第13話:敗走
少し時間を遡る。
火事が起こる前、メルディウスは村を巡回していた。
いつもなら眠りにつく時間帯だが、ガイネルがいないこと、そして今日に限って不穏な空気をその身に感じたからだ。
そして、彼女の直感は当たっていた。
(――何故、村に魔物の気配が!)
「【風の衣―――発動】」
魔物の気配を察知したメルディウスは魔法を唱えた。
するとメルディウスの身体の周りに不可視の〝風”が纏わった。
そして、風の衣を身に着けたメルディウスはその場をジャンプ―――いや、空を飛んだ。
『風の衣』
メルディウスの得意な風魔法である。
風をその身にまとうことで、自由自在に空を飛ぶことができる。
さらに、敏捷性、防御力も上がる、メルディウスの戦闘衣である。
空を飛んだメルディウスは上空から魔物の気配が現れた方角へ飛ぶ。
そして、メルディウスが村の郊外に出たとき、
(見つけた!)
今日、志達が戦った『ウッドウルフ』、『グリムベアー』さらに、
(あれは――『スリーピングタランチュラ』!――何故、危険度Cクラスの魔物が)
巨大な蜘蛛の集団が魔の森を抜けトパズ村に向かっていた。
魔物の数は少なく見ても三十匹は超えている。
メルディウスはすぐさま、腰元に備わった剣を抜き、魔物達の進行方向に向きあう。
魔物達も向かってくるメルディウスに気づき、一斉に攻撃を仕掛ける。
しかし――メルディウスにまったく攻撃が当たらなかった。
空を飛びながら自由自在に移動するメルディウス。
魔物の群れと交差した瞬間、ウッドウルフ達の肉体は瞬く間に肉片と変わっていく。
途中、スリーピングタランチュラが放つ糸を掻い潜ったメルディウスは、巨大蜘蛛を一振りで切り裂いた後、すぐさま次の標的に向けて飛んでいく。
グリムベアーの大きな拳も、ヒョイと簡単に避け、逆に魔物同士が相打ちを行い倒れていく。
その姿は正に風の妖精だった―――【疾風の妖精】の二つ名は伊達ではなかった。
メルディウスは瞬く間にその場にいる全ての魔物を掃討した。
「ふう、魔物は粗方倒しましたが……やはりおかしい。何故、この地域に『スリーピングタランチュラ』がいる?」
『スリーピングタランチュラ』は教会の調査報告書によれば、ベルセリウス帝国北部の山岳地帯に生息している生物である。このトパズ村は中央部に位置しているため、この地域に『スリーピングタランチュラ』がいるのはおかしいと、メルディウスは思った。
ちなみに、魔物の生息分布及び危険度ランクは全て教会が管理し無償で公布している。さっき倒した『ゴブリン』、『ウッドウルフ』は最弱のFクラス、『グリムベアー』はEクラス、そして、『スリーピングタランチュラ』はベルセリウス地域内で一番ランクが高いCクラスの危険な魔物である。
さらに、倒した魔物達は徒党を組んで村へと向かっていた。
破壊衝動に尽き従い生きる魔物達が協力し合い村を襲うなんて通常ありえないことだ。
(魔物使い? そんなまさか!)
嫌な予感がしたメルディウスは急ぎトパズ村へ戻ろうと振り返ったそのとき、
「あーら、もう少し、アタシと遊んでくれないと困っちゃうわね~」
メルディウスの背後に、奇妙な格好をした大男―――ビーグルが立っていた。
突然、背後をとられたメルディウスはすぐさま後方へ飛びのいた。
(気配を全く感じなかった。なんだ、こいつは!?)
