第122.5話:世界の行く末(1)
ルアーナ、杉本、アンジュの視点です。
わたしはルアーナ。
今、わたし達の世界が危機に瀕しています。
突如、現れた女神アンネムという神様の存在。
そして、その神様が引き起こし、今も空の上に浮かんでいる巨大な魔法陣の中にいる神獣様達。
教会の言い伝えでは、この世界を創造したとされる伝説上の存在。
そんな存在を目の前にして、先ほどの女神の話が本当なのかどうかあまりにスケールが大きすぎて正直わからなくなります。
でも、周りにいる人達の冷静さを失った姿を見れば、この話が本当だということが嫌でもわかります。
ただ、世界が崩壊するという恐ろしい話の後に、わたしには二つ良い話がありました。
一つは、ベルセリウス帝国と王国連合との戦争が終了したことです。
トップだったベルセリウス皇帝陛下とオーラル王国のイデント宰相を失った今、両国は停戦交渉へと向かっていました。
もっとも、オーラル王国の人達は全て魔人になってしまい、直接話すことはできません。
そのため、王国連合から。グランディール王国のセリス王女、アグリ王国のクレミア女王、ルネ王国のピエール王の三者が、帝国のアンジュ王妃とユリウス様と共に現在交渉しています。
噂によれば、王国連合のお三方は私達民を救ってくれた戦争反対を掲げた集団“自由の風”の組織のメンバーという話もあります。
……どうか互いの両国民にとって、健やかな平和が訪れることを祈れずにはいられません。
二つは、行方不明になっていたココロさん、アスカさん、ミユさんと再会できたことです。
三人の無事な姿を見て、最近涙を見せなくなったミーアが喜びのあまり泣いて抱き着いたほどです。
……ミーアはずっと行方不明になっていたココロさん達の安否を心配していましたからね。もちろんわたしもです。
そもそも、わたし達がこうして今≪魔皇城ベルセリウス≫で給仕活動を行っていたのも全ては三か月前にココロさん達が行方不明になったと知らせを聞いたからです。
帝国がアスカさんを保護したと聞いて、少しホッとしましたが。
『アスカママが心配!』
ミーアの一言でわたし達は、ヨルド公国からクロイツへと行く決意をしました。
長旅になるのはわかっていましたが、ちょうど帝国で給仕の案内があったため、前線へと参加し無事アスカさんと合流することができました。
アスカさんはやっぱり強い人でした。
でも、私達が合流した時、彼女の心はとても張りつめていました。
『私がなんとかする! なんとかしてみせる! 絶対にこの戦争を終わらせて見せるから』
【混沌少女】などと変な仇名で呼ばれていたアスカさんですが、敵味方殺さずに何とか戦争の被害を抑えようと動くアスカさんは、やはり優しく強い人でした。
でも、ずっと張りつめていた彼女のプレッシャーは相当なはずです。
わたし達の前で涙を見せず弱音を零さない少女が、時折一人で静かに泣いている姿を何度か目撃しました。
友達が行方不明になり、戦争という過酷な現実を前にして戦う少女に、わたしはなんと声をかければ良いのかわからず、ただ少女の負担を軽くするため、当たり前の日常を演じることしかできませんでした。
せめて、食事の時だけは心が休まる時間をと。
それだけが、唯一わたし達が彼女のためにできたことでした。
そのアスカさんもスリゴ大湿原で行方不明になったと知らせを聞いた時の、わたし達の絶望は相当なものでした。
ミーアに至っては、三日三晩泣いてばかりでした。
その後、わたし達は給仕として≪魔皇城ベルセリウス≫の給仕に遣わされ、今日までずっと城内で働いていました。
だから、この日。
行方不明だったアスカさんとココロさん、ミユさんが現れたときには、わたし達は泣いて喜びました。
話を聞けば、どうやらアスカさんは一か月前には≪魔皇城≫の地下牢にいたそうです。
摩訶不思議な作りで城内の移動が制限されているお城だったことと、あまりに広い城内でわたし達の担当区域がアスカさんの地下牢から離れていたことが理由で、気付くことができませんでした。こんなにすぐ傍にいたなんて。
再会したアスカさんとミユさんは、どちらも変わりがないようで元気な姿を見せてくれました。
ココロさんは、髪の色が黒と白に分かれた様子になっていましたが、ミーアを抱き上げ笑う姿を見て、お人好しな人柄は変わっていないことに気付きホッとしました。
ところで、ココロさんの肩の上にいる灰色の可愛らしい生物は一体何でしょうか?
