第104.5話:自由の風(セリス視点)
私は、セリス・グランディール。
グランディール王国の王女にして、戦争反対を掲げる“自由の風”の代表を務めています。
たったいま〝自由の風“の会議が終了しました。
グランディール王国がオーラル王国や教会に隠していた通信魔導具を使って、ザナレア大陸の各所にある拠点の代表者の方々と連絡を取っていました。
一応、国ごとで代表者を決定しています。
グランディール王国は、私。
ルネ王国は、ピエール王。
アグリ王国は、クレミア女王。
そして、サブネクト王国と帝国を、クミさんが受け持つ形になっています。
クミさんの負荷がかなりのモノになるのですが、彼女にはレナさんやミレーユさんといった優秀な方々がサポートしているため、今のところ大きな問題はなさそうです。
今、〝自由の風“には国籍問わず様々な方達が集まっています。
みんな拡大する戦争を止めようと一致団結し行動しています。
戦争が始まってから物資の供給が追い付かず多くの民が飢えを抱えています。
さらには、周辺の魔物達が活性化し、街や村を次々に破壊するようになりました。
十年前の南北戦争のときと同じです。
多くの人達が親しい者達を失い悲しみに暮れ、満足な食事を得ることなくこの世を去る。
そんな悲しいことを二度と起こしてはいけません。
本日の会議で、私達いやクミさんとティナさんには、秘密裏に帝国に向かうことが決まりました。
この二人には、組織結成のときからずっとお世話になっています。
この二人がいなければ、各国の代表達がまとまることなどなく、こうして〝自由の風“という組織が結成することはなかったでしょう。
『……ティナ先生質問です!』
『ん、なんだよ。そんな真剣な顔して。つうか、先生ってなんだよ』
『〝バナナ“はおやつに含まれますか?』
『おい、てめえ! 何を考えてやがる。これから敵地に向かうのになんでおやつの質問が先に来るんだよ!?』
『? 遠出するときにおやつを気にするのは当然のことでしょ? というか、お約束ギャグをスルーしないでよ』
『ちげえよ! あと、お約束のギャグってなんだよ。お前、オレ達がこれから行う任務の重要性ちゃんとわかっているのか!?』
『わかってる……帝国で流行っているデザートを調査することだよね』
『わかってねぇええ!』
モニタ越しで、ティナさんがクミさんに向けて絶叫しています。
……きっと、クミさんの不思議ワールドに引きずられているのでしょう。
この光景にも大分馴染んできました。
そんな二人を見ていたら、二か月前。
私達がクミさんと出会った日のことを思い出しました。
………
……
…
当初、優勢だった王国連合でしたが、スリゴ大湿原にて、帝国の切り札《魔皇城ベルセリウス》を前に王国連合は手痛い敗北を喫する形となりました。
オーラル王国は、イデント宰相と光の勇者であるハラタカシ様。
サブネクト王国は、ガーランド王。
そして、
グランディール王国は、私の父であるルイ国王が亡くなりました。
父の悲報を知らされたときは、深い悲しみが私を襲ったと同時にやはりと思いました。
お兄様が負傷され、グランディール王国に新たに出兵するようオーラル王国から要請が来た時、父はなにか壮大な決意をしているよう、私の“心眼”には見えました。
後日、父と一緒にアイアンゴーレムに乗っていた方々に、父の真意を聞いてようやく理解しました。
父は、最後まで国を守るために戦ったのだと。
そんな父を誇りに思うとともに、これからグランディール王国をどう立て直してくかが重要になりました。
報告によれば、父が秘密裏に帝国と手を結んだ話もあり、先方に確認してみましたが、返事はありません。
捕虜となった騎士達のことを聞いてみても、何の返事もありません。
噂では、ユウジ様も捕虜となったと聞いたのですが、何も連絡はありません。
それどころか、彼らは我々王国連合へ次々に侵略している状況です。
彼らが通った土地は、何故か大地が干れはじめるそうです。
占領した人々は、《魔皇城》を動かすためのエネルギー源として、魔力供給を促されるようです。
あまりに、非人道的な行いで多くの人達が亡くなったと聞いています。
帝国からの何の返答もないままの侵略。
代表国であるオーラル王国もイデント宰相がいない理由なのか、“徹底抗戦”の構えを取れとの回答だけで、その後何の指示もありませんでした。
