第2話:女神アンネム
始まりは突然訪れた。
「ようこそ、異世界の勇者達よ。そなた等の来訪を心よりお待ちしていました」
今、僕の目の前に女神様がいた。
何故、女神と思えたのか、その理由は単純である。
目の前にいる人は、何もかもが人間離れしていたのだ。
金色に輝く美しい長髪に、異性だけでなく同姓さえも引き付ける見目麗しい美貌。
光沢が映えたシルクのドレスを着こなし、背中には真っ白な翼が見える。
そして、奈良の大仏サイズの大きさで、女神は僕達に微笑みかける。
「私の名はアンネム。貴方達の世界で言う神と呼ばれる存在です」
女神はさらに話を続ける。
「貴方達は修学旅行中、事故によりその命を失いました。覚えていますか?」
誰も反応しない。
当然である。急に自分が死んでいると言われてどう反応すればいい。
静寂が流れる中、誰かが声を上げた。
「あの~、これってドッキリか何かの企画でしょうか?」
クラス委員長の戸成 飛鳥だ。
ストレートの艶ある長い黒髪に、パッチリと開いた大きな瞳。
スレンダーな体形の彼女を一言で表すなら、大和撫子と言うのがふさわしい。
そんな彼女が、クラスの代表として女神アンネムに質問する。
「いえ、これは現実です。その証拠に――」
アンネムが右手の掌を上にする。
そこから、白く大きな光の玉が飛び出た。
光の玉は僕達が見える位置に移動すると、外面に何やら映像が映し出された。
炎上中のバスと、女性キャスターの姿があった。
『えー、只今報告がありました。バスに乗っていたのは○×高校に通う2年3組の生徒と担任の教師だそうです。消防が確認したところ、中の状態が酷く全て黒焦げの状態だそうです。焼け焦げた状態から、生徒達の生存はの可能性は低いものと思われます。―――たった今、生存者が一名確認されました。このまま病院に搬送されるそうです』
僕達は呆然とニュースを眺めていた。
目の前で流れている映像には見覚えがあった。
修学旅行中、僕達が乗っていたバスだった。
そして―――僕達が乗っていたバスは、崖から転落したことを思い出した。
ニュースの映像が終わり、光の玉が消失した途端、周りから相次いですすり泣く声が聞こえた。
皆、納得せざるを得なかった。
これが現実なのだと。
周りで多くのクラスメートが泣いている。
戸成さんも泣いている波多野 美優さんを懸命に励ましていた。
「信じられねえな、正直」
「……驚愕の事実」
呆然と立ち尽くす僕の肩にポンと手を置く大男と隣にいる小柄な少女。
男子は酒井 雄二、女子は木原 久実。
どちらも小学校から一緒にいる僕の幼馴染だ。
「ココはどう思う?」
オールバックの不良めいた外見とは裏腹に軽い口調で雄二は僕に話しかけた。
「雄二と一緒だよ。信じられないし、これから先どうなるんだろう?」
「……天国それとも地獄?」
気だるげな雰囲気で、先ほどから動揺する気配が見えない久実。
「……でも、大丈夫。ココと私ならどこに行ってもきっと天国!!」
「はあ~今は、久実のいつもの冗談がありがたいよ」
「……本気なのに」
ブスっとした表情で久実は僕を見る。
肩口まで伸びた綺麗な黒髪に、儚さを感じさせる色白の女の子。
まるで深窓の美少女を思わせる久実は、いつもこの手の冗談で僕を揶揄う。
その度に僕は冗談として軽く流していた。
「なあなあ、俺は?」
「……邪魔な雄二は一人で地獄に行けばいいよ」
「ひでえな。オイ!!」
久実は僕以外にはかなり厳しい。
僕達は死んだことをまだ受け入れていないのか、あまり悲しいという感覚がなかった。
というより、僕は次の展開をどこか期待していた。
もしかしたら、僕の好きなラノベジャンル。
すなわち、異世界転生につながるのではないかと。
「そなた等は自分の状況を理解したと思います……そこで、そなた等には私の権限により別の世界に転移する機会を与えましょう」
(来た―――!!)
