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6/10

その『日常』脆弱につき

 駅からほど近い喫茶店で、三人は気分を入れ替えようとしていた。

 もちろん、気分を入れ替えるどころではなかったのだが。

 なぜおしゃれをして休日を楽しもうと思ったのに、こんなことになってしまうのか。

「ごめんね、二人とも」

 とても申し訳なさそうに鬼気は謝罪しているが、二人は正直鬼気の剣幕におののいていた。

 試合の時ならあそこまで怖くはない。鬼気は戦う時楽しそうだからだ。

 それはそれで怖いのだろうが、少なくともさっきの様に怒ることも憎むこともないからだ。

「今日はもうケチが付いちゃったから、ここでお茶したら帰りましょう」

「うん、そうだね。私も正直、そう思ってたんだ」

「ああ、また日を改めてってことでな!」

 鬼気の申し出はありがたかった。確かにまあ、此処から遊んでリフレッシュとはいかないだろう。

 鬼気が彼女に反論して泣かせるという段階になるまでもなく、寄りにもよってシャトルを危険な兵器扱いされた時点で大概だった。

 もちろん、それだけの自覚はあるのだが。

「まったく……大人しく署名を求めていればいいものを……現実を見ない平和主義者ほど排他的で攻撃的な連中はいないな」

 まあ、彼女やその仲間にはいいお灸になっただろう。

 ああして公共の場所で活動をしていれば、必然鬼気の様に『意見の強い』相手に出会うこともある。

 興味がなさそうにしていたり、わずらわしく思っている相手を呼び止めて説教、というのはしてはいけないことなのだ。

 今回の様に言葉で反論されるならまだしも、暴力に訴える輩も確実にいるのだ。

「まあシャトルが怖いのは分かるけどな……俺の師匠なんてとんでもないし」

「だよねえ、何時でも武器を携帯しているんだし」

「怖いから嫌だ、というのは無知を宣伝しているようなものです。第一、その理屈なら車にだって乗れません」

 確かにシャトルが暴れ出せば、それはもう凄惨なことになるだろう。

 多くの人が犠牲になり、死体の山が築かれるだろう。だが、それは非常に今更である。

 鬼気の発言したように、道行く車に乗っている人がふとその気になれば、それだけで痛ましい事件は起きてしまう。

 もっと言えば、素人でも少々の知識があれば爆弾を作ることができ、大量の人間を殺すことができてしまうのだ。そこまでせずとも、可燃物をぶちまけて火を点けるだけでも十分危険であるし。

「あの連中は対岸の火事であってほしい、って思ってるのさ。悲劇なんて他人事で、自分達には関係ないって考えてるんだろ。師匠がそう言ってたぜ」

 ふと思うのは、己の師匠が自国を裏切った理由を聞いた時の事だ。

 あの時の師匠も、鬼気の様に怒っていたと憶えている。

「私も論客になりたいわけでもないし、政治に興味があるわけでもないわよ。友達との貴重な休日に一々ケンカをしたいとも思っていないし。でもね、あの子は態々話しかけてきたあげくに逃げ出した。アレは駄目ね」

 不快そうだった。いつも泰然としている彼女らしくもなく、不快感をあらわにしていた。

「別に、公共の場所を許可されたうえで話すならいいのよ。そのこと自体は口挟むことじゃないし。でも……あの子はただ正義感と優越感に浸りたいだけだったわ」

「まあねえ……深く考えてなかったんだろうねぇ」

 おそらく、今が戦時中だという自覚が無いのだろう。

 確かに日本は水際で侵攻を食い止めているが、それでも地球は一方的に攻撃を受け続けていることも事実なのだ。

 戦争中に軍事費が増大するのは自然の摂理である。敗戦してしまえば、福祉もへったくれもあるまい。

 攻め込まれて民間人に被害が出ている状況で、防衛費を削減するということは、それこそ人命を軽んじているとしか言いようが無いのだ。

「彼女には知識がなかった、深く考えもせず言われたことを復唱しているだけ。そこを突かれても、信念があれば踏みとどまって私を諭したはず……それができないのは、つまり口だけってことよ」

