第15話:アジトへの奇襲
連続投稿です。
暗闇が辺りを支配している深夜。
人が持つ松明の他に、微かな月の光が辺りを照らしていた。
そんな淡い明るさに対して、禍々しい紫紺の光を発している場所が見える。
本来、魔物もいない穏やかで様々な動物や植物がいた生命力あふれる豊かな森だった場所が、一日で大きく変容していた。
かすかな紫紺の光を纏い、赤黒い葉をつけた樹木。
枝木は不自然に折れ曲がり、不気味さをひきたたせていた。
樹木に潜み、敵を今か今かと待ち構える不気味な魔物の集団。
魔物の集団の中には、トパズ村を襲った襲撃者達の姿があった。
襲撃当時と比べ、男達は体つきがたくましくなっており、瞳の色は魔物と同じく真っ赤な色をしていた。凶暴な魔物達と行動を共にしており、アシルドが潜む洞窟を守るように配置されていた。
正に〝異界“と化した場所を遠くから見つめる集団がいた。
ガイネルが率いる帝国騎士団だった。
集団の先頭に立ち洞窟のほうを見続けるガイネルに、斥候を終えた団員が報告する。
「報告します。洞窟を中心とし、円状に約1km範囲が〝異界化“しています。その森の中に盗賊団とおぼしき人数が70人待ち構えております」
「うむ」
「さらに、魔物もFランクの『ウッドウルフ』、Dランクの『ポイズンスコーピオン』といった魔物が多数おり、推定ですがその数は500以上と思われます」
「なっ、500以上だと!!」
斥侯の報告を聞いて、その数に驚く団員。
現在、ここにいる帝国騎士団は30人程度である。
腕が立つ帝国騎士団員とはいえ、あまりの敵の多さに驚くのは当然だった。
うろたえる団員に対して、ガイネルは落ち着いた様子だった。
「ふむ。この人数では、ちと面倒だが……小僧、どうする?」
「当初の予定通りでお願いします」
ガイネルの隣で目をつむっていた志がガイネルに尋ねられ、目を開け答える。
覚悟を秘めた強い眼差しで先方―――美優達がいる洞窟を見つめる。
「ココロ殿!! やはり、無茶です。貴方一人で先行するなんて」
そんな志に、隣にいたメルディウスが声をかける。
メルディウスの言葉通り、志はこれから単身であの〝異界化“した場所へ突撃することが決まっていた。
最初聞いたメルディウスは「無茶だ」と、何度も志とガイネルに止めるよう促した。
しかし、結局二人に聞き入られることはなかった。
「大丈夫ですよ。メルディウスさん。すぐに終わらせますから」
「ココロ殿……」
心配するメルディウスに、志は優しく笑いかけた。
深呼吸して、志は再び前方を強く見据える。
(こいつらを殺す―――ただ、それだけの作業だ)
先ほどメルディウスに見せた表情とは打って変わり、志は冷たく黒い瞳でこれから殺す敵を見定める。
そんな志に、
「おい、約束はちゃんと守れよ」
「……わかってる。美優、飛鳥、村人達を開放し、盗賊団を壊滅させた後、ティナとの闘いに応じる。それでいいんだろ!?」
「おう」
頭の後ろに両手を組み、暢気に構えている犬耳の少女―――ティナが尋ねる。
「その代わり、ティナも約束を守れよ」
「たりまぇえだ! 約束を破るのは人間だけだからな。オレは絶対約束を守る! それがオレのポリシーなんだからな」
念を押す志に、ティナはアハハとのんきに笑う。
志はティナに一時休戦を申し込んだ。
美優達や村人を助け出したら、場を改めて、今度こそ全力で戦うことを条件にして。
ティナもトパズ村で志との戦闘に不満があったため、その条件を呑んだのだ。
「で、確認なんだけど、あの森の中には、人質達はいないんだよね?」
「ああ、村の奴らは全員、あの洞窟にいるな。あの森には、獣臭い魔物の匂いしかしねえ」
「……わかった。ならいい」
狼の亜人であるティアの嗅覚で人質の所在を確認した志は、
「【ウェーニ・グラディオ(来たれ・大剣)】」
手元に自分の神具(大剣)を出現させた。
神具を発動させたことで、志の瞳は紅蓮のように赤く光り出す。
「よし、始めるか」
そう呟いた志は、大剣を両手に握りしめたまま前方へ勢いよく駆け出した。
…………
……
…
「なんだ、あれ?」
異界化した森にいる盗賊団員の一人が気づいた。
白く閃光のように輝く炎がこちらに近づいてきているのだ。
よく見ると、少年がその炎を大剣に纏い単身で向かって来ていた。
死にたがりの馬鹿な奴だと、団員は思った。
長のアシルドが配下に置く『グリムガーデン』という魔物により、力を与えられた団員達は、自分達がもはや普通の人間ではない、特別な力を得たことに気づいていた。
素手で石壁に穴を開けるほどの怪力、砕いたにも拘らず傷一つつかない頑丈な体。
危険な魔物達を使役できる能力など、明らかに人間離れした力を与えられていた。
特別な力を手に入れ優越感に浸っていた団員達は、
(俺達に敵なんていねえ!! 最強と名高い帝国騎士団も俺達には敵わねえ!!)