織○裕二さんのモノマネ芸人ばりに、心の中で僕は歓喜の声を上げる。
そんな僕の気持ちとは違い、心配した声で戸成さんが尋ねる。
「別の世界って、なんでしょうか?」
「貴方達が知らない別次元の世界です。そこは貴方達の世界のように科学が発達した場所ではありません」
女神が異世界について説明する。
聞くとその世界は剣と魔法のファンタジー世界とのこと。
魔物あり、冒険あり、魔王もいれば勇者もいる。
まさにRPGゲームのような世界だと言う。
初めは泣いていた人達も、女神の話を聞くうちに、少しずつ興味を持ち始め騒めき出した。
誰もがファンタジー世界には憧れるものだ。
さらに、
「貴方達は転移の恩恵として、〝神具創造“という固有能力を使うことができます」
オリジナルスキルを与えられるようだ。
どういう能力か戸成さんが尋ねると、〝神具創造“は個人の能力に合わせた強力な武具を創り出すことができるみたいだ。個人差があるため人によって、武具の形態や性能が変わるらしいが強力な能力だという。
……これが噂(?)のチート能力か!
「また、貴方達は〝マナ“の適正がとても高いため、他の人に比べ強い魔法を繰り出すことができるでしょう」
魔法も自由自在に使うことができるみたいだ。
今までの女神様の話を聞いて、僕はこの状況を完全に理解した。
そう、これは僕の大好きな異世界転移物語だと。
…………
……
…
「それでは、みなさん、準備はよろしいでしょうか」
女神アンネムが僕達に呼びかける。
「今から、そなた等は異世界の勇者として各地に召喚されます。そして、この世界の魔王を倒してください。もし、魔王を倒した者がいれば、そのときは神の盟約として、何でも一つ願いを叶えましょう。勿論、魔王と戦うのが嫌ということであれば、戦わなくて構いません。のんびり異世界ライフを楽しんでください」
ここにいる人達(二十八名)は異世界への転移を希望した。
このまま魂となって消滅するより、別の世界で生きることを選んだのだ。
かなり優遇された力が与えられていると聞いたのも大きいのだろう。
先ほど泣いていた人達も、今は笑顔で周りと喋っている。
「魔法か、俺はあんま興味ないんだけどな」
「……願い、ココとのラブラブ結婚……デュフフ~」
近くにいる雄二と久実もそうだった。
というか、不気味に笑う久実が怖い。
「これで、勇也がいたら最高なんだけどね」
「……まあ、しゃあねえだろう」
「……残念」
木原 勇也――僕達より一つ年上の幼馴染で久実の兄だ。
風来坊でやんちゃな性格の彼は、スポーツ、勉強、ルックス全てよしの正にイケメンの鏡のような人である。いつも僕達を楽しませる彼は僕達のリーダであり、頼もしい兄貴分なのだ。
彼がこの場にいたらどれだけ心強いか、僕達はそう思っていた。
「では、転移を開始します。そなた等は、そこにある魔法陣の上に移動してください」
全員、用意された魔法陣の上に移動した。
「それでは、ご検討をお祈りします―――【ゲート・オープン】!!」
魔法陣が光り出し、上に載っていた人達が次々といなくなる。
「じゃあ、向こうでな」
「……すぐに会いに行く」
雄二と久実も先に消えた。
残っているのは、戸成 飛鳥さんと波多野 美優さん、そして僕だけだった。
やがて、僕達も光の中に消えていった。
…………
……
…
魔法陣の中に消えていった志達を見送ったアンネム。
先ほど、志達と話していた優しい笑みが一転して、無表情なモノへと変わった。
「……あの子も面倒なことをしたものね」
この場にいない人を思い、アンネムは溜息をつく。
「計画に若干の修正はあるけど、概ねヨシとしましょう」
そう呟き女神は、近くにある巨大な水晶の前へと移動する。
水晶には志達が転移した下界の様子が映し出されていた。
突然、現れた生徒を見て、腰を抜かす下界の人々を見てクスリと笑う。
「精々、私の掌で楽しく踊りなさい」
どこから取り出したのか、片手にワイングラスを出しワインを嗜む。
その姿を志達が見れば、女神というより悪女という印象が強く映っただろう。
アンネムは下界の様子を楽しそうに観察していた。
※2018/6/30:誤字脱字等を修正。