目の前にいるビーグルに警戒しながら、メルディウスは剣を構える。
「あら、いきなり話しかけたから驚いちゃったかしら、ごめんなさいね~」
緊張感を持って相手を睨みつけるメルディウスを無視して、軽い口調でビーグルが話しをする。
ビーグルからはまったく緊張感が感じられない。
「何者だ!」
「あら、そう言われて簡単に正体を明かす者なんているのかしら~、貴方お馬鹿ね~」
「なっ!」
いきなり目の前の、しかも初めて会ったオカマにバカにされたメルディウスは思わず唸ってしまった。
「だいたい、何よ、その格好は! せっかくの可愛い美貌が、そんなダサい騎士甲冑着ているせいで台無しよ!」
「えっ、なっ!」
戸惑うメルディウスを無視して、ビーグルはさらに話を続けた。
「おおかた自分の容姿がキレイだからって、オシャレをサボっているのでしょう! 駄目よ、ダメ、ダメ! それじゃ、女がすたるってものよ~」
「……」
ウキウキしながら話すオカマに、どう反応したらいいのか分からずメルディウスは困惑する。
「だから――はい、これなんか、どうかしら!?」
ビーグルが取り出したのは、コスプレファッションでよく目にする白黒のゴスロリドレスだった。
「この、白黒のファッションと、フリル。貴方の髪と良く合うと思うのよ~」
「……」
何も言わないメルディウスを無視して、どんどんメルディウスのファッションについて考えるビーグル。
「あら、このリボンもいいかも」と、背を向けて、袋から何やらゴソゴソ探している。
今のうちに仕留めてしまうかと、思わず考えるメルディウスだったが、騎士道精神を掲げるメルディウスにとって、無防備なビーグルを攻撃をするのはさすがにためらってしまった。
「そこの貴方、取りあえず、私の邪魔をしないのなら、今は見逃す。どこかへ行ってくれないか」
ビーグルに調子を崩されたが再度気合いを入れなおし、メルディウスは相手を威嚇する。
「あら、随分強気じゃない~。強気な女の子は好きよ~でも――」
今まで軽い口調のビーグルの雰囲気が突如変わる。
「自分の力量がわからないお間抜けはタイプじゃないわね!」
「!!」
ビーグルから凄まじい魔力を感じ、メルディウスは慌てて距離をとる。
「アタシの任務は、アンタをここで足止めすること。帝国騎士団団長の娘で、天才剣士と名高いメルディウスちゃんとは、まあ、戦ってみたいと前から思っていたわ」
「やはり、敵なのだな」
目の前の相手を強敵と判断しメルディウスは身構える。
「ええ、ただ今はそのときではないってことで――ハイっ!」
ビーグルは手に持っていたゴスロリドレスをメルディウスに投げつけた。
向かってくるドレスをつい体が反応したメルディウスはすぐさま斬り捨てた。
途端、斬り捨てられたドレスが赤く光った。
「なに!」
切り捨てられたドレスの裾がメルディウスの身体を突如縛り付ける。
「そのドレスは【魔封じのドレス】。その名の通り、着た者の魔法を封じるドレスよ」
「何だって!」
拘束されている鎧の箇所が分解されていき、段々とドレス生地に変わっていく。
「ちなみに、そのドレス。私の魔法でもあるから、私が解除しない限り、貴方永久にその格好なのよね」
「お前!! なんてことを!」
メルディウスは必死に抵抗しようとするが全く身動きが取れない。
「あっ、安心して。一応、水やお湯に浸かった場合、そのドレスは一時的に溶ける仕組みになっているから、身体はきちんと洗えるわよ!」
「……! 言いたいことはそれだけか!」
親指をグッと上げナイスな顔を決めるビーグルに、メルディウスは激昂する。
「それじゃ、魔法が装着するまで時間がかかると思うけど――オシャレを楽しんでね~」
そう言って、ビーグルはその場を後にした。
一人村の郊外にポツンと取り残されたメルディウス。
動こうにもビーグルの魔法で拘束され、まったく身動きがとれない。
「くそぉおおおおおおおおーーーーー!」
メルディウスの絶叫が辺りに響いた。
…………
……
…
しばらくして、メルディウスの拘束は解かれた。
そして、
「クッ、屈辱だ!!」
現在、メルディウスは白黒のゴスロリ服を着ていた。
(何故騎士の私が、いやそもそもアイツはなんだ!? いきなり私を着せ替え人形だと! ふざけるのも大概にしろ。そもそもこんな女の子らしい物は私には似合わんのだ!)
と、様々な思いが頭の中を駆け巡る。
(いや、今はそんなことを考えている時ではない。村が、ココロ殿達が危ない!)
