第110話:魔皇城 VS 神花
私は小さいころから、よく特撮モノのテレビ番組を見ていた。
私の何百倍も大きな体格をした正義のヒーローが、地球に侵略してきた怪獣達と激闘を繰り広げる姿を見て何度も興奮したものだ。
と同時に私はこれがテレビの中の出来事で良かったと、心の中で思っていた。
ヒーローや怪獣が少し動けば、周りに建てられたビルや道路などが簡単に破壊される。
光線なんかは大きな山を木っ端微塵にするほどの威力だ。
……ああ、やっぱりこういうのは現実の話ではなく作り話の出来事でなければ笑えない。
―――だから、今目の前で起きているこれは何?
巨大城と巨大花がドンパチと砲撃を繰り出し激しい戦いを行っている。
真下には、大勢の帝国兵と魔物化した王国連合の騎士―――魔人達が入れ乱れて激しい戦闘を行っている。
≪魔皇城ベルセリウス≫と≪神花≫。
巨大な動くお城と空中に浮かぶ巨大な花が、互いに『魔導砲』を向けて相手に向かって放っている。
周辺には、大勢の帝国騎士達と王国連合の魔人達が激闘を繰り広げている中。
二つの兵器はところかまわず『魔導砲』を放っている。
砲弾の余波を受けて、人々が波しぶきのように散らばり消滅していく。
「……やめて」
私はそんな様子を見て、ただそう呟くことしかできなかった。
………
……
…
グランディール王国城を抜け出した私は風ちゃんの背中に乗って、各地の被害状況を確認しようとした。
その矢先、空に浮かんでいる変な物体に目を留めた。
それは、一言で言い表すならチューリップの花だった。
この形状は、天空に聳えていたオーラル王国だとすぐにわかった。
ただ、オーラル王国と地面を繋ぐ茎のようなモノがなく、単独で宙に浮かんでいる。
そして、奇妙なことにその花は黄金色の花粉を周囲にまき散らせながら、北の方角―――サブネクト王国へと向かっていた。
気になった私はその後を追いかけた。
≪神花≫はかなりの速度でサブネクト王国へと向かっており、正直全速力の風ちゃんのスピードを持ってしても振り切れないようにするのがやっとだった。
風ちゃんに無理をしないよう言い聞かせながら、その後ろを追いかけてもらった。
「?」
後方の位置で追いかけていると、オーラル王国から噴出する花粉を少し吸ってしまった。
途端、身体の力が吸い取られたかのようにガクリと倒れそうになった。
風ちゃんも花粉に当てられ、スピードがガクッと下がった。
私はすぐさま風ちゃんの周りに風魔法を放ち花粉を遮断した。
花粉を遮断したことで、先ほどの力が抜ける感覚はなくなった。
風ちゃんもすぐに回復したようで、引き続きオーラル王国を追ってくれている。
それを見て少しホッとする。
だけど。
(今の花粉。吸い込んだ者の魔力を奪う仕組みなの? だとすると―――)
私は風ちゃんに言って、真下にいる人達が見える位置に下降するよう指示を与えた。
そして、見た。
降り注ぐ大量の花粉を吸って地面に倒れている人々。
彼らは皆頭の上にオーラル王国と同じ花が咲いている。
その花はトクトクと鼓動するかのように光輝いている。
(やっぱり、魔力を吸われている。そして吸収先はあの巨大花!)
追跡中のため倒れている人達を介抱する時間はない。
仕方なく、風魔法で花の蕾を切り裂き、風魔法で花粉が地面に降りないよう調整する。
想像するのは簡単だが、やってみるとかなり難しい。
風ちゃんの高速スピードの中、一瞬で人々を感知しながら風魔法が人に当たらないよう花を切断する。さらに、風魔法を広範囲に放出しているため、常に大量の魔力が失われつつある状況。
(これは……もたないかも)
とにかくできる限りのことをしつつ、私はオーラル王国の後を追った。
そして、特撮モノのテレビ番組の光景に遭遇したわけだ。
………
……
…
オーラル王国は、あっという間にサブネクト王国の領土に到着した。
そして、サブネクト王国の王城に構えるベルセリウス帝国の≪魔皇城ベルセリウス≫に向けて、宣戦布告もなしにいきなり巨大な『魔導砲』を放出した。
魔皇城は目の前に透明な障壁を形成し、レーザーの直撃を回避した。
だが、障壁にぶつかり拡散したレーザーがあちこちに飛散する。
ぶつかった山の中央にはポッカリと穴が開いている。
小川の水は瞬く間に蒸発し、何もなくなった。
元々、滅びかけていた城都の景観はさらに酷いものとなった。
瓦礫と爆炎が燃え広がり、大量のサブネクト王国の人々が混乱し逃げまどっている。
≪魔皇城ベルセリウス≫と≪神花≫は、下で混乱する人々など全く気にすることなく、次々に相手に向かってレーザー砲を照射する。
浮かんでいるオーラル王国の真下の地面に巨大な魔法陣が出現した。
