SS6-15話:決着
志が精神世界の中で、勇也と邂逅していたとき。
憎い。
剛田の全てが憎い。
なぜ、僕の美優が剛田なんかと仲良くしている!
ふざけるな!
僕は美優のためにここまで必死に頑張って来たのに。
『そうよね~彼が憎いわよね~なら、もっと彼を憎んで頂戴。あの美優って子も悪い子ね~』
彼女からの声が聞こえる。
ああ、彼女はいつも僕に力をくれる。
彼女だけは僕を絶対にわかってくれる。
だから―――
(もっと力を!)
『そうよ、そうやって憎しみに身をゆだねなさい。そうすれば貴方はもっと強く成れるから……ねえ? リベル?』
『ああ、そうだな』
林田の精神世界の中。
真っ暗闇が広がる空間内に、林田が宙に浮かび目を瞑っている姿がある。
以前、美優が暴走する志の精神世界に入ったときと同様の暗闇が広がっているが、違う点が二つある。
一つは、林田の直ぐ傍に巨大な大樹が生えているところだった。
大樹の葉から、毒々しいまでの黒い霧が噴出され、辺り一面を暗闇へと染めていた。
二つは、大樹の周りに浮かぶ色とりどりの珠―――宝珠が浮かんでいた。
これらは全て表の世界で、林田が奪ってきた宝珠だった。
その中には、先ほど回収してきた美優の宝珠もあった。
大樹の傍には林田がイメージする美優の姿があった。
この美優の姿―――実はジェネミが姿を偽ったものだった。
ジェネミの声に反応して、闇から白髪の初老の男が現れた。
メガネをかけ無造作にオールバックに整えている男の名はリベラ。
魔族同様にエルフ耳を設け、背中には白い翼を生やしている。
彼こそが教会の技術顧問にして、十二星座の長とも呼べる存在だった。
魔大樹、即ち林田の裏切り行為は、全てリベラとジェネミによる仕業だった。
リベラの目的は、魔大陸にある勇也が回収してきた宝珠だった。
だが魔大陸と人間界が遮断されていること。
そして、何より真の光の勇者である勇也。
それに、勇者の敵として最強の存在―――魔王が宝珠を守っていることから、宝珠を回収することが難しいと判断したリベラは、一つの作戦を思いついた。
それは、異世界人に宝珠を持ってきてもらうこと。
そのために、リベラはジェネミの精神魔法を利用すると同時に一つの実験を試みた。
『“破壊神”は神獣達により別の次元へと封じられているが、神獣達の核となっていた宝珠を介して精神世界へ干渉することが観測された。ならば、人の精神世界に宝珠に似たゲートを置くことで遠隔から人の精神を乗っ取り支配することは可能ではないのか?』
リベラは、異世界人―――林田に目を付け、彼の精神世界に一つの“種”を植えた。
その“種”は林田の負の感情を吸収し、すくすくと林田の中で育っていった。
“種”が成長し“若木”となった頃には、ジェネミは遠隔から林田の精神世界に入ることができるようになった。
すべては、リベラの予想通りの結果だった。
さらに、リベラの実験はそれだけでは終わらなかった。
「いやあ、とても楽しかったよ。本当に。私が望む方向に誘導し声をかければ、彼は何も疑うことなく行動してくれるのだ! 改めて君の精神魔法のすばらしさを実感したよ! いいな。私もその魔法が欲しいぞ」
「私じゃなくて、女神様に頼みなさいよ」
ジェネミは、リベラが林田にやってきた数々の実験を思い出して思わず呆れてしまう。
初めて精神世界へと入ったリベラは、自信の好奇心を満たすため色々な実験を林田の中で行った。
その影響を受けて、林田がたまに突飛な行動を表で起こすようになったのだが、リベラとしてはそんなことはどうでもよかった。
―――全ては自身の知的好奇心を満たすための道具。
それがリベラの考えだった。
「疑似的に“破壊神”とのラインを繋げてみたが……見たまえ! 想定以上の成果が出たな」
「……私も散々人を苦しめてきた身だから人のことは言えないけど……アンタも大概よね」
林田が宝珠を回収し、自分自身に全て取り込んだタイミングで、リベラはもはや使い捨てになる道具に最後の実験を施した。
―――林田の中に元々あった宝珠を利用した“破壊神”との共有の接続だった。
「全ての宝珠を使い“破壊神”のいる異次元空間を特定し、“大樹”にラインを繋げてみたが、みるみる“破壊神”の力を吸収しここまで育つなんて……はやり、神と言う力は人智を超えた未知なる存在だな」
林田の精神世界に生えた大樹が“破壊神”と疑似的に繋がったことにより、力を得た大樹が暴走した。それが表の林田の肉体を大きく変貌させ、魔大樹とさせた正体だった。
「……でも良いの? ヘイムダルは貴方が作った都であり故郷でもあるのでしょう?」
「もう終わる世界にあの都市は不要だよ……女神の手を借りるまでもなく私の手で終わらせる。それが、作品を生み出した私の務めだ」
