SS3-6話:密談
原貴士のSSになります。
オーラル王国城の原の私室。
高価なソファーの上で一人ワインを片手に楽しむ原貴士の姿があった。
オーラル王国でのクーデターが終わり、ベルセリウス帝国との戦争が控えている今。
原は今後のことについて考えていた。
(さて、これから自分はどのように身の振りを決めるべきか)
今までは、王国連合を支配する絶対強者のイデント宰相に指示に従うだけで良かった。
だが、先日再び女神アンネムと謁見した際、イデント宰相は自ら女神の下に就くと表明した。
イデント宰相は新たな肩書―――牡牛座の〝タウロス“の地位を得て十二星座に加入したのだ。
「奴に上手く機嫌を取っていれば、それなりの地位を得られると思っていたが……あの女神達は正直信用できん」
原が危惧するところは、女神アンネムの他にそもそも教会組織というのが全く信用できない点にあった。
それなのに、イデント宰相はその教会勢力の傘下に入ると言ったのだ。
このイデント宰相の判断が、今後の自分の利となるのか、原は悩んでいた。
場合によっては、イデント宰相を切り捨てることも検討する必要はあるのだが。
(十二星座……正直、化物ぞろいの集まりだな)
女神との謁見で顔を会わせたキャンサーやヴィルゴの面々達。
全て化物じみた力を原は感じていた。
「……あんな連中の中に、お前達もいたとはな……なあ、ジェネミ。ゼロ。僕はどうしたらいい?」
十二星座のメンバーであり、原に道を示してくれたジェネミとゼロのことを思い出した。
(あれだけ死にそうにない奴がこうもあっさりと死ぬとはな……)
原は別にジェネミ達に男女間の恋慕を募らせていたわけではない。
ただ、あの二人によって自分は自分の生き方を見つけることができた。
原はそのことに素直に感謝していたのだ。
そんなふうに故人を忍びながら、一人寂しくお酒を飲んでいたときだった。
「随分寂しそうな様子ですね~良ければ、ご一緒しても?」
「……誰だ?」
突如、何もない空間から声が聞こえた。
声のほうへ振り替えると、ゲートが開き中からピエロの仮面を被った人物―――アリエスが現れた。
アリエスは手に酒瓶を持っている。
「お前は、確か天空城で会ったな?」
「ええ、そうです。あの時は挨拶しかできませんでしたが、改めましてベルセリウス帝国教会支部長を務め、十二星座の一人でもあるアリエスと申します。どうかよろしくお願いします」
左腕をクの字に曲げ、丁寧に頭を下げるアリエス。
「……一体、僕に何の用だ?」
「いえ、ジェネミと貴方は随分仲がよろしかった様子……ですので、貴方にはきちんとお伝えしておこうと思いまして」
『やっほー! タカシ元気してる?』
「何!?」
突如、ジェネミの声が聞こえ原が周囲を見渡した。
だが、ここには原とアリエス以外に誰もいない。
『ごめんね、タカシ。今、私教皇がいなくなったからその引継ぎ等で、天空城を離れることができなくなったの。しばらくの間、他のシスター達との同調も難しいみたいだしさ、だから姿を現さなくてごめんね。私は生きているよ。もちろん―――』
突如、ジェネミの口調が変化する。
『わたしも元気だよ! タカシ、わたしたちがいなくて泣いていた?』
「ゼロ……そうか、君も生きていたか」
久しぶりに話すことができたジェネミとゼロの声を聞き、原が安堵した表情を浮かべた。
その後、原とジェネミ、ゼロは他愛もない会話をしていた。
アリエスはそれを黙って見守っている。
ある程度、会話に花が咲いていたとき。
『あっ! もうこんな時間か……ごめん、私達やらなきゃいけないことがあるから落ちるわ。アリエスもタカシと話させてくれてありがとね』
「いいえ、気にしないでください」
『バイバイ、タカシ。また今度遊ぼうね~』
「ふん。まあ、精々向こうでも頑張ることだな」
本当は二人ともっと会話を楽しみたい原だったが、見栄が邪魔をしてつい二人の前で強がる。そんな原の真意をわかっているジェネミ達は笑って、「またね」と言い、声が聞こえなくなった。
聞こえなくなったジェネミ達の声に、原はなんとなく寂しさが胸の内に広がると。
「……すまなかったな。君を置き去りにしていて」
アリエスに謝り、原は改めてお礼を言う。
天空城を離れることができないジェネミ達のために、アリエスが空間魔法を使って声だけこの場にテレポートさせていた。