「それは酷じゃないかな?! 鬼気さん怖いし!」

「ああ、俺らも怖かったしな!」

 結局、誰も得をしなかった。

 ただ互いに傷つけあい、気分を悪くし、誰もが損をしていた。

 せっかくの休日が台無しになってしまった。

「この話題は切り上げましょう? それで、植田君は勉強の方はどうなのかしら」

「ああ、法律関係がややこしくて大変だ……難しい言葉ばかりで嫌になるぜ」

「そうだよね~~でも法律関係は本当によくテストに出るし、こまめに抜き打ちで小テストしたりするから、やっとかないと大変だよ?」

「本当か?」

「うん、本当!」

「天見さんは勉強はできる子だから、教えてもらいなさい」

「勉強『は』ってなに?!」

 そんなことを話していると、学校から支給されている三人のスマホが同時に鳴動していた。

 いいや、正しく言えば喫茶店にいる全員の携帯電話が鳴り響いていた。



署名活動をしていた、鬼気に話しかけた少女。名前は鈴屋マチと言った。

 彼女は今、友人たちに慰められながら、駅ビルの隅で泣き崩れていた。

「怖かったね……」

「うん、怖かった……」

 慰める友人たちもまた、正常な状態とは程遠い精神状態であり、泣いている子達も多くいた。

 無理もない話である、仮にも軍人の卵を相手に一般的な女学生が議論をすれば、論破以前に気力で勝てるわけがない。

 一言で言えば自業自得ではあるのだが、ただただ相手が悪かった。悪すぎた。

 程度はともかく、彼女たちは色々なことを想像していなかった。

 多くの人が行きかう大都市の駅ビルで議論をすれば、反感を買うのもある意味当然だ。

 鬼気の様にシャトル本人だった、ということは稀だろう。だが、シャトルが家族にいるとか、モンスターに襲われたところをシャトルに助けてもらったとか、シャトルに関する産業に従事しているとか、そうした人がいる可能性は常にある。