造った作品に未練が無いリベラは、あっさりと自分が造り上げたヘイムダルを破壊することを受け入れた。
「初期の作品と言うのをこうして見ると、当時の私は未熟で何とも恥ずかしい気持ちで一杯になるよ……だから、正直破壊したくて仕方がない」
「はあ~完璧主義のアナタらしいわね。まあいいわ。とにかく、私はもういいでしょう?ここにある宝珠も全て持って行くわよ」
「ああ~、まだやりたい実験が山のように―――」
「リ ベ ラ!?」
「―――ッ! おおー、すまん、すまん。ああ、勿論だとも。さあ、遠慮なく持っていくがよい!」
「ありがとう、リベラ」
ジェネミがパチンと指を鳴らすと、宝珠はジェネミが持つ革袋の中へと入っていった。
宝珠を回収し自分の任務が終えたことに満足そうな笑みを浮かべるジェネミ。
一方、リベラは「これだから、女という生き物は怖いんだ。ちょっとしたことで、すぐに感情的になる」とブツクサ小声で文句を言っていた。
十二星座を束ねるボスの位置にいるリベラだったが、同じ古株であるジェネミには頭が上がらなかった。
……いつの時代も逞しい女性が強いのだ。
「しかし……これからってときなのに、なんだ? もう帰るのか?」
リベラはジェネミがもう元の世界に帰ることに違和感を覚えた。
人の苦しむ様を見るのが大好きな彼女が、こんな特等席で立ち去ることをおかしいと思ったのだ。
「ええ。アナタのおかげで“天空城”の制御はほぼ完全に支配できたけど、まだ難しいところがあってね。早く完全に支配して、タカシに会いに行きたいからね」
「ほう……わかった」
思いがけない回答にリベラが一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに真顔に戻る。
「……それに、なんか嫌な予感がするのよね。やっぱり、侮れないわね、ユウヤの弟くん」
「うん? 今なんと」
「べっつに~何にもないわよ~」
ジェネミがこの場を立ち去ろうとした理由は、リベラに話したことが理由ではあるのだが、先ほどから感じる嫌な予感のせいでもあった。
表の世界に映し出されているのは、魔大樹がヘイムダルを破壊する映像ともう一つ。
漆黒の火炎を身に纏い夜空に向かって叫ぶ志の姿だった。
欲を言えば、治った黒短刀の力で志に宿った“神”の力を回収する予定だったが、美優の決死の行為により阻止された。
代わりに怒り狂った志に手出しできなかった。
クロイツ同様に雄二との戦いで志が見せた力の暴走と、ジェネミは見ていたが、何故か先ほどから志の姿を見て冷や汗が止まらなかったのだ。
「ん? なんだ、あの少年が気になるのか? まあ、確かに先ほど光の勇者の力の源を回収することができなかったのが悔しくはあるが、なーに、これから捕まえれば良いだけのことだろう?」
「ええ、そうできたら良いわね……じゃあ、私は行くわ」
「うむ、ここまでの尽力感謝する。また会おうぞ」
「はいはい~」と後ろ手に手を振りながらジェネミは、リベラを置いて林田の精神世界から姿を消した。
既に、林田の精神世界にある大樹はリベラが天空城の実験室に造った“ゲート”と繋がっている。そのため、ジェネミの手を借りなくても林田の精神世界へ自由に行き来することができた。
「……しかしアレがまさか他人に好意を抱くとはな……変わるものだな、何事も」
ジェネミの言葉からまさか、人の名前が出たことに驚いたリベラだったが、すぐに表の世界へと意識を向ける。
「宝珠の実験ができなくなったのは残念だが……まあ良い。既に大樹に宝珠の力を移し入れている。暫くは持つであろう」
見るのは魔大樹の圧倒的な力を前にして、苦しむ同族の姿と強力な力を有する異世界人達。
「さて、さて。次はどのような実験を行うとするか」
より自身の好奇心を満たすため、リベラは次の実験を企む。
……。
……。
そうリベラは先ほどまで思っていた。
だが。
「なんだ! あの力は!?」
突如、目の前の自分が知らない光景を前にしたリベラは驚愕の表情を浮かべ表の世界を見つめる。
「治癒と支援の同時効果! いや、それだけじゃない! 敵と味方を識別する炎など……なんだ、あれは!」
黄金色に輝く炎を纏い飛翔し魔大樹の攻撃を軽々避ける志の姿があった。
「信じられん! “失われた時代”から生きてきた私ですら見たことのない魔法―――まさか、あれが創世主の力なのか!?」
神の如き力を有し魔大樹の攻撃を何ともないようにいなす志の姿だったが。
一方で。
「奴は何故こんな皆前で愛の告白をしているのだ?」
戦闘中にも関わらず、異世界人の女の子に空の上で愛の告白を囁いている。
(全く持って訳が分からない!)
