第59話(3/3):動き出す世界(教会)
連続投稿です。
ベルセリウス帝国南部。
フワフワと空中に浮かぶ巨大な城塞―――『天空城』と呼ばれた浮遊城は教会の選ばれた者達でなければ入ることができない神聖な場所である。
そんな城内の一室で三人の人物がヨルド公国で起きた出来事について協議していた。
一人は、聖衣に身を包んだ老人だった。
いや、老人の姿をしたナニカといった方が正しいのかもしれない。
瞬きもせず、1mも微動だにしない姿は、人間というよりは機械という印象を周りに与える。
この老人こそ、教会の中で最高権威を有する『教皇』と呼ばれる人物だった。
教皇は、傍らで控える少女の掌から発する映像体を見ていた。
女性の顔は各国の教会で受付業務をしているシスター達と同じ顔をしていた。
「そうか……ヨルド公国の件、確認した。この映像はもうよい。次のを」
「はい。マスター」
教皇の指示を受けて、少女は先ほど見せていた映像とは別の映像へと切り替える。
暫くの間、教皇は映像をじっと見つめる。
「……聖女よ。No.11に伝えよ。引き続き、ヨルド公国の情勢を監視せよと」
「かしこまりました。マスター」
『聖女』と呼ばれた女性は目をつぶり老人の指示を、そのままNo.11―――すなわちヨルド公国にいるシスターへとテレパスで伝える。これが、『聖女』、いや教会のシスター達の特殊能力だった。
聖女とシスター達は全て教皇によって人工的に創り出された人工生命体だった。
そして、聖女はシスター達の高位存在として指令を与えるいわば母としての役割を有していた。
彼女達は教会の目や鼻となり、多くの情報を拾い集め、教会へと送る。
教会が広大な世界を管理するために創られた人―――それが彼女達だった。
「ふむ、この映像を見る限り非はどう考えてもオーラル王国にあるだろうな」
教皇が見ている映像は、先日ベルセリウス帝国から送られてきた海竜の塔の記録内容だった。
その映像には、オーラル王国と元ヨルド王国親衛隊達が互いに協力し合い、古の幻獣である竜を復活させようとする姿が見える。
「でだ。コーネリアスよ。今回の件について何か申し開きはあるか?」
「ハッ! 此度の件、誠に申し訳ございませんでした」
元ベルセリウス帝国魔法研究所室長にして、今回ヨルド公国に大きな混乱を招いた張本人―――コーネリアス・シュバルツが頭を下げる。
「言ったはずだぞ。教会の力は、この世界を安定させるためにあるもの。騒乱を招くために、〝失われた時代“の魔法技術をお前に教えたわけではないぞ」
「本当に申し訳ございませんでした」
教皇の目的はただ一つ。
世界の恒久的平和を維持することだった。
そのために、不穏な動きを見せ最近力をつけているベルセリウス帝国を警戒して、三年前から教会とオーラル王国は手を組んだのだ。
教会はオーラル王国に古の時代に滅びた魔法文明の技術を伝え、代わりにオーラル王国は兵力を提供するという形だ。
オーラル王国がベルセリウス帝国と同規模の力を持てば、戦争など起こさないと考えての事だった。
「今後、このような失敗が続けばお前の処分も―――」
「マスター、そろそろメンテナンスのお時間です」
教皇の話の途中、聖女と呼ばれていた少女が間に割って入った。
「そうか。わかった。直ぐに向かうとしよう。コーネリアス。次は許さんからな」
「ハッ! 申し訳ございませんでした」
椅子から立ち上がった教皇はそのまま部屋を後にした。
残っているのは頭を下げているコーネリアスと教皇が座っていた椅子の隣に控えている聖女だけだった。
しばし無言の状態が続く中。
「助かった?」
「ふう~、感謝するよ、ジェネミ」
五月蠅い老人の小言につき合わされて迷惑そうな顔をするコーネリアス。
先ほどまで真面目に謝っていたときと表情が全く異なっている。
「まあ、あの爺は何もわかっちゃいないから仕方ないわよ。既に、私達が教皇ではなく女神アンネム様のもと行動しているなんてね」
「フッ、そうだな」
コーネリアスとジェネミが互いに笑いあう。
そう、二人は教皇の命令を最優先として動いているわけではなかった。
