第120.5話:オーラル王国の最期
(イデント回想)
幼い頃。
オーラル王国で上流階級の両親の下で生まれた私は、覇道を歩むことが決定していた。
両親は常に私に言った。
『貴方は特別な存在なの。だから何をしても許されるの』
だから、特別な存在である私は感情の赴くまま思うように行動した。
気に食わない態度をとる大人達がいれば両親に頼み処刑する。
私の言うことを聞かない者がいればすぐにその首を跳ねる。
人の物だろうが私が欲しい物であれば所有者に貢がせる。
すると―――自分よりもはるかに大きい大人達は、こぞって私の言うことを聞くようになった。
やはり、両親の言うように、私は“特別な存在”だということを理解した。
十歳になった。
その頃になると、私は自分自身が“特別な存在”ではないことに気が付いた。
いや、気づかされてしまったと言っても良いだろう。
この年になると、私も色々分別がつくようになった。
自らの感情が赴くまま下の者達に要求することを止めた。
そう思い立った理由は多数あるが、一番は私よりも上の立場にいる“王族”を見たことが原因と言えるだろう。
この頃の私は、周囲の人々を観察することが趣味になった。
観察して分かったことがある。
―――それは、人は生まれながらにして『不平等』であること。
魔法適正が優れ魔力の高い者も、階級が下であることを理由に蔑まされていた。
剣に優れ高いリーダシップを発揮できる若い騎士。
しかし、生まれた階級がFNo.であるため上位階級に上がることができない。
高い知能を持ち画期的な政策を提案する女性がいたが、やはり生まれた階級が低いことを理由に、その者の意見が採用されることはなかった。
こうして、様々な人々を観察していた私だったが、“特別な存在”とは何かをこの頃考えるようになっていた。
私以上の特別な存在と言えば、やはりAナンバー、即ち王族の存在だった。
彼らが果たして自分よりも“特別な存在”であるのか、私は彼らを観察することにした。
……。
……。
観察した結果、私は彼らが自分より上位の存在と認識することができなかった。
なぜなら、彼らは私以上に恵まれた生活と教育環境に置かれておきながらも、あまりにも私より劣っている者ばかりだった。
同じ年齢でありながら際限なく甘やかす両親に依存する王子や王女。
周囲に尽くされることを当たり前と考え、下位の者に与えることを何も考えていない。
正直、王子達以上に頭が良く、能力が高い子供達はいくらでもいた。
当たり前の話だ。
王子達は自分を研鑽する努力など何もせず王達に依存することしかしていない。
一方、他の子供達は大小様々ではあるが、地位向上を目指し高い向上心を掲げ日々研鑽を積んでいるのだから。
しかし、この国ではあの無能王子が次期国王となることが決定づけられている。
能力を買われ大人達と混ざって国策を少しずつ任された私よりも、あの王子達が“特別な存在”であることが納得できなかった。
厄介なことに、周囲の大人達は私を王子達の側近に付かせ、将来宰相という地位に就かせることを考えていた。
大人顔負けの交渉術を持つ私の能力を買ってのことだと思うが冗談ではない。
私は無能な者に仕える気など毛頭なかったのだから。
だから、私は探すことにした。
自分が仕えるのに相応しい真の主を。
そして、私は知った。
―――女神アンネムという創世主の存在を。
………
……
…
≪神花≫
“要塞”と化したオーラル王国の内部は、激しい変わりようになっていた。
中央に天高く聳えるオーラル王国の王城。
その城を守るように、幾重に広がる分厚く大きな壁。
元々、城下にあった住民達の家々は、粘土細工のように捏ねれられ、瞬く間に城を守る防御壁と生まれ変わった。
また、別の家々は外敵を破壊する砲台としての機能を有する壁へと変わった。
―――これは、≪神花≫の魔導具としての能力だった。
使用者の意図する形に、内部を自由に変更することが可能である。
イデント宰相―――タウロスはこの能力を使ってオーラル王国を要塞へと変化させた。
さらに、イデント宰相はそれだけでは終わらせなかった。