 当然、彼らも無視するか、腹を立てるだろう。それに首を突っ込むということは、完全に火に油だった。

 もっと言えば、彼女たちは興味を持ってもらうこと以上に、賛同者を求めていたのである。

 確かに正しい意見を振りかざして相手を論破するのは気分がいいだろう。だが、彼女の喋り方では論破できたとしても、相手から賛同を得ることはできなかったはずだ。

 政敵を論破するならまだしも、通行人に攻撃的では票は確保できまい。

 しかし鬼気が愚痴っていたように、夢見がちな平和主義者はそれがわかっていない。理想を大声で押し付けて、無関心な層さえも敵に回してしまうのである。

 自分たち以外は悪であり、好戦的な者は当然として、特に主張が無い者も悪とする。

 視野が狭い者は想像力が欠如しており、結果的に目的を遠ざけてしまうものだ。

「ううっ……えぐ……」

「どうしたの、マチ!」

 駆け寄ってきたのは鈴屋マチの母親だった。

 女性用のビジネススーツ姿の彼女は、自分の娘が泣き崩れているところを見て、大いに困惑していた。

 いいや、はっきり言えば誰かに心無い言葉を受けたのかと心配していた。

「あ、お母さん……」

「鈴屋さん、歩いてた女の子に話しかけたら、逆に論破されちゃって……」

 元々、マチの母親が自分の娘を介して、女学生による署名活動を頼んでいた。

 他の運動もあって現場に来ることが遅れていた彼女は、泣き崩れていた娘を慰める。

「そうなの……辛かったわね、マチ」

 幸い体のケガはなさそうだった。

 それは不幸中の幸いだが、多感な女子高生である。その心理的な傷は外部からではわからないだろう。

「でもね、マチ……これは仕方がない事なのよ」

 それでも、戦わねばならないと彼女は娘に諭していた。

 街頭に立って意見を伝えれば、相手から意見を伝えられることもある。

 それが良いものでもあるかも知れないし、悪いものかもしれない。

 しかし、それから目を背けては何にもならないのだ。それはそれで事実である。

「昔、戦争があったわ。お母さんたちのそのまたおばあちゃんたちの世代でね」

 それは、歴史というには最近の事だったのかもしれない。

 既に以前の世代になってしまったが、それでも痛ましい体験は引き継がねばならない。

「戦争で国が熱狂していたの。政府の誰かが望んでいたわけでもなく、国の皆が熱狂していたの」

 それはあってはならないことだった。民主主義の暴走だった。

 戦争反対という少数派が弾圧され、戦争賛成の多数派に吞まれていった。

 正しいことは、胸の内に秘めるのではなく周囲に伝えなければならない。

「今私達が声を出さなければ、取り返しのつかないことになってしまうわ。貴女は間違っていないのよ」

 その通りだった。彼女たちは何も間違っていない。

 正規の手続きによって、正当な法的根拠によって保障された行動を、合法の範囲で行っているだけである。

 違法性が無い以上、彼女たちの行為を罪だという輩はどこにもいないし、居たとしてもその彼らが間違っているのだろう。

「そして、私達の国は負けてしまった。多くの悲劇が生まれたわ。でもね、きっと勝っても相手の国にそれを押し付けるだけなの。だからこそ、その憎しみの連鎖を断ち切らなければならないのよ」

「……うん」

 そして、違法性が無いことは必ずしも彼女たちの正当性を肯定するものではない。

 そもそも日本を含めて地球は、宣戦布告もなく一方的に攻撃を受けている側であり、防衛側なのだ。

 防衛戦争を行っている国の内部で反戦活動をしたところで、戦争が終わるわけがない。

 もちろん、防衛戦争といっても相手と交渉ができるならばその余地もあるが、今の所相手の国と外交チャンネルは存在しない。

 仮に地球全体で計画されている反攻から抜け出すとしても、相手がしびれを切らすまで防衛を続けなければならないのだ。

 であれば、彼女たちがやっていることが実を結ぶことは有るまい。

 何故なら……。


「あれ、スマホが……」

「緊急連絡?」

「政府からだ……地震予報?」


 体験と伝聞は、全く異なる感想を人に与えるのだから。


「え……モンスターが、この街に?!」



 モンスター。

 それは明らかに人為的に生み出された生物兵器であり、異世界から送り込まれてくる侵略兵器である。

 もちろんそれは地球側の一方的な呼称であり、断じて異世界がそう主張しているわけではない。

 その兵器は戦闘能力こそ決して高くない。小銃装備の歩兵よりは強大であるが、しかし戦車には遠く及ばない。対戦車装備をしていれば、歩兵でも打倒が可能な兵器でしかない。

 これの厄介なところは、市街地に直接起こりこまれてくる、という一点に尽きる。

 まさか、避難の済んでいない市街地でいきなり軍隊を投入できるわけもないし、そもそも街中で戦車を出動できるわけもない。

 倒すことはできるが、多くの犠牲を伴う。それが地球人類の、モンスターへの認識だった。

 そして今日も、この日本の平和な都市にモンスターの群れが解き放たれた。

 アルファベットに酷似した文字が赤く輝き並び円を描き、建造物の壁面や舗装道路にその予兆を示す。

 数瞬の鳴動の後に眩く輝き、まるで絞り出すように異形を送り込む。

 その転送技術が如何なる者であれ、現在の地球人類の技術を明らかに凌駕していた。


「おおおおお……」


 現れ出るは、四足歩行の怪物。

 その表面はまるでパッチワークの様に歪で、生理的な嫌悪感を沸き上がらせる。

 ある部分は黒い剛毛に覆われ、ある部分は鱗に覆われ、ある部分は羽毛に包まれている。

 その口の中の牙も同様であり、数多の動物の種類の牙が大小を問わずに並び、かみ合わせも何もない。

 不揃い、不細工。生物を多くの部分を無理やりつぎはぎにしたような怪物は、キメラという他ない。


「おおおおおおおおおお!」


 人の咆哮に似た叫びは何ゆえか。

 血走った目は、辺りの者に獰猛な本性をさらけ出してぶつかっていく。

 周囲の民間人は既に悲鳴と共に逃げ出していた。

 体長五メートル、一トンに届くかという肉の塊。図体に見合わず俊敏な怪物は、指の一本一本に至るまで不揃いな足で、しかし道の人々や乗用車を破壊しながら高速で走っていく。

