SS3-3話:愉悦の目覚め
原がヨルド公国に行く前の話になります。
※不愉快な表現があります。
苦手な方は読み飛ばしていただければと思います。
オーラル王国を端的に表せば、大企業のようなものだと、原は考えていた。
毎年、決まった時期に南部の各国々に募集を募り入国を希望する人材を探す。
一定の条件と入国審査に合格すれば、晴れてオーラル王国の国民となることができる。
言うなれば、新入社員を獲得するための就職活動といえばわかりやすいだろう。
国内には奴隷や貴族といった身分制度はなく、また人々は名前で呼び合うことはない。
代わりに、互いをNo.(ナンバー)で呼びあうのだ。
No.(ナンバー)には、人を呼び合う以外の他に階級を識別する意味を持つ。
例えば、H-01001と-B-01001なら、B-01001のほうが階級が高くなる。
こう見ると分かりやすい。
H(平社員)<G(主任)<F(係長)<E(課長)<D(部長)<C(執行役員)<B(取締役)<A(代表取締役)
C以上のNo.(ナンバー)の人は、対外的な意味もあり本来の名前で呼ぶ場合がある。
イデント宰相などは下の者に名前で呼ぶよう命令しており、彼を本来のNo.(ナンバー)で言うなら、B-00012となる。
ちなみに、数字はその階級になったときの順番になる。
同じ階級の場合であるなら、数字が低いほうが偉いとされる。
階級は絶対的なモノであり、No.(ナンバー)を上げる方法はただ一つ。
上位階級の者に気に入られることである。
能力ではない。
いかに上司に気に入られるかが重要なのだ。
だから、下位の階級の人達は上位階級の人に気に入られようと努力しゴマをする。
多くの大企業や中小企業にある仕組みがオーラル王国には出来上がっていた。
オーラル王国に初めて入国した人達は、誰もが希望に胸を膨らませていた。
傲慢で不遜な態度で知られる悪名高い国を自分達が変えてやる、と志を高く持ち入国する。
だが、現実は甘くない。
古より受け継ぐオーラル王国の伝統、いや〝空気“と表現したほうがわかりやすいかもしれない、そして傲慢な上位階級者の振舞いを見て、彼らの思想は白から簡単に黒へと染まる。
気がつかないまま、彼らは自分達が毛嫌いしていたオーラル王国国民と変わらないようになる。
だが、そんなオーラル王国の風習は原には全く関係なかった。
なぜなら、彼は選ばれた者―――『光の勇者』という特別な肩書があるからだ。
「やだ! どうして! こんな!」
「嫌だ! 俺はリオを殺しくたくない!」
原の目の前には、リングを隔てて、二人の兄弟が武器を構えて対峙していた。
十代前半の兄弟は、お互いに向けられた武器によって血塗れの状態だった。
もう動けない状態の二人だが、彼らは自分の意志に反して動かされているかのように見える。
必死に泣き叫ぶ少年達。
そんな少年達を原と傍らにいる女性がワインを片手に楽しそうに見物していた。
原の容姿は一ヶ月前、この世界に来た当初と大きく異なっていた。
髪は黒から金色の髪へと変わり、瞳の色も碧眼へと変えていた。
これは、イデント宰相の指示によるものだった。
特に容姿に執着していなかった原はその要望を素直に受け入れた。
その他にもイデント宰相から変わった指令を与えられるが、原は素直に従っていた。
彼の人生経験からして、イデント宰相を敵に回すのは危険だと察知していたからだ。
ふと、原の身体が少し揺れた。
よく見ると、原が座っているのは、三十代の男性の背中の上だった。
目の前で殺し合いをしている少年達の父親だ。
長時間、原の椅子として耐え続けていた身体はとうに限界を越えていた。
「何動いているんだ! この無能が!」
「ひぎゃぁあああ!」
原は容赦なく少年達の父親の太ももにナイフを指す。
ナイフを刺され、男は悲鳴を上げる。
原はそんな苦しむ男の声を満足そうに聞いていた。
「どうか、ご勘弁を! もう、止めてください」
泣きながら懇願する男性。
だが、原には全く効果がなかった。
「なに言ってんだ……お前が望んだ結末だろうが! なら受け入れろ」
男は二年前に家族と一緒に入国した。
元いた国では、貴族の身分を持っていた彼だったが、オーラル王国内では最下層の立場であることに不満を感じていた。
そんな彼に、原はある取引を持ちかけた。
「お前が勝てば、階級を上げるよう取り計らおう。ただし、負ければお前の家族を自由に使わせてもらう」と。
男は悩んだ末、その取引に応じた。
そして、原との勝負に敗れてしまった。
「……私はどうかしていた……マリー、すまない!」
最愛の妻は原に散々弄ばれた挙句、ボロ雑巾のように部屋の隅に捨てられていた。
「フハハ! 最高だな! 家畜のように人間を使役することが、こんなにも愉快なものとはな!」
原の気分は最高潮だった。
「ウフフ、もうすっかりこの世界に慣れたみたいね」
傍らにいた女性が原に話しかけた。