王族にクーデターを起こし、実質この国のトップとなったイデント宰相は、オーラル王国の全国民達を支配下に置いた。
―――そう、全員を“魔人”へと変えてしまったのだ。子供や老人関係なく、全ての人達を。
悪魔のような出で立ちをした魔人達が蔓延り、分厚い外壁と砲台が用意された要塞は、ホラーじみたまるでRPGに出てくるラストダンジョンのような不気味な様相を見せていた。
転移の魔法陣で、≪神花≫の真下にいる帝国騎士達に向けて魔人達を嗾けるとともに、外壁に備わる無数の砲台を使って集積した魔力砲を≪魔皇城ベルセリウス≫に向けて発射する。
≪神花≫自体は、天空に浮かんでおりかつ透明の強固な障壁が張られているため、ほぼ無傷の状態で好き勝手に攻撃することが可能であった。
さらに、ベルセリオス皇帝がレオ達殺され、≪魔皇城ベルセリウス≫の動きが静止した以上、≪神花≫の攻撃は一方的に増すばかりだった。
圧倒的までに≪神花≫に有利な状況が続く中。
『スペースシップ! 最大加速!!』
突然、空を飛ぶ金属でできた船が≪神花≫に向かって猛スピードで体当たりをぶつけた。
スペースシップが≪神花≫の障壁とぶつかり、バチっと激しい衝撃音が響き渡る。
船の周辺には、黒い翼を生やした魔族達が飛翔しており、各々が≪神花≫の外壁に魔法をぶつけ障壁を破壊しようとしている。
『マッチャン! 力が足りてない! もっと、魔力を注いで!』
『ええい、老人をせかすでないわ! よかろう、魔王の力、特と見せてやるぞ!』
スペースシップの操縦室で一人舵をとるトッティ。
館内放送でエネルギー室にいる数十人の魔族と共に魔力を注ぐ魔王に指示を与える。
『トッティ! お祖父ちゃん! トッティの言う通り、この障壁、魔法無効化と物理無効化の二重層になっているみたい』
部下達を引き連れバリア周辺にいたリムルがトッティにバリアの分析結果を伝えた。
トッティが確認のためにリムルにお願いしていた。
『言い伝え通りか……わかった! このまま計画通りに行う』
『了解じゃ』
『わかったわ。因みに、障壁の力が弱まっている中心点は、あそこよ!』
『ありがとう、リムルちゃん』
リムルは、トッティにわかるよう障壁の中心地に配下の魔族を目印変わりになるよう置いていた。
トッティはすぐさまリムルに言われた場所にスペースシップを移動させる。
その間も、魔王はスペースシップのエネルギーである魔力を提供する。
リムルは配下の者達に障壁から離れるよう指示を与える。
『目的地に到着……ミユちゃん達! 準備は良いかい?』
『はい、大丈夫です! 久実ちゃんも大丈夫?』
『……うん、問題ない。いつでもいける』
トッティはスペースシップの先頭で力を蓄えていた美優と久実に尋ねた。
計画では、飛鳥と雄二もこの場にいてほしいと考えていたが、原を抑えるためには仕方がなかった。
『それじゃあ……二人ともタイミングを合わせて!』
「はい!」
「了解!」
トッティが自分の愛銃をモニタ画面に向けた。
愛銃はスペースシップと線で繋がっており、スペースシップが持つ砲台のトリガーとしての機能を持つ。
『波動砲チャージ! 収束率20……50、60』
先頭にある巨大な砲台に白銀の強大な魔力が収束する。
同時に、その上にいる美優と久実も互いが持つ神具に力を注ぐ。
「双剣技―――」
「弓技―――」
二人の役目は、物理無効の障壁を破壊すること。
神獣の加護により神具と同等の性能を持つ互いの武器に、必殺の一撃を込める。
初手は、久実だった
膝を深く落とし顔を下に向けた構えで集中力する久実。
「……双剣技―――【幻鏡風花】!」
瞬間、久実が四人に増えた。
四人に分かれた久実は、上下左右の四方向からそれぞれ障壁に向けて双剣を交差させて振るう。
空間を切り裂く白い大きなバツ印が四方向から中心に向かってぶつかる。
まるで中心は白い花が咲いた様を見せたあと、さらにその花に竜巻というブーケスタンドが華を飾る。
双剣技―――【幻鏡風花】。
久実の『超加速』を最大限に使用して、一時的に三人の分身を創り出す。
次に、膨大な魔力を持つ久実が神具に力を込めたことで、空間すらも切り裂く強力な二撃を繰り出す。
