第95話:勇也の決断
「まずいよ、勇也! みんなが!」
周りの深刻な被害状況を見て、戦闘中にもかかわらず志が勇也に呼びかけた。
ティナは突如現れた巨大な豚族の獣人に遠くの彼方まで吹き飛ばされていた。
ティナと戦っていたヴィルゴ達は、ゆっくりと勇也と志がいるほうへと向かって来ている。
カプリコーンと一騎打ちをしていたメルディウスは、無傷の状態のカプリコーンを前に瀕死に近い状態で地面に倒れていた。
カプリコーンの指示を受け神聖騎士の一人がメルディウスをどこかへと連れて行こうとしている。
飛鳥と美優は、はじめは幻獣種のキルリア達と何か楽し気に話をしていた。
だが、再び彼らが飛鳥達に攻撃を仕掛けた。
二人の猛攻を前に、抵抗していた飛鳥達だったが、防御を崩された飛鳥はフリートの翼を受けて、ベルセリウス帝国が待機している場所まで吹き飛ばされていた。
今は、ウルフが気絶している飛鳥の介抱を行い、神聖騎士達を寄せ付けないよう守っていた。
美優は、辛うじて二人の猛攻を回避していたが、既に魔力は尽きボロボロの体だった。閉じ込めていた神聖騎士団達も飛鳥と美優の魔法から逃れて、徐々に包囲網を布いて勇也達へと迫ってくる。
そして、一番ひどいのは雄二だった。
キャンサーの魔法―――をその身に一身に受けたまま、立った状態で気絶していた。
もしかしたら死んでいる可能性があった。
「……雄二は大丈夫だ。死んではいないが、危険な状態であることは間違いないみたいだがな―――巻紙!―――引力よ! こちらに」
「えっ!」
突如、勇也は懐から魔導具を取り出し、美優を自分達の傍まで強引に引き寄せた。
強制的な力に驚きながらも、勇也が自分を引き寄せたのだとわかった美優は、地面に降り立ち、すぐに勇也の指示を待つ。
「美優ちゃん! 雄二に、この〝不死鳥の涙“を弓矢で届けてほしい」
「わかりました!」
すぐさま、勇也に渡された秘薬を矢に結び、遠方にいる雄二に向けて矢を照射した。
矢は多くの人達の隙間を通り抜けて、見事雄二の体に当たった。
すると、ボロボロで青白い顔をしていた雄二の顔色が徐々に良くなってきた。
「へえ~良い腕をしてるな、あの嬢ちゃんは」
雄二に止めを刺さずその場にいたキャンサー。
遠方から正確に雄二を当てた美優の腕に驚いていた。
気絶している雄二を無視して、やはりこちらに向かって来るキャンサー。
すれ違いに、グランディール王国の兵士達が雄二の介抱へと駆けつけている。
「……これで雄二は大丈夫なはずだ。雄二は一応グランディール王国の人間だから問題はないはずだ」
そう言いつつ、襲い掛かる狂乱魔人達を一刀する勇也。
だが、ジェネミの呪いを受けているせいで力が全く入らないようだ。
一撃で仕留めることができないため、続けざまに切り払い何とか迎撃する。
「……もうこれしかないか。天魔法―――【雷嵐】」
勇也は今持っている全ての魔力を使って、広範囲に雷撃を繰り出した。
勇也と志、そして美優を取り囲んでいた狂乱魔人達は雷撃を浴び、その場へと倒れた。
勇也は手をかざしたまま、その場をぐるりと回転した。
「志! 美優ちゃん! こっちに来てくれ」
勇也の指示を受けて、二人はすぐに勇也のもとへとやって来た。
勇也は二人を見るとすぐに、腰元から黒い短刀を取り出した。
「これはな、宝珠回収用に魔王と俺が用意した特別製の短刀なんだを。で、こうすると―――」
「えっ!」
「勇也さん! 一体何を!」
突如、勇也が志の心臓に黒剣を差し込んだ。
すると、志の心臓から赤い宝珠が出て来た。
そして
「ぐがぁああああああああ!」
「志くん!」
突如、激痛が体中に走り志が叫び出した。
「……お前は、〝アイツ“と結びついてしまった。このままでいたら、お前の肉体は〝アイツ”に取られちまう。だから、その繋がりを絶たせてもらう」
