SS2-15話:怪盗キティ参上
久実のSSになります。
わたしは、アイリス・サース。
アグリ王国の南領地を統べる四大貴族の家系の娘です。
先々月から、迷いの森で拉致されたり、伝説の竜と対峙するなど、大変密度の濃い時間が続いています。
さすがにこれ以上のことはないかなと、考えていた時期もありましたが……
『おい、奴らはどこに行った!』
『くそ。またも“怪盗キティ”か! 毎度貴族の屋敷ばかりに侵入して好き勝手しおって!』
『今日こそ捕まえてやる!』
(ひぃいいいいい!)
只今、わたしは下手人として追われています。
追ってから逃れるため、取りあえず近くにあった木箱の裏へと隠れます。
足音が遠ざかるのを確認し、ほっと一息ついていたら。
「アイリス、囮役お疲れ様……大丈夫?」
「あっ! クミちゃん! 遅いよ! もう少しで捕まるところだったんだから!」
上空からクミちゃんが声をかけてきました。
夜空と同化するように綺麗な長い黒髪をゆらす少女の姿は、まるで夜空の女神のように見えた。だが、残念なことに、女神の顔はわたしと色違いの同じ仮面をつけているため、確認することはできません。
一見するとクミちゃんは宙に浮かんでいるように見えるが実際は違います。
先月、使い魔とした風竜を透明化させて、その背中に乗っているのです。
「ごめん、ごめん。でも、目的は達成したよ……例の物は入手できたし、不正な証拠も沢山見つけた。奪われた金品だってほら」
そう言って、久美ちゃんは担いでいた袋から大量の金貨をわたしに見せました。
あれだけの隠し金。
相当、今回の貴族も相当の脱税をしていたようです。
あと、権力を振りかざして平民からお金を奪い取り自分の私腹にしている人でした。
だからこそ、わたし達“怪盗キティ”が出動することになりました。
クミちゃんに手を引かれて、わたしは風竜の背に乗りこの場から離脱します。
わたしがきちんと乗ったことを確認し、クミちゃんは風竜に平民街へ行くよう指示を促します。
あっという間に、平民街へと到着したわたし達は奪った金品を街に向かってばらまきました。
事前に予告状を平民街の人達に通達していたため、下には大勢の人達が集まっていました。
彼らは空から降ってくる金貨をかき集めながら、上空にいるわたし達に向けて歓喜の声を上げます。理不尽な理由で、奪われたお金が戻ってきたのだから、当然だと思うし、同時に貴族であるわたしがもっとこの事態に気づいていたらと猛省する次第です。
クミちゃんは彼らに手を振ったのち、今回の依頼者のもとへと向かいました。
そこは、平民街の中でも比較的貧しい人達が住む場所です。
貧民街とも呼ばれているその区画に、今回の依頼者がいます。
「あっ! 怪盗キティのブラックとグリーンだ!」
「これは、これは! もしやキティ殿、依頼を果たしてくれたのですか!?」
家の中から、わたし達を出迎えてくれたのは五歳くらいの少女と白髪の老男。
この二人が今回の依頼者です。
経緯はこうです。
この貧民街の土地の権利書が、今回盗みに入った貴族によって奪われてしまいました。
貴族はこの貧民街を自分の新たな住居とするつもりでした。
これから冬を迎え、その準備をするだけでも必死なのに、住む家を奪われては死ぬしかない。
そう思った老男は、貧民街の代表として、わたし達“怪盗キティ”に依頼してきました。
わたし達に依頼する方法は簡単です。
決まったある時間に、“怪盗キティ”と呟き、あとは相談理由を話すだけです。
風に乗って多く押し寄せる依頼内容を瞬時に聞き入れ判断するのは、わたし達の村長こと、“怪盗キティ”を束ねるリーダー―――クミちゃんだった。
……というか、こんな超人的なこと、クミちゃんにしかできません。
依頼方法の宣伝については、わたし、レナさん、ミレーユさんや村の人達で“風の噂”として流していて、今のところ足はついていません。
「ねえ! ブラック! ピンクとレッドは!?」
「……二人なら別の場所で人助けをしているよ」
「そうなんだ。会えないのは残念だけど……でも、ブラックとグリーンがいるからいいや!」
少女はブラック―――クミちゃんと話せて嬉しいようです。
ちなみに、ピンクはレナさん、レッドはミレーユさん、グリーンはわたしです。
色はクミちゃんの独断と偏見で選びました。
なぜか、彼女は黒を譲らなくて、『ふっふっふ。孤高の存在でありながら、皆を密に助けるブラック! 超カッコいい!』と変なことを言っていたのが気になりましたが。
……密かにと言うけど、一番平民達に人気があるのはブラックであり、まったくもって孤高という存在からかけ離れているんですけど。本人が気づいていないから別にいいとしましょう。
クミちゃんは、奪い返した土地の権利書を老男に渡したのち、「もう大丈夫だから」と少女達に優しく声をかけました。
涙ぐむ老男とはしゃぎ喜ぶ少女。
思わず感極まってしまい、泣きそうになります。
小さいとはいえ自分の力が誰かの助けになれたことをとても誇らしいと思いました。
だからこそ。
「それじゃあ、わたし達はこれで……グリーン! やるよ」
「―――エッ!」
去り際に行うコレ(・・)だけは止めてほしいな。
「わたし達、怪盗キティ団におまかせよ!」
「わ、わ、たし、たち、か、かいとう、キティ団、に、おま、かちぇっ―――ッ!」
(噛んだ~)
(噛みましたな)
(……アイリス、またやっちゃったか……でもそこがまた可愛い!)
