第17.5話:美優の思い(美優視点)
走る。
唯々目の前の通路を私は走る。
後ろからは『グォオオオオオーー』と魔物達の唸り声が聞こえてきます。
ギラついた目で私を追って来る『ウッドウルフ』と『グリムベアー』。
(アレに捕まったらお終いだ)
危機感を感じつつ、私は全力で魔物達から逃げます。
ふと、遠見の能力で前方に鉄格子がはめられた部屋を見つけました。
部屋は倉庫として使われているのか、剣や斧、食料品などが多数置かれています。
私は部屋へと入り、すぐさま室内にあった短刀を二本手に取り、その内の一本を天井に投げつけました。
もう片方の短刀は護身用として腰の後ろに装着します。
次に、天井に刺さった短刀の柄に捕まり、魔物達がやってくるのを待ちました。
『『ウゥガァアアアー!!』』
ドスドスと地響きを立てて、魔物達が勢いよく中に入ってきました。
そのため、部屋の入口から大分離れた場所で私を探しています。
(今だ!)
その隙をついて、私は地面に降りた後、すぐさま部屋を出ました。
そして、外から部屋の扉に鍵をします。
『『グルゥゥガァアアアー!!』』
私に気づいたウッドウルフがこちらに向かって来ますが、扉に阻まれ外に出ることができません。
……作戦成功です! 無事、魔物達を部屋に閉じめることに成功しました。
魔物達は部屋から出られず、唸り声をあげ私を睨んでいます。
とにかく助かった、そう思い私はホッと一息つく。
そのときでした。
「―――きゃあ!!」
真横から人の腕が飛び出して来たのだ。
その腕を何とか躱し、距離をとると、そこには、強面の顔をした男性がいました。
村を襲った襲撃者の一人でした。
男性は下卑た笑みで私を見ています。
「女だ、女、おんなぁあ」
一目見て男の様子はおかしかった。
真っ赤に赤く腫れあがった太い腕。血走った眼に唇からは涎が零れています。
身なりもボロボロで、どこかで戦闘をしてきたのか、多数ある切傷からは血が零れています。
ほぼ、半死半生の状態です。
しかし、そんな状態にも関わらず、男は自分の身体を気にする素振りがなく、唯々、「おんな」と呟くだけです。
……正直とても怖い!
私の男性恐怖症の症状が発症し、身体が勝手に震え出しました。
あの時ジュン兄弟に突然腕を掴まれたときと同じ感じです。
一歩ずつ後ろに下がろうとしますが、男はこちらにゆっくりと近づいてきます。
逃げたい気持ちが一杯なのに、身体の震えが止まらず走ることができない。
……怖い! どうすればいい!?
何もできないまま、私はついに行き止まりまで追い詰められました。
男は私が観念し諦めたと思ったのか、私を力づくで押し倒しました。
「いや! やめて!」
必死に抵抗しようとするが、全く力が入りません。
男は私の服を引き裂き、私の身体を弄るように触ろうとしてきました。
「やだ! 離して!」
必死に抵抗します。
すると、男と目が合いました。
目の前の女を犯すという、生物の生存本能を感じさせるような、そんなケダモノ目をしていました。
「離して―――って!」
「グガッ!」
私は目の前の男を無我夢中で蹴り飛ばしました。
男は後ろに大きくのけ反りました。
その瞬間、私は隠していた短刀を男の胸元に突き刺しました。
「―――グフッ!」
男は血を吐きながら倒れ、そしてピクピクと体を痙攣させた後、動かなくなりました。
「あ、あ、あっ!」
自分の手を思わず見ると、赤い血がどっぷりついた短刀を握っていました。
わかっています。
私は人を殺してしまったのだと。
暫くその場を動くことができず、ただ涙が止まるのを待つことしかできませんでした。
しばらく泣いていたら、男の身体が突如灰のように消滅しました。
その様子は魔物を殺したときと同じ光景でした。
そして、男がいなくなった後には、紫色の魔石と男の服だけが残っていました。
「……魔物だったってこと?」
目の前で起きた光景にただ呆然としていたら、
「半分は当たりだな。正確に言うなら元人間ってところだな」
「誰!?」
私の呟きに誰かが答えました。
声がした方向に目を向けると、黒い化け物が立っていました。
二つの頭部を持ち背中から四枚の翼を生やした魔物――魔物化したアシルドでした。
「あいつも俺と同じように魔物化されちまったんだよ。まさかこんな技術があるなんてな……長く生きてきたが初めて見たよ、こんな現象はよ。本当、あのビーグルってやつ、何者なんだろうな」
無表情のまま、ぼやくアシルドは座り込んでいる私を見ると、
「さてと――」
「――――きゃあ!!」
アシルドの腕が伸び、私の首を掴みます。
そして、反対方向の壁に私は投げつけられました。
壁にぶつけられた衝撃が全身を駆け巡り、「ガハッ」という咳き込み音を発して私は横に倒れました。
「こんなもんじゃねえ、こんなもんじゃ、俺のこの怒りはまったく収まりつかねえんだよ!!」
「きゃあああー!!」
さらに、アシルドは私の頭に足を乗せ踏みつけました。
「てめえらさえいなければ、クソが!!」
「グッ、貴方は――どうして、こんなことを平気でできるんですか!」
頭の痛みに堪えながら、アシルドに向かって私は叫びます。
牢屋にいた時からずっと考えていました。
同じ人間なのにどうしてこんな非情なことができるのかと。
自分の利益のため、平気で村を襲い、人を売り買いするアシルド達の考えを私は理解できませんでした。
というより、決して許すことができませんでした。
「知らねえよ、やりたいようにやる。俺にはそれだけの力があるんだからな!」
「きゃああー!!」
アシルドは背中に生えた四枚の翼を羽ばたかせました。
鋭い羽が手足に突き刺さり、私は思わず悲鳴を上げます。
私の悲鳴を聞くと、アシルドは愉悦を浮かべて嬉しそうにしています。
「さて、お楽しみはこれからだぜ」
そう言って、アシルドは踏んでいた足をどかして、どこかへ向かいました。
そして、戻ってきたアシルドは、ロープで縛られ気を失っている飛鳥さんを私に見せました。
「―――ッ飛鳥さん!!」
必死に叫びますが、飛鳥さんは全く反応しません。
「安心しろよ、まだ殺してねえ、まだな」
「飛鳥さんを離してください。お願い、離して!」
動こうとしますが、手足に刺さった羽のせいで全く身動きが取れません。
「俺はよ、もう人間に戻れないからな。せめて、こんなことになった原因を徹底的にどん底に落としてやるって決めたんだ。特にお前はいいな。その声最高だぜ!!」
アシルドは気絶した飛鳥さんを持ち上げ、飛鳥さんの頬を長いベロで舐めました。
「止めて!――止めてください、お願いします!!」
「ハハハハ、もっと泣け、お前らのせいでこんな体になったんだ。もっと苦しめーー!」
悔しくて涙が止まりません。せめて飛鳥さんだけでも!
