第9.5話:美優の後悔(美優視点)
私の名前は波多野 美憂。
私立○×高校に通うゴクゴク普通の女の子です。
そんな私ですが、私の周りには尊敬できる友達がたくさんいます。
同じクラスだけど年が一つ上の頼れるお姉さんこと、戸成 飛鳥さん。
いつも私達を引っ張ってくれるお兄さんこと、木原 勇也さん。
その妹で、めんどくさがりだけど、何でも器用にこなす、木原 久実ちゃん。
女子に苦手意識があるけど、面白おかしく喋ってくれる、酒井 雄二くん。
そして、
私が好意を寄せている相手、今ベッドの上で眠っている、剛田 志くん。
彼は二日前の〝フェーデ“が終了してから、ずっと眠りについたままです。
それも無理がありません。
心根が優しく、人と競うことが苦手な彼が、自分の手で人を殺したのですから。
彼の心情を思うと、また、涙が零れてしまいます。
過酷な森の中でのサバイバル生活を抜け出し、ボロボロの私達は何とか村にたどり着くことができました。
お風呂に入りたい、柔らかいベットで眠りたい、その一心でした。
しかし、宿屋に向かった私達に待っていたのは厳しい現実でした。
「金がないなら、ウチに泊めれるわけねぇじゃねぇか! 帰った! 帰った!」
ショックでした。
後で冷静に考えてみれば、宿屋の大将の言っていることは正論なのですが、
当時の私達からしたら、「人でなし!」、「この悪魔!」、「そのアフロヘアーそぎ落とすわよ!」と罵詈雑言を繰り返しました(主に、飛鳥さんですが)。
宿泊を断られた私達は何とかお金を工面するため、人通りの多そうな場所で物乞いを始めました。
生まれて初めての物乞い。
やり方も全然わかりません。ただ、もう体裁を繕っている場合ではありませんでした。
(お金が欲しい!! 風呂に入りたい!! 眠りたい!!)
物欲のみが頭の中を支配していました。
私達は必死でした。
その必死さが伝わったのか、村人は次々と立ち止まって温かな言葉とともにお金と食料を置いて行ってくれました。
涙が零れました。人はこんなに優しいのだと。
当時、志くん達に助けられたことを思い出しました。
何とかお金を手に入れた私達は断られた宿屋へ戻り、大将の温情により広いお部屋に泊まることができました。
飛鳥さんと私は、勢いそのままお風呂へ直行しようと駆けだしましたが、着替えがないことを志くんに指摘され、その場を諦めました。
しかし、女将さんの配慮によりすぐさま着替えや石鹸が手に入った私達はすぐさまお風呂場へと向かいました。
至福の時を過ごさせていただきました。
お風呂がこんなにも素晴らしいものなのだと、私は改めてお風呂の素晴らしさを実感しました。
その後、このトパズ村で衣食住を確保するため、私達は宿屋で働くことにしました。
生まれてこの方、アルバイトの経験もなく、さらに、過去のトラブルで年上男性にトラウマを持っている私。
仕事を始める前は不安で一杯でした。
しかし、接客のお仕事経験がある飛鳥さんが色々フォローしてくれたり、厨房でこちらを気にしてくれる志くんのおかげで、徐々にお仕事に慣れてきました。
そんな矢先に、突如、お会計をしていた私にクレームをつけてきたお客様がいました。
その方達は、よくお店に来るお客様でしたが、私自身あまり良い印象を持っていませんでした。
ずっと私をニヤニヤ見つめたり、私が机に近づくと「おっと、ごめん」と言って、私のお尻を触ろうとしたり、さらには「おい、ねえちゃん。良いオッパイしてんな。もませてくれよ」と下品な言葉ばかり私に言ってくるのです。
そんな彼らが、先日「おい。勘定が違うじゃねえか!!」と私の腕を掴んできました。
途端昔のことを思い出し、私は悲鳴を上げ、その場で震えていました。そんな私を助けてくれたのは飛鳥さんと志くんでした。
自分より大きな相手に毅然と立ち向かう飛鳥さん。
何とかその場をとりなすために、土下座をした志くん。
