第20話:エピローグ
連続投稿です。
「……」
無言のままお墓の前で手を合わせる。
今、僕はトパズ村の共同墓地に来ていた。
目的は今回のアシルド事件で亡くなった人々を供養するためだ。
結局、村人二十八人、帝国騎士団の騎士三人が命を落とした。
綺麗な花々が供えられた大きな石板の前で死んだ人達の冥福を祈っていたとき、
「おう、小僧。ここにおったか」
ガイネルが後ろから声をかけてきた。
ガイネルは一度僕に視線を向け、そのまま石板の前へと歩く。
そして、酒瓶を懐から取り出し、その中身を石板へ流す。
「ワシの秘蔵のお酒じゃ……上手いか」
ここからガイネルの表情は見えないが、死者を労わる気持が伝わる。
「小僧。身体の調子はどうじゃ?」
「もう大丈夫です。ご心配おかけしました」
「まあ、お前さんの世話をしとったのはミユ坊じゃし、ワシは何もしとらんがの」
ガイネルはガハハと笑う。
そんなことはありませんと僕は感謝の言葉を伝える。
「さて、今回の事件の顚末がある程度わかった」
「――!!」
「聞きたいか?」
「……はい、お願いします」
ガイネルは僕に今回の事件の顚末を伝えた。
アシルドはオーラル王国の密偵だった。
ベルセリウス帝国の情報を集める一方で、小遣い稼ぎとして人攫いを行い金品を稼いでいた。人攫い稼業はとても順調だった。帝国では奴隷制度が廃止されたため、元奴隷の亜人、獣人が大量に溢れていたからである。特に体力のある獣人はオーラル王国ではとても高く売れたそうだ。
アシルドは副業にのめり込み、いつしか本業を忘れた。
そして自分の人脈を駆使して、ついにアシルド盗賊団を結成した。
その後は、帝国領土内唯一の貿易港であるヨルド公国を拠点に、帝国各地で好き勝手に暴れまわった。
アシルド盗賊団の数々の悪業に、ついに帝国騎士団が動いた。
結果、多くの盗賊を討伐したが頭であるアシルドを捕縛することはできなかった。
アシルドは狡猾な男であり、帝国騎士団の動向に常に目を光らせていた。
危険そうな場所は手下に行かせて、自分は安全な場所に隠れるような男だった。
帝国騎士団によって商売が上手くいかなくなったアシルドは、ここらが潮時と思い、苦々しい思いを抱えながらオーラル王国への帰還を検討していた。
そして、ヨルド公国に向かう途中、たまたまトパズ村に立ち寄ったところ、〝フェーデ“で僕とジュンの戦いを見た。アシルドは珍しい容姿の僕と僕が持つ神具に興味を持った。
さらに、帝国騎士団で有名な【鬼神】と【疾風の妖精】が僕達の傍にいた。
彼らのせいで商売が上手くいかなくなったことに腹を立てていたアシルドは何とか一泡吹かせたいと考え、武器商人のビーグルを頼った。
アシルドとビーグルがどこで出会ったかは分からなかったが、アシルドはビーグルを高く評価していたらしい。
グランディール王国やベルセリウス帝国といった先進国も持っていない兵器や武器、魔導具を有しており、さらに彼には〝ファミリー“と呼ばれる専属の戦闘員を抱えていた。
アシルドの要請を受けたビーグルは、〝ファミリー“の一人である狼亜人のティナを伴いアシルドの元へと向かった。
そして、例のトパズ村の襲撃事件が起きた。陽動で【鬼神】と【疾風の妖精】から、志達との分断に成功したアシルドはトパズ村で暴れまわった。
計画は全て順調にいっていたが、二つのミスがあった。
一つ目はティナの暴走である。
まさか、ターゲットの一人である志を助けると思っていなかったのだ(最も本人としては志を助ける意図はなく、あくまで獲物を獲られたくないという野生の本能に従っただけである)。