「多いな……百はいる。中々規模の大きい侵攻のようだ。まあ最弱とされるモザイク種ばかりが見えるがな」

「ねえねえ、アレがモンスター?! 思ったより大きいね! 私初めて見た!」

「師匠が言うには……量産型軍用獣化兵、っていうらしい」

 車に乗っている人々は既に車を乗り捨てて近くの建物へ避難を始めていた。

 戦車に乗っているのならまだしも、民間用の乗用車やトラックなど、純粋な兵器を前に蹂躙されるばかりだった。

 一軒家ならともかく、巨大なデパートなどであれば、建物の外壁が持つ間は持ちこたえることができるからだ。

「ホムンクルスに『獣』の要素をつぎ込んだもんだそうだ」

「ほむ……なにそれ」

「クローン人間みたいなもんらしい。師匠が言ってたぜ、向こう側の主力兵器だってな」

「量産型、軍用? 他の獣化兵もいるのか。実に興味深いな」

「……あのさ、二人とも。スゴイ顔してるよ?」

 当然と言えば当然の事。戦闘能力を持つ三人は、未だ戦うことなく建物の屋上から戦場を眺めていた。

 シャトルは携帯性と隠密性に優れた兵士ではあり、今すぐにでも戦うことはできるのだが、少なくともその自由は今の三人にはない。

 戦闘に限らず、今の三人がシャトルとしての力を街の中で使用すれば、それがたとえ人命救助の為であったとしても、処罰の対象になるからだ。

 もちろん、処罰を覚悟して戦う、というのもありなのかもしれない。

 少なくとも、自分の命が危うければその選択もアリだろう。

 だが、幸運にもビルのテナントで過ごしていた三人は屋上へ避難することができていた。

 よって、今は場の混乱を眺めつつ、身を潜めていた。

「なんかもう……今にも殺戮しそうな感じ」

「そうか、そうかもしれないな。やはり実戦で獲物を狩りとることができるというのは、高揚を憶えてしまうようだ。はしたない女だと笑ってくれ」

「いやあ、さっきの女の子の言うことは俺に関しては大正解だ! 女子高生を二人、両手に花で街に繰り出したってのに……こうやって侵略が行われていてラッキーって思うのは……俺が平和論者の語る戦争したがりそのものってことだ!」