と誰もが思っていた。
「……【紅蓮―閃】!!」
――白く輝く巨大な閃光がこちらに振りかざされる前までは――
…………
……
…
志は大剣にまとった巨大な白い炎を盗賊団員達に向けて振りかざした。
途端、閃光が奔り、白い炎がありとあらゆるモノを焼き尽くした。
異界化した木々。
毒沼となった池。
ウッドウルフ、ポイズンスコーピオンといった多数の魔物。
そして、盗賊達。
全ての者達が炎に包まれ灰となった。
そんな光景を無表情に見つめたまま、志は洞窟に向かって走る。
突然の出来事に驚愕した盗賊達。
すぐさま、彼らは大勢の魔物達を志へ差し向ける。
しかし、
「―――どけ!!」
袈裟切り、水平切りと、志の一振りで魔物達が死に絶えていく。
魔物達の攻撃も志にまったくかすりもしていなかった。
まるで、自分達の動きが予測されているかのように軽々と躱されていく。
「この、化け物が!!」
焦り出した盗賊達は志が大剣を振りかざした直後を狙い、志に目がけてナイフを一斉に投げる。
(これなら避けられないはず!! 殺った!!)
盗賊達の誰もがそう思った。
しかし、志の身体に纏う赤い炎のようなオーラがその隙をカバーする。
投げつけられたナイフがその炎に触れた途端、灰と化した。
その炎はまるで意思を持つかのように志を守った。
さらに、炎の一部は形をナイフに変えて、盗賊達に目がけて一斉投射される。
ギャーッと断末魔の悲鳴を上げながら、次々と倒れていく盗賊達。
「クソーーー!! 聞いていねえぞ!! 騎士団にこんな化け物がいるなんて!!!」
盗賊達はCランクの『スリーピングタランチュラ』三十体を全て志に差し向けた。
多方向から照射される無数の糸。
糸には睡眠効果を付与した毒があり、触れるだけで瞬時に眠りへ誘う。
糸に触れて眠った獲物を強靭な顎でかみ砕く、これが『スリーピングタランチュラ』の必勝パターンである。
しかし、身に纏う炎によりジューッと糸を焼く志にはまったく効果がなかった。
群がる巨大な蜘蛛を前にして再び、
「【紅蓮一閃】!!」
大剣に少し溜めた魔力を解き放ち、周囲を焼き尽くした。
志は再び目の前の敵をひたすら燃やし続けていく。
そんな化け物じみた志を遠くから見つめている人達がいた。
「―――アハハ、すごい……すごいじゃん!!」
ティナは圧倒的な強さで次々と敵を葬る志の姿を見て歓喜していた。
「―――これは一体……」
「なっ、アヤツに心配する必要などないのじゃ」
驚くメルディウスに対して、ガイネルは予測手していたことを淡々と話す。
今の志の姿は、先ほどまでの姿と大きく異なっていた。
髪が雪のように真っ白になっているのだ。
瞳の色も、神具を出した時の色に比べ、さらに紅蓮に紅く輝いている。
「あれは二週間前、ちょうど、お主達がサバイバル訓練で留守にしていたころじゃ。ワシは小僧を殺す気持ちで戦いを挑んだ。神具の扱いは誰よりも上手かった小僧だが、人を傷つける際、やつは必ず躊躇う。その癖を治すためだった」
ガイネルは当時自分と志の身に起こった出来事をメルディウスに説明する。
「はじめは逃げ回っていた小僧だが、ワシの本気を知り、逃げる余裕を失った。徐々に、自分の身を守るためワシと戦いいくつか致命傷を与える攻撃も見られるようになった……試みは成功だった。だが――」
ガイネルは一度言葉を区切る。
「ワシらの戦いに惹かれて『デスフリー』が多くの魔物を引き連れ現れたのだ」
「『デスフリー』って!! 〝魔の森“の主でCランクの危険な魔物じゃないですか!!」
「そうじゃ。大した攻撃はしてこんが、周囲の魔物を鱗粉で支配し、さらにパワーアップさせる厄介な魔物じゃ。そんな奴らがボロボロの小僧に突然襲ってきたのじゃ」
正に絶体絶命の状況だったと、ガイネルは思った。
しかし、「このまま、死んでたまるかぁあああ!!」と志が叫んだ途端、今のように、志は髪が白く、瞳の色が更に赤く輝き、そして体に炎を纏ったのだ。