二つ目は【鬼神】と【疾風の妖精】、そして志達の強さが予想を上まっていたことだ。
そのせいで襲撃後アシルドはアジトで籠城を余儀なくされた。
「その時のアシルドは大変慌てふためいていたそうじゃ。そう奴の手下が証言しとる……そして奴は悪魔のささやきに耳を傾けた」
武器商人のビーグルがアシルドに〝魔物操作の笛 “と危険度Bランクの『グリムガーデン』、さらには大量の魔物を貸し与えた。
「――で、ここからはワシの推論なんじゃが、恐らく全てはビーグルの掌で踊らされていたのだと思う」
「―――!!」
ガイネルの言葉に僕は驚く。
ビーグルというビスチェ姿の変態オヤジ。巧みな搦め手を使ってきて、正直一番厄介な相手だった。
「奴は実験と言っておったが、恐らくアシルドの手下達を魔物化し支配する算段だったのじゃろう。実際、魔物化したアシルドの手下達はかなり手ごわかったそうじゃ」
彼らと戦った騎士から話を聞いたところ、帝国騎士より屈強な肉体と更に魔法を使っていたそうだ。
この世界で魔法を使える人は少ない。ましてや、盗賊達はトパズ村襲撃時に魔法を使っていた形跡もなかった。
だとすると、
「あの方法を使えば誰でも魔法を使えるようになるということですね」
「ああ、そうじゃ。ただし、代償としてその後は廃人になるがの」
数人捕縛したアシルドの手下達は、頭髪はなくなり、身体はやせ細った状態で「あー、あー」と呟くだけの廃人になっていた。ただし、彼らの脳は無事だったため、記憶を読み取る魔導具でアシルドの情報を知ることができたのだ。
「最も恐ろしいことは、人間が魔石へと変わったことじゃ。通常ワシらは死んでも魔石にならん。なにせ体内に魔石がないからのう。魔石を持っているのは魔物だけじゃ」
この世界で魔石は必要不可欠な存在である。
科学技術の発達が遅れているこの世界では、動力は全て魔石から生じる魔力で補っている。例えば、街にある街灯は魔道具の火の魔石の力で明かりを灯している。
そして魔石の中の魔力が無くなれば、魔石は唯の石ころになる。
魔石は全て教会が管理しており、お金を払い購入することができる。
「魔物化した人達から回収した魔石なんじゃが……純度がずば抜けて優れておったわ。少なく見積もって、危険度Cランク相当の魔石に匹敵する」
「それって、やばいことじゃないですか!」
ガイネルの言葉を聞き、僕はこの魔物化の真の恐怖を悟った。
もしこの方法が広がれば、人間を魔石へと変えて売りさばくという考えを持つ人が現れるのではないのかと。
「わかっておる。じゃから、魔物化の件は緘口令を布いておる。小僧も嬢ちゃん達に伝えておいてくれ」
真剣な面持ちで話すガイネルにコクリと頷く。
「あの時、本人を捕らえれば奴らの実験の詳細と目的がわかったんじゃがの」
ガイネルが悔しそうに話す。
僕が美優達の救出に向かった後も、ガイネルはビーグルとずっと戦っていた。
しかし、アジトが消滅したときに、彼を見失ったそうだ。
そして、行方不明になった人物はもう一人いる。
狼亜人のティナだった。
彼女は僕との一騎打ちに敗れた。
幾重に刻まれた切傷と身を焦がす火傷で彼女は死ぬ一歩手前の状態だった。
実際、僕も出血がひどく死にかけていた。
しかし、はっきりとは覚えていないのだが、
『アンタ達って本当無茶苦茶ねぇ~でも、青春よね。うん、素敵!』
その言葉を聞いた後、僕の身体にパシャンと何かの液体がかけられた。
途端、出血が止まり、身体がとても楽になったことを覚えている。
