第106話:帝都
『帝都』
二つの巨大な白亜の塔に挟まれた巨大な皇宮。
紅蓮の色に染め上げられた外壁と長い歴史を感じさせる厳かな佇まいからは、絢爛華麗さを思い浮かべる。
高台にある皇宮を中心に、円錐状に城下街が下に連なる。
皇宮に近い家々は豪華絢爛な建屋が辺りを並べている貴族街になる。
さらに、その下は平民達の憩いの場として賑わう平民街だ。
つい先日までの貴族街は、先月皇帝が行った大規模な粛清を受けた影響もあって閑散していたが、今は帝都に流れてくる人達の居住区として活躍している。
平民街は教会が機能しなくなってからは、逞しい帝国市民を中心に日常生活が行えるよう有志達が自主的に集まり帝都を盛り立てていた。
この帝都にいる貴族、平民達が共通していること。
それは、皇帝陛下への絶対的信頼であった。
戦争から逃れてきた帝国難民達も、事前に皇帝から通達があったため、こうして帝都へとやって来たのだ。
そして、皇帝は宣言通り生活を保障してくれた。
貴族にしてもそうだった。
粛清後、絶対服従を誓った貴族については、皇帝は粛清対象とすることは決してしなかった。
そんな熱狂的な支持を受ける皇帝が不在の中、帝国を支える存在が、皇帝の正妻―――アンジュであった。
基本、最終決定権はアンジュが持っているが、皇帝陛下の優秀な取り巻きが帝国経済を上手く回してくれるためアンジュは最後に印を押す、ただそれだけだった。
尤も、アンジュがこうして皇宮にいるからこそ、皆が付いてきている。
だからこそ、当然帝国にとって最重要人物であるアンジュの近くには、多くの護衛が用意され簡単に近づくことは容易ではなかった。
そんなアンジュに秘密裏に接触することこそが、今回の私達の任務である。
「……さて、どうやって近づいたらいいもんか」
「ああ、まず皇宮に忍び込むのは不可能だぜ。見回りが常に回っているし、おまけに周辺には監視用の魔導具がいくつかついてた。入ろうした瞬間、すぐに警報が鳴るな、あれ」
「皇宮から出てきたところを拉致るのは?」
「あんま目立った真似すると、帝国にさらに火をつけるだけだからな……できればやりたくないな」
「うーん」
私の案にティナが冷静に回答してくれる。
帝都に着いた私達はとりあえずターゲットに接近するために、皇宮周辺を調べまわってみたけど、警戒がとても厳しい。
クレミアの時みたいに、王城に侵入するには色々準備が必要だけど、あいにくこのときみたいな時間がない。
どうしようかと頭を悩ませていると。
「ふっふっふ、お困りのようですね~」
急にどや顔で決めるシスターが話に入ってきた。
というか……
「あれ、ガーナ。まだいたんだ」
「おい、へっぽこ! そんなところにいたら通行人の邪魔になるだろう。そこどけ!」
「へっぽこって何ですか!」
今まで散々無視していたシスターが怒り出した。
しかし、叫んだと同時にちょうどガーナの横を通っていた強面の男が驚き、ガーナに注意している。
先ほどの勢いはどうしたのかガーナはペコペコと頭を下げている。
……うーん。なんというか本当残念な人だ。
「うぅうう~、ひどい目に合った。お二人は酷すぎます! なんで私を無視するんですか!?」
「別に無視してたわけじゃねえよ。ただ、関わりたくなかっただけだ」
「……右に同じ」
「それを無視って言うんですよ!」
ムキ―と怒り出すガーナだが、先ほど通行人に怒られたことを思い出したのか、すぐに萎縮する。
ガーナに悪いけど、帝都に着く際にティナから忠告を受けたからだ。
ティナはガーナが教会関係者ということで、関わり合いを避けたいと思っている。
だけど、私の直感はガーナが他のシスターと違う気がしている
それがはっきりしないことで少し悩ましい。
頭の中でガーナの今後について考えていると、ガーナはそのまま話を続ける
「お二人は怪しまれずにお城へ侵入したいんですよね……そんなお二人に朗報です。実は私皇宮の秘密通路を知っています」
「―――ッ!」
「まじか!」
意外な情報がガーナの口から飛び出してきた。
