第73.5話:それぞれの思惑(美優&飛鳥視点)
「はあ~生き返る~」
「本当、そうですね~」
私と飛鳥さんはスリゴ大湿原の天然温泉に浸かっていた。
身体の芯までポカポカと温まって、とても気持ちが良い。
魔法で作った氷と木の壁が周囲を取り囲み、上空から月が見える景色はとても幻想的で美しかった。
「こら、ティナ殿。少しはじっとしていなさい!」
「いや、いいってば! あっ! そこ触んなよ!」
「じっとしていないからでしょう! ほら、早く」
「くっそ~、キル姉と同じくらいメンドクサイな、メルねえは」
嫌がるティナちゃんを抑え込み、メルディウスさんがティナちゃんの髪を優しく洗っている。
耳を触られて、擽るティナちゃんの様子がとても可愛いらしい。
身体を洗い終えた二人は、そのまま私達のほうへとやって来て温泉に浸かった。
「おお~、これは気持ちが良いな!」
「ふう~、良いお湯ですね」
二人ともこの天然温泉にとても満足しているようです。
「それにしても意外でしたよ。メルディウスさんがここで野営を取るなんて。早くクロイツまで向かうかと思ってました」
「アスカ殿。私も鉄人ではないのですから。たまにはのんびりしたいと思っているのですよ」
「本当ですか~」
飛鳥さんがメルディウスさんに軽口を言っていますが、本当は飛鳥さんも私もわかっていました。
ハードな特訓で疲れた私達の身体を心配して、この場で休養しようとしていることに。
本当にメルディウスさんは私達のことを大事に想ってくれていることがわかります。
だからこそ、これから先のことを考えると不安な気持ちになります。
クロイツへ着けば、頼りになるメルディウスさんはいなくなる。
可能であれば、ずっと傍にいてほしいですが、こればかりは我儘をいう訳にはいけません。
そんなことを頭の中で考えていると、飛鳥さんがメルディウスさんに尋ねました。
「あの、メルディウスさん。前から気になっていたんだけど、この湿原の中に、草臥れた古い住居がいくつかあったけど、あれはなんですか?」
「ああ、〝遺跡“のことですね」
「〝遺跡“?」
確かにこの湿原に入って、石作りでできた住居をいくつか見ました。
風化してボロボロの様だが、どこか重々しい雰囲気を残す建物がたくさんありました。
「ええ、今より遥か昔の〝失われた時代“。その時代に建てられた建造物をそう呼んでいるのです」
「へぇー、だったらレアアイテムとかが転がってるんじゃないの!? 一攫千金のチャンスじゃない!」
「……飛鳥さん。ゲームじゃないんだから、そんな物があるはずないじゃ―――」
「レアアイテムとかはわかりかねますが、遺産なら発掘されたことがありますよ」
「「あるんだ!」」
「ただこの辺りの〝遺跡“は遥か昔に調査が終了していますから、今は何もないと思いますが」
「そうなんですか」
残念そうに溜息をつく飛鳥さん。
まあ、遺跡調査なんて冒険みたいでドキドキする気持ちはとてもわかりますが。
「〝遺跡“で思い出しましたが、アスカ殿達は〝帝国神話”をご存知ですか?」
「わかりません」と答えるとメルディウスさんが、ベルセリウス帝国の建国の歴史を教えてくれた。
『帝国神話』
元々、ザナレア大陸北部は少数民族が各地に散らばり日々縄張り争いを行っていた。
しかし、ある日。
ザナレア大陸南部の支配者であるオーラル王国が北部に進行してきた。
侵略してくるオーラル王国になす術もなく敗北し、北部の民族達は奴隷として従属を余儀なくされた。
そんな北部の人達を救ったのが、ベルセリウス帝国の初代皇帝だった。
「初代皇帝は〝特殊な魔法“を使うことができたそうです。この辺りについては、文献によって色々と解釈が異なっていまして。ある文献では、一日に巨大な城を建造し、侵略してくるオーラル王国軍5万人を魔道レーザーで薙ぎ払ったとも言われています」
「5万人って言われても今一ピンと来ないけど、凄そうなのはわかるわ」
「それで、その後どうなったんですか?」
「初代皇帝の活躍により、オーラル王国は北部から撤退しました。北部の民達は自分達を救った初代皇帝を崇め、皇帝を中心とした国を作ることになりました。これがベルセリウス帝国の誕生と言われています。以降、侵略戦争を行うオーラル王国とベルセリウス帝国は何度も戦うことになるのですが、その度に皇帝は見たことのない魔法や魔導具を使って民達を救ったそうです」
一通りの説明を終えるとメルディウスさんは、お湯から出て近くの石に腰かけました。
話をしていてお湯に浸かりすぎたのか少し逆上せたみたいです。
飛鳥さんは、先ほどの説明で疑問に思ったことをメルディウスさんに尋ねました。
「あれ? そのことと、この湿原の〝遺跡“とどう関係があるんですか?」
「この湿原はオーラル王国とベルセリウス帝国が代々戦場として使ってきた場所でもあるのです。ですから、ここにある〝遺産“はもしかしたら初代皇帝が創った物なのかもしれないと思いまして」
「あっ、そういうことですか」
「これから行くクロイツは、ここにあった〝遺跡“を元に作られた街としても有名です。是非、色んな場所を見てください」
「はい!」
「大変勉強になりました!」
「……なんだよ、結局ただの勉強の話かよ~」
ゆっくりとお湯に浸かっていたティナちゃんは不満げにメルディウスさんに文句を言います。
折角の気持ちいの良いお湯だから、難しいことは考えたくないのかもしれません。
その後も、メルディウスさんに色々とクロイツのことを聞いていると。
「……一つお尋ねしたいのですが、アスカ殿とミユ殿はどうして、そんなにユウジ殿に会いたいのですか?」
「えっ!」
「―――ッ!」
突然、核心をつかれ心臓が跳ね上がった。
同時に、
(えっ! 飛鳥さんも!)