全ては、自分達の主君である女神アンネムのために行動していたのだった。
「『竜の巫女』を覚醒させ、この世界に竜を出現させたことには成功したが、戦争までは上手くいかなかったか」
「流石は父上」だと少し嬉しそうに笑うコーネリアス。
「まあ、今回は帝国側が一枚上手だったってとこかしら。それより、カプリコーン。どうして自分が今回の騒動を起こした証拠を置いてきたの?」
「ただのケジメだよ」
コーネリアスは、ヨルド公国の私室に、塔で撮影した記憶映像や本計画の手記を残しておいた。
何となくそうしたくなったのだ。
ちなみに、ジェネミはコーネリアスのことをカプリコーンと呼んでいる。
それは、女神アンネムから頂いた重要な位だからだ。
「逆にお前にちょうど聞きたいことがあったのだが」
「? 何かしら?」
「何故、『竜の巫女』の周りの連中に、精神操作魔法をかけたのだ?」
「……あら、なんのことかしら?」
「とぼけても無駄だ。お前の得意な〝反転魔法“を使っていたのだろう? 直接、母親と接してはっきりわかったぞ。おかげで、『竜の巫女』を手に入れるにかなりの手間がかかった」
「あら、ごめんなさい……でも、そのわけは……この子に聞いてちょうだい」
ジェネミが目をつぶる。
すると。
「……知りたかったから」
突如ジェネミの口調が淡々としたものへと変わった。
もう一つの別人格―――ゼロが表に出て来た。
「何をだね?」
コーネリアスがまるで子供に語り掛けるよう優しく尋ねる。
コーネリアスはジェネミとゼロの二重人格のことを既に知っていたため、急に入れ替わっても取り乱すことはしなかった。
「どうやったら姉さんやタカシのように幸せそうに笑えるのか? わたしはなりたい、二人のように」
「? それと今回の件がどう関係があるんだい?」
「二人は人間が苦しむ姿を見るのがとても好き。なら、わたしも人間が苦悩する様を見るために色々と工夫をしてみたの」
「……さっぱりわからん」
妹のゼロは姉のジェネミと比べて、精神年齢が幼い。
そのため、コーネリアスも優しく接しているのだが、彼女の言っていることがさっぱり分からず困惑していた。
すると。
「ようは自分も姉と同様に気持ちよく笑いたいから、姉と同じことをしたってところかしらね」
「……わかるよう時系列で説明してくれ」
姉であるジェネミが代わりに答えた。
『竜の巫女』の計画は長い期間をかけて立てられており、その指揮をとっていたのが姉であるジェネミだった。
元々、ジェネミは各国にいる教会のシスターと意識を共有できる能力と精神操作の魔法を使って、各国を秘密裏に操っていた。操ると言っても、あくまで自分達にとって都合がいいように誘導するというもので、常に操っていたわけではなかった。
そんなある日。
女神アンネムの指令を受けて、ベルセリウス帝国とオーラル王国を戦わせることになった。
ジェネミはヨルド王国の当時の王を暴君にするよう精神操作の魔法をかけたのだった。
結果、ヨルド王国を引き金としてベルセリウス帝国とオーラル王国は戦争を始め多くの人達が死に絶えた。その大量の死を利用して、異世界から『光の勇者』を召喚させたのだった。
無事、ジェネミは女神からの役目を果たせたかのように思えるが、一つだけ彼女は痛恨のミスを犯してしまった。
それは、神獣を復活させるために必要な『竜の巫女』の血統であるヨルド王国王族の血を途絶えさせることになったのだ。
焦った彼女は、王が処刑される前に、血が途絶えないよう色々と細工を施した。
そして、どうにかミーアという『竜の巫女』の能力を受け継ぐ女の子が現れた。
暫くの間、ジェネミはミーア達の様子を観察していた。
コーネリアスと知り合ったのもちょうどその時である。
ジェネミはミーア達の幸せそうに生活している姿を見て、心の奥底がズキンと痛み出した。
何故なのか、彼女自身よくわからなかったが、ルアーナがミーアに優しく笑いかける姿がとてもイラつくのだ。
(気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い!!)