ミーアが触ろうとすると、「Q!」と鳴きます。
威嚇しているつもりなのでしょうか。
反対にミーアはQちゃん(ココロさん達がそう呼んでいたので、わたし達もそう呼びます)を気に入って良く構うようになりました。
最初は抵抗していたQちゃんでしたが、ミーアの熱意に根負けしたのか、ココロさん達が出発する直前まで行動を共にするようになりました。
どうやら仲良くなったみたいですね。
聞くところによると、ココロさん達は、トッティさんが持つスペースシップに乗って天空城へと向かうそうです。
そして、女神アンネムを倒し世界崩壊を阻止するために乗り込むそうです。
ココロさん達の強さは、ヨルド公国の時に既に知っています。
あまりの強さにわたしも驚きましたが、同時に不安で仕方がありません。
彼らは成人しているとはいえ、まだ二十にも満たない年頃です。
わたしから見れば、まだ子供とも言えるその幼ない体躯の少年少女達に世界の命運を託すということが、わたしにはあまりにも歪だと思います。
しかし、ココロさん達以外にこの状況を打ち破ることがいないのも事実です。
ですから、わたしには今できることをやります。
彼らの疲れが少しでも和らげるならと、寝具のシーツを新しくしたり、彼らの好物を用意して少しでも彼らが喜ぶことをしてあげたい。
何も力のないわたしですが、それでも彼らのために今できる何かを。
―――杉本SIDE―――
僕は杉本準。十七歳だ。
十七歳だと日本ではまだ未成年扱いされるが、この世界では違う。
僕は立派に成人している。
さらに僕には5人の可愛い妻がいる。
しかもみんな美人。
どうだ。
これを聞いただけで勝ち組だと思うだろう。
だけど、現実問題ハーレムルートを維持するのは中々に難しい。
まず、僕と二人の時間を作ろうとありとあらゆる手段を講じてくる。
おかげで寝る暇なんて全くない。
この前なんて用を足しているときに拉致されたことなんてあったしね。
現実問題、僕はハーレムという夢のようなものを作ることができたが、身体がいくつもあっても足りないとはまさにこのこと。
……誰か僕を助けてくれ!
と、嬉しい悲鳴はさておき。
僕は今魔大陸から人界に広がった魔物達の残党を討伐している。
勿論、僕のクラスメートや魔族達と協力してだ。
当初、人界の結界が外され魔大陸の魔物達が人界に行ったときは焦ったりもしたが、集落にいた“自由の風”の組織員たちが村人達の避難活動を手助けしてくれたため、被害は思ったより少なくすんだ。
中には、Aランクの脅威度の魔物を倒す獣人の女の子(多分、年はボクより下だろう)もいたし。正直驚いた。
彼らの協力もあって、今のところ魔物達の被害は少なく済んでいる。
でも、油断してはいけない。
魔大陸からは、相変わらず凶暴な魔物達が絶えず出現しているのだから。
僕達は集落の人達を安全な城都へと護送する手助けをしている。
「ねえ、本当にあの子達で大丈夫なの?」
「うん? なんだ心配なのか? ベルニカ。でも知っているだろう、剛田達ほど適任者はいないって」
ここまで一緒に来てくれたベルニカが不安な仕草を見せる。
それも当然のはずだ。
明日、剛田達はスペースシップに乗って敵の本拠地―――天空城へと攻め入る。
参加メンバーは、剛田、波多野、戸成、酒井、木原の異世界人5人。
他に、討伐隊のリーダーであるリムルが数十人の部下を連れて行く。
あと、亜人のティナって女の子とスペースシップの艦長トッティだ。
正直、僕も含めて剛田達以外の異世界人は、あいつらの足元にも及ばない。
それほどまでに、剛田達の強さは異常だった。
魔王さんや帝国最強の騎士と称されるユリウスさんは、さらに危険な任務を行うことになっている。
ふと、そのことを思い出し上空を見上げる。
そこにいるのは、魔法陣から今か今かと出ようとする神獣達の姿があった。
剛田達ほどの力はないが、そんな僕でもわかる。
―――あそこにいる神獣達は正真正銘の化物だ。
倒す、倒さないとかそういうものじゃない。
見たら逃げる、やり過ごすと言った類のものだ。
決して相手をしてはいけない、まさに天災のようなものだ。
それを抑えるのが、魔王さんとユリウスさんということだけど、ベルニカ達が不安になるのも仕方がないと思う。僕だって本当は恐ろしくてもうこの場から逃げたい。
でも。
僕には守るべき家族がいる。
ベルニカは亜人愛好家の同士であり、最初に妻になってくれた大事な人。
クドは最初に保護した犬族の亜人の子で、人懐こくてとても可愛い。
ルナールは大人ぽい仕草で僕達をリードしてくれるけど、本当は甘えん坊。
トキは無口を装っているけど本当は誰よりも優しい女の子。
フレイヤは、ヘイムダルで出会った魔族の女の子。寡黙だけどとても僕を慕ってくれる。
できるかできないかなんてわからない。
でも、僕は男なんだ。
家族を、大事な人を守るために戦わなきゃいけないんだ。
だから、僕は今できることをしっかりやり遂げる。
そして、剛田達を安心して送り出してやるのだ。
クラスメートも勿論協力してくれた。
地上は僕達に任せて、この世界を頼んだよ。
剛田!