あのオカマは〝私を足止めする”と言っていた。つまり、私を足止めして何かを行うつもりだ。
そう考えたメルディウスは急ぎ村へと戻った。
…………
……
…
志達のもとへ駆けつけると、巨大な狼が今まさに地面に倒れている志に止めを刺そうとしていた。
「させません!」
「――!!」
メルディウスは志とティナの間に割って入る。
急に間に入ってきたメルディウスを見てティナは立ち止まる。
痛みで立ち上がれない志もメルディウスの姿に絶句している。
「ア、アンタ――なんで、そんな恰好してんだ?」
緊迫した状況下の中、ティナがメルディウスの姿を見て思わず質問した。
まあ当然と言えば、当然である。
この場所では、先ほどまで互いの生死をかけた死闘を繰り広げていたのだ。
そんな緊迫した場所に、突然ゴスロリ服の女性が介入して来たら戸惑うのは当然である。
「――クッ、私にもわかりません。突然、オカマにやられました」
剣を構え、巨大な狼と対峙するメルディウス。
ゴスロリ姿でなければ、きっと様になったはずなのに。誠に残念である。
そんな様子のメルディウスを見たティナは、「ああ、ビーグルのオッサンの仕業か」と呟く。
その後、「アンタも大変だな」と何故かメルディウスはティナに同情されていた。
迫りくるティナに、周囲の状況を確認したメルディウスは考える。
(ココロ殿、ミユ殿が戦闘不能。アスカ殿は所在不明。さらに私は魔法を使えない――最悪ですね)
額から思わず冷や汗が流れる。
しかし、最悪な状況は更に続く。
「おい! ゴスロリ女。剣を置け! この女がどうなってもいいのか!?」
突如、壊れた家の屋根にスキンヘッドの男―――アシルドが立っていた。
アシルドの隣には手下に拘束され身動きがとれない飛鳥の姿があった。
飛鳥はそんな状態の中、メルディウスに向けて必死に叫ぶ。
「メルディウスさん! 私はいいから、志達を連れて早く逃げて!!」
「うるせえ! 勝手にしゃべんじゃねえ」
「きゃっぁあ!!」
アシルドに頬を叩かれる飛鳥。
その光景を見て、メルディウスがアシルドに向けて異常な殺気を放つ。
「止めろ! その子に手を出すな!」
「――ッ! あ、ああ。なら、その剣を捨てろ!」
「……わかった。ただし、その子に指一本でも触れてみろ――八つ裂きにしてやる!」
アシルドを睨みつけたまま、メルディウスは剣をその場に捨てた。
メルディウスの剣幕に思わずビビったアシルドだが、
「ハハッ、わ、わかりゃいいんだよ、ったく。女のくせに生意気な奴め――おい、何してやがる、早くアイツらを拘束しろ!」
『『『へい!』』』
手下にメルディウス達を拘束するよう指示をした。
縄を持ったまま、手下がメルディウス達に近づく。
そのとき、
「おい! 何勝手にオレの獲物を横取りしてんだよ!」
赤毛の狼がメルディウスと倒れている志を背にして、アシルドに向けて吠えた。
「ああん、亜人風情が生意気な。お前らはこの俺が雇った用心棒だろ、主人の命令を聞きやがれ」
「なんだと、オレはこの男と戦わせてくれるって聞いたから、この仕事を受けただけだ。まだ、殺せてねえ!」
「おいおい、何勝手にそいつらを殺そうとしてんだ。こいつらは、大切な商品なんだぞ」
「なんだとぉおお!」
望んでいた志との戦闘を中断され、さらに志を奪われることにティナは激昂した。
だが、アシルドはそんなティナを蔑みながら話を続けた。
「こいつらは、神具という特殊能力があり、かつ腕もかなり立つ。それに――げへへ、容姿も良いからな。王国連合では高く売れるぜ――奴隷としてな」
「やはり人身売買が目的か――この外道が」
今回の襲撃目的が志達の人身売買が目的であることを悟ったメルディウスは怒りの眼をアシルドに向ける。
この世界では、奴隷制度が存在する。
しかし、国や地域によって、奴隷の扱いは異なる。
ベルセリウス帝国では、最近奴隷制度の廃止が行われた。
ベルセリウス皇帝曰く、「獣人だろうが、亜人だろうが、強ければ正義。人間だからといって、弱ければ悪である。余は強い者が好きだ」との宣言により、奴隷制度が撤回されたばかりである。
そのため帝国内では、昔から奴隷として扱われた獣人や亜人は、皇帝の宣言により少しずつ人権が保障されてきたのである。
ただし、ベルセリウス帝国以外は別であった。
特に、南大陸の王国連合は身分制度がハッキリしており、奴隷制度は労働力を確保するうえで必要な制度であった。そのため、王国連合のいる地域では人身売買が横行しており、その市場は莫大な富を生み出している。
アシルドは大分前に盗賊団を結成し、以降人身売買でお金を稼いでいた。今回は珍しい能力と容姿を持つ志達を見て、誘拐し王国連合の貴族連中に高値で売りさばく算段だった。
「さあ、わかったなら、そこをどけ!」
メルディウス達の捕縛を邪魔しているティナにアシルドは怒鳴り声を上げる。
「……わかんないねぇ。ただ、アンタがオレの獲物を奪おうとするなら――」
次の瞬間、ティナは自分を捕縛しようとする手下達を尻尾で吹き飛ばした。
「なにー!!」と、その現場を見ていたアシルドが驚愕している中、ティナは倒れている志と呆気にとられているメルディウスを口に引っ掻ける。
そして、
「あばよ!」
そのまま誰もいない魔の森の方向へと駆け出した。
「―――だ、だめだ! まだ美優達が!!」
身動きがとれない志は必死にティナに留まるよう叫ぶ。
だが、ティナは志の叫びを無視して、その場を立ち去った。
「逃がすな!! 早く奴らを追えぇええーー!!」
アシルドの声が響き渡るが、俊足のティナに誰も追いつくことはできない。
ティナはそのまま魔の森の方へと走り去った。
※2018/6/30:誤字脱字等を修正。