決めポーズ―――クミちゃんは振り返りながら右腕を上に、左腕は下に下げている。
わたしは左腕を横にして、右腕を右下にピンと伸ばすだけなんですけど、決めセリフ同様中々上手くできない。
……というか、正直恥ずかしくて爆死しそうです。
周りにいる老男達は気を使って、とても暖かな目でわたしを見守ってくれますが、逆に辛いです。
「それじゃ、お爺さん達も元気でね」
「し、失礼しました!」
「あっ! もう少しだけ、せめて御礼だけでも!」
「キティ行っちゃうの!?」
「……うん。まだ、私達の助けを必要とする人達は沢山いるからね。ごめんね」
「ううん。いなくなるのは悲しいけど我慢する。だから、キティ、みんなを助けてあげて」
「……良い子だ」
寂しそうな表情をする少女の頭にクミちゃんは手を置き、その場から立ち去った。
風竜に乗って上空へと飛んだわたし達は、西領地にいるレナさん達のもとへと向かいます。
予め指定していた集合場所には、レナさん、ミレーユさんの姿がありました。
二人の顔にも笑みが浮かんでいることから、どうやら無事依頼を果たせたみたいです。
まあ、隠密行動が得意なレナさんと様々な魔法が使えるミレーユさんですから、問題はないと思いますけど。
再会(と言っても、一周間ぶりですが)したわたし達は互いの近況を話した後、
「だいぶ、アタシ達に苛ついているみたいよ。各領地の領主達が王城にアタシ達を捕まえるよう要請しているみたいね」
「南のシドーさんの領地は問題なさそうです。無事、クーデターが成功して代理領主だったクラシキさんと側近だった者達は全員地下の牢屋に入れられて、シドーさんは無事領主の地位に戻ったみたい。街の混乱もなく、被害も少なかったみたいよ」
「……そうですか。レナさん、ありがとうございます」
「別に私だけじゃないよ~村の人達や奮起してくれた街の人達。それに、シドーさんの人柄のおかげだよ。皆、クラシキさんが領主となったことに不満を持っていたみたい」
「……兄さん」
一週間前。
最果ての村とフリーダ村の人達の協力を得てわたしの父シドーが、領地だったサース街へクーデターを起こしました。
わたしもその場に一緒に居たかったですが、父から強く止められてしまいました。
父は、娘のわたしに兄との争いを見せたくなかったそうです。
レナさんは、父のクーデターを手伝っていました。
……後から、聞いた話です襲い掛かるクラシキの手下達を、レナさんは目にもとまらぬスピードで無力化させていったことから、突撃隊長として大活躍していたそうです。
自分とそんなに変わらない年齢なのに、そんなことができるレナさんがとてもすごいと思います。
父のクーデターは三日間で終了し、父は無事領主の地位を取り戻すことに成功しました。
レナさんはその後、ミレーユさんの手伝いのため西領地へと休む間もなく向かったそうです。
ちなみに、移動の際はクミちゃんの風竜の分身体を使って運んでもらったそうです。
南領地から西領地まで徒歩だと一三日以上は余裕でかかるのに、それが一時間で着くなんて凄すぎます。
西領地では、既にミレーユさんが情報収集を済ませつつ、わたし達と同様に怪盗団として人助けを行っていました。
「―――で、約一ヵ月近くこうやって各領地を飛び回って情報収集をしながら、悪どい貴族達の不正証拠を集めてきたけど……クミ、やっぱりやるの?」
「うん。ずっと考えてきたけど、これしかないと思う」
ミレーユさんが真剣な面持ちでクミちゃんに尋ねました。
クミちゃんが怪盗団を結成した目的。
それは、
「予定通り王城に侵入しよう」
あまりに大それた計画を企んでいたからです。