飛鳥さんの方を見ると、飛鳥さんも私の表情を見て驚いていました。
「親友であるココロ殿がユウジ殿に会いたいというなら話はわかります。しかし、二人はユウジ殿とは、同僚というだけで、特別な関係はなかったと聞いています。そんな二人が、クロイツへ行く話が出た瞬間、真っ先に行くと宣言していましたよね? それがとても不思議に思えたのです」
「私は別に―――」
「そ、そうですよ。えーっと、友達に会うのはとても大事なことですから」
戸惑う私達を見て、メルディウスさんがさらに話を続けます。
「訓練中も二人はとても真剣に参加していることが伝わりました。以前のトパズ村のときとは違いより真剣さを感じました……ずばり聞きますが、ココロ殿のあの力のことですか?」
「―――!」
メルディウスさんの指摘は半分正しかった。
志くんの力というより、私は彼が心配で仕方がなかった。
暴走していた志くんを助けたとき、私は志くんの記憶を少しだけ覗いた。
その時、おかしなことに気づいてしまった。
それ以降、私は志くんにこのことを聞くことがとても怖かった。
(もしかして、飛鳥さんも?)
先ほどから、飛鳥さんは下を向いたまま黙っていた。
長い髪で表情はこちらから良く見えないが、かなり動揺していることが伝わってくる。
「……ねえ、メルディウスさん。一つ聞きたいんだけど、私達が貰ったこのブレスレット。これって、かなりの貴重品なのよね」
「? ええ。確か教会が管理している遺産に指定される物で、正直何故アナベルが三つも所持しているのかわからない代物ですよ」
「そうなんですか。じゃあ、このブレスレットを付けている人は教会の関係者と捉えてもいいのかしら?」
「どうでしょうか。確かに教会が管理しているとはいえ、遺産の全てを管理しているわけではないですからね。それに、認識阻害の魔導具というのは他にもいくつかありはしますが……」
「……そうですか。すみません。突然、変なことを聞いて」
そう言って、メルディウスさんに謝った飛鳥さんは何も話さず下のお湯をじっと見つめている。
その表情はとても不安そうな面持ちでした。
私が何か飛鳥さんに話しかけようとしたとき。
―――ザッバーンと激しくお湯が揺れました。
――――『飛鳥SIDE』――――
「ティナ殿! 大丈夫か!? しっかりしなさい」
「もうダメ~」
「ティナちゃん!」
お湯に浸かりすぎて逆上せてしまったティナが倒れた。
急いで、温泉から上がりティナの身体を氷で冷やした。
おかげで、先ほどの空気が嘘のように消え去った。
―――正直、倒れてくれたティナに私は内心感謝していた。
メルディウスさんの指摘の通り、私は酒井雄二くんに会って、どうしても確認したいことがあった。
―――勇也さんのことだ。
ヨルド公国を出発してから、私は見たことのない記憶を思い返すことが度々あった。
その記憶は、明らかに私が見てきた記憶と矛盾する部分がいくつかあった。
一番おかしい記憶は、私と勇也さんがまるで恋人のように手を繋ぎデートしていた記憶だ。
そんなことをした覚えはなかったのに、でもその記憶を見るたびに思わず胸が苦しくなる。
次に、アナベルさんが私達にくれた認識阻害のブレスレット。
そのブレスレットは、勇也さんがいつも腕に身に着けていた物と瓜二つだった。
―――どうして、勇也さんが日本にいた頃に、この世界にあるブレスレットを持っているのか。
マンションから飛び降りた私と両親に彼が回復魔法をかけてくれたときもそうだ。
あの時、彼の腕にはブレスレットはなかった。
その時の記憶を無理に思い出そうとすると、頭が痛くなる。
何故、彼が回復魔法を使うことができたのかという疑問が当然湧いたが、一番はどうしてあの場に彼がタイミングよくいたのかわからない。
もう分からないことだらけなのだ。
だからこそ、私は確かめなくてはいけない!
全ての鍵を握るのは、恐らく酒井雄二くんだと私は思っている。
それか、勇也さんの妹である木原久実ちゃん。
近くにいた彼らならきっと気づいていたはずだ。
―――この事実に。
私はティナに回復魔法をかけながら、これから向かう〝クロイツ“のことを思った。
―――『志SIDE』―――
「隊長! 壁があまりにも巨大すぎて登ることができません!」
「バカモーン! 弱音を吐く暇が合ったら、手を動かせ!」
男二人は、強大な氷と木の壁に妨げられ、一歩も温泉に近づけなかった。
壁に覗き穴を開けてコッソリ覗くという手段も考えたが、傷一つつけることができない。
壁を登ろうとしても、巨大樹の蔦が二人の進行を邪魔する。
その後も、様々な試行錯誤を繰り返す二人であったが、結局、この高い壁を超えることはできなかった。
そして。
「……ギンから話を聞きました。温泉を覗こうとするくらい、まだ元気が有り余っている様子……いいでしょう。私が稽古を付けましょう!」
「「え、遠慮します!」」
ギンの報告により悪事がばれた男達は、メルディウスの稽古という名の熱血指導に恐れて逃げ出そうとする。
しかし。
「志……アンタ、そんなに死にたいんだ!?」
「志くん。私は悲しいです。友達がいなくなることが……」
鬼のようなオーラを発する飛鳥と美優に捕まり、日を跨いでの折檻をアナベルと一緒に受けるはめになった。
3章の前半は以上になります。
少しSSを挟んだ後、後半に入ります。