彼女のストレスは極限にまで達していた。
精神操作の魔法を使い彼らを苦しませたいが、女神の指示もあり実行するのは不可能だった。
そんな彼女の中で、一年前にゼロが生まれた。
ゼロが生まれてからは、ジェネミは不思議とルアーナ達を見ていても苛立たなくなった。
ゼロは自身の『幸せ』を探していた。
そのために、姉が最も大好きである『人間の絶望する姿』を見たくなったそうだ。
苦しませる対象は自然と『竜の巫女』を選んでいた。
「……詰まるところ、ただ『竜の巫女』達が苦しむ姿が見たいだけだったと?」
「早い話そうなるわね」
余りにも呆れた理由にコーネリアスが溜息をついたとき。
『聖女よ。準備は済んだ。早くこちらに来なさい』
城内に教皇の声が響き渡った。
ゼロからジェネミに戻った彼女は、「ハイハイ」っとめんどくさそうな顔をしたまま部屋を後にした。
「……彼女は無自覚に気づいていないのだろうな。自分がミーアを妬んでいたことに」
親の愛情を知らず身勝手な都合で生み出されたジェネミの境遇にコーネリアスは少し同情した。
「さて、いい加減覗き見するのは止めないか……アリエス」
「おやおや、ばれていましたか」
空間からゲートが開き、そこからピエロの仮面を被った人物が姿を現した。
志達がこの世界に来たとき、ベルセリウス帝国の隣にいた人物―――ピエロだった。
「聖女様はよほど教皇様―――自分の御父上のことが憎くて仕方がないのでしょうね。本人はそのことに気づいていないのが大変面白いですが」
「ククク」と楽しそうに笑う声が仮面の奥から聞こえた。
そんな様子を見たコーネリアスは「悪趣味だぞ」とアリエスを咎めた。
「でも彼女の気持ちは痛いほどわかりますよ~不死の身体で生まれたために、永遠に終わることがなく、ただ世界を安定させるための装置として生きる運命。誰からも褒められることもなく、まるでルーティンワークのように業務をこなす。疲れ果てるのも無理はありませんよ」
「……人工生命体。教会が世界を管理するために生まれた人形達か」
聖女を含め、この世界に数千人以上いる彼女達をコーネリアスは哀れに思った。
「そう言えば、ジェネミに続いてお前も最近女神の意思とは無関係な行動をとっているらしいな?」
「……はて、何のことでしょう?」
「とぼけるな。ベルセリウス帝国皇帝陛下に〝宝珠“を渡しただろう……何故、そんな馬鹿なことを」
アリエスは教会に黙って勝手に、外の世界から集めた〝宝珠“を皇帝に渡していた。
全ての〝宝珠“を回収すること。
これは、自分達―――〝十二星座“が次にしなければいけない行動だった。
にも拘らずアリエスは回収した宝珠を敵国―――しかも最も厄介な国へと渡し、さらには異世界人の知識や召喚方法を皇帝に教えたのだ。
コーネリアスが尋ねるのは当然のことだった。
「なに、帝国だけ情報を知らされていないというのはあまりにアンフェアな気がしましてね……つい~」
「ふん。何を隠しているのかは知らんが、いいか。もし貴様が女神アンネム様を害することになったそのときは、貴様を殺すからな」
コーネリアスからゾッとする殺気がアリエスに放たれた。
しかし、アリエスは全く気にする様子もなく淡々と答えた。
「大丈夫ですよ。知っているでしょう? 私が女神を裏切ることは絶対にないって」
「……ふん」
アリエスの言葉が余りにも的を得ていたためコーネリアスはこれ以上話を続けるのを止めにした。
「……まあ、計画に支障がなければそれでいいのだが。そうだ。その後の竜の動向はどうだ?」
「〝キャンサー“と〝ヴィルゴ”がまわっていますよ。順調に〝宝珠“を回収しているそうです」
「そうか。なら、本作戦も残すところはあと少しか……」
「ええ、〝神獣“を復活させるためにも、多くの人に死んでもらわなくてはいけませんから」
女神を守護する者達は、恐ろしい計画を用意していた。




