表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界チートを期待したはずが【世界崩壊前】  作者: 中一モクハ
第1章:ベルセリウス帝国(トパズ村編)
20/293

第17話:脱出

 志がビーグルと対峙した、少し前。

 美優と飛鳥は、盗賊団のアジトの洞窟にある牢屋に幽閉されていた。


 牢屋の中には、彼女達の他にトパズ村で攫われた村人が八人いた。

 見目麗しい女性が三人。

 小学生にも満たない子供が五人。その中には、宿屋で知り合ったリカちゃんの姿もある。

 女性は容姿を、子供達は魔力の保有量の大きさから誘拐された。

 誘拐された村人達は今の状況に絶望して、静かにすすり泣いていた。

 牢屋に入れられた当初、泣き叫んでいた子供達だったが、看守の屈強な男に睨まれてからは、飛鳥と美優に抱きしめられる形で泣いている。


「私達、これからどうなるんでしょうか?」

「そうね。この首輪に、綺麗な大人と子供。となると、ラノベとかである奴隷商人に売られるパターンかしらね」

「……ですよね」


 飛鳥がデコピンで自分の首に嵌められている首輪をはじく。

 首輪には、白と黒の二つの魔石がつけられている。

 その姿を見ながら、美優は思わずため息をつく。


 牢屋にいる人達には、全員『従属の首輪』がつけられていた。


『従属の首輪』――

 奴隷に良くつけられている首輪である。

 支配する側の血と支配される側の血をそれぞれの魔石に流し込むことで、従属契約が完了する。

 この首輪をしている限り、支配する側は常に奴隷の位置情報がわかり、さらに呪文を呟くことで体罰も可能な魔導具である。


 さらに、二人には別に黒色の腕輪がつけられていた。

 二人の神具を発動させない魔導具である(ビーグルが手配した物)。

 そのため、二人は先ほどから神具を創成しようと試みているが、失敗に終わっていた。


「こういうとき、アニメやラノベの展開だったら、正義のヒーローが助けに来るってパターンなんだけど……現実は厳しいわね」

「えーっと、大丈夫です!! きっと、志くんが助けに来てくれます!!」

「……そうね……はあー、こんなとき勇也さんがいてくれれば」

「……飛鳥さん」


 いつも明るい飛鳥が弱音を吐いたことに、美優は心配そうに見つめる。

 美優と飛鳥は高校一年生の頃に出会った。

 年上だが気さくで、いつも明るく楽しそうに話す飛鳥を美優は尊敬している。

 そんな飛鳥の笑顔に少し陰りが見られることに美優は心配していた。


 しばらく牢屋の中で無言の状態が続いた。

 その時だった。

 突如、白い閃光が高窓から差し込んできたとともに、雷が落ちたような轟音が辺りに響いた。


「な、なに?」

「―――!!」


 突然の出来事に驚く飛鳥と美優だが、外から聞こえる人の話し声から、この場所に誰かが襲撃に来たのだと推測した。

 そして同時にその人物が誰なのかを、美優はすぐさま察知した。


(志くんだ。助けに来てくれたんだ!!)


 彼が自分達を助けに来てくれたことを悟り、美優は嬉しくなった。

 同時に、志が助けに来たのに今の自分には何もできない、このジレンマに美優は苛んでいた。

 外からしばらく怒声と悲鳴、それに轟音が響き渡る。

 何もできない美優はただひたすら志の無事を祈った。


 しばらくして、ふと美優は高窓を見上げた。

 格子の隙間から月の光が差し込んでおり、その光が美優の不安を少し和らげた。

 穏やかな光に対して、外からはまだいくつもの轟音が響き渡っている。

 あまりの威力で牢屋が微かに振動しているほどだ。

 しかし、その音に耳を傾けていた美優がふと疑問を覚える。


(この音――誰かが、外壁を破壊している?)


