第86話:怒れる雄二
再三の山川達の奇襲を退け、志が野営地に帰還し休憩していたときだった。
突如、帝国騎士達が慌てた様子で志とアナベルのいる休憩所に飛び込んできた。
「た、大変です!」
「一体、どうした! そんなに慌てて!」
騎士の様子に、ただ事ではないと感じたアナベルが尋ねた。
「グ、グランディール王国の騎士達が、凄まじい勢いでこちらに攻めてきています! 奴らの強力な魔法攻撃により我らの防衛線は一部崩壊しかけています!」
「そんな、バカな!」
前線の防衛線を築いてから、ここに至るまでの間、サブネクト王国やオーラル王国の魔人達と前線で戦うことが多く、グランディール王国の騎士達が主だって攻めてくることはなかった。
度重なる魔人達の襲撃にも帝国の防衛線が崩壊するなどなかったのに、ここにきてグランディール王国の騎士達の特攻ともいえる攻撃に、防衛線が崩壊しかけていることを聞いて、アナベルは信じられない様子で話を聞いていた。
「……それに、グランディール王国に化物がいます! 少年の姿をしていますが……奴は我が騎士達を鎚で薙ぎ払い、信じられない強さでこちらに向かって来ています!」
「―――ッ!」
その報告を聞いた瞬間、志の身体が大きく震え出した。
志にはわかってしまったのだ。
その少年が誰なのかを。
スッと立ち上がった志は、何も言わず外へと向かう。
それを見て、アナベルが心配して声をかける。
「お、おい! 志。待て、いきなりどうした!」
「……い、いかなきゃいけないんだ」
アナベルの制止を振り切り、志は青ざめた表情で休憩所を出た。
………
……
…
休憩所を離れ一人前線へと赴く志。
やがて、進行するグランディール王国騎士達と帝国が戦う前線へと到着した。
「こ、これは!?」
目の前の光景を前に志は呆然と立ち尽くす。
外の環境が大きく変わっていた。
地面が不自然な形に隆起し、防衛する帝国騎士の動きを制限していた。
進行するグランディール王国の騎士にとっては、攻撃が有利になるよう形を変えて動いている。
まるで大地に人の意思が介入しているかのような、そんな動きをしていた。
『クリス様の仇だぁあああ!』
『許さんぞォオオ! 帝国!』
「な、なんだ、コイツラ! まったく怯むことなく突っ込んできやがる!」
「ひ、退けぇええ!」
殺気立つグランディール王国騎士の士気を前に、帝国騎士達が徐々に撤退を始めていた。
異常なまでに士気が高いグランディール王国の騎士達。
それもそのはずだった。
自分達にとってかけがいのない大切な主を手にかけた帝国をグランディール王国の騎士達は決して許すことなどできなかった。
―――そして、彼も同じだった。
「これは……ひ、酷い!」
志はさらに別の方向へと目を向け、その光景を目にした途端、吐き気を催した。
数百に及ぶ帝国騎士達の身体がニードル状に隆起した地面に貫かれ命を落としていた。
土針から血が滴り落ちる様は、まさに彼らの処刑場と化していた。
まだ息をしている者もいたが、グランディール王国騎士にその身を焼かれ次々と悲鳴を上げ死んでいく。
「これをやったのは……」
周辺の地形を短時間で大規模に変化させることができる人物を、志は一人しか知らない。
ふと、呆然と立ち尽くす志に向かって怒号が飛び交った。
「ココォオオオオオオオ!!」
「……ゆ、雄二」
隆起した大地の上で、志を見下ろす酒井 雄二の姿があった。
………
……
…
「死ねぇええ!」
「―――ッ!」
志の姿を見るや否や雄二は神具―――鎚を両手に持ち志に飛びかかった。
ドゴーンと振り下ろされた箇所には巨大なクレーターが空いた。
雄二のいきなりの攻撃をバックステップで回避した志は、雄二に呼びかける。
「雄二! は、話を―――」
「うるせえぇえええ! 死ねッ!」
