね……わかった。そっちのほうは私に任せて」
「そうか。任せるジェネミ」
「タカシ! 私も頑張る!」
「わかった。わかった。ゼロも頼んだぞ」
「うん!」
ジェネミ(ゼロ)が満足そうな笑みを浮かべる。
「あとはリベラとレオの二人か」
「……リベラは隙を見て俺が何とかしよう」
「できるのかアリエス? そんな体で?」
アリエスの提案に対し、原は冷静に尋ねた。
この場で欲しい提案は、まぎれもない事実であり、やる気や希望といった曖昧な根拠は求められていない。
そのことをわかっているアリエスは、「問題ない」と静かに答えた。
「……アリエス様」
そのアリエスの背中を心配そうに黙って見つめるガーナ。
「ならば僕がレオをどうにかしよう。一応、僕の中でいくつかプランはある。勿論、君達の手を借りる必要はあるけどね」
「できる範囲で答えよう」
「ええ、任せてちょうだい」
原の言葉に、アリエスとジェネミの二人が頷く。
ガーナを除いてこの場にいる者達は全て一蓮托生の同士。
「さあ計画も残すところはあと少しだ。俺達の悲願を無事達成するためにも、この戦いなんとしてもやり遂げてみせるぞ」
「ああ」
「ええ!」
「……」
水面下で静かにアリエス達の計画が進行していた。