 その疑念が美優の頭をよぎった直後、


「チっ! 駄目だ。この壁、全然壊れねえや―――おーい、ねえちゃん、聞こえるか!」


 窓から、赤髪の犬耳少女がヒョッコリと姿を現した。


 突然の訪問者に美優は驚いた。

 それも当然のはずだ。彼女は志を殺そうとした少女だったからだ。

 窓からこちらを見下ろすティナに美優は警戒する。


「なあ、ねえちゃん。この壁、こっちからじゃ壊せないから。やっぱ、そっちから、脱出してくれよ」

「―――どういうつもりですか?」

「つもりって、アンタ達を助けに来たんだよ。兄ちゃんに頼まれてな」

「兄ちゃんって……もしかして、志くんのこと!?」


 その後、ティナから志の話を聞き、美優達は今の状況を理解した。


「つまり、志が単独で敵を引き付けている隙に、救出部隊のアンタとメルディウスさんがアタシ達を助けると、そういう筋書きで合ってるかしら?」

「ああ、その通りだ。今、裏からメルねえさんの部隊がこっちに向かって来てるから……ホイっ」


 ティナは懐から鍵束を取り出し飛鳥に向かって投げた。


「その鍵で従属の首輪を外して。あと、そっちの鍵は、ここの牢屋の鍵だから」

「わかったわ」


 ティナから受け取った鍵で、飛鳥はすぐさま村人達の首輪を外していく。

 首輪から解放された村人達は、歓喜にあふれ涙を流す。


「ただ、ねえちゃん達のその腕輪。それはビーグルのオッサンが作った特注品だからよ、鍵見つからなかったわ」

「……さすがにそこまで上手くはいかないか。ありがとう」


 飛鳥がティナに素直にお礼を言う。そんなやり取りを美優は黙って見つめる。

 美優はティナが志を殺そうとする姿を目撃していたため、どうしてもティナを警戒してしまう。そのため、その場にいなかった飛鳥が間に入り、ティナとの交渉に臨んでいた。


「まあ、オレの仕事はアンタ達の居所を教えることだからな、鍵はサービスだよ」


 アハハとのん気にティナは笑う。


「それじゃ、オレも壁を壊せなかったから、大人しくメルねえさんのところに向かうわ~んじゃ、また後で~」


 シュバッと、ティナはその場から姿を消した。

 いなくなった窓をしばらく見つめていた美優の肩にポンと飛鳥は手を置いた。


「美優。気持ちはわかるけど、今はできることをやりましょう」

「……はい」


(この人には、勝てないな)