志の急所を狙い高速で鎚を振り下ろす雄二。
志はメルディウスから貰った剣で何とかいなそうとするが、パキンと剣に罅が生えた。
「くっ!」
「くたばれやぁあああ!」
チャンスと思い雄二が全力を込めて志の脳天に鎚を振り下ろす。
志は咄嗟に剣を捨てて、自身の神具―――大剣を創成した。
キーンと打ち付ける鎚と大剣が激しくぶつかり合う。
ぶつかり合った衝撃波で、王国兵や帝国兵が軒並み吹き飛ばされる。
だが、二人は周りの事など気にすることなく、鍔ぜりあったまま互いの顔を見つめ静止している。
「お前だけは絶対に許さねえ!」
「く、くぅうう!」
雄二が力を込めて、大剣ごと志の身体を押しつぶそうとする。
潰されないよう志は必死に力を込めるが、足元が少しずつ地面に埋もれていく。
「雄二! クリスくんは―――」
「お前がその名を呼ぶんじゃねえ!」
「まっ―――」
さらに鎚に力が込められ、志の足は地面へと埋没していく。
少しでも志が力を抜けば、自分の頭は問答無用で潰されると志は感じていた。
(ま、間違いない! 雄二は僕を殺す気だ)
殺気だった雄二の瞳を見て志はようやく悟った。
だが志は自分がどうすればいいのか全く分からなかった。
大勢の人達の命を奪ったこと。
雄二の大切な人であるクリスを手にかけたこと。
それらの罪に志はどう償えばいいのかわからなかった。
(は、話だけでも―――)
弁明したところで、雄二の怒りに更に火をつけるだけだと志は理解していた。
だが、それでも志は親友に話しかける。
「本当にごめん! でも、仕方がなかったんだ!」
「はあ! ふざけんてんじゃねぇぞ! コラァアア!」
せめて、あの時の状況だけでもと伝えたい志であったが、怒りに支配された雄二にはそんなことは関係なかった。
志がクリスを殺そうとした。
それが雄二の真実なのだ。
(つ、潰される! 仕方ないッ!)
「! チッ!」
さらに力を増した雄二の振り下ろしに対して、志は炎を自分達の足元に放ち地面を爆破させた。
互いに後方へと吹き飛ばされ、一端二人の距離が開く。
爆風の余波を受けて、志と雄二は地面に転がるがすぐに二人は立ち上がった。
志は再び雄二に弁明する。
「あの時の僕はおかしかったんだ! 神具の力が暴走して―――」
「だからなんだ! それで許せって言いたいのか!」
「そうじゃない! ただ知ってほしくて―――」
「うるせぇえええ!」
再び雄二が志のもとへ駆け出す。
上下左右と高速に繰り出される鎚の追撃を志は何とかサイドステップで回避する。
当たれば肉体は間違いなく粉々になる、そんな破壊力を込めた攻撃を紙一重で躱す志だったが、咄嗟に雄二の鋭い蹴りが志の身体を捉えた。
「くたばれやぁああ!」
「―――カハッ!」
雄二の蹴りをくらい、志の身体は大きく後ろへと飛ばされた。
今の雄二の蹴りで志の肋骨にヒビが生えた。
異世界転移と魔力で強化された志の身体に、蹴りで骨を折る雄二の強靭な身体能力の高さが伺えた。
「ごほっ! ごほっ!」
吐血しながら苦しそうな表情で志が立ち上がった。
だが、当然雄二はそんな志の隙を逃さない。
一瞬で開いた距離を詰めた雄二の拳が志の顔面に振り翳す。
「ココォオオオ!!」
「グハッ!」
桁違いのパンチ力に志の身体が再び地面に叩きつけられた。
地面に倒れた志の頭に雄二が足を乗せた。
「どうだ、痛いか! でもな、クリスの方がもっと痛えはずだ!」
「グワァアアアアアア!」
足に力を込めて、志の頭を踏み砕こうとする雄二。
頭に走る激痛に志が悲鳴を上げた。
だが、雄二は力を緩めるどころか、さらに力を込める。
「アイツはな。まだ子供のくせにいつも周りの人達を大切に想う優しい奴だったんぞ! それが、何であんな目に合わなきゃいけねぇんだ! ふざけるじゃねえぞ!」