「ミユ坊の話じゃと、『変態さんが志くんとティナさんに瓶から液体をかけた後、ティナさんを抱えてどこかに飛んで行きました』と言っておったわ」
「一応、助けられたということでいいんでしょうか?」
「そうじゃろうな、まあアイツの真意はわからんから、恩を感じる必要はないぞ」
ビーグルという男(?)が何を考えているのか僕には分からなかったが、助けてもらったことは覚えておこう。この先、再び敵となるかもしれないけど。
「まあ、以上が今回の顚末といったところかのう。小僧の活躍でアシルド盗賊団は壊滅、トパズ村も多くの犠牲が出たが復興は着実に進んでおる。大丈夫じゃろう」
一通り報告を終えたガイネルはその場を離れようとする。
「あっ、そうじゃ。小僧もわかっておるじゃろうが、そろそろこの村を出ようと思う」
「……そうですよね」
今回の事件、トパズ村の村人は完全な被害者だった。
僕、飛鳥、美優がいたせいでそのとばっちりを受けたのだから。
申し訳なさで胸が苦しい。
「……小僧達のせいではない。悪いのは人攫いなど行ったアシルド達であり、またそれを野放しにしていたワシらじゃ」
「ガイネルさん……」
僕の気持ちを察したのかガイネルが優しく語り掛ける。
「出立は三日後じゃ。準備をしておけ」
「はい!」
ガイネルは墓地を後にした。
その後、しばらく墓の前でボーッとした後、僕は宿屋へ戻った。
「お帰りなさい!!」
笑顔で宿屋の娘のリカが挨拶してくれた。
「おう、ココロ! 体はもう大丈夫か」
調理場から大将が顔を覗かせる。
「はい、おかげさまで。もう大丈夫です」
「そうか、じゃあ、ちょいと待ってくれ。今からメシ作るからよ」
「いえ、大丈夫ですよ、お構いなく」
僕が目を覚まし後から、大将は僕達に大量のご馳走を作ってくれる。
「リカを助けてくれてありがとう」と大将や女将さんが泣きながら、僕達に感謝の言葉を伝えた。捕まった女性や子供達、さらにその家族の人々に何度もお礼の言葉を言われた。
そのたびに、僕の心は複雑になる。
なぜなら、あの時の僕は―――
アシルド達を皆殺しにするという憎しみの感情に支配されていたからだ。
英雄として扱われることにどうしても抵抗が出てしまう。
そんな複雑な感情を押し殺しつつ、大将達と話をする。
「なに言ってんだ! この前まで青白い顔して寝てたんだから、しっかり栄養つけなくちゃな!」
「リカも手伝う!」
「おう、さすが俺の可愛い娘だ! よし、やるぞ!」
「やるぞ!」
腕をまくり意気揚々と調理場へ戻る大将。その後ろを楽しそうについて行くリカ。
二人の姿を眺めていると、
「すまないねぇ、旦那ったら、もうずっとあの調子でねえ」
女将さんが声をかけてきた。
「いえ、大将の料理はとても美味しいですし、本当ありがたいです」
「そうかい、私らは料理でしかアンタ達に感謝を伝えられないからねえ」
幸せそうに話す女将さん。
昔の宿屋は壊され、娘が攫われた。
どん底の悲しみの中でも僕を優しく励ましてくれた懐の大きな人。
そんな女将さんの顔を見ているのが段々辛くなる。
だって、
「女将さん。実を言うと――」
僕達のせいなんです。僕達がいたからこの村は襲われたんです。
僕達がいなければ、貴方達は幸せな日々を過ごすことができたんです。
だから、こんなに感謝される資格は僕にはないんです。
口に出そうとすると、女将さんが人差し指を僕の唇に当てた。
「何も言わなくていい。アタシらは、アンタ達の事情は知らないし、知らなくてもいいと思ってる。ただ、アンタ達がボロボロになりながらも、村人を守り、リカ達を救出し、村の復興に尽力してくれたことだけは知ってる。それで十分だよ」
