第10話:美優、そして僕達の決意
真っ暗な暗闇の中、僕に向かって叫ぶ声が聞こえる。
『この人殺しが!』
『呪ってやる』
生首のまま、僕に向かって睨んでいるジュン兄弟だった。
僕はこの空間でずっとこの怨嗟の声を聞いていた。
この声を聞くたびに、周りの暗闇は益々黒く染め上がる。
そんな暗闇の中を揺蕩うように漂っていたら、
『志くん、ごめんなさい! ごめんなさい!』
誰かが、僕に向かって何度も泣きながら謝罪してくる声が聞こえた。
さらに、
『志、お願い、起きて!』
時折、僕の頬を軽く撫でながら呼びかける声が聞こえてくる。
いつも明るい彼女に全く似合わない悲痛な叫び。
それが、僕に向けられていた。
(あれ? 彼女って……)
〝彼女“の存在が気になった僕は、暗闇の中、その声が聞こえる方に向かって泳ぎ始めた。
段々と深い闇が消え、光が差し込む方向へ向かっていると―――――
「……ここは?」
「志くん!」
気が付いたら、いつもの部屋のベッドに僕は横たわっていた。
…………
……
…
〝フェーデ“が終えて、僕は二日間、ずっと眠っていた。
その間、美優は僕のそばを離れず看病をしてくれたみたいだ。
よほど彼女を心配させたらしい。
僕が起き上がると、すぐさま僕に抱きついてきた。
恥ずかしがり屋で男性恐怖症の彼女が、ここまでするなんて、余ほどのことだったのだろう。
今は、安心したのか彼女は自分のベッドで横になって眠っている。
「なによ! 案外元気そうじゃない」
僕の意識が戻ったことを知った飛鳥は、仕事を放りだし部屋へ戻った。
僕の姿を見て、ホッとしたように笑った。
飛鳥は僕がいない間、宿屋の仕事や〝魔療者 “の手配をしてくれいていた。
〝魔療者“とは、簡単に言えば魔法を使える医者である。
この世界には医療という科学技術がない代わりに、魔法による治療行為が一般的である。
飛鳥はわざわざ教会が所有する魔療者に依頼したそうだ。
教会が所有する魔療者は高い金額を吹っ掛けることで有名らしいが、僕の身体を第一に依頼したそうだ。
そのことを指摘すると、「別にそんなことどうでも良いでしょう! アンタは何も考えずのんびり寝てなさい!」と、僕の頭をグリグリした後、再び仕事場へと戻った。
(平和だ。なんてことない日常だ)
窓から見える雲をぼんやり見ながら僕は思った。
勿論、僕は自分が〝フェーデ“で何をしてしまったのか覚えている。
僕は人を殺した。
この事実は未来永劫忘れてはいけない。
それでも、守れたモノもあるのだと、僕は自分に言い聞かせた。
しばらく、ボーッとしていたら、トントンとドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」と許可を与えると、
「よう! 小僧。体調はどうじゃ」
〝フェーデ“で審判をしていたガイネルが部屋に入ってきた。
さらに彼の後ろには、長身細身の透き通る金髪をした女性が「失礼します」と言い、入室してきた。
「えーっと、確かガイネルさんでしたよね、審判役の?」
「おう、そうじゃ。あのときはようやったの~。お疲れさん」
ガイネルは椅子にドスンと座る。
後ろの女性は、そのまま後方で控えている。
「今日は一体どういう用件で?」
相手が何をしに来たかわからなかった僕は、取りあえずベッドから出てガイネルと対面する。
「ふむ、あの〝フェーデ“で、お主、ジュン兄弟を倒しただろう? その懸賞金を持ってきた」
そう言って、懐から布袋を取り出し、机の上に置く。
「10,000RGあるはずじゃ、さらに―」
机の上にナイフや服、指輪といった装飾品がドサッと置かれた。
「奴らが持っていた私物じゃ。まあ、手荷物品しかないがの」
ジュン達の住まいはわからんかったと、ガイネルはしかめっ面した表情を浮かべる。
「ちょっと、待ってください。そんな物受け取れません!」
僕は慌てて金品の受け取りを断る。
当然だ。人を殺して手に入れた物なんて、受け取ることができない。
しかし、そんな僕の思いとは裏腹に、
「いいや、お主は受け取らなければならない。それが〝フェーデ“の勝者の義務だからだ」
「クッ」
ガイネルは拒否を許さない。
また、この世界の勝手な伝統に振り回されなきゃならないのかと、怒り心頭だったが、
「それに、お主には守る者がおるのじゃろ。なら、その者達を守るためにも、これらは必要ではないのか」
「!?」
その通りだった。
お金の重要さはつい先日身をもって学んだばかりだ。
ベッドでスヤスヤと眠っている美優を、今も下で働いている飛鳥を考えて、
「……わかりました」
僕は心の中で誓った。
僕が彼女達を守るんだと、そのためなら僕はどんな〝悪業“も受け入れると。
「まあ、そんなに固く考える必要はない。今できることをやればいいのだからの」
僕の決意を感じたのか、ガイネルは優しく諭す。
「さて、〝フェーデ“の話は以上だが……なあ、お主達、ワシらと行動を共にせんか?」