「はい、私はなんたってアリエス様に仕えていましたからね。皇宮に足を運ぶことも多かったんですよ。その際、色々と秘密の抜け穴を教えてもらいました」
「それはどこにあるんだ!?」
「ふっふっふ~教えてほしいですか。どうしよっかな―――って、すみません! 調子に乗りました! だから、ティナさん、その爪を出すのを止めてくれませんか! クミさんも魔力が漏れてますよ」
「埋めるか?」、「埋めよう」とティナとのアイコンタクトを取っていたら、気づいたガーナが必死に頭を下げる。
「ふう~全く冗談が通じない人達です」と、ため息をつくガーナ。
……そういう冗談はやめたほうが良いよ。
少なくとも、ティナは一瞬本気だったと思う。。
「もちろん、地下通路の場所をお二人には教えますよ。ただし、一つ条件があります」
「条件?」
「なんだよ、変な条件だったら受けねえぞ」
「別に変ではありませんよ。簡単なことです。私もお二人について行ってもいいですか?」
意外にもガーナからの提案は、私達との同行だった。
「お二人の話から推測するに、お二人はこの国の王妃に会うのが目的なんですよね。では、それはなぜか? 暗殺にしてはお二人の人柄からしてそんなことをするような感じでもない……ずばり聞きます。あなた方は“自由の風”の組織の一員ですね?」
「なっ、どうしてそれを!?」
「そりゃあ先ほどの話からわかりますよ~。ティナさんは少し喋りすぎですね。……ええ、かの組織は戦争反対を掲げ行動している勢力と聞きます。それは私の行動と合う部分のはずです。ぜひとも、私を皆さんの仲間に加えてほしいのです」
二コリと笑うガーナ。
その笑顔には、なにか裏があるのかと疑いたくなるが、やはりわからない。
「お前は教会の者だろう? オーラル王国と手を組んで今回の戦争を引き起こした張本人をオレ達が信じられるわけねえだろう」
「確かに教会はオーラル王国と手を結んでいました。でも、私は違います!」
「信用できるか!」
「信用してください!」
グヌヌと、ティナとシスターが顔を突き付けながら互いの主張を口にする。
うーん、やっぱりガーナが私達を騙そうとしている気がしないんだよね。
だから尋ねてみる。
「ねえ、聞いた話、ガーナ達は人工生命体なんだよね」
「あら! どこからその情報を……まあ、そうですけど、やっぱり変ですよね」
「ん? そんなことは思ってないけど……問題は、ガーナ達にはマザーと呼ばれる母体がいると聞いた。名前はジェネミ。聖女と呼ばれる存在」
「はい、その通りです」
「貴方達はジェネミに意識を乗っ取られ操作されると聞いたけどそうなの?」
「はい、そうです」
「そうなら、まず本当にジェネミは死んだの?」
私の直感はガーナを信じていいと判断しているけど、どうしてもこの部分が気になる。セリス曰く、聖女ジェネミは狡猾な存在だと聞いた。
志達を騙した最も危険な人だ。
「もしジェネミが生きていて、今貴方の中にいるってことも考えられるんじゃないのかな?」
「……」
ガーナの表情が少し曇った。
そして、ガーナが辛そうな表情で質問に答えた。
「私が操られるということはありませんよ……私は欠陥品ですから」
「……欠陥品?」
「はい、私は聖女様の恩恵を聞く能力が備わっていないのです。そのため、私は他のシスター達とは違い、最初アリエス様の傍仕えという形で働いていたのです」
「……つまり、貴方はジェネミに操られないということでいいの?」
「はい、その通りです」
ガーナの話を聞いて、どうするか考えるが。
「わかった、貴方を信じる。だから、教えて」
「クミさん!」
「おい、クミいいのか!? そんな簡単にコイツを信頼して」
「うん。嘘は言ってないと思う。わかるんだ、私。なんとなくだけど、ガーナは嘘言ってないと思う」
「……まじかよ。まあ、でも、これ以外手もねえしな。わかった。オレはクミを信じることにするよ」
「ティナさん! クミさんもありがとうございます」
ガーナを信じ、私とティナは皇宮へと向かった。