 多分、耐性のない周囲の人間が今の二人を見れば、きっとこう思うだろう。

 多分何人か殺してるし、この混乱に乗じて何人か殺すつもりだと。

 実際、この街を守る気も、無辜の民を守る気も一切ないのだろう。

 ただ、戦って殺して、勝って暴れたいだけなのだから。

「……あ、電話だ」

『報告は受けた、現在地も確認している。手短に言うぞ』

 天見がスマホをスピーカー機能で通話すると、通話先から無涯のやや焦燥した声が聞こえてきた。

 女教師は現状を理解している。直ぐにそこへ迎える部隊は出動を開始しているが、どうあがいても間に合わない。

 到着するまでに、何千という人が死ぬ。既に、何百という人が死んでいる。

 巨大なモンスターに乗用車ごと踏みつぶされて。

 逃げまどい転倒して、落下して。

 小さな建物に逃げ込んだことで、返って逃げ場を失って。

 そして、今も無軌道なモンスターたちは行動範囲を広げている。


『許す、殺し絶やせ』

「「「了解!」」」


 シャトル、と呼ばれる兵士たちの胸には、小型のインプラントが埋め込まれている。

 その機械そのものには一切動力源は無い。あるのは一種の設計図だ。

「「テイク・オフ!」」

 シャトルの中に眠るエネルギーを抽出し、それを装甲や武装へと変化させ、肉体そのものさえも強化する。

 今彼女たちが着ている服の上にそのまま装甲が現れ、その手には大きな武器が握られる。

 そして……。

「いかんいかん……!」


『いいか、狼。お前はこの九年間よく頑張った』

『頑張ることができる、というのも才能だ』

『お前は資質を勝ち取った。これでお前も『獣化兵』だ』

『既に、お前は基本を修めた。それはつまり、あとは実践の中で培っていくってことだ』

『奥義とか必殺技とか、秘伝だとか極意だとか、そんなもんはない』

『普通の技を鍛錬し、強化し、正しい状況で出せるようになれば、それで十分だ』

『十分に『必』ず『殺』せる『技』になる』

『ホラあれだ、基本にして奥義って奴』

『だが……ああ、そうだな。今のお前には一つだけ使えない技がある』

『獣化兵は肉体と精神の密接なつながりを常に意識する必要があるわけだが……』

『最強の状態、肉体の完全なる獣化を果たすには、お前は不向きすぎる』

『精神状態をこの上なく安定させる必要がある、それは戦闘時の昂揚とは真逆だ』

『強くなることが好き、戦うことが好き。そういうお前だからこそここまで強くなれた』

『だが、その激しさが仇になる。激紋ではたどり着けない場所がある』

『強くなることを好み、戦うことを好み、勝利を願ってはいけないのさ』

『守るためだとか、許すためだとか、そういう精神状態になれば、自然と理解できる』

『その肉体の状態に、至れると分かるのさ』

『その時、お前は本当の意味で戦士に成れるだろう』


「ああ、師匠……目の前で起きる大量の悲劇を前にすれば、後悔と共に覚醒して、真の戦士になるのではないかと期待していましたが……培った武勇を解き放てる場としか思えない!」