ふんわりと女将さんは微笑む。
その顔を目の前にして僕は何も言うことができず、涙がポロポロと溢れていた。
「だから、ありがとね。真面目で不器用な英雄さん」
頭に乗せられた手はとても暖かった。
…………
……
…
ベルセリウス帝国の居城。
堅牢な石壁に囲まれた王室のとある部屋に、二人の人物が席に座っていた。
「どうでしたか~宝珠システムの力は?」
「うむ。実に素晴らしい。余の力が溢れんばかりに滾っておるわ」
教会から派遣されたピエロと名のる人物とこの国の皇帝ベルセリウスだった。
「特に、人間は良いのう。魔物を殺して得たマナと雲泥の差じゃ」
「……魔石が無い人間は死ねば肉体は土にかえり、マナは大気へと拡散される。しかし、この宝珠システムなら、拡散されるマナと人間の生命力をそのまま宝珠に取り込むことができる……仮説は正しかったみたいですね~」
仮面で常に笑顔の表情を浮かべるピエロ。
感情を読み取ることはできないが、楽しそうということは皇帝に伝わった。
「となると、予定通り計画は次の段階に進めるということでよろしいでしょうか?」
「うむ」
尊大に見える態度で皇帝は答える。
「ではそのようにいたします~ではでは」
皇帝陛下に挨拶し、ピエロは席の上から姿を消した。
先ほどのピエロの姿は、通信魔法でピエロが遠い場所から自分の幻影を飛ばしていたのだ。
一人になった皇帝は机に置いていたワインを開け、グラスに注がずそのまま飲み干す。
「ふむ、奴らの他に別の異世界人を探すというのも手ではあるの」
皇帝はピエロの考えに頼ってばかりではいずれ足元をすくわれる懸念があった。
そのため、「誰か、おらんか」と、皇帝は次の指示を部下に与えた。
……………
……
…
皇帝とピエロが密かに怪しい計画を話していた頃。
女神アンネムの元に、一人の青年が現れた。
日本の高校生の制服を着ているが、金髪碧眼の容姿は明らかに日本人離れしている。
「ようやく来たわね。木原 勇也くん」
「……」
彼との邂逅に喜ぶ女神アンネムだが、彼の表情は暗い。
「ココは……皆はどうしましたか?」
「彼らなら勇者として私の世界に転移させましたよ」
「―――!! やっぱり!」
女神アンネムの言葉を聞き、勇也は驚愕した表情を浮かべる。
「彼らは関係ないんです。すぐに彼らを元の世界に戻してください!」
「それは無理よ。だって、彼らは元々向こうの世界では肉体を失って魂だけの存在になっていたのよ。たまたま貴方が持っていた宝珠のおかげで肉体を再生しているのだから、立派な関係者よ」
「彼らの意思じゃない!」
「それでも、もう計画は止まらないわよ。実際、既に転移してしまったのだから」
「なら、その役目、俺がやります」
「……まあ、元々貴方がやる予定だったのだから、私としてはどちらでも構いませんが」
「約束してください。成功した暁には彼らを元の世界に返してあげると」
「わかったわ。ほかならぬ、貴方のお願いならね、愛しの坊や」
女神アンネムは両手を広げる。
志達と初めて会ったときは奈良の大仏くらいの大きさだった女神は、現在一般の大人の女性の平均身長ぐらいになっていた。
「ありがとうございます」
勇也は女神と抱擁を交わした。
女神は嬉しそうに目をつぶり勇也の感触を確かめるなか、
「待ってろ、ココ。皆。すぐ助けに行く」
小声でつぶやく勇也。
その声には強い決意が込められていた。
1章はこれで終わりです。
2章は4月スタート予定です。
その間、いくつかのサイドストーリーを追加する予定です。