僕は、全ての望みをクラスメートに託す。
―――アンジュSIDE―――
グランディール王国での、王国連合との交渉も一段落した私は用意された客室へと戻る。
室内に入ると、
「タイガー!」
「……アンジュ、無事でよかった」
長馴染みのタイガーの姿があった。
ユリウス様から無事という話は聞いていたけど、こうして無事な姿を見て思わずホッとする。
擦り傷がいくつか見られるが、本人はとても元気なようだ。
ただ、本人の顔はとても暗い。
「どうしたの、タイガー?」
「ごめんなさい。陛下を……あの方を守ることができなくて」
「!」
悲痛な面持ちでタイガーが頭を下げて謝る。
タイガーが謝る必要なんて何もない。
彼女は最後まで彼の希望を叶えようと戦っていたのだから。
「頭を上げてタイガー。タイガーは何も悪くないわ」
「いえ、あれだけ貴方に啖呵を切った挙句に私は何もできず生きながらえてしまった……本当に恥ずかしくて死にたいぐらいよ」
「タイガー、しっかりして」
「!」
震えるタイガーの身体を抱きしめる。
「私もあの人を結局救うことができなかった。あと一歩のところで」
「アンジュ」
「むしろ、私がやった行いは彼を苦しめるだけの物だったのかもしれない」
私の言葉を聞いて自らの行いを自覚し後悔の念を覚えたルドルフの顔を思い出した。
死ぬ間際に優しい彼に戻ってくれたことはとても嬉しかったが、結局それは私の自己満足ではなかったのかと、私は思う。
「トッティという方から、オーラル王国のイデント宰相の最期を聞いたの。あれだけの被害を引き起こした張本人は、後悔することなく安らかに死んでいったそうよ」
今回の戦争は、ベルセリウス帝国とオーラル王国のトップが死ぬ形で決着が着いた。
ルドルフとイデント宰相。
どちらも己の願いのために、多くの人々の人生を変える形になった。
ルドルフは、姉の復讐のため。
イデント宰相は、神の妄信のため。
動機は違う二人だが、自らの願いを叶えるため周りを巻き込み茨の道を歩いて行った。
だが結末は異なる。
ルドルフは私の言葉に思いとどまったのに対して、イデント宰相は満足した笑みを浮かべ死んだそうだ。
二人の差は一体何だろう。
そう思うととてもやりきれない気持ちになる。
悔しい気持ちと後悔の念が涙という形となり、タイガーの服を湿らせる。
「……アンジュ。それでも陛下は満足だったと思うよ。最期に貴方に“人”に戻してもらったのだから」
「タイガー!」
タイガーの言葉が私の胸に響く。
「反対にイデント宰相はさ、自分を止めてくれる仲間が周りにいなかったんだろうね。ある意味、とても寂しい人だったのかもしれないね」
どれだけ冷徹な暴君になっても、ルドフルの周りには常に誰かがいた。
ユリウスやお爺様に、ウルフ、タイガー、ダッツもそう。
イデント宰相の傍には、戒める人や傍に寄り添う人が誰もいなかったのか。
だから盲目的になって、自分の考えに固執し女神を妄信することになったのだろう。
「今は私たちで陛下の死を悼みましょう。世界が陛下を憎んでいたとしても、私達にとって陛下は大切な人であることには変わりないのだから」
「……うん、うん」
タイガーの胸の中で私はルドルフのことを想った。
せめて今だけは。
彼の冥福を祈らせてください。




