第14話:トパズ村の惨状、そして新たな覚悟
「―――!」
朝日を浴びて志は目を覚ました。
(たしか……ティナに襲われて、それから、美優が―――!!)
志は昨夜のことを思い出し、美優と飛鳥の姿を探す。
しかし、周りは草木一辺倒で誰も見当たらない。
(そうだ。ティナが僕とメルディウスさんを連れて逃げた後、回復した僕が美優達を助けに行こうと戻ろうとしたら、ティナに気絶させられて――)
「ティナ!! どこだぁああああ!!」
ティナに邪魔されたことを思い出し、僕は思わず叫び出した。
すると、ガサガサと草木をかき分ける音と共に、
「ったく、うるせえな~、こっちは徹夜して逃げてたんだぞ。少しは労われよ」
眠たげな顔でティナが姿を現した。
獣化した狼の姿は解かれて、ティナは人型の姿をしていた。
「うるさい!! なんで、僕の邪魔をしたんだ!!」
「―――おいおい、まだ冷静になってないのかよ~」
怒りの感情に支配され余裕のない志を見て、ティナは思わずため息をつく。
「あの場面で、村に戻ってもあの二人を助けるなんてできるわけねえだろう。兄ちゃんはオレにやられた怪我でボロボロ、騎士のねえちゃんは魔法が使えない、さらには人質もいた――逃げる以外に選択肢なんてなかったよ」
「―――ウッ! それでも」
「第一、オレは別にあのねえちゃん達なんて、どうでもいんだよ。兄ちゃんとさえ、また殺し合いができればそれでいいんだしな―――つうか、オレに指図してんじゃねえよ!」
眠たげな瞳から一変して、鋭い目でティナは志を睨みつける。
ティナの言う通りであった。
絶体絶命の状況で敵だったティナが志達を助け出さなければ、志とメルディウスもアシルド達に捕らえられていた。
それに、ほぼ身動きもできないほど痛めつけられていた志があの場で戻っても何もできなかっただろう。
志も頭では理解していた。
だが、
「させません!」
と、絶体絶命の中自分を助けてくれた美優の背中。
「メルディウスさん! 私はいいから、志達を連れて早く逃げて!!」
人質となり自分の身も危ないのに志達の安否を第一に心配する飛鳥の姿。
あの時の二人の姿が頭の中をよぎり、志はじっとしていることなどできなかった。
「まあ、この場所は一応村の近くだから、もしかし――って話聞けよ!」
ティナの言葉を最後まで聞かず、志はすぐさま村の方角へと走った。
…………
……
…
「これは――」
目の前にあるトパズ村の惨状を見て思わず、志は愕然とした。
炎に包まれ火の車となる家々。
炎に焼かれていない家も半壊した状態で、黒焦げになっていた。
その家屋の前で泣き崩れる人々や屋根の端材をどかしながら自身の子供を探し続ける父親と母親。
両親を探し泣き叫ぶ子供。
魔物と盗賊に襲われたのだろう、背中に大きな切り傷を受け血まみれで倒れている人々。
―――地獄のような光景がその場所にはあった。
志はフラフラした足取りで、その地獄の中を歩く。
途中、
『おい! そこのアンタ、大丈夫ならこっちを手伝ってくれ!』
『……だ、誰か、た……タスケテ』
『ママー!!』
様々な人々の声が聞こえてくる。
志はその声に応えることなく、美優達の姿を探し続ける。
(はは、これはウソだ。まだ夢なんだ。美優達を見つけたら、きっと元に戻るんだ)
身勝手な希望に縋るようにし、周りの助けを求める声を無視しながら、志は瓦礫の中を進む。
ふと、
「あっ――――」
とある黒焦げの家の前で志は足を止めた。
その家は、志達が宿泊していた宿屋だった。
二階建てで、趣のある木造りの素敵な家が、今は煤だらけのボロ家となっていた。
その前で、大将と女将さんが地面に膝をつき泣き崩れていた。
風に吹かれ志の顔に何かが張り付いた。
服の切れ端だった。
この店で仕事をする際、飛鳥や美優が着ていたエプロンの切れ端だった。
「あっ、あっ――!!」
もう、志は自分自身を騙すことができなくなった。
これは―――
「あぁああああああああああああ―――――――――――――!!!!!」
現実だ。
「―――――って、ココロじゃねえか!」
志の悲鳴に気づき、泣いていた大将が話しかけてきた。
しかし、自然に零れ落ちる涙が邪魔をして志は何も話すことができなかった。
それほどまでに、志は我を忘れていた。
そんな志を女将さんが優しく抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫だよ、ほら落ち着きなさい」