 美優はそんなことを心の中に思いながら、自分の首輪を外した。


…………

……


 一方、

 美優達の従属の首輪が外れたことに

 『アシルド・グリムガーデン』は気づいた。


「シュウジン、ニゲタ!?」


 ビーグルにより、悪魔へと改造されたアシルドには、生前の理性はなかった。

 ビーグルの指示を最優先に動くだけの魔物となった。

 そんなアシルドは、現在、自分の眷属となった人間を遠隔操作で動かし、アジトに侵入しようとしているメルディウス達と戦わせていた。

 予定された実験は順調に進み、眷属化し強化された盗賊達は魔法を使いメルディウス達を足止めしている。


「ジッケンニ、シショウハナイタメ、モンダイナシ、トハンダン……いや、逃がさない!」


 片言だった魔物の口調が突如変わった。


「チガウ、ソウジャ……うるせえ!! てめえは消えろ!!」


 突如、魔物の中で眠っていた人間―アシルドの意識が目覚めた。

 そして、悪魔の意識を内側に閉じ込めた。


 人間としての意識を取り戻したアシルドは、荒い息を吐きながら周囲を確認する。

 ここまでの記憶は全て覚えていた。

 あのオカマの手の上で踊らされていたのだと、怒りを抑えられず壁を殴りつける。

 途端、壁は木っ端みじんに砕けた。


「クソが! こんな力を手にしても化け物になったんじゃ意味がねえ!!」


 自身の体の奥底から溢れる魔力を感じながら、自分の身体を見る。

 頭身二つが生え、顔面が醜く黒く淀んだ姿は明らかに人間の体をなしていなかった。


「あいつ等のせいでこんなことになったんだ!! 絶対許さねえ」


 徐々に自意識を取り戻したアシルドは、牢屋から逃げようとする美優達の姿をモニタ越しに見て睨んでいた。


…………

……


「美優、どう?」

「……はい、いません」

「了解、こっちです」


 先行し敵がいないことを確認した美優と飛鳥は、後ろからついてくる村人達に呼びかける。

 神具を封じられていた美優だが、魔の森で活躍した〝遠視“能力を使うことはできた。

 その眼を使って、美優達はアジトからの脱出を試みた。

 牢屋を脱出してから今のところ、誰とも出くわすことはなかった。


 洞窟の内部にあるアジト。

 中は吹き抜け構造となっており、美優達がいた牢屋はアジトの最上階に近い位置にいた。

 今、美優達は一階の大きな広間に向かって、階段を駆け下りていた。

 そのときだった。


「待ってください!」

「―――ッ!!」


 突然、美優の待ったの声に飛鳥達は慌てて止まる。


「魔物が五体――こちらに向かって来ます」

「何ですって!!」


 美優の報告に飛鳥が驚く。

 狭い階段で逃げ場がないこの状況。

 後ろには、恐怖におびえている女性と子供達。

 その姿を見て飛鳥は決意した。


「アタシが囮になる」

「飛鳥さん!!」


 突然の宣言に美優は驚く。


「アタシが先に行って、魔物を引き付けるから……美優は皆とその隙に脱出して」

「でも、飛鳥さんが――!!」

「大丈夫。神具は使えないけど、身体は十分に動けるから。だから、大丈夫」


 軽いシャドーボクシングをしながら、美優に笑いかける飛鳥。

 その姿は美優に心配をかけさせないようにする行為だということを美優は感じていた。


「それより、美優は皆のことをよろしくね。あと少しよ、きっと、メルディウスさんが……志が助けに来てくれるから」

「待って、飛鳥さん!!」


 美優が両手を広げて、飛鳥を止める。


「美優、どいて。このままじゃ、皆――」

「飛鳥さんばっかりカッコつけないでください!!」


 飛鳥に向かって美優が声を荒げる。

 いつも温和な美優が声を荒げたことに飛鳥は驚いた。


「いつもそう、飛鳥さんは。強くて何でもできるお姉さん……その強さにいつも守られている私。頼もしいけど、いつも思ってた――飛鳥さんは私達をどこか信用してないんじゃないかって!」

「ッ!!――そんなことないわ!」

「だったら、なんでいつも自分から貧乏くじを引くようなことをするの!? 何で自分をもっと大事にしないの!? 見てて辛くなるの……」


 胸元に手を当て、涙を浮かべる美優。

 その様子を見て飛鳥は思わず口を閉ざす。


「そして、飛鳥さんにいつも背負わせてしまう自分が嫌で仕方がないんだよ」

「……み、美優」

「石田先生の事件のとき、飛鳥さんが私のために職員室に怒鳴りこみに行ったって、後から聞いてすごく嬉しかった。志くん達と一緒に私の噂を取り消すために学校を走り回ったって……私は本当に感謝してるんだよ」

「!!」


 飛鳥が驚く。

 それは美優が担任の先生にストーキングされ、男性恐怖症にまでなった悲しい過去。

 美優が不登校になるまでそのことに気づいてあげられなかったことに、飛鳥は今も後悔していた。

 自分が美優のためにやったことは、皆に頼んで美優に内緒にしてもらっていたはずだった。

 それなのに、飛鳥が秘密裏に行動していたことが美優に知られていたことに飛鳥は驚いたのだ。


「私が休んでいる間に石田先生がいなくなっていたこと……全部、飛鳥さん達のおかげだったんだよね?」

「私は何もしてないわ。全部、勇也さんのおかげよ」

「それでも、私のために一生懸命動いてくれたんだよね。ありがとう」

「……美優」


 下を向く飛鳥に、優しく美優は笑いかける。


「だから、今度は私の番。私が飛鳥さんを守る」

「――! だめよ。危険だわ」


 下階を見つめ歩き出そうとする美優を飛鳥は止める。


「少し通路を戻って、反対方向に下へ降りる階段があります。そちらの通りからも外に出られると思います――後はよろしくお願いします」

「美優!!」


 〝遠見“の能力で得た情報を飛鳥に伝えた美優は飛鳥の制止を振り払い一気に階段を駆け下りていく。

 すると、下から四匹の『ウッドウルフ』と一匹の『グリムベアー』が縦列で向かって来る。

 美優はその姿を捕らえた後、ウッドウルフの背中をトントンと踏みつけ、


「はぁあああ!!」


 美優より二倍背が高い体格の熊魔物(グリムベアー)に飛び蹴りを放った。

 すると、グリムベアーは後方に倒れた。

 グリムベアー達は突然現れた美優に大きく唸る。


「貴方達の相手は私がします! こっちです」


 美優は魔物達に背を向け階段を下りる。

 逃げる美優を見て、魔物達は追いかけて行った。


 その様子を見た飛鳥は、


「……皆さん、こっちです。行きましょう」


 グッと唇を噛み、美優を追いかけたい気持ちを堪え、村人と共に別の方向に移動した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