「えっ!?」
ガイネルの突然の提案に僕は戸惑った。
そんな僕を見たガイネルはニヤリと笑い、突然、起立の姿勢で立ち上がった。
「改めて自己紹介をする。ワシの名はガイネル・バーン。ベルセリウス帝国騎士団の副団長を務めておる」
「同じく、私の名前はメルディウス・シュバルツ。ベルセリウス帝国騎士団の副団長補佐を務めています」
ガイネルの隣で、胸に手を当て自己紹介するメルディウス。
「帝国騎士団!」
僕はその言葉に驚く。
あの危険な皇帝の手下である。
何をさせられるかわからない、そう瞬時に僕は考えたが、
「安心してほしい。私達は貴方達を束縛するつもりはありません。むしろ、貴方達がこの世界で生活できるようサポートをするために参りました」
メルディウスの一言に思わず考えを止める。
「そうじゃ。皇帝からの命令は、お主らの監視というだけで、別にお主らをどうこうする意図はない」
さらに、ガイネルが続く。
二人の言葉を聞き、正直僕は戸惑っていたが、
「……美優と飛鳥を呼んできます。少しお待ちください」
僕だけの判断でどうにもできないと思い、僕は彼女達を呼びに行った。
…………
……
…
「ふーん、なるほどね」
「えーっと」
ベッドで眠っていた美優を起こし、仕事を抜け出してきた飛鳥を連れて、再びガイネル達と話をした。
「つまり、帝国としては私達が魔物を倒してさえすれば、何も言うことはないと。倒し方については、貴方達がきちんと教えてくれると、そういうことでいいのかしら?」
「ええ、その通りです」
ガイネル達の説明を聞いた飛鳥は、要点を上手くまとめて話した。
「魔物は大変危険な存在ですが、同時に〝魔石“を持っています。貴方達はその〝魔石”を売りお金を得る、私達、帝国としては貴方達が倒した魔物のマナを皇帝が吸収することができる。双方にメリットがあります。ただ、貴方達が戦闘に関してど素人であることも、十分承知です。ですので、その点は私とこちらのガイネル様で戦闘訓練を行います」
「ふむ。ただ、ワシらも任務で帝国各地を色々回らなければならん身。お主らはワシらに同行する形となる」
「えーっと、つまり、ガイネルさん達と一緒に旅をするということですね」
メルディウスとガイネルの説明を受け、美優は少しずつ状況を理解していく。
「うむ」
「ちょっと待って。その前に一つ聞きたいんだけど、その話は本当に信用できるの?」
「というと?」
「だって、そうでしょう。私達はこの異世界に来ていきなりアンタ達のボスに危険な目に合わされたのよ。そんなボスがいる集団の話なんて信じられないでしょう!」
「では、貴方達はこれからどうするのですか?」
「!……」
メルディウスの言葉に、飛鳥は言葉を失う。
「私達を信用できないのは仕方がありません。しかし、どうするのですか、これから。私達はこの二週間貴方達の生活を監視していましたが、毎日の生活に手一杯で先行きがないように見えました。さらに、誰からのサポートもない状態で暮らす難しさを実感したはずです」
メルディウスの言葉にぐうの音も出ない。
「絶対安全です。信用してください、と無責任なことを私は言うつもりはありません。ただ、貴方達が私達と一緒に同行することを決めるのなら、私はこの剣に誓って貴方達を守りましょう」
メルディウスは腰元に備えていた剣を抜き、胸元に構える。
「はあ~メルよ。お主も頭が固いの~」
そんなメルディウスの姿を見て、頭をポリポリとかくガイネル。
「で、どうする?」
ガイネルが僕達に尋ねる。
が、誰も返事ができない。
当然のことだ。
今日会ったばかりの人をいきなり信用するなんて難しい話だ。
そう思い悩んでいたが、
「……お願いします!」
美優がメルディウス達に頭を下げてお願いした。
「「美優!?」」
突然、美優が納得したことで僕と飛鳥は驚いた。
「ごめん。志くん、飛鳥さん。でも、私決めたんです。強くならなきゃいけないって」
美優の瞳は熱く燃えていた。
その眼には、誰かを守りたいという、そんな気概が見え隠れしている。
「ええ、わかりました。ミユ殿。歓迎いたします」
「お主らはどうするのじゃ?」
美優の返答に柔らかな笑みを浮かべるメルディウスと、ニヤリと笑いながら僕と飛鳥を見るガイネル。
「ああー、わかったわよ。私も行きます!!」
「……よろしく、お願いします」
飛鳥と僕もお願いした。
こうして、僕達はガイネルとメルディウスとともに帝国内を旅することが決まったのだ。
…………
……
…
だが、現実は厳しかった。
「うぉおおおおおおおおー! 誰か、助けて!」
現在、僕は『ゴブリン』に追われていた。
『ゴブリン』
長く垂れ下がった耳とピンと伸びた鼻が特徴的で、その体は全身緑色をした魔物。
〝ベルセリウス領域“では、比較的弱いモンスターであり、新人の兵士でも、簡単に倒せる相手だそうだが。
(僕は、ただの高校生なんだよ!!)