それが三人なのだから、久実本体を合わせると単純計算で四倍の破壊力になる。
止めに上級魔法以上の威力を秘めた風魔法―――【暴風竜】が加わる。
―――久実の全力の必殺技が障壁の一部を破壊する。
「いきます!」
次手は、美優。
久実の攻撃が終わったことを確認するや否や、今まで弓込めていた全力を解放する。
左手から弓に目視で確認できるほどの強大な魔素が収束し緑色に大きく輝く。
右手で弦を振り絞り、目前に見える障壁の中心へと狙いを定める。
「弓技―――【生命樹+(ぷらす)神炎改】」
膨大な輝きを見せるエメラルドグリーンの光が障壁を穿つ。
さらに、緑色の閃光の周りに黄金色の炎が螺旋状に絡みながら障壁を追従する。
緑と黄金色が織りなす二つの閃光は障壁の中心で混ざり合った途端、大きく爆発した。
弓技―――【生命樹―――神炎改】
美優の魔力を神具に乗せて放つ美優のみのオリジナル弓技。
伝説のエデンの園にあったという生命樹をイメージし矢として放つ。
さらに、志から貰った神炎を生命樹にくべることで、火と木属性の合体技として放つ。
―――美優の必殺技が魔法無効の障壁を完全に破壊した。
「……今!」
「お願いします! トッティさん!」
『任せて、美優ちゃん! 波動砲……チャージ100%! いっけぇええええ!!』
久実と美優の合図を聞いて、スペースシップの巨大砲台に込められた膨大な魔力が収束し白く光り輝く。
そして、トッティが持つ愛銃のトリガーが引かれたと同時に、『波動砲』が物理無効化の障壁へとぶつかった。
魔王や魔族など、この世界で膨大な魔力を持つ種族達から集めた強大な魔力砲は、物理無効化の障壁を貫くとともに≪神花≫の外壁に大きな穴を開けた。
『今だぁああ!!』
『行くわよ、皆!』
『『『おぉおおおおお!!』』』
開いた外壁の穴を目掛けて、リムルが魔族達を引き連れ中へと入っていく。
トッティもすぐさまスペースシップを動かし、≪神花≫の内部への侵入を試みる。
………
……
…
そんな外の状況を、王城内の玉座からモニタ画面で見ているのはタウロスことイデント宰相だった。
元々王族しか入ることができない神聖な場所も、イデント宰相の手によって解放されていた。
「……勝敗は決したか」
侵入してきたリムル達を魔人達が迎撃に向かっているが、魔人達は次々に殲滅されていく。
リムルや魔族達が駆使する上級魔法の数々に、魔人達は手も足も出ない。
さらに、神具を持つ美優と久実が先頭を走り王城までの道を切り開いていく。
目にも止まらぬ速度で縦横無尽に魔人達を切り伏せる久実と的確な狙撃で魔人達の動きを矢で牽制する美優。
このまま行けば、1時間もかからないうちにリムル達が王城へ乗り込むことをイデント宰相は推測していた。
『た、頼む! 余はお前の約束をずっと守った! だ、だから余の命だけは』
「……」
オーラル王国の王族の最後の生き残りだった、オーラル王がイデント宰相に命乞いをする。
イデント宰相と原が起こしたクーデターの際、オーラル王以外の全ての王族は処刑していたが、≪神花≫を動かすことを考え、国民達に内緒でオーラル王の命だけは残していた。
オーラル王は玉座に鎖で縛られ点滴を打つような形で四か月の間ずっと拘束されたままだった。
玉座の下に敷かれている赤い絨毯が反応して、排泄物などはすぐさま処分してくれるとは言え、その扱いは酷いものであった。
オーラル王は、イデント宰相の命令に絶対服従だった。
無残な姿で殺されていった王族達の姿を見て、自分はこうなりたくないとそう思ったからだ。
だからこそ、イデント宰相の命令に今日まで従ってきたのに。
「ああ、貴方はもう用済みですね……さようなら、元王子」
「イデント宰相ォオオオオオ!!」
パーンと、イデント宰相が無詠唱で放った【雷撃】がオーラル王に当たる。
人の焦げる匂いが辺りに蔓延する中、オーラル王はあっさりとこの世を去った。
イデント宰相は何事もなかったようにモニタ画面へと視線を向ける。
そこには、かって仕えていた王への忠誠心など何もなかった。
「さて、あとは―――」
「随分な仕打ちだね……いくら、最低最悪な王族だったとはいえ、あれはあんまりじゃないかい?」