「いえ、気にしないでください。私には私の目的があるので」
そう言って、アリエスはおもむろに仮面を取り外し、素顔を見せた。
その素顔を見て、原が思わず驚愕の顔でアリエスを睨む。
「なっ、お前どうしてここに―――」
「安心してください。私は彼ではありませんよ。ただ、貴方同様に色々弄られた結果、このような姿に見えているのです」
そう言って、再び仮面を取り付けるアリエス。
あまり自分の素顔を見せたくないのが、原にはわかった。
「……私がこの素顔をお見せしたのは単純に貴方に腹を割った話をしたかったからですよ……ハラさんだけにね」
「……」
アリエスの寒いギャグに原は思わずスルーする。
「あら、あまり笑えないジョークでしたか~すみません。今いち貴方達の世界のギャグというのをあまり勉強できていないので……今度、向こうの世界に行ったときには勉強してきます」
「おい! 今、なんて言った!? お前、まさか―――」
「フフフ、ええ、そうです。私は貴方達の世界とこの世界を行き来することができます。これは女神アンネム様より与えられた私の能力が要因ですがね」
まさかここに来て、日本に元の世界に帰れる手段が見つかり原は驚いた。
だが、はじめ驚いた原だったが冷静に考えてみると、あまり必要ないと考えていた。
(今さらあんな世界に戻ったとして、また社畜のように働かされるだけなのだろう。今ならこの力を使って気に入らない豚共やゴミ虫達を好きに殺すこともできるが……)
今の地位と力を比べて、原は元の世界に戻るメリットをあまり感じられなかった。
それよりも、このある意味ゲームのような世界で多くの人々が苦難の表情を浮かべ、苦しむ姿を見るほうが楽しそうと原は考えていた。
原の思惑をわかっていたのか、ピエロも仮面の下で静かに笑いながら。
「ええ、わかっています。貴方がもう元の世界に未練はないことは分かっていますよ。貴方がこの世界に来て充実した日々を送っていることはジェネミからしかと話を聞いていますからね」
「じゃあ、何故僕に自分の力のことをばらした?」
原の考えはもっとものことだった。
というより、先ほどから会話のペースを完全にこの目の前の不気味な男に握られ、正直原はアリエスを警戒する以外に手立てがなかった。
「そんなに警戒しないでください~悪い話じゃありませんから」
そう言って、アリエスは盗聴防止の魔法を室内に展開させた。
これで誰からも二人の会話を聞くことができない。
「貴方達がこの世界に来ることになったバスガイド―――あれ、実を言うと私なんです」
「なに!」
今でも覚えている。
修学旅行中、バスに乗っていたら突如バスガイドが運転手に詰め寄り、ハンドル操作を誤らせたこと。それにより、自分達が谷底に転落したときのことを。
そして、結果自分達がこの世界に転移したのだから。
原の表情を見て、アリエスはコクリと頷く。
「そう、つまり皆さんをこの世界に招待したのは私なんですよ。つまり、今ハラ殿がこうして充実した日々を過ごせることができたのは全て私のおかげということですね」
「な、なにを馬鹿な―――」
「だってそうでしょう。この転移がなければ貴方は今も元の世界では、生徒達に見下され、好きでもない仕事をただこなさなければいけない、同僚や無能な上司のご機嫌伺いだってそう……あんな生活から解放されたのですよ。私のおかげで」
「つまり、お前は何が言いたい!」
自分のおかげと何度も強調するアリエスに、原が声を荒げる。
「なに、簡単なことですよ……ハラ殿。いえ原さん。こちらのほうがニュアンスとして正しいのですね。単純に、私側についてほしいのです」
「? うん、なんだそれは?」
原はアリエスの提案の意味が全くわからなかった。
「オーラル王国は既に教会と協力しているのだろう? ならば、僕はお前達の側についているのではないか?」
「いえいえ、そうじゃありません。私は教会ではなく、私につけとお願いしているのです」
「……詳しく話を聞こうか」
そうして、アリエスは自分自身が考えている計画の詳細を原に説明した。
全てを聞いた原は、アリエスの計画に賛同すべきかどうか大いに迷った。
(なんだ、コイツは! 確かに、コイツの言う通りに事が運べば……僕としては理想とする未来が待っている……だが、もし失敗すれば―――)