リベラは意味不明な力と行動を取る志に慄き始めた。
………
……
…
『剛田ァアア!』
「!」
ブオンと勢いよく振りかぶる枝木を躱し、志は魔大樹へと突き進む。
志の炎に焼かれた樹冠の残りの葉から、【炎玉】などの初級、中級の攻撃魔法が志を狙うが。
『何故だァアア! 何故当たらぬぅううう!』
縦横無尽に目にも留まらぬ速度で動き続ける志に当たる気配が一向になかった。
「……林田」
志はうなり声を上げ襲い掛かる魔大樹に憐れみの視線を送る。
あれだけ林田に殺意を向けていた志だったが、今は少しだけ林田の気持ちや自分に言っていたことの意味を志は理解した。
「お前はさ、本当に美優のことが好きだったんだな。だから、ちゃんとしていない僕を恨んだ……その感情は当然だと思うよ」
近づきながら、志が両手に大剣を出現させる。
現れたのは白銀色に輝く大剣。
「もし、僕が君と同じ立場ならきっと美優が好きになった相手を恨んだと思う。だって、自分が好きになった女の子が本当にこんな奴で大丈夫なのかって不安になるよね」
大剣に力を込める。
大剣は黄金色の炎を纏い、さらに大きな炎剣へと形を変える。
炎の周りには、紫色にパチパチと鳴る雷が纏わりついていた。
「情けない姿を見せて本当にごめん……でも、もう大丈夫だから。だから見ててくれ」
炎剣を腰元の鞘に納める姿勢を構え、一度目を瞑る志。
想像するのは自分が理想として憧れる勇也の姿。
そして、その勇也に重ねるようもう一人の自分の姿を思い浮かべる。
「剣技―――【紅紫電一閃】」
居合い切りの構えで、志は魔大樹に向かって一刀両断した。
志が振り翳した黄金色に輝く強大な炎の剣が巨大な魔大樹を包み込んだ直後弾ぜた。
空を覆い隠すよう広がっていた魔大樹の葉。
ヘイムダルの地下深くに根付いていた木根。
虹色の様を見せ輝いていた魔大樹本体。
全てが黄金色の炎に包まれ激しく炎上している。
『ぐぎゃぁあああああ!!』
魔大樹から凄まじい叫び声が周囲に響き渡る。
魔族達や杉本達が必死に攻撃してもびくともしなかった魔大樹が、志の剣技を受けて瀕死寸前の状態にまで陥っていた。
纏わりつく炎を消すため、身体を揺らし暴れまわる魔大樹。
だが炎は一向に消える気配がない。
【紅紫電一閃】。
志の【紅蓮一閃】と勇也の【紫電一閃】を合体させた複合剣技。
業火と爆雷を帯びた閃光を大剣より放つ志の新たな技が生まれた。
そして、志は焼け焦げた状態の魔大樹の瞳へと近づき声をかけた。
「林田……少し痛むよ」
『ぎゃあああああ!』
志は魔大樹の瞳に剣を突き刺す。
再び絶叫を上げる魔大樹だったが、志は気にする様子もなくさらに、剣から黄金色の炎を注ぎ込む。
「……いるんだろう? お前の中に誰かが。この力を扱えるようになって、さっきから魔大樹の中からお前以外に変な気配を感じていたんだよ」
『な、なにを!?』
林田には志が何を言っているのかわかっていない。
だが、勇也から得た力を元に自ら“創世主” の力を開花させた志には、林田の中にいる凶悪な悪意を感じ取っていた。
「さあ、出て来い! お前は誰だぁああ!」
『『ぐあぁあああああ!』』
さらに炎の出力を上げ魔大樹を炎で包み込む。
すると、突如魔大樹の瞳から人の姿が宙に映し出された。
『ぬぅううう、待て、待つがよい! このままでは、この者の精神が破壊され廃人となるぞ』
「……お前が林田を唆した張本人か!」
現れたのは、林田の精神世界に入り林田を操つっていた張本人―――リベラだった。
志はすぐさま魔大樹から大剣を抜き去りリベラに突き付ける。
「ジェネミの仕業だと思っていたけど、どうやら違ったみたいだな。お前は一体誰だ? 何の目的があってこんなことをした!?」
『ふう~少しは話を聞く気があるみたいだな』
慌てた様子のリベラは、志が自分に話しかけてきたことに少しホッとしたまま、自己紹介を始めた。
『私はリベラ。まあ気付いているとは思うが、十二星座の一員であり、ジェネミとは同僚だ』
「こんな悪趣味な真似をやる相手なんてジェネミだけだと思っていたけど、アンタのような屑も十二星座にはいるんだな」
『ちなみに君が言うジェネミは先ほどまで私と一緒に彼の精神に居たのだがな。途中で宝珠を持って帰ってしまったよ』
「そうか」
