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異世界チートを期待したはずが【世界崩壊前】  作者: 中一モクハ
第4章(前半):戦争
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第97.5話:戦争(雄二視点)

酒井雄二の視点です。

 夢を見る。

 何度も何度も俺は(ハンマー)ナニか(・・・)に向かって振り下ろす。

 ナニか(・・・)は、最初人の形をしており、酷く怯えた表情をしていた。

 こちらに向かって叫び声をあげるので、そのまま肉片になるまですり潰した。


(止めろ!)


 地面を砕き、大地を大きく変化させる【爆砕隆起】。

 俺の鎚技により、身体を土の針で貫かれ絶命する人達。

 血を吐き苦しんでいる姿を見て、俺は笑っている。


(止めろ! これ以上、人を殺すな!)


 一番憎んでいた少年を見つけ、激闘の末、彼に止めを刺そうとする。


(止めろ! もう止めてくれぇええ!)


 振り下ろされた槌は、少年の友達の命を簡単に奪ってしまった。

 手に残る感触もそうだが、目の前で友達を殺された少年の顔が見えた瞬間。


「止めてくれぇええええ!」


 俺は目を覚ました。


 ………

 ……

 …


 あれから二ヶ月が経過し、いつも通りの悪夢を見て目覚めた俺は、顔を洗いに洗面所へ向かう。

 不快な気持ちが心中に留まり、まだ吐き気がするが、我慢して食堂へと向かう。


 食堂に向かえば、グランディール王国軍の兵士達が各々朝食をとっている。

 朝食を給仕から受け取ると、自分専用の席―――明らかに離れた場所で朝食をとる。


『ユウジさんだ!』

『おい、思い切って誘ってみねえか。あのユウジさんと一緒に食事できる機会なんてそうねえぜ』

『でもよ、ユウジさん、俺達のこと明らかに避けてるだろう。戦闘のときは俺達のことを体張って守ってくれるのに』


 ちらほらと、俺を見た若い騎士達が何とか話しかけようと目線を向けてくる。


 皮肉なことに、今の俺はグランディール王国の英雄として称賛され、王国連合の中でも高い戦果を挙げている。

 彼らから見たら俺は、憧れの騎士として見えるのだろう。


『おいてめえら! 食事中だ! 黙って食いやがれ』

『『『は、はいぃい!』』』


 ざわつく若い騎士達に、中隊長が一括する。

 若い騎士達は目の前の食事をガツガツと食べ始める。

 中隊長は、俺を見てペコリと頭を下げ何事もなかったかのように食事を静かに取る。

 ……俺を想っての配慮だろう。


 俺は中隊長に頭を下げ、急いで朝食を済ませ食堂を去った。

 今のように、俺を気にして声をかけようとするグランディール王国の騎士達は多くいた。

 しかし、俺は皆と同じようには笑えない。

 ……そんな資格など俺にはないのだから。


(すまねえ。俺はお前らに称賛してもらう価値なんてねえんだ)