そこで、危機感を募った私は、オーラル王国に内緒で、秘密裏にルネ王国とコンタクトを取り、会談を設けることに成功しました。
本来であれば、アグリ王国とサブネクト王国にもコンタクトを取りたかったのですが、アグリ王国は先日まで内乱が起こり、王が変わったばかりでした。国内の混乱を抑えるのに尽力しているため、今回の会議は見送る形となりました。
サブネクト王国は、王が戦死して、代わりに王子が国を任されています。
王の仇を取るため、迎撃の準備を国を挙げて進めているため、参加は見送られました。
ルネ王国会議室内。
「急な会合に対応していただきありがとうございました、ピエール王」
「いえ。これからの国の行く末を考えれば当然のこと。御兄弟そして、お父上の不幸、なんとも……」
「お気遣いありがとうございます。ですが、大丈夫です」
気遣うように私に声をかけたのは、ルネ王国のピエール王。
着や美やかな衣装を着て、一見派手に見えるお人柄だが、そういう細かな気配りができる王様です。
「ルネ王国にも、我が国同様に、帝国から降伏勧告の通達があったと思いますが……」
「ああ、きたよ。すごい内容だったよ。我が国の資金のおよそ7割を差し出せと、差し出さない場合は、我が国を滅ぼすそうだ」
「グランディール王国でもそうです。魔法技術はもちろんこと、さらには、クロイツ同様に民達の魔力を差し出せとのことです……やはり、これでは降伏をせず戦えと言っているようなものです」
「……ですな。聞きましたか? スリゴ大湿原で死んでいった者達。彼らは死体も残らず消滅したそうです。まるで大いなる力に吸収されたかのように」
「……ピエール王は、それが帝国に仕業だと考えているのですね?」
「ええ。あれだけの質量を要した魔導具となると、当然かなりの魔力が必要になります。帝国が侵略した人々から多くの魔力を要求しているのもそれが理由でしょう」
「しかし、もしそうなら帝国の狙いは……」
「ええ。彼らは初めから、我々と手を組む気などないのでしょう。侵略することで、強引に我々から大量の魔力を奪い、オーラル王国へと攻め入るのが目的でしょう」
「そんな……」
余りの絶望的な状況に、思わず弱気な言葉が出てしまう。
「オーラル王国は自国の守りに専念していますし、このままでは我が国そして貴国も帝国に蹂躙されるのを待つだけですな」
やれやれと、もはや打てる手立てがないことに、絶望する以外に表現ができなかった。
「やはり、我々で何とかするしか手がないですが」
「現状の戦力の差があまりに違いすぎます。表向きは、オーラル王国に従い帝国の勢力を少しでも押しとどめる必要はありますが、別の手が必要です」
「ほう……別の手とは」
「ええ。これを機に我々は王国連合、すなわちオーラル王国からの独立を考えなければいけません。いい加減、かの国にこれ以上居座れるのは、国が亡びることに繋がります」
「ほう」
一瞬、ピエール王の目が鋭くなりました。
自国の利益とリスクを照らし合わせて私の策に耳を向けてくれます。
「しかし、オーラル王国に逆らえば、我々は直ちに地形操作が行われ、領土は死の大地と化すだろう」
「はい。だからこそ、この戦争を利用するのです」
私の提案はこうです。
帝国には、このままオーラル王国と戦ってもらい、かの国を亡ぼしてもらう。
だが、ここで重要なのは、オーラル王国の立場が帝国に置き換わっては意味がありません。
私達には、帝国と対等の立場で、交渉できる力が必要なのです。
「そのためにも、まず私はオーラル王国を覗く、サブネクト王国、アグリ王国で同盟を望みます。我々はいい加減、あのオーラル王国から独立しなければなりません」
「だが、それが難しいのだろう……教会の力をもってしても、オーラル王国は帝国の前に敗れたのだぞ。今さら、我々だけではどうにもなるまい」
「はい……しかし、オーラル王国とてこのまま帝国に黙ってやられるとは思いません。必ず何か仕掛けてくるはずです。そして、それは当然教会も同じはず」
「つまり、三つの激突を利用し、疲弊したところで、帝国と交渉すると……しかし、その間はどうする? 前線にいるのは間違いなく我々の民達だぞ。疲弊するのは我々も同じだ」
「はい。だからこそ、特殊部隊を用意するのです。戦争の被害を限りなく抑える特殊部隊。それを用意するのです」