志はその優しさを受け、さらに女将さんの胸の中で泣いた。
…………
……
…
「ったく、落ち着いたか、ココロ」
「……はい、すみません。お見苦しいところを見せて」
「ハッ、別にいいって、んなことは」
と、照れ隠しに笑う大将。
「本来なら、大将達のほうが泣きたいはずなのに」
「まあ、泣いてる子が目の前にいたらね」
にこやかに笑う女将さん。
だが、二人の眼も赤く腫れていた。
先ほどまで泣いていた二人だったが、それでも近くで泣いている子供を心配し慰めようとする。
本当に優しくそして強い大人の人達だと、志は思った。
ふと、志は大将達の姿を見て気づいた。
(あれ? そう言えば――)
この場にいるはずの女の子がいないことに。
だから、志は大将達に恐る恐る尋ねた。
「あの、リカちゃんはどうしました?」
「「―――!!」」
志の質問を聞いて、暗い表情を浮かべる大将達。
リカは、大将達の一人娘である。
五歳と幼いながらも、両親の手伝いを積極的にするとても良い女の子だった。
宿屋の宿泊中、志達は良くリカと軽口を言い合う仲でもあった。
そんなしっかりしているリカが、この場に両親と一緒にいない。
志の頭の中に嫌な予感がよぎった。
「――リカは、盗賊団に連れていかれました」
「なっ!」
最悪の事実だった。
目の前でリカちゃんがさらわれたことを思い出し、その場で号泣する大将達に何と声をかけていいのか志は分からなかった。
ただただ、その場に立ちつくすことしかできなかった。
やがて落ち着きを取り戻した大将達は、「……このまま泣いてても意味がねえ」と呟き、救助を求める人達の方へ向かった。
志も大将達と一緒について行き、人命救助や瓦礫の撤廃作業を手伝った。
作業中、志は多くの瓦礫、そして村人の死体を機械の如く淡々と運んでいた。
だが、機械のように運ぶ志の中には、ある感情が募り始めていた。
(許……い!!)
どの死体も老若男女問わず、様々な人達が凄惨な顔をしたまま、等しく死を迎えていた。
両親なのだろう、自分達の子供の死体を見て涙を流す者達がいた。
(僕達だけでなく、村人も巻き込んだ!!)
涙を流す夫婦に声をかけ励ます大将と女将さん。
今すぐリカを助けに行きたい、が自分達には何もできないことをわかっているのだろう。
だから、自分達ができる精一杯をやろうとしている。
(リカちゃんや村の人達、そして美優と飛鳥をさらった!!)
目の前の瓦礫を撤去していく中で、志の心の中は徐々に盗賊団への憎しみに支配されていた。
と同時に、甘い考えを持って戦っていた自分を心の底から憎んだ。
ティナとの戦闘で、また斬ることを躊躇ってしまい、結果隙をつかれティナに敗れた。
その結果が今の最悪な状況に至ってたのだと、志はそう考えた。
「……小僧、覚悟は決まったか?」
そんな志の背中に、ガイネルが言葉をかけた。
「……師匠」
「ああ、全て知っておる。メルから聞いた……遅れてすまんかった」
ガイネルが志の肩に手を置き謝った。
メルディウスは志が気絶した後、帝国騎士団に連絡をとるためガイネルを探しに行っていた。
ガイネルを見つけ出した彼女は、今は別の場所で村人とともに復興作業を手伝っていた。
「いえ、全部僕の考えが甘かったのが原因です」
「……」
「わかってたんです。僕のあの力を開放すれば襲撃者達を簡単に倒す、いや殺すことができたって。でも、僕は人殺しが怖くて、それを躊躇いました。結果がこれです。僕達を狙ってきた盗賊団は村を壊滅し、リカちゃん、飛鳥、美優をさらっていた……守れたはずなのに、僕なら!!」
苛立つ全ての感情を抑えようと拳を握りしめるが、拳からポタポタと血が流れ落ちる。
「小僧、全てを背負うなと言ったところで、もう聞かんだろうな……その眼を見ればわかる」
志の様子を見たガイネルは励ましの言葉をかけるのを止めた。
「盗賊団の潜伏場所が分かった」
「!!」
「場所は、ここより南東に少し離れた洞窟。そこにおる。ワシら帝国騎士団は本日、夜にそのアジトに奇襲を行う」
「僕も行きます!! たとえ断られてもついて行きます!!」
「……わかっておる。今の小僧を誰も止めることはできんわ――なら、小僧、一つだけ誓え。もう迷うな。目の前の敵をただ殺せ」
「はい!!」
(もうあんな思いをするのは二度とごめんだ。
僕が守るんだ、美優も飛鳥も、村の人達も。全部。全部!!)