 ………

 ……

 …


 あの日。

 神聖騎士団団長のアランことキャンサーに敗れた俺は、グランディール王国軍に介抱されて一命を取り留めていた。

 騎士達にその後の勇也達の話を聞いた俺は、一週間何も食わずただ茫然と部屋にこもっていた。


 落ち込んでいた俺を救ったのは、セリスの執事トーマスだった。

 俺の状態を聞いたセリスが、自分の執事をこの場へと派遣したのだ。


 俺はトーマスに全てのことを話した。

 無気力で部屋から出る勇気がなかった俺は頑なに部屋に閉じこもっていたが、久しぶりに聞いたトーマスの声に思わず扉を開けてしまった。

 いつものように柔らかく微笑むトーマスの顔を見て、俺は全てのことを話した。


 クリスを守れなかったこと。

 怒りに身を任せ、親友の友達の命を奪ったこと。

 親友と本気で殺し合いを始めたこと。

 もう一人の親友を守ることができなかったこと。


 全てをトーマスに懺悔として告白した。


 トーマスは何も言わず、ただ俺の話を聞いていた。

 全てを話した俺は、トーマスに尋ねた。


「俺はこれからどうしたらいい?」

「……」

「何もできなかった無力さだけがずっと俺を苦しめる」

「……」

「もう、生きることに疲れたよ」

「……ユウジ殿。これを」


 トーマスは懐から巻紙(スクロール)を取り出した。

 その巻紙(スクロール)を開き、魔力を込めた。

 すると。


『聞こえますか、ユウジ様?』

「―――ッ!」


 セリスの声が聞こえた。


『お母様の通信魔法を改良したものです』


 苦笑するセリスの声を聞きながらも、俺はただただ怯えていた。

 俺はクロイツに向かう前、セリスに約束したのだ。

 ―――必ずクリスを無事グランディール王国へ連れ帰ると。


 どんな顔で聞いていいのか、俺はわからなかった。

 セリスは話を続けた。


『騎士達の報告を聞いて、ある程度ユウジ様の状況を整理しました……大変でしたね』

「―――ッ!」


 俺を労わるように優しい言葉で励ますセリスの声。


 頭の良いセリスのことだ。

 俺がやった行動や気持ちを全てわかっているはずだ。

 どんな裁定が訪れるのか、俺はビクビク震えていると。


『お兄様ですが、まだ意識は回復していませんが、命に別状はないようです。ユウヤ様でしたね。その方に本当に感謝ですね。もちろん、ユウジ様にもですけど』

「セリス、俺は!」


 話しかけても無駄だとわかっているのに、俺は巻紙(スクロール)に向けて呼びかけた。


『ユウジ様のことです。皆を、お兄様を守れなかったと、自分を責めているのではないか心配です。お願いです。どうか、自分を責めないでください。ユウジ様は充分すぎるくらい私達を守ってくれました。お兄様もきっとそう思っています』

「違う! 俺はお前らを守れなかったんだ! それどころか、志まで俺は殺そうとしたんだ! 俺は-――最低なロクデナシなんだ!」


 誰かに俺の罪を罰してもらいたかった。


 ここにいる周りの騎士達は、俺がやった行いを称賛していた。

 よく、クリス王子の仇をとったと、誰もが俺を誉め称えていた。


 ―――冗談じゃない! 俺が称賛されることなんて一つもない!

 なあ、セリス。頼むから、俺を罰してくれ。

 じゃねえと、俺は自分が今もこうしてノウノウと生きている意味が全くわからねえんだ!


 縋る思いで、俺はセリスの声を待つ。


『……それでも、自分を許すことができないとお思いであれば、私から一つお願いがあります―――戦場にいる我が国の騎士達の命を救ってはいただけないでしょうか?』

「……」

『教会から通達がありました。ベルセリウス帝国との全面戦争が始まると。既に、父は騎士達を率いてそちらに向かっています。よほど、お兄様が殺されかけたことを許せないのでしょう』


 俺はただ黙ってセリスの話を聞く。


『これから戦争は規模が膨らみ、恐らく勝手ないほどの甚大な被害が出ると私は考えています。そのために、私は戦争を早期に終結するため今から動こうと思います!』

「……戦争を終わらせるって、できるのか?」


 思わず尋ねてしまった。

 今回の戦争の引き金を引いたのは、志だった。

 大勢の王国連合の騎士達を虐殺したことで、両国は止まることができない状況に陥った。


 だが、俺は知っている。

 全ては、教会の仕組んだ罠だったことを。

 そのことを、今になって思い出した俺は、


(……許さねえ! アイツラだけは絶対に)


 先ほどまで、意気消沈していた心に灯がともる。


『ユウジ様には、戦争が終結するまでそこで皆を守ってほしいのです。とても無茶なことを言っているとは思いますが、これはユウジ様にしかできないことです。どうかお力をお貸しください』