あまりにハイリスク・ハイリターンの内容に、中々原が決断を下せずにいた。
迷う原にアリエスが一言告げる。
「……ちなみにこの計画は、原さん以外にジェネミとゼロも知っています。まあ、私の先ほどの話で、私がどういう人に声をかけているのかわかりますよね?」
「ああ、確かにジェネミ達なら喜んでこの計画に賛同するだろう」
彼女達がこの世界を強く憎んでいるのは知っていた。
だからこそ、アリエスの提案はジェネミ達にとって行幸とも思える提案なのだろう。
だが。
「一つ聞きたい。なぜ、僕に話を持ち掛けた?」
「……」
「確かに僕はお前が求める“適合者”という器だ。だが、僕以外に“適合者”は他にもいる。剛田、それに捕まえた勇也も恐らく“適合者”になりえるのだろう? なら、そいつらに話を持ち込んでもよかったのではないか?」
「まあ確かにその通りなのですが……なに、簡単な話ですよ。要因は二つ。一つは貴方が手に入れたソレ」
そう言って、アリエスが指さしたのは棚に掛けられている白銀の剣『ソウルイーター』だった。
「『ソウルイーター』は殺した者の力を得る能力があります……言いたいことはわかりますよね?」
「まあな。だが本当に効くのか? あれに?」
「そのままでは効果はないでしょう。それほどまでに、この世界であの方の力は絶大です。この世界の武器では、奴に傷一つつけられないでしょう」
「なら―――」
「そこで“適合者”の器である貴方が必要なのです。“適合者”である貴方なら、あの力を取り込めば奴と同等の位に達することができる。そうすれば、貴方はあの方と同等に戦うことができるはずです」
「だが、それでも『ソウルイーター』では傷一つつけられないのだろう?」
「ええ、そこでこうします」
そう言って、アリエスは巻紙を懐から取り出した。
「これは、ヴィルゴの合成魔法の術式をもとに、カプリコーンとリブラが改良した術式です。この合成魔法で、貴方と『ソウルイーター』を合成させます」
「―――なるほど。『ソウルイーター』の能力を自分の体内に取り込んでおけば問題ないわけだな」
「ええ。だから、私は貴方にこの話を持ち込んだのです」
「……もう一つは?」
アリエスが自分を選んだ理由の一つは納得した。
というか、確かに『ソウルイーター』を持つ原しかいないだろう。
だが、別に原から『ソウルイーター』を奪う手段もあったはずだ。
「なに簡単なことですよ。私を造った要因でもある勇也達に関わりたくなかったからですよ……見るだけでも奴らに対する憎しみで頭がおかしくなる」
ふと適当な口調だったアリエスから、初めて怒りの感情が伝わるのを原は感じた。
「なんだ。つまり消去法ということか?」
「ええ、そうです。でもわかりやすいでしょう」
「まあ、確かにそうだな」
確かにこれほどわかりやすい理由はない。
(さて、どうする? アリエスの真意はわかった……あとは、僕がどうするかだけだが)
ハイリスク・ハイリターンの賭け。
これが、昔の自分なら悩まずこの話を一掃していだろう。
―――安定こそが全てと考え人の顔色ばかりを窺っていた自分だから。
だが、今は違う。
僕には夢ができた。
自身の夢を追いかけるのは、そんなに悪いことだろうか。
意に沿わないことに従ってただ“生きる”だけの生活しかしてこなかった過去の自分。
ふと、ジェネミの顔が頭の中を過った。
―――そんな自分など捨ててしまえ!
そうジェネミに言われた気がした。
「……わかった。お前に協力しよう」
「そうですか……ハラ殿ならきっと協力してくれると信じていましたよ……では、今日から貴方が私の主人になります。これから、どうか私達をお導きください」
「ああ、わかった。よろしく頼むぞ」
密かにオーラル王国の一室で、世界の命運を担う重要な会談がなされていた。
原貴士のSSは以上になります。
次回から、ここまでのキャラクター紹介と世界設定について12/24、26、28、30で投稿する予定です。
※作成していて、言葉が上手く統一できていなかったことがよくわかり大変反省しました。
1/1までの間、今まで投稿した話の誤字脱字なども修正していく予定です。
それでは、本年も残るところあと少しですが、平成最後の時間を楽しみましょう。
来年もよろしくお願いいたします。