中から大量のオーラル王国の人達が姿を現した。
彼らはもはや人と呼べる体をなしていなかった。
血色は青白く、自分で皮膚をかいたのか、爪痕が残っている。
目は白目むき出しで、頭髪はボロボロだ。
明らかにボロボロの体なのに、不自然なほどに肉体がごつくなっている。
老若男女問わずだ。
ここに現れたのは騎士だけじゃなかった。
オーラル王国に住んでいた一般の人達だった。
魔人となったオーラル王国の国民達は、皆一斉に巨大城へと歩みを進める。
各々が魔法を放ち、巨大城を支える四つの巨大柱に攻撃を仕掛ける。
幾重に降り注ぐ魔法を受けても、巨大柱はびくともしていないが、業を煮やしたのか巨大柱から帝国騎士達がそれぞれ獲物を持って、攻撃する魔人達の迎撃に向かう。
そこからは、見るに堪えない乱戦だった。
鮮血が辺りを散らし、爆炎が吹き上がる。
血と金属の匂い、それに肉や髪が焼ける匂いがこの地に広がる。
悲鳴、金属音、爆発音、歓喜、怒声、ありとあらゆる音が入り乱れ、何が何だかよくわからない。
「……やめて」
これが戦争。
同じ人であるはずの私達が、互いの武器を持ち相手の命を奪う行い。
殺した相手が憎かったわけではない。
ただ、自分達と立場が違った。
たったそれだけの理由で、失えば二度と戻らない命を天秤にかけて戦う。
ここに来るまでの間に、かなりの魔力を消費した私はどうすることもできず、ただ死にゆく人達を眺めることしかできなかった。
………
……
…
ベルセリウス帝国とオーラル王国が、この地―――サブネクト王国で戦争が始まり4時間が経過した。
戦況は依然として均衡した状態を保っている。
上空では、両国が入り乱れるかのようにお互い強力な兵器である『魔導砲』を照射している。
無尽蔵に放たれる『魔導砲』
照射するには大量の魔力が必要になるはず。
そのためのエネルギーは各国がすでに用意していた。
帝国はサブネクト王国やスリゴ大湿原で蓄えてきた大量の魔素を。
オーラル王国は先ほどの地殻変動と王国から噴出する花粉から回収したものを。
兵器同士のぶつかり合いの真下で戦う帝国騎士達は練度と士気が高いのか、襲い掛かる魔人達を次々に迎撃していた。
だが、地面に倒れた魔人達はすぐに復活して帝国騎士達を襲い掛かる。
両者、それぞれジリ貧の状態が続いたまま膠着していた。
そして、この戦争を止めるために結成した“自由の風”は。
『それでは、皆さま準備はよろしいですか?』
「ええ、アスカ様達の道案内は任せてください」
「ああ、しっかりこの二人を守ってやるぜ」
「よろしくお願いします」
セリスの呼びかけに、アンジュとティナ、ガーナの三人が快く答える。
先ほど、通信魔法でサブネクト王国の現状をセリスに報告したらセリスはすぐさま行動に移した。
風ちゃんにお願いしてアンジュ達をこの場に連れてくるとともに、“自由の風”の団員達は各地で進行する魔大陸からの魔物の迎撃、さらには地殻変動で被害を受けた村々の救援活動を行っている。
話を聞けば、レナやミレーユ、アイリス達も現場対応に追われているみたいだった。
……みんな、どうか無茶だけはしないでほしい。
「それで、雄二や飛鳥は大丈夫なの?」
私達はこれからベルセリウス帝国の巨大城へ三人で侵入する。
目的は、雄二達を解放し“自由の風”の味方となってもらうためだ。
セリスの話を聞くと、飛鳥と雄二はスリゴ大湿原でも独自に動いて戦争の被害を可能な限り抑えようと戦っていたそうだ。
私同様に異世界人であり、強力な神具を宿す雄二達がいれば心強いと指揮官としての顔を持つセリスは言うが、本音の部分では一刻も早く雄二の救出を急ぎたいのだろう。
アンジュから、雄二達の安否を聞いたときにはホッとし、涙を浮かべていたから。
「はい。彼らはスリゴ大湿原で捉えたグランディール王国軍の軍勢達と一緒に、≪魔皇城ベルセリウス≫の地下牢に幽閉されています……魔力の供給源としてですが」
後ろめたいような素振りでアンジュが話す。
強力な力を持つ飛鳥と雄二が魔力提供を行う代わりに、グランディール王国軍の人達に危害を加えるなと飛鳥達は交渉したそうだ。
だから飛鳥達は一応無事という話みたいだけど。
魔力を奪われるという行為は身体にかなりの負担を強いる。
私もさっきオーラル王国の花粉を浴びて、魔力を奪われたけど全身の脱力感が半端じゃなかった。
それを飛鳥達はスリゴ大湿原で捉えられてから、今日まで行っているのだ。
尋常じゃない辛さのはずだ。
「一刻も早く皆を助けよう」
「おう!」
「ええ!」
「はい!」
『皆さま、どうかよろしくお願いいたします!』
覚悟を決めて、私、ティナ、アンジュ、ガーナの四人で≪魔皇城ベルセリウス≫の侵入を目指した。