「……わかった。今度こそ必ずやり遂げて見せる」


 セリスは俺にチャンスを与えてくれた。

 絶対にやり遂げて見せる。


「爺さん」

「はっ!」


 後ろで聞いていたトーマスを呼び、俺はあの日見た真相を全てトーマスに伝えた。


「頼む。セリスにこのことを伝えてくれ。敵は帝国やオーラル王国じゃない。教会なのだと」

「かしこまりました」


 トーマスは急ぎ、セリスのいるグランディール王国へと帰還した。


 …………

 ……

 …


 それからの俺は戦場でひたすら戦い続けた。

 味方がピンチであればすぐのその場に駆けつけ、相手を遠くへ吹き飛ばす。

 決して殺しはしない。

 相手を殺してしまえば、より憎しみが増し被害がより拡大するからだ。

 セリスの意に背く真似はしたくない。

 なにより、俺はもう人を殺したくなかった。


 戦地で多くの帝国騎士を吹き飛ばし、味方を救う俺はすぐさま王国連合の英雄として扱われた。

 止めを刺さないことをサブネクト王国のガーランド王やグランディール王国のルイ国王に指摘されることもあったが、俺はその命令には答えなかった。

 オーラル王国のイデント宰相も、俺が前線で戦う構えを見せればそれでいいと何も言ってこない。


 唯一、ネチネチと嫌味を言ってくる、俺の担任教師だった原貴士が気に食わなかったが、あいつも今じゃあ『光の勇者』という立派な肩書があるため、うかつに殴ることもできない。できる限り、原からは避けるようにしつつ、会った場合は我慢して耐えるだけだ。


 唯一、戦場で俺と同じ(こころざし)を持つ仲間ができた。


 ―――戸成 飛鳥だ。


 飛鳥も俺と同様に教会を憎み、戦争の被害を抑えるよう独自に動いていた。

 俺は飛鳥と協力することにした。

 お互いの情報交換をしつつ、戦地で会えば戦うふりをして、両国の騎士達を戦闘不能にして、できるだけ戦争の被害を抑えるよう動いた。


 しかし、俺達の行動を邪魔する奴らが現れた。


 同じ世界から来たクラスメート達だ。

 まず帝国側にいる異世界人、増井、福井の二人だ。


 この二人は、戦争開始時は虫を殺さないような大人しい奴らだったが、ある日、アイツらの友達、平田が殺されてから、アイツらは変わった。

 積極的に戦うようなり、人を殺すようになった。

 それも楽しそうに人を殺すのだ。


 大事な人を失い憎しみに支配される気持ちは、俺もよくわかる。

 だが、憎しみに支配されたまま戦えばきっと彼らは後悔するだろう。

 だから、可能な限り俺は彼らを止めてみせる。


 次に、王国連合側の異世界人である山川、川村、村田の三人。

 三人は、戦場で好き勝手に暴れまわる狂人だった。

 圧倒的な力を持つ神具を使って、帝国騎士達を根絶やしにしていく。

 だが、三人の攻撃に巻き込まれ味方の王国騎士達も犠牲になった。


 三人はサブネクト王国のガーランド王とオーラル王国のイデント宰相の命令しか受けつけなかった。飛鳥から話を聞いたところ、“魔物化”されたからだそうだ。


『魔物化』

 ベルセリウス帝国のトパズ村で、その現象が初めて確認された。

 体内に魔物が持つ魔石を有するようになり、身体能力や魔力が格段に底上げされ、さらには魔法も使えるようになるそうだ。

 ただし、魔物化された人間は理性を失い、死んだときには魔物と同様に魔石を残して死ぬ。もはや人間であることを失くす現象だ。


 “魔物化”された人間は、三人だけじゃなかった。

 この戦場にいるサブネクト王国とオーラル王国の兵士達半分は、イデント宰相の手により魔物化されていった。

 両国の騎士達は、進んで魔物化を選択したそうだ。


 イデント宰相から、神に近い高次元の人へと生まれ変わるという、言葉を聞いてそうしたそうだ。アイツの言葉には不思議な力を感じた。別に魔力で操っているわけではないのに、言葉を巧みに操り人々を自分の進むべき方向に巧みに利用している。

