SS3-4話:前代未聞の侵入者
原がオーラル王国に来てから、三ヶ月が過ぎた。
相変わらず、自分の愉悦のために周りの人達を玩具にして楽しむ日々を過ごしていた原だったが、この日はいつもと違った。
バリーンとガラスが割れたような音がオーラル王国内に響き渡った。
何事か一同が空を見上げると、透明のバリアで覆われていた外壁に大きな亀裂が入っている。
外部の攻撃を一切遮断する障壁に亀裂が入るなど、建国以来初めてのことだった。
一同が動揺していると、亀裂箇所から何者かが中へと侵入してきた。
数は二人だ。
一人は背中に翼を生やした少女の姿をしていた。
エルフ耳のような長い耳は、この世界では「魔族」と呼ばれ、人々に恐れられている存在だ。
飛行する魔族の少女が両手で、少年を運んでいる。
ぶら下がっている少年は魔族ではなくどうやら人間のようだ。
金髪碧眼の出で立ちは、どことなく『光の勇者』を連想させた。
「魔族だと! 魔大陸からどうやって!」
「すぐに城に伝えろ!」
侵入者を見て、国民達が一斉に慌てふためき出した。
「……ここで大丈夫だ。〝宝珠“の反応はすぐ近くみたいだから」
「わかった。勇也、気をつけてね」
勇也と呼ばれた少年が遥か高い場所から、スタッと何事もなかったように着地した。
何者なのか、多くの人達が勇也に関心を寄せ見つめる。
「異世界から召喚された勇者達がいると聞いた! 立会を希望する!」
突然の宣言に周囲が大きくざわめく。
勇也は気にすることなく周りをキョロキョロと見渡す。
「どうした! 一体何事だ!」
城から大勢の騎士達が、騒ぎとなっている場所に駆けつけて来た。
騎士達の中で、リーダー格の人物が勇也に尋ねた。
「お前か! 結界を破り、我が国に不法入国した罪人は!」
「そいつは悪かった。邪魔だったからついな……それより、早くこの国にいる勇者達を出してくれ」
「なんだ! その態度は! 皆のもの! この無礼者を捉えよ!」
「「「ハッ」」」
数人の騎士達が勇也に襲いかかった。
一斉に刃物の矛先が勇也に襲いかかるが。
「ぐはっ!」
「がァァ!」
「バカな!」
刃物が勇也に届く前に、騎士達が次々と地面に倒れていく。
「どうした! お前達! 何をやっている!」
リーダー格の人物が大きく取り乱す。
それもそのはずである。
勇也は特にその場を一歩も動かず、彼らを撃退したのだから。
「……時間の無駄だって。いいから、早く勇者を出してくれ。これ以上、無様な姿を晒したくはないだろう?」
「粋がるな、この若造が!!」
今度は勇也を囲んでいた全騎士達が、勇也へと一斉に襲いかかった。
勇也は軽く溜息をついたあと。
突如、その姿を消した。
雷光一閃。―――まさに一瞬の出来事だった。
最初に倒れた騎士達と同様に全ての騎士達が地面に倒れ気絶した。
「……こうなったら、出てくるまで徹底的に暴れるとするか」
雷光の如き速さで騎士達を気絶させた勇也は、そのまま上層を目指し歩いていく。
…………
……
…
襲撃者の存在は直ぐさま、城内に伝わった。
BNo.の上位階級者達は慌てふためいていた。
「オーラル王国始まって以来、前代未聞ですぞ!」
「おい! お前のテリトリー範囲だろう! 早く奴を止めよ!」
「それを言うなら、止められず上層に通したお前の責任だろうが!」
オーラル王国を束ねるBNo.の十一人。
立場で言えば、元老院というところである。
彼らはお互いに責任を押しつけるだけで、何の打開策も見出せずにいた。
挙げ句の果てには
「くそ! こんなとき、イデント宰相は何をしている!」
この場にいないイデント宰相に責任を押しつけようとしていた。
イデント宰相は所用のため、しばらくの間、国を留守にしていた。
普段から口うるさいイデント宰相がいなくなることで、喜んで出国を促したBNo.達だったが、自分達に危険が及ぶと、有能なイデント宰相に縋ることしかできない無能な老人達。
この人達がオーラル王国を統べているのだと思うと、国民含めて哀れとしか言いようがない。
ちなみに、ANo.の無能な王族は既に自分だけ安全な場所に退避していた。
「ええい! こうなれば、勇者を差し出せばよかろう!」
BNo.の一人が声高々に叫んだ。
同時に他の老人達も「そうだ! そうだ!」と後に続いた。
「誰か『光の勇者』をここに呼べ!」
号令と共に、光の勇者の出立が告げられた。
…………
……
…
「全く、何故僕が兵士のような真似事を……」
上層の広間。
一人真ん中でボツンと佇む原の姿があった。