「あてはあるのか? 正直、それだけのことができる人選などおらんぞ。こちらも、多くの兵を戦争に参加させなければならないからな」
「そうですね」
一つだけ策はありました。
ユウジ様と同じ異世界人に協力してもらうという手です。
しかし、戦争以降、ユウジ様は帝国に捕らえられたと聞いています。
帝国にいたココロ様、アスカ様、ミユ様も消息がわからないそうですし。
神具という強大な力を持つ彼らが味方になってくれればと思います。
その策をピエール王に伝えたところ
「異世界人か。確かに驚異的な力を持つ人達だった。だいぶ前に行方不明となったスギモトがこの場に居ればと思ってしまうよ」
ピエール王がため息をついた。
やはり、ルネ王国も異世界人を囲っていたみたいです。
「行方不明とは?」
「わからぬ。ある日、スギモトの屋敷が燃えてのう。それ以降、スギモトを見ておらん。屋敷にいた画家やメイド達もおらんくなったそうだし、一体何があったのか。噂では魔族の姿を見た者もおったそうだし、真相はわからぬ」
肩を落とすピエール王。
よほど信頼を寄せていた人物なのでしょう。
「私のほうでも異世界人の情報を追ってみたのですが、不自然なほどにある日を境に行方不明になっていますね。彼らに一体何があったのでしょうか」
基本、彼らの姿は黒髪、黒瞳とこの世界では珍しい容姿をしているので、すぐにわかります。
また、異常な力を行使するため、彼らが現れればすぐに噂が広がります。
「何とか、彼らと接触ができれば……」
「うーむ」
二人で悩んでいたときでした。
「その仕事……私が引き受けます」
「えっ!?」
「なっ!」
突然、天井から声が聞こえてきました。
慌てて、ピエール王とともに天井を見上げると、天井に張り付いている少女がいました。
仮面をしていて、素顔がわかりませんが、声の質感からして、私と同じぐらいの少女だと思います。
「おい! クミ! 何姿を現してんだよ」
仮面の少女の近くには、狼族の亜人の少女がいました。
「ティナ、これはチャンスだよ」とマイペースな仮面少女に対して、亜人の少女は「ったく、また始まった……クミの不思議行動が」と、諦観の表情を浮かべています。
「その服は我が国の囚人服なのだが……まさか、貴様ら脱獄者か!」
「うん。色々あって、ここの牢屋に入ってた」
「なっ! 衛兵は一体何をしておる! おい、誰かおら―――」
「ま、待ってください、ピエール王! あの子の髪!」
「! く、黒髪だと! ま、まさか!」
「……うん。私も杉本や雄二と同じ異世界人。木原久美っていう。よろしく」
「オレは、ティナだ。異世界人じゃねえけど、クミが協力するってんなら、オレも協力するよ」
そう言って、クミさんは仮面を外し素顔を晒しました。
すると、ユウジ様と同じ黒瞳で、途轍もなく顔立ちが整った綺麗な人が現れました。
「……この戦争を回避するための手伝い、喜んでさせてもらうよ」
私はこうして、クミさんとティナさんに出会いました。
………
……
…
以降、クミさんを中心とした秘密部隊“自由の風”を私達は立ち上げました。
協力者を募りつつ、クミさんやティナさんには各国へ情報収集を行ってもらいました。
クミさんには、使い魔の風ちゃん(元、伝説の幻獣である風竜)がいるため、各国を自由自在に飛び回れるそうです。
時には、強制労働を強いる帝国の振る舞いに苦しむ人々を助けたり、戦争を機に夜盗や盗賊団などが暴れ始めその被害を防いだり、凶暴な魔物をやっつけ村を救うなど、獅子奮迅の活躍をしてもらいました。
彼女達のこうした秘密裏の行動のおかげで、大勢の人達の命が救われました。
それだけではありません。
クミさんはアグリ王国の王女クレミア様とも深いつながりがありました。
クミさんを介して、同盟をお願いしたところ快く引き受けてくれました。
おかげで、グランディール王国、アグリ王国、ルネ王国の三か国で無事同盟締結がなされました。
また、クミさんを慕うフリーダ村の人々の支援により、組織はより大きな活動ができるようになりました。
クミさんの友達のレナ様は勿論、ミレーユ様の統率力に、アイリス様がそれぞれ各国の支部で、組織の活動を支援しています。
彼女達の活躍がなければ、ここまでの大きな組織になれ
残念なことに、サブネクト王国とは同盟締結がなされませんでした。