 本当に恐ろしい奴だと感じた。


 幸いなことに、グランディール王国は、国王が反対したことと、全員が魔法を使えることを理由に騎士達が魔物化することはなかった。


 そのことにはホットしたが、近ごろルイ国王の様子がおかしい。


 戦場に来た当初は、兵の犠牲を少なく済むよう采配していた王が、ここ最近は無茶な特攻を兵に命じるようになった。

 配下からの助言にも、すぐに感情的になり時折荒げた声で部下を罵る姿も見えた。

 まるで、人が変わったかのように王は乱心し始めた。


 ルイ国王がおかしくなった理由について、俺はすぐさま教会の聖女ジェネミの関与を疑った。勇也に真っ二つに切られ命を落としたアイツだが、それ以降この戦場では姿を見かけていない。生きているわけがないと思うが、何故だろう、奴以外に考えられなかった。


 ジェネミ以外に、勇也を狙ったカプリコーンとヴィルゴも王国連合の野営地内で一度も姿を現さなかった。

 時折、神聖騎士団団長のアランが戦場に姿を現すこともあったが、怒りを堪え、ただ状況を待った。セリスがきっと何か対策を用意してくれるはず。その時まで俺は奴らに何もしないと決めていた。ただ、教会の動向は常に見張っていた。


 教会の連中は、基本王国連合とは別行動が多かった。

 言うなれば、遊撃隊のような立場だ。

 イデント宰相の指揮下に入っていないため、彼らは基本自由に行動できるみたいだ。


 ここまでが、この二か月間に起きた主な内容になる。


 ………

 ……

 …


 朝食を食べ終えた俺は、部屋へと戻り支度を整える。

 しばらくして、カーンと大きな鐘の音が聞こえたので外へと出た。


 王国連合の野営地の広場。

 壇上を前に、各国の騎士達が一斉に整列している。

 皆、次の鐘が鳴らす戦闘の合図を待ちわびていた。

 俺もすぐさまグランディール王国軍の列に入り、待機の構えをとる。


 壇上には、イデント宰相、ガーランド王、ルイ国王、そして光の勇者である原の四人がいた。


 原の顔を見るたびに、苛立ちが募る。

 アイツの顔は、完全に勇也の顔に似せて整形されていたからだ。

 そして、なにより勇也を捕えたのが原という話を聞いて、絶対に許せない敵だと、俺は改めて再認識した。


 ちなみに奴の右目は眼帯で覆われている。

 酷い火傷の跡があり、治癒魔法で修復できるはずなのに奴は頑なに断っているそうだ。


 全員を代表して、イデント宰相が下にいる騎士達に告げる。


「さて、だいぶ戦線が長引いています。皆もかなり疲れていることでしょう。そのためにも、本日、我らは()()()の一つをきります! これでこの戦争も終結を迎えることでしょう!」

『『『おぉおお!』』』


 疲弊した王国連合の騎士達だったが、イデント宰相の切り札という言葉に反応して皆の士気が上がる。

 だが、俺はイデント宰相の切り札というものがどんなものか気になって、それどころではなかった。


(切り札だと! どうせろくでもねえ作戦だろう!)


 この戦争中、王国連合の最高指揮官であるイデント宰相はあまりに冷酷すぎた。

 自分達の騎士を捨て駒として切り捨てたり、魔物化した兵を遠距離で自爆させるなど、手段があまりにも酷すぎた。

 今回の切り札とやらも、恐らく多くの人々が犠牲になることが予想される。

 自分は安全な場所でノウノウと指示するイデント宰相を俺は心の底から軽蔑している。


「我々は正義の名の下に集う同志達です。さあ、にっくき悪の帝国を滅ぼしましょう!」

『『『うぉおおおおお!!』』』


 王国連合の騎士達の掛け声が、響き渡った。

 すると、反対方向から帝国兵の掛け声が返ってきた。

 向こうもどうやら準備万端のようだ。


「……何が起こるかわからねえが、絶対に守って見せる」


 皆を守るために戦う。

 それが、俺ができるせめてもの罪滅ぼしなのだから。


本章前半は、飛鳥と雄二の二人のお話しになります。

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