「おや? 貴方は……これは予想以上に早かったですね」
イデント宰相が声のする方向に振り向いた先には、銃を構えるトッティの姿があった。
「王族のみに伝わる隠し通路だよ……リムルちゃん達には悪いけど囮になってもらったよ」
「そうですか。さすがに、その通路のことまでは把握しておりませんでした」
やれやれと首を振りイデント宰相が降参の構えを取る。
「随分呆気ないね。なんだい? 一体何を企んでいる?」
「いえいえ、何も企んでいませんよ。私のすべきことは終わった。だから、素直に敗北を認めているのです」
「すべきこと?」
「ええ、女神アンネム様の願いを叶えるために、“供物”を捧げる準備です。ここまでの集計でこの世界の人口のおよそ半数以上が、今回の戦争で死に絶えました。人界にいた魔物達だけでなく、魔大陸の魔物達も順調に数を減らし持っていた魔素を還元してくれました。全ては、女神アンネム様の望みのままに」
「……随分簡単に言ってくれるね、キミは。それだけの人々が死んだのにキミには罪悪感というものが無いのかい!?」
淡々と話すイデント宰相に苛立ちの声を上げるトッティ。
ここまでの被害を齎した張本人が、何の感慨もなく話す姿に怒りの感情が伴う。
だが、そんなトッティのことなど気にせず、イデント宰相はいつもの柔和な笑顔で答える。
「罪悪感? 一体どうしてですか? 皆女神アンネム様のご意向の礎となったのだから満足でしょう」
「……イカレタ狂信者か」
もはや話は無駄だとわかり、トッティが握るトリガーに力を込める。
「ええ、私の役目は終わりました。元々、スリゴ大湿原で死んだ身。最期まで女神アンネム様の役に立つことができ、素晴らしい人生でした」
イデント宰相が思い出すのは、女神アンネムの天啓を初めて聴いた日の事。
これから愚王に従うしかない未来を創造し絶望していたとき、女神の声を聞いた。
『私の言葉を聞きなさい。さすれば、貴方の望みは叶うでしょう』
「!」
頭の中に突然流れた天啓に、私は両親に言われていた“特別な存在”という言葉を思い出した。
現実に気が付き愚王の下に仕えるしかない私の未来に光が伴った。
神の天啓を聞くことができる選ばれた存在である自分。
―――やはり私は“特別な存在”だったのだと自覚した。
だからこそ、私は愚王とは違う。
天啓を聞き神の言葉を聞くことができない下々の者達に伝えなければならない。
これが私の使命なのだから。
「……最期に言い残すことはあるかい?」
「何もありません」
「そうかい」
トッティがイデント宰相に最後通告を行う。
イデント宰相はゆっくりと目を瞑り銃弾の訪れを待つ。
(≪神花≫には死んだ者達から回収した大量の魔素が貯蓄されている。機能を停止した≪魔皇城ベルセリウス≫も近くにある。あそこにも、大量の魔素も貯蓄されているはずだ。全てはリベラの指示通り……あとは頼んだぞ、リベラよ)
―――パーン。
玉座に銃音が響いた。
そしてドサッと大人の男性が膝をつきそのまま地面へと倒れた。
眼を瞑り倒れたイデント宰相は安らかな笑みを浮かべている。
その顔にトッティは苛立ちを隠さずには入られなかった。
「全く本当に卑怯だよキミは。一人だけ満足したままこの世を去るなんて」
独りよがりの勘違いほど、幸せなことはないのかもしれない。
少なくともその本人は、何も感じることなく幸せだったと胸を張るのだろう。
「だけど、やっぱり周りの人達の“顔”を見ようとしないキミは哀れにしか見えないよ」
何故、もっと周りの人達に目を向けてやらなかったのか。
何故、それだけの能力を持っていたのに人の心をわかろうとしなかったのか。
何故、他人にもっと関心を寄せなかったのか。
世界中を回り色んな人達と交流してきたトッティにとって、狭い世界で生きることしかできなかったイデント宰相、そして同じ血が流れているオーラル王国の王族達のことを哀れに想った。
「……どうか次に生まれた世界では、もう少し周囲に優しくできる人に生まれ変わってほしいな」
オーラル王国、最期の王族となったトッティが、玉座で一人静かに黙祷を捧げた。