「ご、ごめん! ほ、ほんと、うに、ごめんなさい!」
「ごめんで、すむわけねぇだろうが!」
頭に乗せていた足で、そのまま地面に倒れている志を雄二は再び蹴とばした。
志は悲鳴を上げながら地面に倒れ込んだ。
「ぜってえ、許さねえ!」
一歩ずつ歩きながら距離を詰める雄二。
「ゆ、雄二……」
メルディウスに特訓してもらい、同じ異世界人である山川達を神具なしで容易く撃退した志でも、本気の雄二には敵わなかった。
ボロボロで、もはや立つことも困難な志の様子を見て、雄二は止めを刺すだけだった。
近づく雄二の姿を志はボーッとしたまま見つめていた。
(これが、罰なんだ。僕の身勝手な力で、多くの人達の命を奪った、これが僕の)
もう全てに疲れ切った志は、近づく親友を待つ。
どうせ、死ぬのならせめて雄二の手によって殺されたい。
それで少しでも親友の気が晴れるのであれば本望だ。
それが、今の志の考えだった。
「……じゃあな、志」
「……」
鎚を掲げて、倒れている志に止めを刺そうとする雄二。
無言の言葉で処刑を待つ志。
振り下ろす直前、志は親友が泣いている姿をボーッと見ていた。
―――ズドン!
雄二の全力の振り下ろしが辺りを響いた。
……。
……。
(? おかしい)
いつまでたっても、体中の痛みが消えない。
(なんでだ?)
そう不思議に思った志は閉じていた瞳を開いた。
すると、目の前には。
「グハッ!」
「ア、アナベル!」
血を吐き死にかけの表情を浮かべるアナベルの顔があった。
吐血したアナベル血が志の顔面に降り注いだ。
突然、この場に現れたアナベルが、志を庇って雄二の渾身の一撃を背中に受けたのである。
「なっ! お前、いつの間に!」
雄二も目の前に突如現れたアナベルの姿を見て戸惑った。
アナベルは冥魔法―――得意の重力魔法を使って、志と雄二の間に強引に自分の身体を割り込ませたのだ。志が傷つかないよう自分の全ての魔力を振り絞って自らの身体を強化させていた。
そのおかげで、志は無事であったが。
「……あ、あ、アナベルゥウウウ!」
誰が見てもアナベルの状態は明らかだった。
血を吐き振り下ろしを食らったアナベルの上半身は骨が砕けグチャグチャの様を見せていた。
「な、なんで、どうして!」
必死にアナベルに志は呼びかける。
(どうしてこんな僕なんかを助けたんだ! なんで、どうして! なんでアナベルが!?)
目の前の現実を志は理解することができなかった。
いや、理解することを拒否していた。
そんなはずはない。これが現実のはずがない。
現実のはずが―――
「ハハ、お、お前が殺られそうな姿を、見たら、つい身体が、勝手にな」
「あ、あ」
苦しそうに、それでも志に心配をかけまいと笑おうとするアナベル。
そんな苦しむアナベルに志は何をしたらいいかわからない。
茫然自失の志に、アナベルは無理矢理笑いかける。
「ココロ、お、お前だけの、責任じゃねえ、お前は、俺達を、助けてくれたじゃねえか」
アナベルはずっと志に、申し訳なさを感じていた。
不甲斐ない自分達を守るために、志にやりたくもないことをさせたこと。
志に対する複雑な気持ちを置き去り、今ばかりは身体が勝手に動いてしまった。
「……お前は、生きろ」
「―――ッ! アナベル!」
最期の力を振り絞り、アナベルは腰元に備えていた緊急用の回復薬を志に振りかけた。
そして、その後ピクリとも動かなくなった。
「アナベル?」
志はアナベルに呼びかけるが、アナベルはもう何も話さない。
志にはわかっていた。
異世界に来て、戦場で多くの死体を見てきた志だから、アナベルの状態をすぐに理解することができた。
そう彼は―――
「あ、ああ、あぁあああああ!! アナベルゥウウウ!!」
既に息を引き取っていた。