昨日、生き残った玩具をどう虐めようか、考えていたときに、急遽、BNo.から呼び出しを受けたため、現在の原はとても不機嫌だった。
「……イデント宰相が帰ってきたら文句を言っておかなきゃ……うん!?」
原の目の前に一人の少年の姿が見えた。
金色の髪に、透き通る碧の瞳。
一目見れば、誰もがイケメンだと言わんばかりの日本人離れした容姿。
「お前か、侵入者は? 僕がお前が望む勇者だが、一体なんのようだ?」
「先生一人だけか? あと三人いるはずだが?」
「アイツらは死んだよ……悲しい事故だった~」
初めて会ったはずの少年。
しかし、どこかで聞いたことのある声に少し戸惑いの表情を見せた原だったが、
あの口五月蝿い生徒達を殺したときのことを思い出し、思わず下衆た笑みを表情に出した。
「―――ッ! その表情! 先生、まさかみんなを!」
原の不気味な笑みを見て、勇也は最悪な事態に勘付いた。
「さあ、僕にはよくわからないねッ!」
動揺した勇也のスキをついて、原が襲いかかった。
不意打ちをつかれた勇也だったが、軽々と原の大剣を躱す。
「その神具の力! アンタ、生徒達を殺して力を得たな!」
「……ほう、随分神具に詳しいみたいだね、キミ」
勇也の強さを感じ、原は少し警戒を深める。
「……最低だよ、アンタ。アンタは人としてやっちゃいけないことをしたんだぞ!」
光の速さで勇也が原の真横を通り過ぎた。
原の後方へと瞬時に移動した勇也の手元には、どこから取り出したのか刀を持っていた。
「?」
原には何も見えなかった。
何も感じることができなかった。
原の右腕が神具と共に黒焦げになっていることを。
「―――ッ!! グゥワァアア!!」
痛感がようやくフィードバックされ、原が絶叫を上げた。
だが、勇也の攻撃は続いた。
「……楽にはさせん!」
「ヒィーー!!」
勇也が振るう光速の刀舞が原の身体を何度も捉える。
宣言通りに原の身体に致命傷となる傷はつけられなかった。
だが、原の身体には無数の傷が刻み込まれた。
「や、やめ……ヒギ! グギャアアー!!」
あまりの痛みに泣き叫ぶ原。
「アンタが皆にやってきた報いだ! 受け入れろ!」
「ギャアアー!! メ、目がぁあああ!」
勇也の光魔法―――雷撃が顔に直撃して原が悲鳴を上げた。
(なんで僕がこんな目に合うんだよぉおお!)
激痛に苦しみながら原は、自分の不幸を呪った。
原はただ自分が楽しみたいためにやっていただけなのに、何故こんな目に合うのか本当にわからなかった。
「ふー。少しやりすぎたな」
「た、助けてくれ! 欲しいモノは何でもやる! だ、だから―――ヒィッ!」
勇也は立つこともできなくなり床に崩れ落ちた原の首筋に刃を当てた。
顔―――右目に酷い火傷を負った原は、これから自分に降りかかる〝死”を想像し失禁した。
「……本当に、哀れだな。アンタ」
勇也は刀を持つ別の手に、短刀を取り出した。
漆黒に染められた刀身。柄には全属性の魔力を帯びた魔石がつけられていた。
「身に余る力を失って、反省しやがれ!」
短刀が原の心臓を捉えようとしたとき。
「……駄目ですよ。その人には、まだやってもらいたいことがありますから」
「―――ッ!!」
真横から雷撃の砲弾が発せられ、瞬時に勇也はその場から離れた。
雷撃魔法を放った人物は。
「イ、イデント宰相!」
この国で最も頼りになる援軍が助けに来てくれたことに、原が歓喜の声を上げた。
「おやおや、これは本物の『光の勇者』―――勇也様ではないですか。我が国にどういったご用で?」
「―――ッ!! どうしてそのことを!?」
自分の嘗ての肩書を、目の前の男に言い当てられ勇也が動揺した。
「俺の存在と記憶は、教会によって操作され秘密裏になっているはず! どうして!?」
「アハハ。じゃあ、そういうことでしょう。私は教会の上層部の方と色々懇意にしてもらっておりますからね」
優雅な笑みを勇也に向けるイデント宰相。
勇也がイデント宰相に気を取られている隙に、騎士達が広間に集まりはじめた。
「どうやら形勢は逆転したようですね」
「しまった!」
会話に気をとられていた勇也。
気がつけば周囲を騎士達に囲まれていた。
囲んでいる騎士達は普通とは言い難い出で立ちをしていた。
丸太ぐらい太くなった腕と太もも。
青白い顔色にも拘わらず血走った目で勇也を見ている。
彼らは明らかに、何かドーピングされた状態だということを、勇也はすぐに察知した。
「アンタ、彼らに一体何を!?」