志の中に、一つの覚悟が生まれた。
………
……
…
トパズ村から南東にある洞窟。
入り口を通ると、大人二人が通れる横幅が広がっており少し歩くと大きな広間へと出る。
広間には多くのゴロツキ集団が疲れた様子で地面に横たわり倒れていた。
そして、そんあ人々を上から苦々しく見下ろす盗賊団の長アシルドとビーグルがいた。
「……全滅だと!?」
「みたいね~あの【鬼神】を坊や達から引き離すために大半の人員を割いたけど、誰一人帰ってこなかったみたい。当然、貸し与えていた魔物達も一緒にね~」
「――――!!」
トパズ村を襲撃する前、アシルドは手下に各地で暴れるよう指示をしていた。
理由は、【鬼神】と【疾風の妖精】を志達から引き離すためだった。
結果として、最も厄介な【鬼神】を引き離すことに成功したが、その被害は甚大なものだった。
(200人だぞ、操った魔物を加えたら500は超える数だぞ、それを全滅させるなんて化け物か!!)
【鬼神】の恐ろしさを目の当たりにし、アシルドの額から冷や汗が流れる。
さらに、アシルドの予想に反して、襲撃時の被害が多く出てしまった。
手下およそ100人と魔物150体を使い、村を襲ったが、帰ってきたのは手下70人のみであった。しかも、手下の大半は昨日、美優や飛鳥にやられたダメージで動けない者ばかりいた。
そのため、アシルドはこの仮のアジトに今も留まっていた。
(クソ! 本来なら、こんな場所を離れて、〝ヨルド公国“に向かっていたはずなのに)
アシルドは苦々しい表情で、後ろの檻の中にいる美優と飛鳥を睨む。
美優と飛鳥は手足を縛られ、身動きが取れないまま、横に倒れている。
「さらに厄介なことに―――どうも、この場所、ばれてるみたいね~」
「なんだと!!」
「さっき、アタシの手下に確認してもらったんだけど、今日の夜にここを襲撃するんだってさ。あの【鬼神】が」
「――!!」
アシルドはひどく動揺した。
今から逃げようにも、手下は動けない。
さらってた美優、飛鳥の他にもいくつか売れそうな村人を自分一人だけ運ぶなんてことはまずできない。
いや、もう諦めて自分一人だけ逃げるという選択肢もある。
しかし、これだけの犠牲を払ってまで、捕まえたのだ。
そんな利益と自分の命優先の考えの二つに苛むアシルドに、
「なら~、これを貸し与えましょうか」
「なんだ、それは?」
ビーグルが袋から虹色に輝く笛を取り出した。
「これは、アタシが最近手に入れた教会の最新兵器の試作品。〝魔物操作の笛 “って言うらしいわ。この笛を吹けば、どんな魔物も貴方の支配に置くことができるわ――さらに、【召喚―――出でよ、グリムガーデン】!」
ビーグルが宙に描いた魔法陣から、背中に翼を生やした異形の怪物が姿を現した。
全身が黒く、顔は骸骨。その姿は、悪魔と呼ぶにふさわしい。
「『グリムガーデン』だと!! Bランクの化け物じゃないか!」
アシルドが『グリムガーデン』の姿を目の当たりにし驚愕する。
ここ帝国のベルセリウス地域の魔物は、たまに〝魔族“が〝魔大陸”から連れてくる魔物を除けば、Cランクが上限である。そのため、Bランクの魔物は普通こんな場所にはいないのだ。
「前から付き合いは長いが……お前、本当に何者なんだ?」
そんな魔物をいとも簡単に召喚して見せたビーグルに、アシルドは危機感を覚え警戒した。
「あら~乙女の秘密に簡単に踏み込まないでほしいわね……それに、今回はウチのアホ娘が迷惑をかけたからね、そのお詫びよ」
軽快するアシルドにビーグルは軽くウィンクする。
「この『グリムガーデン』は、周辺を〝異界化“させることができるわ。つまり、この〝周域主”になる。となれば、この周域には多数の魔物が出現し、それらの魔物は全て『グリムガーデン』の支配下におかれるわ。さらに、グリム!」
ビーグルが『グリムガーデン』に呼びかけると、『グリムガーデン』は広間で苦しんでいる手下達の下へと降りた。
そして、手下達に向かって魔法陣を照射していく。
魔法陣をその身に浴びた手下は、はじめ痛みに苦しんでいたが、途端痛みがなくなり、さらに力が増したかのように元気に飛び跳ねた。
「『グリムガーデン』は、〝強化魔法“が使えるわ~これで、貴方の手下達も大丈夫ね~」
「おぉおおお!!」
次々と元気な姿を取り戻していく手下達を見て、アシルドは狂乱の笑みを浮かべる。
「ただ、言っておくけどこの魔法は、異界化しているエリアでしか使えない。つまり――」
「……ここで【鬼神】を向かい討て―――そういうことか」
「ええ、その通りよ」と、ビーグルはにこやかに笑う。
「よかろう、これ以外に手段がないのだ。この博打、見事に勝利してみせるわ!!」
ビーグルから笛を受け取りその場を後にするアシルド。
その後ろ姿を見つめていたビーグルは、
「さて、ようやく実験開始ってとこね……にしても、あのアホ娘、本当に何やってんだか」
ボソッと呟き、苦笑いを浮かべていた。
※2018/6/30:誤字脱字等を修正。