「瞬殺だった。ありとあらゆる魔物を瞬く間に灰へ変えた―――そして、全ての魔物を倒した後、今度はワシの命を獲りに向かってきたのだ」
「!!」
「その後は本当に命がけの戦いじゃったよ。正直、久しぶりの死闘にワシも思わず興奮してしまったわ」
絶句したメルディウスに対し、ガハハとガイネルは陽気に笑う。
「しばらく戦ったが、小僧の魔力がつきてそのまま倒れおったわ。まあ、その後、小僧はすぐに目を覚ましたがのお。で、突然どうして強くなったのか小僧に聞いたのだが、『わかりません。魔物に襲われて殺される、そう思った途端、突然目の前に扉が現れて、知らないまま持っていた大きい鍵を、誰かに言われるままに扉へ差し込んだ途端、頭がクリアになった』と言っとたわ」
「誰かとは?」
「わからんらしい。で、頭がクリアになった小僧は余計なことなど何も考えなくなったらしい。ただ、自分の命を狙う敵を片付ける、その思考のみが頭の中を支配しておったそうじゃ」
「だから、魔物を倒した後、ガイネル様に戦いを挑んだと」
「そうみたいじゃの。ワシも全力で戦ったからの、小僧の本能からしたらワシも敵と思われたのかもしれんの」
まあ楽しかったからいいんじゃがのと、ガハハとガイネルは笑う。
「……だから、途中でガイネル様は志殿とマンツーマンで特訓するようになったのですね?」
「うむ。小僧のあの力――小僧は【神気開放】と呼んでいるのじゃが。小僧自身が制御しきれん危うい力での。ワシが面倒をみとった。結果、いつでも発動することはできるのじゃが、やはり周囲の者全てを殺そうと考えてしまうそうじゃ。今は取りあえず自分の意思で能力を解除できるまで制御しきれるようになったがの」
メルディウスはガイネルの言葉を聞きながら思考していた。
サバイバル訓練から帰ってきた後、『小僧の特訓はワシが行う』とガイネルに言われたときは、自分に何か不手際があったのだろうかと心配していた。
結果、二人は【武装灰化】という破廉恥な技を私達女性陣に見せてきたのだから呆れていたのだが。
裏では【神気開放】を制御する術を探していたのだということをメルディウスは悟った。
曲がりなりにも先生として指導していた自分が何も知らされていないことにメルディウスは落ち込む。
そんなメルディウスを見たガイネルは、
「すまんのお。小僧から、お前や嬢ちゃん達には【神気開放】の力のことを知らせないよう口止めされておったからな」
「何故ですか?」
「……『化け物として見られるんじゃないか』と恐れておったわ……本当、臆病な奴じゃの」
「何ですか! それは!! 私は彼をそんな目で見ない!!」
「わかっておる。じゃが、奴は怖かったのじゃろうな。仲間と思える人達に恐れられることが」
自分が信頼されていなかったことを聞いて憤るメルディウス。
ガイネルも志の考えに思わず溜息をつく。
「……もう怒りました。今から、私も向かいます」
「ってオイオイ!! 聞いておったか、メルよ。今あの場へ行けば、小僧はお主を敵とみなし斬るぞ!」
突然、志の下へ向かうと宣言したメルディウスにガイネルは慌てる。
メルディウスはビーグルの魔法により、現在ゴスロリ服を着た状態になっている。
つまり、まだメルディウスは魔法を使えない状態なのだ。
いくら剣技に優れているとはいえ、得意の風魔法が使えない状況。
さらに、魔物や強化された盗賊が犇めく場所に【神気開放】の志がいるのだ。
とてもじゃないが無謀すぎるとガイネルは思った。
「……わかっています。ですから、ココロ殿がいない洞窟の裏側へ参ります」
「人質の救出か」
「はい。せめて、それぐらいはお役に立たなければ、申し訳が立ちません――ティナ殿!!」
「ほいほい。呼んだ~!?」
メルディウスに突然呼ばれたティナ。
「人質救出班に私も参加する!」
「別にいいけど、大丈夫!? メルねえは今魔法使えないから、正直足手まといだと思うけど」
「私には剣があります。それに、貴方だけでは最悪、ミユ殿達と争う気がして心配です」
