第61話:異常事態発生
リデント村。
広範囲に渡って樹木が広がる森林豊かな土地。
ザナレア大陸北部の中でも広大な森林面積を有するこの土地は、ベルセリウス帝国内の木材資源を担う重要な場所である。
余りにも広大な森林地帯のため、多数の村々がお互いの縄張りを守りながら慎ましく生活している。
リデント村はそんな村の中の一つである。
そんなリデント村は現在、
「……嘘だろう!?」
「ど、どうなってるの! どうして、村の中がジャングルになっているのよ!?」
「だ、誰かいませんか!?」
危機に瀕していた。
………
……
…
少し時間を遡る。
砂漠化した周囲を横目に真っすぐ一本道を馬車で進んでいると、
「あら? 志。あそこじゃない?」
「えーっと、“リデント村”って確かに書いてありますね」
村らしき場所と看板を発見した。
村は僕の背丈の三倍以上の高さを有した木の柵で囲まれていて、ここからでは中を確認できない。
無事目的地に到着した僕達は、馬車から降りて中へと入ろうとするが。
「えっ! なによこれ!?」
「ここって、村なんですよね!?」
二人が驚きの声を上げるのも無理はなかった。
僕も二人と同じ気持ちだった。
村の中は密林化していたのだ。
地面は草花で覆い茂っていて、歩くのも困難なくらいにボウボウと生えている。
無数の樹木に囲まれていて、日光が入らないためとても薄暗い。
密林に誘われたのか、トカゲや昆虫など多数の生き物が空間内を行き来している。
「すいません! どなたかいませんか!?」
「誰かいませんか!?」
「もしもーし!」
門の外から呼びかけてみたが、中からはなにも返事がない。
「どうしましょう、志くん?」
「どうしようって……入ってみるしかないよね」
「とりあえず、馬車はここに置いてきましょう」
念には念を入れて村?の入口に馬車を置いて、僕達は中へと入った。
ガサガサと草木を掻き分けて、まず村人を探した。
………
……
…
冒頭に戻る。
捜索中、不思議な光景を目の当たりにして飛鳥や美優から戸惑いの声が聞こえる。
「ねえ? なんで家が木の上にあるのよ?」
「あれって、下から上に押し上げられたように見えるんですけど……」
二人の言葉通り、木々によって押し上げられた住居が見える。
でも、僕が一番気になるのは先ほどからウネウネと動いている巨大な蔦だった。
緑色の蔦は住居や井戸の中に入り込んでいる。
「誰かいませんか?」
「いたら返事してください!」
薄々と僕達は感じていた。
これが異常事態だということを。
やがて、村の中を捜索していたら大きな広場へと出た。
そこも明らかに不自然な場所だった。
村の入口からこの広場まで不自然なほど茂っていた草木が、この一角だけ何も生えていなかった。
僕は二人に注意を呼び掛けた。
「二人とも気をつけて―――危ないッ!」
「「えっ!」」
一番後ろを歩いていた飛鳥の後から、突如緑色の人間が抱き着こうとしている姿を目撃した。
気づいた僕はすぐさま飛鳥の手を引っ張る。
一旦距離をとって、襲いかかってきた相手を確認する。
『ウー、ウー』
相手は人間の大人サイズの背格好をしており、村で良く見かけた緑色の蔦を身体中に巻いている。
SF映画で出てくる植物人間みたいだった。
頭頂部には、森の奥まで伸びている長い蔦が見える。
植物人間は唸り声を上げて僕達に向かってきた。
「飛鳥、美優!」
「了解! 【水弾―――セット】」
「【貫通矢―――セット】」
飛鳥、美優が自分達の神具をそれぞれ出現させ、戦闘態勢をとる。
僕も神具―――大剣を手に取る。
『ウー! ウー!!』
僕達の姿を見て、植物人間の唸り声がさらに増した。
何だろう。