「グァアアアアアア!」
志の肉体から離れたくないと言わんばかりに、赤の宝珠が抵抗する。
赤の宝珠の周りは、黒い霧が浮かんでいる。
美優はその霧に見覚えがあった。
「これって!」
「ああ、アイツが志の精神の中に入り込んできているんだ。だから、何としても―――リムル!」
「―――あいよ!」
勇也の掛け声を聞き、魔族の軍勢を指揮していた少女がこちらに飛んでくる。
「……志と美優ちゃんを連れてこの場から撤退しろ」
「っておい! ユウヤ、お前はどうすんだよ!」
「俺は、ここで奴らの足止めをする! 狙いはどうやら俺みたいだからな」
「そんなの無茶だよ!」
一人のこの場所で殿を務めようとする勇也をリムルが心配する。
「奴らの狙いは俺だ。俺がこの場にいれば、志達は無理しちまう。だから、志達を安全な魔大陸へ運んでくれ」
勇也は魔族が住む魔大陸へと志達を連れて行くようリムルに指示を出す。
リムルも勇也の決意を見てしぶしぶ説得を諦めた。
「すまない、相棒」とリムルに向けて勇也が笑いかけた。
勇也は苦しむ志に視線を向ける。
「この刀は俺が創り出した物だ。〝光の勇者“としての力が、この刀に込められている。この刀を媒介にして―――いくぞ! 志」
「グァアアアア!」
勇也は自身が持つ刀を、志の胸の上で浮かぶ赤の宝珠と交換する。
すると、刀は志の身体の奥底へと消えていった。
志に刺した黒の短刀は真っ二つに折れて色を失いつつあった。
同時に、激痛で叫んでいた志は痛みが取り除かれそのまま気を失った。
スヤスヤと眠る志の頭を撫でた勇也は美優へと視線を向けた。
「美優ちゃん。これを君に預ける」
「これって……全部、宝珠なんですか!」
勇也が美優に渡した革袋の中には、色とりどりの宝珠が中に入っていた。
「ああ、俺が今まで回収していた物だ。どうか、これを持って志と一緒に逃げてくれ」
「そんな! そんなの駄目です!」
美優には勇也がこれからやろうしている意図をようやく理解した。
つまり、この人は―――自分を犠牲にして私達を助けようとしてくれているのだと。
「……飛鳥と雄二なら大丈夫だろ」
力を使い果たしキャンサーに敗れた雄二は、グランディール王国軍の騎士達に連れられている。
飛鳥も帝国軍に連れられ、この場から撤退しているのを確認した。
女騎士と狼の亜人の子の行方が気になるが、無事であると信じるしか他ない。
「じゃあ行くよ……必ず戻ってきてねユウヤ」
「……二人を頼む」
「ちょっと、勇也さん! 駄目です!」
リムルが気絶している志と美優を腕に抱き空へと飛翔した。
「逃がすな! アレを打ち落とせ!」
イデント宰相の指示を受け、狂乱魔人や神聖騎士団がリムルや逃げようとする他の魔族達に向けて矢や魔法を放とうとする。
だが、下に残った勇也がそれを妨げる。
限界を振り絞り移動する勇也が次々に氾濫魔人や神聖騎士団を無力化していく。
そして、去りゆくリムル―――志達に向けて。
「いいか! その宝珠を決して教会達。いや、女神アンネムに渡してはいけない。渡してしまえば、この世界が崩壊する。頼んだぞ!」
「勇也さん!」
「ユウヤ!」
真下で一人大勢の騎士達に襲われながらも、勇也は一人戦い続ける。
リムルと美優は泣きながらその場を立ち去った。
………
……
…
遠のいていく相棒の背中を勇也は一人見つめる。
彼はずっと後悔していた。
全ての苦しみを志一人に任せていたことを。
ようやく兄貴らしいことが、一つはできたかと感じていた。
その矢先。
「-――ッ!」
ブスっと、勇也の身体が剣で貫かれた。
勇也は薄れゆく意識の中、刺した相手の顔を見た。
「フハハハハ! やったぞ! ついにやったぞぉおお!」
喜びの声を上げ歓喜に打ち震えている原 貴士の姿があった。