「……それもいいなぁ」
「何かいいましたか!!」
「いいえ、何も!! わかりました。お願いします!」
ギロリとメルディウスに睨まれたティナはブンブンと横に頭を振る。
一方、
「何なんだ。あの化け物は!!」
アシルドは先ほどから水晶に映る光景を見て憤慨していた。
その光景は、白髪の少年が単騎で手下や魔物達を次々となぎ倒していく姿だった。
ビーグルからもらった戦力は十分すぎるほど強力なはずだった。
帝国騎士団の中隊と戦っても十分おつりがくるそんなレベルの戦力だった。
しかし、その戦力がたった一人の少年に蹴散らされている。
アシルドには信じられない光景だった。
「……まさか、ここまでの力を持ってるとはね~」
アシルドと同じ部屋でその光景を見ていたビーグルも驚いていた。
「おい! どうする!? このままじゃ、奴はすぐにこの場へとやって来るぞ!!」
「ちょっと黙ってなさい!!」
ビーグルがパチンと指を鳴らす。
すると、傍に控えていた『グリムガーデン』が主人であるアシルドを拘束する。
「何をする」と声高く叫ぶアシルドだが、『グリムガーデン』に簡単に気絶させられた。
「うーん、宝珠システムの確認は十分すぎるほどなんだけど、これじゃもう一つの実験がスムーズにいかないわね~どうしましょう!?」
クネクネと体を揺らすビスチェ姿のオッサン(ビーグル)。
武器商人を名乗り、盗賊のアシルドに手助けしているこの変態。
実の目的は、アシルドに貸し与えた〝魔物操作の笛 “を使った、とある実験のためだった。
魔法が使えない盗賊達が、笛を使うことにより『グリムガーデン』を支配下とする。
そうすることで悪魔の眷属の力を得て、自身の体内に蓄積しているマナを魔力へと変換させ魔法を行使させる、そんな実験だった。
実際、盗賊達は悪魔の力を得てパワーアップしていたので、実験は順調だと言えた。
後は戦いながらその力の扱い方に慣れて、いずれ魔法を発動させることをビーグルは期待していた。
だが、
「魔法発動以前に、瞬殺だものね~実験にもならないわね~」
志の無双すぎる戦いで台無しになった。
実験体が次々と殺されるため、貴重なデータがまったくとれないのだ。
「はあ~仕方ないか」
深くため息をついたビーグルは、何かを決意しその場を後にしようとする。
「あっ! 忘れてたわ~」
ふと、部屋を出る前にビーグルは足を止めた。
そして、気絶しているアシルドと傍に控えている『グリムガーデン』の下へ行き、せっせと足元に魔法陣を描く。
そして、
「【万物の源であるマナよ。全てを形作る魔素よ】」
ビーグルが魔法を唱える。
すると、アシルドと『グリムガーデン』が黄色く光輝く。
「【今ある形を解き放ち、マナの糸を紡がん】」
アシルドと『グリムガーデン』の身体が、粒子状に分解していく。
分解した粒子は空中で糸になる。
「【結べ縦の糸。素は人の因子、結べ横の糸。素は魔物の因子、今それを一つとする―――合成魔法―――発動】」
詠唱された言葉に導かれるように、糸となった二人は一つとなり眩い光とともにソレは生まれた。
ソレは頭部が二つある形の二足歩行の人型魔物だった。
2M以上ある巨体の皮膚は不気味に黒々と光輝いており、背中には四枚の翼が生えている。
「ふう~、さすがに魔封じドレス発動中の状態で、合成魔法を使うのは疲れるわね~」
目の前にできた新たな魔物を見て、ビーグルが思わずため息をつく。
「マナは……一応、Aランクか。まあ、アシルドはマナを大量に持っていたから当然と言えば、当然だけどね。新種の魔物となると……うん、『アシルド・グリムガーデン』と名付けましょう!」
そのまんまのネーミングをつけて、ビーグルはうんうんと満面の笑みを浮かべる。
「じゃあ、引き続き手下達の制御はよろしくね~あたしは、少しだけ足止めするから~」
全てを終えたビーグルは、返事もしない魔物に指示した後、その場を後にした。