私は必死に飛鳥さんの無事だけを祈り続けました。
そのときでした。
突如パキンと私を縛る魔封じの腕輪が壊れたのです。
「――何!?」
アシルドがその光景を見て驚きます。
何故壊れたのか分かりませんが、チャンスはここしかありません。
私は神具―――弓を生成する。
そして、強くイメージしました。
巨大に伸びるツタを。
「いっけーーー!」
「なんだとぉおお―――グハッ!」
弓から発せられた巨大なツタはアシルドのお腹を貫き、さらにツタは飛鳥さんの身体を優しく包みました。そしてツタは飛鳥さんを窓の外へ運んで行きました。
「や、やったぁ」
これで大丈夫なはずです。
外にはティナさんやメルディウスさんがいるはずですから、飛鳥さんはきっと大丈夫なはず。
魔力を全て使い果たしたため、私の神具が手元から消滅しました。
同時に、アシルドを貫いたツタもなくなりました。
「このクソ虫が!!」
激昂したアシルドが私に向かって来ます。
ああ、いよいよ駄目みたいです。神具を創り出そうとしますが、全く力が入りません。
でも、最後に飛鳥さんを―――大切な親友を守ることができたのだから、私は満足してます。
ただ、最後に、
「もう一度、会いたかったな、志くん」
彼を思い出すと、何故か涙が零れてくる。
彼は覚えていなかったけど、私と志くんは幼いころ何度か会ったことがあります。
初めて彼と出会ったのは、私が公園で近所の子供達に虐められていた時でした。
父親がいないからおかしいと、ただそれだけを理由に私は良く近所の子供達に虐められていました。
ある日、いつものように公園の砂場で三人の男の子達に地面に抑えつけられ泣いていたときだった。
「止めろよ! お前ら!」
志くんが現れたのです。
三人の男の子達にボコボコにされながらも、彼は必死に私のために戦ってくれました。
やがて、ボロボロになっても諦めない志くんに怖気つき、いじめっ子達は逃げていきました。
何もできず泣いていただけの私に、彼は頬や目元が赤く腫れた顔で、
「大丈夫? 怪我はない?」
ニコリと微笑んでくれました。
どう見ても自分の方が痛いはずなのに、彼は泣いている私の心配をしてくれたのです。
私が痛くないのかと逆に心配すると、「僕は世界を守る勇者だから、こんな怪我全然平気だよ」と明るく振る舞ってくれました。本当は痛いはずなのに。
とても優しい人なのだと思いました。
きっと、あのときからだと思います。
心の中に秘めたこの大切な気持が生まれたのは。
飛鳥さんに、志くんのことを好きになったのは石田先生の事件のときと言いましたが、正しくはこのときだったのだと思います。
不運なことに、私はその後、この街を引っ越しすることになったので、彼と会うことはありませんでした。でも、私はあのとき助けてくれた勇者様のことをいつも慕い続けていました。
そして、高校で再び彼と巡り合えました。
話すきっかけが見つからないまま時間だけが過ぎていった中、石田先生の事件をきっかけに少しずつ彼と話せるようになりました。
さらに、異世界で彼と同じ時間を過ごせるようになり、大変なこともあったけど幸せな時間を過ごすことができました。
そんな幸せな日々がもう終わることを先に知っていたら。
私はこの気持ちを志くんに伝えておけば良かったと後悔が過ります。
彼が私の親友の飛鳥さんが好きなことは知っています。
それでも、この気持ちだけは最後に伝えたかった。
「――好きでした、志くん」
震える小声で、最後に自分の思いを言葉に発しました。
目の前には、凄まじい形相で私を見下ろしているアシルドが止めを刺そうとしていました。
襲い掛かる手刀を前に私は目を閉じました。
そのときでした。
「【紅蓮一閃】!!」
閃光と共に爆炎が通路内を駆け巡りました。
私を縛り付けていた羽とアシルドの上半身が、白い炎に呑みこまれました。
そして、
「ごめん、美優。待たせた」
あの砂場のときと同じように、私の勇者様が目の前に現れました。