本当にすごく、優しい人達です。
……それに比べて私は。情けない。
とりなすために始めた志くんの土下座が思わぬ方向に向かいました。
〝フェーデ“と呼ばれるこの帝国で古くから伝わる決闘を、志くんは強面のジュンさんと行うことになりました。
全部、私のせいです。謝って許されるわけでもないですが、謝る以外に何もできません。
本当に愚かです、私は。
お互い刃物を持っての真剣試合。いや、命がけの決闘なのでしょう。
その決闘を見るため大勢の人が、決闘の場へと集まりました。
彼らは、楽しみにしているのです。
これから、人と人が殺し合いを始めることを。
常軌を逸していると思いましたが、そう、これがこの世界では当たり前なのだと、痛感しました。
あれだけ優しくしてくれた村人達。
その優しい一面の他に、こんな別の狂気的な一面があるのだと。
〝フェーデ“では志くんが有利に戦闘を運んでいました。
圧倒的な身体能力でジュンさんの攻撃を躱す志くん。
優しい彼は自ら攻撃をすることはありませんでした。
しかし、それでも諦めないジュンさんに対して、やがて攻撃するようになりました。
神具の大剣で切断せず、気絶させることを狙ってることは、戦い方からしてわかりました。
しかし、周囲はそんな志くんの戦いにブーイングをかけます。
『誇りをとして戦え』と。
周囲の異様な熱気に包まれ、段々おかしくなってきました。
『人殺しの何が悪いの?』、『何故、お前達はこの決闘に興奮しないのかと』と、その雰囲気はまるで私達―人殺しをしてはいけないという考え方―がおかしいのではないのかと思わせるほどに。
最終的に、志くんはジュンさんの命を奪ってしまいました。
転倒した彼は思わず神具の炎の力を開放してしまい、結果、ジュンさんは死にました。
人を殺してしまった志くん。
彼は呆然としたまま私達のほうを向きました。
私は悲しみと自分自身の至らなさに思わず泣いてしまいました。
何故、優しい彼がこんな目に会わなければならないのかと。
そんな私の思いとは裏腹に、現実はひどい結果へと進みます。
殺されたジュンを見たノシターは志くんに襲いかかりました。
私は必死に「逃げて!」と叫びましたが、志くんは何も反応しません。
「もうだめだ」そう思った次の瞬間、審判役のガイネルさんが助けに入ってくれました。
そして、再び目の前で人が死ぬ姿を目撃してしまいました。
私は呆然とその場で立ち尽くすだけでした。
けど、そんな私と違い飛鳥さんはすぐさま意識を失い倒れた志くんのもとへ駆け寄りました。
そして、彼を抱きかかえて、すぐさま宿屋へと向かいました。
「〝フェーデ“は終了だ。勝者はココロ殿である。ジュン達は死亡したため、彼らについてある懸賞金10,000RGを彼に譲渡することとする」
そう周囲に宣言したガイネルはジュン兄弟の死体を掴んで、村を出ていきました。
集まっていた村人達は興奮冷めやらないまま解散していきました。
解散していく中、「嬢ちゃんの彼氏、スゴイな! あのジュン兄弟を倒すなんて英雄だぜ」と称賛の声を私に次々と送ってきます。
……ぶっちゃけ、どうでもいいです。
志くんや私が今感じている気持ちがあなた達にわからないのかと、怒鳴りつけたい気持ちで一杯でした。
ボーッとしたまま、私は宿屋へと戻りました。
飛鳥さんは呆然とする私を見て、声をかけてくれましたが、すみません、何もわかりません。
部屋に入ると、ベッドで苦しそうな表情で眠っている志くんがいました。
その姿を見た瞬間、私の両目から涙が零れ落ちてきました。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
彼の手を握り、ひたすら懺悔を繰り返します。
私のせいだ。私が弱いばかりに、彼が傷ついた。
そんな後悔が頭の中を何度も駆け巡ったまま、私はこの二日間、この場所でずっと志くんに謝り続けました。