「? 少し改造したのですよ。〝神“に近づくためにね」
「いかれてやがる!」
勇也が囲いを破るため、一点突破で騎士達の壁を突き破る。
雷撃を帯びた刀に強化された騎士達は黒焦げになり地面に倒れる。
しかし。
「なっ! 傷が回復してやがる!」
「グルゥウウ!」
黒焦げに壊死された騎士達の皮膚は元の状態へと瞬時に戻る。
再生した騎士達はすぐさま囲いを突破した勇也を追いかける。
「くそ! せめて、あの先生だけは!」
先程から地面を見つめ何やらブツブツ一人言を呟く原のもとへと勇也は駆け出す。
「アイツがワルインダ……ボクハワルクナイ……ナンデ、ボクガコンナメニアワナケレハイケナイ……」
時を同じくして、原の意識は別の場所にあった。
黒く染まった真っ暗な空間。
目の前には黄色に光り輝く巨大な扉。
原は扉の目の前にいた。
「ここは?」
『ほう……この場所に訪れる者が再び現れるとはな』
「誰だ!」
何処からともなく声が聞こえた。
原は周りを見渡すが人影の姿はない。
『そんなことはどうでもいいだろう……それより、いいのか? このままで?』
「―――!!」
図星をつかれた原は謎の声に耳を傾ける。
『悔しいのだろ? 理不尽と感じたのだろう? 自分は悪くないのに、何故こんな目に合うのか』
「……そうだ」
『力さえあれば、こんな目に合わずにすむのに』
「……そうだ」
『ならば我が力を貸そう……お前の手に持っている鍵を扉に差し込むがいい』
「こうか?」
いつの間にか手に持っていた巨大な鍵を扉へと差し込んだ。
ガチャりと、鍵が外れた音が聞こえた。
『さあ、扉を開けよ。適合者。自分の進む道を邪魔する奴らを蹴散らすがよい』
声に導かれるまま原は目の前の扉を開いた。
………
……
…
「……【神気開放】!」
「―――なっ!!」
原のもとへ駆け出していた勇也の動きが止まった。
原の様子が大きく変化したからだ。
金色に染められた髪は、白くなり、黄色の瞳は黄金色に輝きだした。
外観の変化もそうだが、体内から伝わる強大な魔力の奔流がうねりをあげている。
「勇也! まずいよ! そいつ、むこうと繋がったみたい!」
上空を飛行していた魔族の少女が原の変化に気づき勇也のもとへ降りてきた。
「なんだって! じゃあ、神具の回収は……」
「私が作ったその短刀じゃあ無理。回収する前に向こうの魔力に耐えきれず、壊れちゃうと思う」
「クソ!」
勇也達の目的は、神具―――すなわち〝宝珠“を回収することだった。
そのために、人体にダメージを与えず神具を回収することが可能なこの短刀を用意してきたのだが、無駄になってしまった。
勇也達が右往左往している内に、【神気開放】状態の原が勇也に襲いかかる。
先程よりも速く重い一撃を勇也が刀で捌く。
さらに、強化された騎士達がこぞって勇也達を襲いはじめた。
「リムル! 一度、撤退する」
「わかったわ」
リムルと呼ばれた魔族の少女は黒い翼を広げて、勇也の身体を抱きしめた後、翼をはためかせ空へと飛び立った。
「おやおや〜光の勇者ともあろうお方が、敵前逃亡とは情けない」
「グルゥウウウ! コロス!! コロス!!」
真下から勇也に向かってのん気に話しかけるイデント宰相。
遥か上空に離れた勇也達に向けて神具で作り出した円月輪を原が投げるが、勇也達に当たることはなかった。勇也達はそのまま侵入してきた箇所へと逃走する。
「すまない、リムル。今はこの場から離脱を最優先で」
「ええ、わかってる」
勇也達は侵入した経路と同様にひび割れた箇所から外へ逃亡した。
イデント宰相はしばらく勇也達が逃げ去った方角を注視していた。
やがて、
「まさか本当に本物の『光の勇者』が現れるとは……想定外ですが、まあいいでしょう。既に原さんを『光の勇者』として祭り上げている以上、彼が現れても問題はありません」
教会の教皇からは、本物の『光の勇者』である勇也の召喚はできない、とイデント宰相は聞いていた。
だから、イデント宰相は四人の天属性の異世界人をこの国に呼び寄せることにしたのだ。
伝承に近づけるよう原の容姿を整えたり、天の神具を一つにし力を強化したのもそのためだ。
「とりあえず、彼の動向には注意をし、最悪の場合、彼の始末も検討しておかなければなりませんね」
これから先の展開を見据えイデント宰相は様々な策を頭の中で練りつつ、その場を後にした。
原のSSは以上になります。
次回、3章に突入します。
(SSが2章はかなり多くなってしまったのですが、今後は少なくなる予定です)