心中叫びながら、僕は全力で逃げ出す。
「何を逃げとる、小僧。戦わんと特訓の意味がなかろう」
「ココロ殿。たががゴブリンです。落ち着いて戦えば問題ありません」
腕を組みながらのんびりと構えるガイネルと、両手を口元に構えこちらに向かって叫ぶメルディウス。
「そんなこと言ったって……いや、やっぱ無理!」
チラリと後ろを振り向いたが、凶悪な面をしたゴブリンを見て戦うことを断念する。
「こらー、志! 真面目に戦いなさいよ!」
「志くん。ファイトー」
飛鳥と美優が遠くから声援を送ってくれる。
(このまま逃げ続けても埒が明かない)
そう思った僕はゴブリンと戦うことを決意し、神具―大剣を構えた。
そして、向かってくるゴブリンに対し、大剣を構え、タイミング良く剣を揮う。
途端、スパッとゴブリンの胴体が真っ二つに切断された。
「なによ、一撃で簡単に倒せるじゃない。早く戦えばいいのに」
「いやいや、いきなり戦えって言われたって、普通できないよ。僕、運動系の部活動とか入ってなかったし、喧嘩なんてしたこともないんだよ」
大剣を地面に差して、身を任せている僕に、飛鳥達が近づいてくる。
「志くん。大丈夫? 怪我はない?」
「ああ、大丈夫だよ。攻撃されなかったし」
「美優はコイツの心配しすぎ。美優も見てたでしょ」
「でも……やっぱり、心配だよ」
美優は僕が怪我していないか心配してくれる。そんな美優に呆れる飛鳥。
「ガハハ、小僧。やればできるではないか。まったく、人をおちょくるとはお主も人が悪い」
「見事でした、ココロ殿。ただ、そのへっぴり腰で剣を揮っても、力が十分に伝わりませんよ」
ガイネルとメルディウスが僕達のほうへと近づいてくる。
「うむ。むしろ、あんなへっぴり腰で剣を揮ったのに、ゴブリンを真っ二つにできることがすごいんじゃがの」
「そうですね。やはり、〝神具“の力は凄まじいものですね……であるなら、なおさら、ココロ殿自身が強くならなければいけません」
そう言って、ガイネルとメルディウスは僕達の特訓プランについて話し合う。
飛鳥達も初めて見たゴブリンを見て興奮した様子で話している。
そんな様子をしり目に、僕は思わずため息をつく。
ふと、ゴブリンの死骸を見た。胴体真っ二つになった状態で、顔は白目になり、吐血した後が見られた。
これを僕がやったのかと思った瞬間。
「おぇえええええええええーーーー」
猛烈な吐き気が身体を駆け巡った。あれは魔物、倒すべき敵であり、やらなければ僕が死んでいたんだと、必死に言い訳するが、それでも吐き気が止まらない。
「ちょっと、志。大丈夫!?」
「志くん!?」
僕の様子がおかしいことに気づいた飛鳥と美優。
「……うん。だいじょ……おぇええええええーーー!」
全然大丈夫ではなかった。先ほどから、微かに身体も震えてきた。
「ふむ、まだ殺しに慣れぬのか……メルディウス」
「はい……ココロ殿。これを飲んでください」
ガイネルに言われ、メルディウスはポーチから取り出した薬を僕に飲ませてくれた。
すると、突然強烈な眠気が発生した。
「睡眠薬です。精神状態も安定するそうです。しばらくゆっくりしてください」
そう言って、メルディウスは意識が混濁している僕を抱えて木の下まで移動した。
剣の先生とはいえメルディウスは僕より年上の女性だ。
そんな女性に運ばれ、しかも、気になる女の子にそんな姿を見られていることが、とても恥ずかしいなと思いながら、僕は意識を手放した。
…………
……
…
そんな志達の特訓を遠くから観察している者達がいた。
『見つけた! あいつ等だよな!? ジュン兄弟を倒した奴ら!』
『はい、そうみたいです。おかしな動きばかりしていますが、見ての通り強力な武器を持っています』
『そうだな。いいな、アレは高く売れそうだな!?』
『……(ああ、また始まったよ、親分の悪癖が)』
『さらに、憎い帝国騎士団の有名人もご一緒とはな』
『はい。【鬼神】のガイネルと【旋風の妖精】のメルディウスがいますからね』
『……どうにか、アイツらから離す必要があるな……おい!! 作戦会議だ』
そう言って、監視していた集団は志達を襲う算段を計画する。
志達に不穏な空気が、近づいていた。