話の途中で、志は翼の炎をリベラへと向けた。
数本の炎羽がリベラに突き刺さろうとするが、すっとリベラの身体をすり抜けていく。
「やっぱりホログラフか……どうして僕の前にわざと姿を現した?」
『ふふふ、素晴らしい力を見せてくれたお礼だよ。君の力は実に素晴らしかった。なので、お礼に今回の実験の全容について教えて差し上げようと思いましてね』
そう光悦した表情で話すリベラは、今回の計画の全容をペラペラと志に話した。
志はリベラの話を黙って聞いていた。
だが、林田の精神を好き勝手に実験しその反応を確かめていたくだりと聞いて、大剣を握る力が強くなった。
全ての話を終えたリベラは、志に一つの提案を行う。
「ココロといったね……どうだい? よければ我ら十二星座の仲間にならんないか?」
「……」
何を寝ぼけたことを言っているのか、志の眉がピクリと下がる。
「君の力、是非私の研究―――いえ、女神アンネム様の力にお役立ちできますよ」
「……お前本当にそう思って言っているのか?」
だとしたらこいつは頭がおかしすぎる奴だと志は思った。
教会に嵌められ戦争の引き金にさせられた。
自分の大切な人達を傷つけ、あまつさえ自分を餌に勇也を捕まえる。
自分の私利私欲を満たすため林田の心を弄んだ。
―――当然、許せるわけがない。
志の強烈な怒りに反応するかのように、志を纏っていた炎が天に向かって柱のように燃え上がる。
その様子を見たリベラは、はあ~とため息をつく。
「まあ、やはりそうなりますよね~ったく、ジェネミとアリエスにキツク言っておかなければいけませんね。おかげで、面白い実験道具に嫌われたとね」
「もういいか?」
ある程度の情報は、このお喋りな男から十分入手できた。
これ以上、こいつと喋っていると自分の中の怒りが抑えきれなくなると、志は思っていた。
「ええ、でも良いのですか? 私がこの場からいなくなった瞬間、魔大樹は暴走を始めますよ。今は私が制御下に置いているおかげで、これだけの被害に抑えられているのですからから、私がいなくなれば一体どうなるやら?」
「なんだ、脅しか? だったら、心配するな……もう終わっている」
「なにを―――」
『こういうことです!』
突如、魔大樹の動きが止まった。
同時に志とリベラの会話に一人の女の子が割り込んできた。
「美優! 林田は?」
「はい! 無事、この通り取り戻しました! あそこにいるのは、その大樹の残骸です」
「良し!」
志と同じように炎の翼を羽ばたかせた美優が現れた。
美優の背中には、スヤスヤと眠る林田の姿があった。
「なっ、バカな! 何故このようなことが―――」
「僕がお前の話をただ聞いていただけと思っていたのか」
今の志は志の意思次第で、炎にどのような効果を付与することが可能になった。
志は美優に自身の炎を通じて連絡をしていた。
炎羽で繋がった美優に、自分がリベラの気を引いている内に林田を救い出すようお願いしていたのだ。
美優は【鳴弦】を使い、林田の精神世界へと入り、無事林田の心と林田を蝕む大樹から分断させ林田を救出したのだ。
美優は林田を魔王達の下へと置き、再び志の下へと向かう。
「さて、こちらの準備も終えたし……覚悟はできているよな」
「アナタ達には随分好き勝手にされましたからね……もう我慢の限界です」
「ヒッ!」
志と美優から尋常なほどの魔力が溢れてくるのを感じ、リベラが思わず恐怖した。
リベラの言う通り、魔大樹は徐々に暴走の動きを見せるが、今のリベラにはそれどころではない。
目の前の二人から、信じられないほどの力が集約されているのだから。
志は大剣を腰元に構える。
美優は志から受け取った炎の形を弓へと変え、リベラとその後ろにいる魔大樹に向けた。
共に放つのは、自らの魔力を込めた技の一撃。
「【紅紫電……一閃】」
「弓技―――【生命樹矢】」
黄金色の炎とエメラルドグリーンに輝く緑の光が合わさり強大な炎を創り出す。
そして、リベラと魔大樹を呑み込んだ。
「ぎゃああああ!」
炎を浴びリベラの姿が消え去っていく。
魔大樹は炎に包まれ、徐々に姿を失っていく。
「一つだけ言い忘れていた。勇也に伝えておいてくれ……必ず助けに行くからってね」
リベラの反応を見る前に、志はリベラの身体を一刀両断し、闘いは終了した。