 体の中の獣の因子が沸騰する。

 湧き立って、力に変わる。

 あのような大量生産された紛い物とは違う、正しく訓練された獣化兵は出力も運用方法もエネルギー量さえも異なっている。

 インプラントとは異なり、全身の血肉になじんでいる獣の力がそのまま肉体を強化している。

 身長と体重を除くあらゆる要素が数打ちと段違いのこの兵士は、シャトルの二人同様に翼も持たずに身を投じていた。

「相手はシャトルではないが……勝てるかな、天見」

「大丈夫! 私だって、できるもん!」

 落下の最中、確認する。初陣の昂揚は、確実に視界を狭める。

 元より指揮官でもなんでもない鬼気は、天見を援護できる自信が一切なかった。

 いや、できたとしても放棄したかった。

「相手はモンスター……なら!」

 基本的に、シャトルには三つの戦闘段階が存在し、それぞれを修める様に指導されている。

 一つは『乱撃』。極めて近い間合いを維持しつつ、相手の攻撃を弾きながら相手へ攻撃を届かせる一種のチャンバラ。

 一つは『足撃』。相手とじわじわ間合いを詰めて行き、機を制して一刀を打ち込む最も難易度の高い体術。

 最後の一つは、『突撃』。小細工無用、武器を構えて全速力で敵に突っ込み……武器を大振りしつつ全体重を込めて切り込む最強の戦闘方法である。


「だあああああああ!」


 対人戦、というくくりで考えれば、全くセンスのない天見は大剣などという武器は使うべきではなかった。

 だがしかし、彼女に限らず多くのシャトルは、両手で扱う大きな武器を使用するのがほとんどである。それはなぜか。


「でりゃあ!」


 極めて単純に、重量級のモンスターを相手取るには、巨大な武器を持って戦うことが最も有効だからである。

 落下に合わせて、ビルの壁面を蹴って加速した天見は、そのまま大剣を真下にいたモンスターへ突き立てる。

 扉を突き破り、ビルの内部へ手を伸ばしていたモンスターの胴体に切り込んだ彼女は、悲鳴を上げて悶絶しようとするモンスターから剣を引き抜いて再度振り下ろした。

 人間と同じ赤い鮮血がほとばしり、断末魔の声を上げることもできずに絶命し、その巨体を大地に倒した。

「イケる! 授業の通りだ……モザイク種はそんなには強くない!」

 シャトルとしては最底辺ではあるが、それでも彼女は三年間腐らずに鍛錬していた。

 その彼女なら、倒すことはできるのだ。相手がモザイク種で一頭ずつならば。

「それは良かった……では気にせず大暴れとしゃれこもう。実戦の高ぶりだ、先走りで漏れてしまいそうだぞ!」

 二本の日本刀という二刀流。

 それを装備している鬼気は、突撃ではなく乱撃に興じていた。

 天見が振るう巨大な剣に比べて余りにも軽く、片手で振るう故に体重も力も籠めることができない、対人戦ならともかく巨大な獣を相手取るには余りにも不都合な剣。

 まして、全身でぶつかっていく突撃ではなく、一歩一歩の踏み込みによって切り込んでいく斬撃。

 しかしそれは、分厚い皮も引き締まった肉も、図体を支える骨さえも切り裂いていく。

「はははは! これが命を刈り取るという事か! 試合では味わえない適者生存の実感か!」

 返り血が噴き出るよりも先に、彼女は暴れるモンスターを切り刻んでいく。そして、その絶命を見届けぬままに他のモンスターへ斬りかかっていった。

 彼女が片手で扱う軽い剣を扱うことが許されているのは、それでも十分にモンスターを切り刻めるからに他ならない。

「癖になるな……たまらなく、上機嫌だ!」

 既に散開しつつあるモンスターの群れを、たったの三人で殺しきるとなれば全員で固まることなどあり得ない。

 一対一なら天見でさえも問題なく倒せるモンスターである。であれば、タンクが不要な鬼気が態々二人と一緒に行動するほかない。

 固まっているのならともかく散ったモンスターはシャトルにとって脅威ではないが、民間人の被害は広がっていく一方だ。

 そのことを心配しているわけではないが、ウィッグを付けたままの鬼気は、その長髪をなびかせながらわき目も降らずに走っていた。

 いいや、獲物を目指して跳躍していたのである。

「……まだ残ってるよ?!」

 直下には五体ほどいたはずだ。であれば、まだ二体は残っている。

 そう思っていると、その二体を粉砕している植田の姿があった。

「どうする、天見さん……俺とも別行動するか?」

「……私、できるだけついていくから! 気にしないで!」

「分かった……ありがとよ!」

 鬼気とは反対方向へ駆け出している植田。

 鼻が利くのか、迷うことなく跳躍して行っている。

 その速度は、天見が追いつけそうではなく……。

「二人とも楽しそうだね……でも、これが私の望んだ最前線! ここで活躍して、経験を積むんだ! それに……」

 ふと、周囲を見る。

 逃げ遅れた人の中にも、まだ息がある人が見える。

 歪んで潰された車の中に、助けを求めている人がいる。

 ビルの中から、ケガをして助けを求めている声が聞こえる。

 もしかしたら、法的にはともかく、今の彼らを助けるべきなのかもしれない。

 殲滅力は二人で十分で、自分にしかできないことをするべきなのかもしれない。

「……私もまともじゃないか」

 彼女は躊躇することなく、彼らを見捨てた。

 自分にその資格がないからだ。極めて法的に。

 学校内で自分や生徒に回復能力を発揮する分には、ある程度使用は許可されている。

 しかし、こうした緊急時であっても民間人に治療行為を行うには、医療の免許が必要なのだ。

 加えて、救助作業に関しても許されていない。

 確かに馬力はあるとしても、今の彼女にはそのノウハウがない。

 許されているのは、あくまでも戦闘行為だけなのだ。

 しかし、自分に助けるだけの力があり、ケガを癒すだけの能力があれば、迷うのは普通だろう。そうあるべきなのだ。

「さあ、私も戦うぞ!」

 それでも、彼女は迷いなく走っていく。

 そして、それは正しいのだ。一人救っている間に一頭倒せれば、結果として百人以上を救えるのだから。


 断じるにあたいすることだが、平和を求めて叫んでいた少女も、母親もまともである。

 戦争、闘争を好む者よりも、友愛や温厚を語る者の方が隣人としては好ましい。

 人類の歴史は戦争の歴史であり、平和とは戦争の合間でしかないのかもしれないが、その平和を長引かせたいのは正しいだろう。

 少々やり方が強引であったとしても、戦争を望む者よりも、平和を求める者の方が現代社会の価値観から言えば普通である。

 だが、今のこの国、この時代は極めて『非常事態』である。

 今この瞬間、この街の人々を救うのは平和を願う心ではなく、戦いを好む戦士の力であり、この街に必要なのは人々を守る救助隊ではなく、モンスターを駆逐する兵士たちだった。

 侵略者の放つ破壊の為の兵器。これを一刻も早く駆逐しなければ、より多くの悲劇が生じてしまうのだから。

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