女性の容姿は一度教会に行ったことがある人は、誰もが〝シスター“だと見間違えるだろう。
それ程までに、彼女と瓜二つの顔をしていた。
「入国した当初は、生徒を殺すことに躊躇っていたアナタはどこにいったのかしら?」
「……ジェネミ、止めてくれ。あの時の僕はどうかしていたんだ」
ジェネミから指摘を受けた原は何とも嫌そうな表情を浮かべる。
「ウフフ、だってそうでしょう? 『僕は教師なんだ。生徒を殺して力を得るなんてできない』って、随分青臭いこと言ってたじゃない」
楽しそうに原を見つめるジェネミは当時のことを思い出す。
原達がオーラル王国に来た当初。
イデント宰相とジェネミは、『光の勇者』と性別が同じで背格好が近い原を残すことを決めていた。
二人の誘いを受けた原は、「自分は教師である以上、生徒を殺すなんて馬鹿な真似は決してしない」と言っていたが、ジェネミは原の心の奥底を見抜いていた。
―――この人は、私と同様に〝世界という存在“を心の底から憎んでいると―――
原を気に入ったジェネミは何度も甘い言葉を原へとかけた。
初めは抵抗していた原だったが、徐々に同じ思想を持つジェネミに心を開き始めた。
ジェネミは原が無意識に抑制していた感情を解き放ってくれたのだ。
その最初の切っ掛けが、高木達生徒を殺したあの惨劇である。
以降、原は好き放題にできる権力と生徒を殺して得た強大な力を振りかざし自分の欲望のまま行動するようになった。
特に原が一番好きなのは、人が絶望する瞬間を見るときだった。
期待して顔を輝かせた相手が、一気に絶望したときの顔は心底笑うことができた。
だから、原は今日も自分の愉悦のために、人々を絶望へと叩きつけるのだった。
「ジェネミ、キミには本当に感謝しているよ。おかげで毎日がとても楽しいんだ」
さっぱりとした顔で答える原。
まるで、いい仕事をしたサラリーマンのような感想でジェネミに話をする。
「いいのよ。私も同志が増えるのは大歓迎なのだから……でも、面白いから暫くは、これでアナタを弄るわね?」
ジェネミの言葉を聞いて、原は「嫌な女だ」と、苦笑いを浮かべる。
そんなふうに二人が笑いあっていたとき。
ジェネミの態度が突然急変した。
感情豊かに喋っていた表情が突然、機械のように無表情へと変わったのだ。
ジェネミの変化に気づいた原は、
「ゼロ。僕は今までキミの姉と楽しく喋っていたのだが……」
「……おしえて? タカシと姉さんはどうしてそんなに楽しそうに笑うの? わたしは知りたい……どうやったら、そんなに幸せそうに笑うことができるのか?」
何の感情も感じさせない淡々とした調子でゼロと呼ばれた女性が話す。
「キミのお姉さんに聞きなさい。彼女なら、僕以上に人間の機微に詳しいからね?」
「……だって、姉さん?―――既にうんざりする程質問攻めにあったわよ」
また少女の雰囲気が突如変化した。
機械のような感情のない雰囲気と異なり、原と楽しく会話をしていた女性に戻った。
「ゼロは真面目すぎるのよ。幸せなんて人それぞれなんだから、好きに考えればいいの―――でも、わたしは知りたい」
「……傍目から見たら、奇妙な一人言を呟いているようにしか見えんな」
二人のやり取りを冷静に見守る原。
原がジエネミと呼ぶ女性。
ジェネミには二つの人格が存在する。
原は便宜上主人格である姉をジェネミと呼び、子供のような仕草を見せる妹をゼロと呼んでいる。
彼女達は自分達の意志で自由自在に意識を切り替えることができるのだ。
「人間について、そんなに知りたいのなら、自分で色々と試して見るのだな」
原も二人のことは気に入っているため、それなりの敬意を持って彼女達に接していた。
またイデント宰相からの命令もその理由の中に含まれている。
教会で、『聖女』の立場にある彼女達を害すれば、国の一大事となることを原は理解していた。
「うん。ヨルド公国で既に実験中。あそこには『竜の巫女』のテストもあるから、一石二鳥」
「―――ッたく。アンタの実験のために迷惑を被るのはいつも私なんだからね」
「ありがとう、姉さん」
知らない人からすれば、とても仲良さげな姉妹のやり取りに見える。
だが、話している内容はかってのヨルド王国を、精神操作の魔法を使って滅びの道へと歩ませる物騒な内容だった。
「……とくに『竜の巫女』の母親が何故かとても気になる。なぜ、『竜の巫女』にあんなに優しいの? 他の人達もそう。わからない。だから、反転させてみた」
「……そうか」
「どうなるか楽しみ」
「まあ、頑張りたまえ」
原はゼロの頭を撫でながら、殺し合いを続ける少年達へと視線を戻した。
原にとって、ゼロは自分から積極的に関わろうとした初めての生徒だった。
だから、ゼロの行動を全面的に支援する。
「……思う存分、楽しみたまえ」
世界に影響を与えるとされる『光の勇者』と『聖女』が楽しそうに目の前の光景を見つめていた。