様子がおかしな気がする。
「ねえ? 志、ちょっとおかしくない? なんか私達のことを怖がっているように見えるんだけど」
「はい。それに何か無理やり動かされているようにも見えます」
「……少し確認してみるよ」
僕は地面を思いっきり踏みしめ、一気に植物人間の後ろへと回り、羽交い絞めにした。
「貴方に危害を加えるつもりはありません。もしもし、わかりますか!? 」
「……、た、タスケ、てくれ」
「―――ッ!!」
植物人間の中から、人の声が聞こえた。
「やっぱり、この中に人がいるよ! 助けを求めている!」
中に人がいることを確認したが、どうやって救出したらいいのかわからなかった。蔦を引っ張ってみるが、悲鳴を上げるため無理に引き千切ることもできない。
「くそ! どうしたらいいんだ!」
中にいる人を救出する手段が見つからず戸惑っていると。
「待って! あっちから大量の人が向かってきている!」
「こっちからもです!」
ぞろぞろと植物人間達が広場へと集まってきた。
恐らく、この村の人達だろう。
群がるように僕達のもとへと向かってくる。
「こうなったら仕方ない。美優、飛鳥! フォローを頼むよ」
戸惑う二人を無視して、僕は大剣を構える。
飛鳥やミーアの時にはできたんだ。
人が大勢いるから出力はかなり上げる必要があるけど、たぶん大丈夫なはず。
「火傷したらごめんなさい! 【武装灰化】!」
植物人間の人達に向けて、僕は神具の炎を浴びさせた。
炎は植物人間だけでなく、村に蔓延っている蔦をも巻き込みさらに燃え広がる。
蔦は灰となり、中から憔悴しきった人の顔が見え始めた。
(成功した!)
そう確信したとき。
―――ドクン!
僕の体の中で異変が起きた。
…………
……
…
「ちょっと! 志、火の勢いがどんどん強くなっているわよ!」
「志くん! 少し力を抑えて!」
志から放たれた炎の勢いが段々と強くなり、蔦から解放された村人達が徐々に苦しみの表情を浮かべた。
それを見て、飛鳥と美優が慌てて志に呼びかける。
「……」
しかし、志は何も返事をしない。
それどころか炎の勢いはさらに増していく。
「志! いい加減に―――志?」
「どうしたの! 志くん!?」
「……フハハ、フハハ!!」
突然、志が不気味に笑い出した。
明らかに普段と様子が異なる志の態度に二人は狼狽える。
だが、二人が狼狽えている間にも村の人達は炎の暑さにやられ呻き声はさらに大きくなる。
「こうなったら、【氷結―――全体化】」
飛鳥は凍結魔法を村全体に放った。
飛鳥の凍結魔法により、炎の勢いが徐々に弱まっていく。
さらに。
「いい加減、目を覚ましなさい!」
「……ぬぅお!」
凍結魔法を放った直後、飛鳥は隙だらけで立っている志の背中に飛び蹴りを放った。
強烈な蹴りを受けた志は、そのまま地面に前のめりに倒れた。
「美優!」
「志くん! ごめんなさい。【増殖夏蔦】 プラス 【【睡眠草】―――セット」
美優の木魔法により、志の身体が蔦で拘束された後、睡眠草の香りを浴びて志は眠りについた。
「一体どうしたのよ……」
こんな志の姿を初めて見たと、飛鳥は思った。
志が眠ったことで、炎の勢いも完全に弱まった。
飛鳥が周りを見渡せば、緑の蔦から開放され喜びの声を上げる村人の姿があった。
衣類が燃えて、一部素肌が見え隠れしているが重傷な人達は見かけない。
(良かった。だけど……)
「志くん。一体何があったんですか」
眠っている志を介抱する美優。
睡眠草が良く効いているみたいで志はスヤスヤと眠っている。
村人を救出できたことは嬉しいが、自分の友達がおかしくなったのではないかと、飛鳥は不安な気持ちで一杯だった。