話をする前に、サブネクト王国は帝国に侵略され、ほぼ壊滅の状況に陥っていたからです。
後手に遅れたことが悔やみます。
せめて、サブネクト王国の民達が理不尽な目に合わないよう、“自由の風”を派遣させ、対応に当たってもらっています。
………
……
…
そんな大活躍のクミさんはというと。
『クミさん! グランディール王国の僻地で大型の魔物が暴れまわっているみたいです! 支給応援をお願いします』
「! 了解。すぐ向か―――」
「大丈夫! アタシが行くわ。それより、クミ。アンタはティナと一緒に今のうちに休んでおきなさい」
「ありがとう。ミレーユ、助かる」
先ほどまで、ティナさんと微笑ましいやり取りをしていたにもかかわらず、支部からの要請が入ればすぐさま真剣な面持ちで現場へと急行しようとするクミさん。
そんなクミさんを心配して、支部長であるミレーユさんが止めました。
結成当時からずっと働き続けているクミさんの身体を心配してのことでした。
クミさんは圧倒的な力を持つ一方、身体がとても虚弱みたいです。
今も、ティナさんと話をしつつテーブルの上でダレタ格好で休んでいます。
しかし、支部から要請が入れば彼女はすぐ立ち上がり人々を助けに行くでしょう。
この二ヶ月ともに、“自由の風”のメンバーとして行動していたので、その人となりは“心眼”で覗かなくてもわかります。
以前、自分の身体を厭わず人々をクミさんが救った結果、体調を崩して三日間昏睡状態になったことがありました。
その時の、組織のメンバー達の悲愴感は相当なものでした。
どんな無茶な困難も、笑って簡単にこなしてみせる無敵の少女が、突如意識不明となったと聞いたときは、信じられない気持で一杯でした。
三日後、昏睡状態から回復したクミさんに、ティナさんが心配して詰め寄ったことがありました。
………
……
…
「なあ、どうして、そこまですんだよ? お前がココロ兄ちゃんを心配していることは聞いてるけどさ……それにしても異常すぎるだろう!? お前がこの世界で身を粉にしてまで私達を助けてくれるのはなんでなんだ? どうしてお前はそんなに戦えるんだよ」
悲痛な表情を浮かべティナさんが、クミさんに尋ねました。
クミさんは困ったような表情を浮かべながら答えました。
「……私はね。小さいころ、志に守ってもらったの。でも、そのせいで彼は心に深い傷を負ったの。私が弱かったせいで」
クミさんが悲痛な顔で当時の過去を話しました。
表情からは、クミさんの心からの後悔が伝わってきました。
「だから、私はそのとき誓ったの……彼に降りかかるあらやうる苦難を取り除ける強い人になろうって」
「……それが、クミが戦う理由なのか?」
「うん。この帝国と王国連合の戦争は、教会に騙された志の手によって行われたもの。優しい彼はこの状況を作ってしまった自分を攻めているはず。だから、私が彼を救ってみせる」
毅然とした瞳でクミさんが宣言しました。
その瞳からは強い決意が伺えました。
「……そして、志を騙した教会組織とオーラル王国。勇也や雄二達を傷つけた奴らを私は絶対に許さない!」
「……クミさん」
怒りが抑えきれず、彼女の周辺の空気が冷たく感じました。
クミさんの威圧感に周囲にいた人々も思わず凍り付くほどに。
そこからも彼女の本気具合が伝わります。
「……やっぱ、お前は強ええな。ああ、そうだな。だからオレはお前について行くことにしたんだ」
ティナさんはそうつぶやいたあと、ニヤリと笑い
「まあ、今は周りに任せてゆっくりしておけ。じゃねえと、いざって時に動けなくなるぞ」
「……うん。そうする……ありがとうティナ」
そう言って、クミさんは横になり再び眠りにつきました。
………
……
…
多くの人々の協力を得て、この“自由の風”という組織が生まれました。
組織のトップは発起人である私となっていますが、間違いなく“自由の風”の組織は、このクミさんを慕い集まっています(本人は全くそれに気づいていないのですが)。
『ティナ、はぐしてもいい?』
『なんでだよって、おい! 尻尾をそんなふうに触んなって―――アアーン!』
友人と楽しそうに語らう少女を見て思います。
せめて今だけは彼女に安らぎを。
そして、神という者がいるならどうか彼女の真摯で直向きな願いが叶いますように。
そう夜空に向けて、私はお願いしました。




